
1月のことだが、東京ビッグサイトの展示会イベントに行ってきた。
資産運用エキスポと国際宝飾展。
この2つは、毎年この時期に開催される定番である。
会場に着いたのは11時過ぎだった。
今回、資産運用エキスポの会場が、かなり離れた南棟となっており、私はそれが意外だった。
私の記憶だと、以前、この2つのイベント会場は隣り合っていたか、あるいは、かなり近かったはず。
両者にシナジー効果が期待されていたと思うのだが?
それでも会場には、かなりの人数が来ており、熱気に包まれていた。
私は、複数の証券関係者と話したが、相場観を問うと、誰もが強気だった。
私は、ある人に、こう言った。
「わりとあっさり、(日経平均は)6万円行くのではないですか」
「おや、年初から、ずいぶん強気ですね」
「いや、10万円になると言う人もいますよね。6万円なら、それほど強気派ではないと思いますよ」
「まあ、そうですね、、、」
「ただし、現在の世界情勢を見れば、いつ何が起こるか分かりません。想定外の展開もあり得ます」
「楽観に傾きすぎると危ないでしょうね」
「ええ」
資産運用エキスポの次は、国際宝飾展へ。
この手のイベントやセミナーは、参加をして収穫を得られるかというと、正直ビミョウだ。
しかし、まったくの無駄に終わることはない。
自分で仕事をしている人の場合、ビジネスとプライベートの区別は曖昧なところがある。
大学の一般教養ではないが、専門外でも見に行くと、思わぬ出会いがあったり、いいアイディアが生まれたり、場合によっては自分の仕事に繋がることもあると思う。
国際宝飾展は、東棟というメインの場所で開催されていた。
こちらは、外国人も多かったが、宝飾品が投資対象として認識されているようだ。
私は、2つの会場を離れ離れにした理由を考えた。
もしかすると、金価格が暴騰していることと関係があるのかもしれない。
株式投資や不動産投資に興味があって来場した個人投資家が、国際宝飾展で実物資産(?)の客になってしまうのを避ける意味合いがあったのではないか。
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13時過ぎ、展示会場を出て、しばらく散歩をした。
敷地内の庭を歩いていると、1階のグルメ街の洋食レストランがあったので、そこに入った。
Aランチを頼んだら、真っ黒なソースのかかったグリルチキンが出てきて、ちょっと驚いたが、これが、なかなかおいしかった。
ランチの後は、敷地内の庭を歩いて、バスターミナルへ。
帰り道は、バスターミナルから、東京駅行きの都バスに乗った。
始発のビッグサイト前では、バスの乗客は4人だけだった。
ところが、有明あたりから、みるみるうち混んできて、ラッシュアワーに近い混雑になった。
私は、日本橋高島屋に行きたいので、終点の東京駅の1つ前のバス停でおりた。
通り3丁目というバス停だが、ずいぶん、テキトーな名前のバス停だと思った。

通り3丁目の3丁目とは、恐らく、この先のアーティゾン美術館の交差点の日本橋3丁目のことだと思われる。
私は、日本橋3丁目の交差点で立ち止まった。
ちょうど強い向かい風が吹いてきて、とても寒かった。
右手のビルを見ると、ここは移住交流ガーデンといって、Iターン、Uターンを考えている人向けの移住情報館がある。
沖縄への気軽な移住説明会が開催されており、ずいぶん盛り上がっているようだ。

私は、何となく館内に入り、移住説明会にエントリーした。
先ほどの資産運用エキスポと国際宝飾展で、たいした収穫がなかったからだ。
移住というと、こないだの新年会で、関西への移住が話題になったばかりだが、今のところ移住の予定はない。
館内の広い場所では、ちょうど、沖縄の地元企業(株式会社プロトソリューション)の説明会が行われていた。
私は、一番うしろの椅子に座り、時おりスマホを見ながら、人事担当者の説明を聞いた。
そのため、会社そのものの説明より、担当者自身のポジティブな移住体験談が語られる。
そのさいのポイントは、ワークライフバランスである。
給与水準は、ワークライフバランス重視の結果、犠牲となるものなので、あまりアピールポイントにされていないようだ。
15分ほどで説明会が終わり、休憩時間となった。
しかし、休憩中も名刺交換や個人面談が行われており、かなりの熱気があった。
途中から入った私には分からなかったが、気軽な移住説明会というより、本格的な就職相談会のようだ(汗)。
いまは物価が上がりすぎて、実質的な給料が下がっている状況だが、東京で暮らせなくなった人が移住する流れが、今後進むだろう。
私は、しばらく会場を見て回り、引き上げることにした。
移住交流ガーデンを出ると、通り3丁目の交差点に戻った。
交差点の向こうに、アーティゾン美術館が見える。
去年の年末、ここを通ったときは、「漂流」・・・いや、「漂着」という展示会が開催されていた。
その展示会を見たかったが、すでに終わり、次の展示会の準備中となっていた。
私は、交差点で信号待ちをするあいだに考えた。
私たちは、多かれ少なかれ、あてもなく、さまよい、生きている部分がある。
あてもなく、さまようというのは、定まらないということだが、それは自由であることを意味する。
もっとも、仕事については、さすがに定まっていないとまずいわけで、お金がなければ自由が脅かされる事態となる。
とはいうものの、お金のために定まった仕事をすれば長時間拘束をされたり、不自由になるので、自由な時間を使って何かをしたい人にとっては、この問題は非常に悩ましいのだ。
その後、私は、3丁目の横断歩道を渡り、大通りを歩きながら、ある出来事を思い出した。
それは、トゥーランドットの3つの謎かけ。。。である。
ただし、プッチーニのオペラの中の正統なトゥーランドットのものではない。
異端のトゥーランドットの方で、3つの謎かけの内容も異なる。
コロナ禍のときもそうだったが、物価高騰のときも、やはり、この問題は非常に悩ましいのだと思う。
私たちは、どう「漂流」し、どう「漂着」するか。


