2024/10/06

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  • 家督相続と隠居と事業承継と(1)
  • 家督相続と隠居と事業承継と(2)
  • 家督相続と隠居と事業承継と(3)

■執筆者
加藤光敏
詳しいプロフィールについては、KADOKAWAのウェブサイトをご覧ください。

■連絡先
inquiry@efandc.comまたはmitsukato117@gmail.com

2024/10/05

家督相続と隠居と事業承継と(3)

以下は、前回までの復習である。

・家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
・旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

前2回では、旧民法、旧戸籍法の家督相続の話をしてきたが、最後に「隠居制度」を取り上げようと思う。

隠居(旧民752条乃至755条)とは戸主が自ら生前に戸主の地位を退き、戸主権を相続人に承継させ、その家の家族となることをいう~(略)~戸主が老衰や病気で戸主の責任を果たせなくなることや、他家に入らざるを得ないなどの事情が生じる場合もある。それでもその家の戸主という地位を退くことができないとなると、その家にとって重大な支障が生じる場合があり又は分家が本家を守ることができないという事態が生じるおそれがある。それらを回避するために旧民法施行前から慣習とされていたものを制度として採用した~(略)~隠居者は戸主権を喪失し、新しい戸主の元でその家の家族となる。家督相続が発生し、前戸主が有していた権利義務は、一身に専属するものを除いて新戸主に移転する~(略)~隠居による家督相続の場合、隠居者は生存しているので、財産の一部を隠居者に留保することを認めている(旧民988)。その方法は、第三者に対して明らかにするために確定日附のある証書ですべきとされた(民施4条乃至8条)。留保された財産は、隠居者が隠居中に取得した財産と併せて遺産相続の対象となり、家督相続の対象にはならない。
(日本司法書士連合会研修資料より)


プロント


そもそも日本には、かなり昔から隠居の風習があった。
そのような慣習法を明治以降の旧民法が制度化した。
男の戸主は60才から隠居ができた。
家を会社にたとえると、社長を長男に譲り、自分は会長や相談役に退くようなものだろうか。
隠居するためには、まず跡継ぎを決め、その者が隠居を許可し、連名で役所に届出をする。
跡継ぎは家督相続の財産を単純承認したことになる。
これは生前贈与のようなものである。
このとき、戸主は跡継ぎに全財産を相続させないのが通例である(財産留保)。
自分の生活資金も必要だし、跡継ぎ以外の取り分も確保してあげないと、家庭内紛争になりかねないので、確保した分を自分の死後に相続させた。

このような家制度、家督相続といった旧民法の身分制度は確かに封建主義的だが、一見してこの仕組みは現在も非常に有用な場面がある。
例えば、経営者が代表取締役を退き、セカンドライフを送る「事業承継」。
跡継ぎは長男である。
ここに経営者名義の事業用地、自社株式、自宅不動産、車、上場株式等があるとする。
このうち、事業用地、自社株式を家督相続の財産と定める。
経営者の隠居が認められれば、跡継ぎの長男がその所有者となる。
ただ、人生100年の時代、セカンドライフがいつまで続くか分からないので、生活資金は手元に十分残しておく。
また、自宅は自分の死後、奥さんが住めるようにしたいし、車も引き続き病院通い等で必要である。
上場株式は手元に残すが売り時を探しており、投資顧問から投資助言をもらっている。
こちらの方は家督相続の財産ではなく、相続財産である。
自分が死んだら次男に相続させるつもりだ。
この場合、隠居により家督相続が開始するので、この部分は生前贈与するようなものだ。
他方、隠居により遺産相続は開始「しない」ので、こちらの部分は相続の範疇となる。
しかし、今はもう家制度も家督相続の制度もない。
なので、こうして自己の財産をきれいに切り分けて相続させるのは難しいのではないか。
さて、どうしたものか。

実は、信託法の契約で似たようなことが実現可能である。
民事信託というのだが、そのスキームは資産承継の方法のひとつとして最近注目されている。
興味がある方は民事信託に関する入門書や実用書等を手に取ってみるといいと思う。

なお、最後に拙著の紹介。。。
民事信託の基本的知識も最後のところに書かれています。
よろしくお願いします。



2024/10/02

家督相続と隠居と事業承継と(2)

前回の家督相続の続きである。
家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。
1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
このような仕組みで成り立つ「家」をまとめたものが「戸籍」である。
現在の戸籍は、敗戦による新法の適用で改製されたものの、続柄や筆頭者等は旧法の家制度から引き継がれた用語である。
なお、以前のものを改製原戸籍(かいせいげんこせき)という。

慶応3年(西暦1867年)の大政奉還後、明治2年(西暦1869年)の版籍奉還により形式的には土地も人民も朝廷に返上された。しかし、未だ混沌とした国家造りの中、明治新政府は治安を維持し中央集権を図り、徴税及び徴兵に資する目的としてすべての国民を詳細に掌握する必要があった。その手段として、明治4年(西暦1871年)に廃藩置県を実施したことと併せ、明治4年戸籍法33則が制定され、戸籍は編纂された~(略)~戸籍には、戸主を筆頭に、直系尊属、戸主の配偶者、直系卑属、直系姻族、兄弟姉妹、傍系親族を記載することとし、親族でない同居者を附籍者(ふせきしゃ)として末尾に記載した~(略)~戸籍は、すべての国民を住所地において世帯を単位として登録するという住民登録の性質を持つものであり、どちらかと言えば現在の住民基本台帳に近いものであり、身分関係の記載は本来の目的ではなかった~(略)
(日本司法書士連合会研修資料より)


横溝正史「本陣殺人事件」


戸籍は家制度の根幹をなす個人情報である。
横溝正史の「本陣殺人事件」でいうと、一柳家の戸籍に自分の名前を入れてもらえるかどうか、どのような続柄で記載されるのかが、その人の今後の人生を決める。
ここで問題となるのはもちろん、誰が次の戸主となるのか、である。
資産家の家の戸主は絶対的権力者である。
誰かを戸籍に入れるのも、誰かを戸籍から追い出すのも、戸主権(こしゅけん)として認められていたからだ。
では、戸主はどのように決まるのか。
旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。
なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

原則として戸主の候補者は長男であった。
ただ、家庭の事情もあるので、バリエーションが用意された。
典型例は婿養子縁組である。
ここに三姉妹の家がある。
戸主が女性の場合は、それを「女戸主(おんなこしゅ、にょこしゅ)」といったが、三姉妹なら女戸主となる予定の者は長女である。
しかし、その長女が結婚するとき、結婚相手の男性がこちらの戸籍に入り、婿養子となれば、彼が長男となり、将来家督相続をして戸主の座に君臨することになるわけである。
資産家の家の長女が家を出ず、結婚相手を迎え入れると、長女の結婚は同じ屋敷に住む家族にとって大事件である。
次女、三女、彼女たちに夫や子供がいれば、一家を巻き込んだ壮絶な揉め事に発展しそうである。

ある日、「三本指の男」が農村の屋敷に転がり込んで来る。
三本指の男は長女のフィアンセで、屋敷内で威張り散らす。
こちらは廊下や食堂で顔を合わせるたび、この男を恐れ平身低頭しなくてはならない。
いよいよ、その憎たらしいやつを殺してしまおう、という日が来る。
満月の夜、眠っているところを次女夫婦に毒殺されるが、殺害現場の棟は密室のため、殺害方法が判然としない。
朝方自転車で駆け付けた地元の警察官は首をひねるばかりである。
そこで警察署長の親友で、金田一耕助の親戚のひ孫が、名探偵として登場する。
とまあ、こんな感じ??

さて、旧法には、その他にも、入夫婚姻(にゅうふこんいん)、分家(ぶんけ)、去家(きょけ)、一家創立、廃嫡(はいちゃく)といった様々な制度があった。
これらは難解だが、意味が分かればそれほど難解ではない。
また、旧法には、現代の私たちにも馴染みのある言葉が多くあり、例えば、嫡出子(ちゃくしゅつし)、非嫡出子(ひちゃくしゅつし)、認知といったものがそれである。
例えば三姉妹のお父様は地元の有力議員で、会社経営者なのだが、あってはならないことだが隠し子がいたりするとどうか。
もしそれが男なら、認知して自分の家の戸籍に入ると長男なので、先ほどの家督相続の話と同じである。
もっとも、認知だけをして、入籍を拒絶するのであれば問題なさそうに思えるが、その場合は法律上の親子関係が認知により発生する。
そのため、彼は家督相続人にはなれないが、遺産相続権を取得する。
やはり、これも揉めるだろう。
このように、戸籍の「あや」で家族の運命と財産が決まり、その戸籍に関する生殺与奪の権利を戸主が持っていたというのが、ついこないだまでの日本だった。
次回は、隠居について取り上げる。

2024/10/01

家督相続と隠居と事業承継と(1)

きのうは午後から書斎の片付けをしたが、司法書士研修で使った旧民法、旧戸籍法の資料があったので、ぱらぱらと読んでみた。
読者は、今時どうして戦前の旧民法、旧戸籍法を学ぶのか、と思うだろう。
しかし、例えば相続人調査をする場合、被相続人(死んだ人)が高齢なら戦前の戸籍までさかのぼることもあり、今も田舎の法務局では旧民法、旧戸籍法(以下省略)をめぐる質疑応答があるのだ。
何も戦前の法律は、昭和21年8月15日の敗戦と同時に無効となったわけではない。
戦後も約1年間は、旧民法が適用されていた。
新法への移行期、猶予期間のようなものがあり、新民法は昭和23年1月1日に施行された。
また、米軍占領下の沖縄では、その後も昭和32年1月1日まで、原則として旧民法が適用されていた。

日本は占領下にあって、沖縄を含む北緯30度以南の琉球(南西)列島は日本の施政権の範囲から除かれたため、その後に施行された応急措置法及び新民法は適用されず、その地域と本土の日本人同士で不平等な状況にあったとされる。それを解消するために、沖縄においては、本土の新民法と同内容に民法を一部改正し昭和32年1月1日に施行した。沖縄では、その前日である昭和31年12月31日までは旧民法により運用されていたとされ、現在、その当時に開始した相続における相続登記をする際には、本土の新民法又は旧民法のいずれを適用させて処理すべきかということについては、被相続人の本籍地、住所地、不動産の所在地を勘案して適用する判例が見られ注意を要する~(略)~その後、昭和47年5月15日に沖縄は日本に復帰し、本土の新民法が正式に適用されることとなった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

さて、歴史の授業でも習ったと思うが、戦前は家制度だった。
「家」には家長が君臨し、家督相続が行われた。
家督相続って何だろう。
家長は封建的な王様で、それ以外の家族は奴隷のようなものだったのかしら。
まあ、当時のことは私も知らないので何とも言えないが、戦前の「家」の問題については、金田一耕助(横溝正史のミステリー)をイメージすると分かりやすいと思う。


横溝正史「本陣殺人事件」


若い人は知らないかもしれないので念のため、「金田一少年の事件簿」ではなく、「金田一耕助のミステリー」である。
金田一耕助は愛嬌のある中年の私立探偵である。
昔々のテレビドラマでは石坂浩二が演じていたと記憶するが、帽子を取り長髪を掻くとフケが落ちるのが特徴であった。
横溝正史は推理作家の大御所である。
彼の著作の中では、金田一耕助シリーズの第1作「本陣殺人事件」が最も有名だが、どの作品も不吉なタイトルで、一度聞いたら忘れられないようなものばかりである。
「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」「悪魔が来りて笛を吹く」「悪魔の手毬唄」「病院坂の首縊りの家」、どれどれ、私の家の書斎にも横溝正史の推理小説が何冊かあった。
そのうちの1冊は、薄汚れた「本陣殺人事件」の文庫本であった。
やはり、横溝正史の本は、このように薄汚れていなくてはなるまい。


横溝正史「本陣殺人事件」「獄門島」「悪魔の降誕祭」


「本陣殺人事件」の舞台は、岡山県の農村の旧家「一柳家」である。
事件の日は雪が降っていた。
犯人は夜中、殺害現場の周囲の庭を歩いたはずだが、庭の積雪のどこにも足跡がない。
足跡を残さずどのように殺したか、という謎解きである。
いわゆる「密室連続殺人事件」の本作は、日本を代表する推理小説である。

薄汚れた文庫本のページをめくると、「1.三本指の男」~「岡山県の山村の」「あの恐ろしい事件」~「一柳家の」~と続く。
しかし、三本指の男とは、いきなりショッキングな書き出しであるが、いかにも横溝正史らしい設定である。
そして、金田一耕助のミステリーは家督相続と旧法の戸籍の問題をめぐる家庭のドタバタ劇とも言える。
本家、分家、婿養子といった言葉が出て来るが、これらは全て旧民法の制度の話なのである。
子供の頃は何も分からずテレビの前で恐がったりはしゃいだりしていたものだが、旧民法を理解していないと人間模様や殺害動機等もピンと来ないのではないか。

家とは、その構成員の中心的人物1名を戸主とし、その他の構成員を家族とし、その戸主と家族との権利義務によって法律上連結された親族団体である。旧民法上の「家」は戸主と家族からなり、戸主は家督相続により順次に継承されて、家は子々孫々まで引き継がれるものとされた。当時の日本は、家を国家構成の基本的な単位と位置づけ旧民法の基礎とした。そして、すべての国民はいずれかの家に所属し、どの家に所属するかにより身分や相続に関する影響があった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

つまり、「家」単位の財産がある。
それは「家長(戸主)」が相続する決まりである。
そのような相続の仕組みを「家督相続」といった。
不動産の登記情報(登記簿)を戦前まで遡ると、家督相続で所有権を取得した、などと書いてある場合がある。
その人はたいてい長男で、家を継いだ新戸主なのである。
もっとも、全財産が新戸主に家督相続されるわけではなく、現在の戸主が、家督相続の財産と、それ以外の財産に切り分けることができた。
後者の財産は家族の取り分で、こちらはこちらで別の仕組みで「遺産相続」された。
登記上、遺産相続で所有権取得した、などと書かれており、その人は例えば家を継がなかった次男や長女である。
当時は奥さんと子供が同時にもらえることはなかったため(同順位ではなかった)、たいていは長男以外の子供たちがもらった。
少し長くなるので、今回はこのくらいにしておこう。