2024/02/19

ワタシ、歌人ですよ^^







最近、某女子大で集まりがあって、歌人Sさん(女性)と知り合った。
最初見たときは、ファッションの世界に身を置くデザイナーではないか?と思うほどオシャレで、パーティーのとき、思い切って話しかけてみた。
「デザイナーさんですか?」と私が聞くと、「ワタシ、歌人ですよ^^」との答えだった。

まさか、文学の世界の風流な女性とは思わなかった。
ふつうに短歌を詠んだりするというので、興味を持たずにはいられない。
その言葉遣いの上品さと教養の深さは、こちらにとって未知の世界である。
彼女が専門の短歌というと、こちらは学校の国語の授業で習った程度だが、和歌などを詠むときには季節の変化をとらえ、うまく言葉にするということが重要だと記憶する。
ということで、以下、私もチョット季節感のある書き出しにトライしてみたい。






先日ふらりと行った湯島天神は雪のあとでした。
予報では、もうすぐ真冬の寒さも遠のくようですが、境内では、梅の早咲きと受験生の絵馬と出会いました。
2月下旬には、暖かな風にのってスギ花粉が運ばれてきます。
ここ数日、家に帰ると目がかゆくなったりするので、来週は鼻水も出はじめ、体調が停滞すると思います。
そうしたら花粉症もいよいよで、仕方がなく近所の医者にいくでしょう。
またしばらく、マスクの日々です。

まあ、これは風流というわけではないが季節感はあるだろう。

続いて本題。

私は、本を出したので、次は新しいことを始めようと思っている。
その前に、ひと息つきたいのだ。

何度かブログにこう書いてきた。
しかし、本を出して3ヶ月がたち、ひと息もつけたことだし、そろそろ何をするのかということについて述べておこうかと思うのだ。

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これに関連して、以下は2018年12月、有楽町のカドカワシネマで見た映画「ヴィヴィアンウエストウッド最強のエレガンス」の写真である。










当時、この映画は、私にとって非常に重要な意味があると思った。
書斎にしまってある2018年の手帳を開いて読んでみると、この映画について簡単なメモがしてある。

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一般に、自伝というのはどのような偉人のものもつまらない話になりがちだ。
説教や自慢話にあふれているとまでは言わないが、往々にして美化されすぎている。
その意味で、フィクション、エンタテインメントの要素が大いにあるだろう。
しかし、この映画はそうではなかった。
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ヴィヴィアンウエストウッドというこの悪趣味なブランド、、、私は自分が着るために買いたいとは思わない。
しかし、売れるか売れないかという商売上の問いに対しては、売れるだろう!と当時答えただろうし、いまも同じように答えるだろう。
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彼女の本性は「ワルい女」である。
そこに彼女の魅力がある。
女性にありがちな、人から良く思われたいという気持ちがない。
好きなように生きて、気が済んで、いま自伝を作ったのだ。
彼女はもうすぐ寿命で死ぬんじゃないか。
(なお、2022年12月29日死去)
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ヴィヴィアンウェストウッドは実力があるがゆえに、常に社会の不自由を感じていた。
したがって、反権力、人権派となった。
しかし、そもそも当時の保守的なイギリスで反権力であること自体が自分にデメリットしかもたらさない選択であったと思う。
その点、彼女は損な人生の選択をしているように見えるが、最終的には、イギリスの爵位「Dame」を獲得した(日本でいうと勲一等?)。
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社会に迎合して生きる、男に迎合して生きるのがアイドルや芸能人であるとすると、彼女の生き方はその正反対で、エレガント!だ。
現代社会では、アイドルも芸能人も、ある意味、自分の人格的な部分やプライバシーも含め、全てを消費者に売るという生き方を余儀なくされるのだが、だからこそ、彼(彼女)の商品価値があるといえるわけだ。
しかし、彼女はアイドル級の美人であったにもかかわらず、実に、美しく、正しく、誇り高く生きたように見える。
彼女の人生に「品位」というものがあるのもそのためだろう。
そのような生き方で有名となり、名誉も財も得たのは、彼女の才能と努力のたまものであると思う。
彼女こそ、正真正銘の女性アーティスト!である。
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2024/02/17

家督相続と隠居と事業承継と(3)

以下は、前回までの復習である。

・家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
・旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

前2回では、旧民法、旧戸籍法の家督相続の話をしてきたが、最後に「隠居制度」を取り上げようと思う。

隠居(旧民752条乃至755条)とは戸主が自ら生前に戸主の地位を退き、戸主権を相続人に承継させ、その家の家族となることをいう~(略)~戸主が老衰や病気で戸主の責任を果たせなくなることや、他家に入らざるを得ないなどの事情が生じる場合もある。それでもその家の戸主という地位を退くことができないとなると、その家にとって重大な支障が生じる場合があり又は分家が本家を守ることができないという事態が生じるおそれがある。それらを回避するために旧民法施行前から慣習とされていたものを制度として採用した~(略)~隠居者は戸主権を喪失し、新しい戸主の元でその家の家族となる。家督相続が発生し、前戸主が有していた権利義務は、一身に専属するものを除いて新戸主に移転する~(略)~隠居による家督相続の場合、隠居者は生存しているので、財産の一部を隠居者に留保することを認めている(旧民988)。その方法は、第三者に対して明らかにするために確定日附のある証書ですべきとされた(民施4条乃至8条)。留保された財産は、隠居者が隠居中に取得した財産と併せて遺産相続の対象となり、家督相続の対象にはならない。
(日本司法書士連合会研修資料より)


プロント


そもそも日本には、かなり昔から隠居の風習があった。
そのような慣習法を明治以降の旧民法が制度化した。
男の戸主は60才から隠居ができた。
家を会社にたとえると、社長を長男に譲り、自分は会長や相談役に退くようなものだろうか。
隠居するためには、まず跡継ぎを決め、その者が隠居を許可し、連名で役所に届出をする。
跡継ぎは家督相続の財産を単純承認したことになる。
これは生前贈与のようなものである。
このとき、戸主は跡継ぎに全財産を相続させないのが通例である(財産留保)。
自分の生活資金も必要だし、跡継ぎ以外の取り分も確保してあげないと、家庭内紛争になりかねないので、確保した分を自分の死後に相続させた。

このような家制度、家督相続といった旧民法の身分制度は確かに封建主義的だが、一見してこの仕組みは現在も非常に有用な場面がある。
例えば、経営者が代表取締役を退き、セカンドライフを送る「事業承継」。
跡継ぎは長男である。
ここに経営者名義の事業用地、自社株式、自宅不動産、車、上場株式等があるとする。
このうち、事業用地、自社株式を家督相続の財産と定める。
経営者の隠居が認められれば、跡継ぎの長男がその所有者となる。
ただ、人生100年の時代、セカンドライフがいつまで続くか分からないので、生活資金は手元に十分残しておく。
また、自宅は自分の死後、奥さんが住めるようにしたいし、車も引き続き病院通い等で必要である。
上場株式は手元に残すが売り時を探しており、投資顧問から投資助言をもらっている。
こちらの方は家督相続の財産ではなく、相続財産である。
自分が死んだら次男に相続させるつもりだ。
この場合、隠居により家督相続が開始するので、この部分は生前贈与するようなものだ。
他方、隠居により遺産相続は開始「しない」ので、こちらの部分は相続の範疇となる。
しかし、今はもう家制度も家督相続の制度もない。
なので、こうして自己の財産をきれいに切り分けて相続させるのは難しいのではないか。
さて、どうしたものか。

実は、信託法の契約で似たようなことが実現可能である。
民事信託というのだが、そのスキームは資産承継の方法のひとつとして最近ではかなり注目されている。
もし興味があれば、民事信託に関する入門書や実用書等を手に取ってみるといいと思う。

最後に。
拙著の紹介は恐縮だが、民事信託の基本的知識も最後のところに書かれています。



2024/02/16

家督相続と隠居と事業承継と(2)

前回の家督相続の続きである。
家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。
1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
このような仕組みで成り立つ「家」をまとめたものが「戸籍」である。
現在の戸籍は、敗戦による新法の適用で改製されたものの、続柄や筆頭者等は旧法の家制度から引き継がれた用語である。
なお、以前のものを改製原戸籍(かいせいげんこせき)という。

慶応3年(西暦1867年)の大政奉還後、明治2年(西暦1869年)の版籍奉還により形式的には土地も人民も朝廷に返上された。しかし、未だ混沌とした国家造りの中、明治新政府は治安を維持し中央集権を図り、徴税及び徴兵に資する目的としてすべての国民を詳細に掌握する必要があった。その手段として、明治4年(西暦1871年)に廃藩置県を実施したことと併せ、明治4年戸籍法33則が制定され、戸籍は編纂された~(略)~戸籍には、戸主を筆頭に、直系尊属、戸主の配偶者、直系卑属、直系姻族、兄弟姉妹、傍系親族を記載することとし、親族でない同居者を附籍者(ふせきしゃ)として末尾に記載した~(略)~戸籍は、すべての国民を住所地において世帯を単位として登録するという住民登録の性質を持つものであり、どちらかと言えば現在の住民基本台帳に近いものであり、身分関係の記載は本来の目的ではなかった~(略)
(日本司法書士連合会研修資料より)


横溝正史「本陣殺人事件」


戸籍は家制度の根幹をなす個人情報である。
横溝正史の「本陣殺人事件」でいうと、一柳家の戸籍に自分の名前を入れてもらえるかどうか、どのような続柄で記載されるのかが、その人の今後の人生を決める。
ここで問題となるのはもちろん、誰が次の戸主となるのか、である。
資産家の家の戸主は絶対的権力者である。
誰かを戸籍に入れるのも、誰かを戸籍から追い出すのも、戸主権(こしゅけん)として認められていたからだ。
では、戸主はどのように決まるのか。
旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。
なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

原則として戸主の候補者は長男であった。
ただ、家庭の事情もあるので、バリエーションが用意された。
典型例は婿養子縁組である。
ここに三姉妹の家がある。
戸主が女性の場合は、それを「女戸主(おんなこしゅ、にょこしゅ)」といったが、三姉妹なら女戸主となる予定の者は長女である。
しかし、その長女が結婚するとき、結婚相手の男性がこちらの戸籍に入り、婿養子となれば、彼が長男となり、将来家督相続をして戸主の座に君臨することになるわけである。
資産家の家の長女が家を出ず、結婚相手を迎え入れると、長女の結婚は同じ屋敷に住む家族にとって大事件である。
次女、三女、彼女たちに夫や子供がいれば、一家を巻き込んだ壮絶な揉め事に発展しそうである。

ある日、「三本指の男」が農村の屋敷に転がり込んで来る。
三本指の男は長女のフィアンセで、屋敷内で威張り散らす。
こちらは廊下や食堂で顔を合わせるたび、この男を恐れ平身低頭しなくてはならない。
いよいよ、その憎たらしいやつを殺してしまおう、という日が来る。
満月の夜、眠っているところを次女夫婦に毒殺されるが、殺害現場の棟は密室のため、殺害方法が判然としない。
朝方自転車で駆け付けた地元の警察官は首をひねるばかりである。
そこで警察署長の親友で、金田一耕助の親戚のひ孫が、名探偵として登場する。
とまあ、こんな感じ??

さて、旧法には、その他にも、入夫婚姻(にゅうふこんいん)、分家(ぶんけ)、去家(きょけ)、一家創立、廃嫡(はいちゃく)といった様々な制度があった。
これらは難解だが、意味が分かればそれほど難解ではない。
また、旧法には、現代の私たちにも馴染みのある言葉が多くあり、例えば、嫡出子(ちゃくしゅつし)、非嫡出子(ひちゃくしゅつし)、認知といったものがそれである。
例えば三姉妹のお父様は地元の有力議員で、会社経営者なのだが、あってはならないことだが隠し子がいたりするとどうか。
もしそれが男なら、認知して自分の家の戸籍に入ると長男なので、先ほどの家督相続の話と同じである。
もっとも、認知だけをして、入籍を拒絶するのであれば問題なさそうに思えるが、その場合は法律上の親子関係が認知により発生する。
そのため、彼は家督相続人にはなれないが、遺産相続権を取得する。
やはり、これも揉めるだろう。
このように、戸籍の「あや」で家族の運命と財産が決まり、その戸籍に関する生殺与奪の権利を戸主が持っていたというのが、ついこないだまでの日本だった。
次回は、隠居について取り上げる。

2024/02/15

家督相続と隠居と事業承継と(1)

きのうは午後から書斎の片付けをしたが、司法書士研修で使った旧民法、旧戸籍法の資料があったので、ぱらぱらと読んでみた。
読者は、今時どうして戦前の旧民法、旧戸籍法を学ぶのか、と思うだろう。
しかし、例えば相続人調査をする場合、被相続人(死んだ人)が高齢なら戦前の戸籍までさかのぼることもあり、今も田舎の法務局では旧民法、旧戸籍法(以下省略)をめぐる質疑応答があるのだ。
何も戦前の法律は、昭和21年8月15日の敗戦と同時に無効となったわけではない。
戦後も約1年間は、旧民法が適用されていた。
新法への移行期、猶予期間のようなものがあり、新民法は昭和23年1月1日に施行された。
また、米軍占領下の沖縄では、その後も昭和32年1月1日まで、原則として旧民法が適用されていた。

日本は占領下にあって、沖縄を含む北緯30度以南の琉球(南西)列島は日本の施政権の範囲から除かれたため、その後に施行された応急措置法及び新民法は適用されず、その地域と本土の日本人同士で不平等な状況にあったとされる。それを解消するために、沖縄においては、本土の新民法と同内容に民法を一部改正し昭和32年1月1日に施行した。沖縄では、その前日である昭和31年12月31日までは旧民法により運用されていたとされ、現在、その当時に開始した相続における相続登記をする際には、本土の新民法又は旧民法のいずれを適用させて処理すべきかということについては、被相続人の本籍地、住所地、不動産の所在地を勘案して適用する判例が見られ注意を要する~(略)~その後、昭和47年5月15日に沖縄は日本に復帰し、本土の新民法が正式に適用されることとなった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

さて、歴史の授業でも習ったと思うが、戦前は家制度だった。
「家」には家長が君臨し、家督相続が行われた。
家督相続って何だろう。
家長は封建的な王様で、それ以外の家族は奴隷のようなものだったのかしら。
まあ、当時のことは私も知らないので何とも言えないが、戦前の「家」の問題については、金田一耕助(横溝正史のミステリー)をイメージすると分かりやすいと思う。


横溝正史「本陣殺人事件」


若い人は知らないかもしれないので念のため、「金田一少年の事件簿」ではなく、「金田一耕助のミステリー」である。
金田一耕助は愛嬌のある中年の私立探偵である。
昔々のテレビドラマでは石坂浩二が演じていたと記憶するが、帽子を取り長髪を掻くとフケが落ちるのが特徴であった。
横溝正史は推理作家の大御所である。
彼の著作の中では、金田一耕助シリーズの第1作「本陣殺人事件」が最も有名だが、どの作品も不吉なタイトルで、一度聞いたら忘れられないようなものばかりである。
「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」「悪魔が来りて笛を吹く」「悪魔の手毬唄」「病院坂の首縊りの家」、どれどれ、私の家の書斎にも横溝正史の推理小説が何冊かあった。
そのうちの1冊は、薄汚れた「本陣殺人事件」の文庫本であった。
やはり、横溝正史の本は、このように薄汚れていなくてはなるまい。


横溝正史「本陣殺人事件」「獄門島」「悪魔の降誕祭」


「本陣殺人事件」の舞台は、岡山県の農村の旧家「一柳家」である。
事件の日は雪が降っていた。
犯人は夜中、殺害現場の周囲の庭を歩いたはずだが、庭の積雪のどこにも足跡がない。
足跡を残さずどのように殺したか、という謎解きである。
いわゆる「密室連続殺人事件」の本作は、日本を代表する推理小説である。

薄汚れた文庫本のページをめくると、「1.三本指の男」~「岡山県の山村の」「あの恐ろしい事件」~「一柳家の」~と続く。
しかし、三本指の男とは、いきなりショッキングな書き出しであるが、いかにも横溝正史らしい設定である。
そして、金田一耕助のミステリーは家督相続と旧法の戸籍の問題をめぐる家庭のドタバタ劇とも言える。
本家、分家、婿養子といった言葉が出て来るが、これらは全て旧民法の制度の話なのである。
子供の頃は何も分からずテレビの前で恐がったりはしゃいだりしていたものだが、旧民法を理解していないと人間模様や殺害動機等もピンと来ないのではないか。

家とは、その構成員の中心的人物1名を戸主とし、その他の構成員を家族とし、その戸主と家族との権利義務によって法律上連結された親族団体である。旧民法上の「家」は戸主と家族からなり、戸主は家督相続により順次に継承されて、家は子々孫々まで引き継がれるものとされた。当時の日本は、家を国家構成の基本的な単位と位置づけ旧民法の基礎とした。そして、すべての国民はいずれかの家に所属し、どの家に所属するかにより身分や相続に関する影響があった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

つまり、「家」単位の財産がある。
それは「家長(戸主)」が相続する決まりである。
そのような相続の仕組みを「家督相続」といった。
不動産の登記情報(登記簿)を戦前まで遡ると、家督相続で所有権を取得した、などと書いてある場合がある。
その人はたいてい長男で、家を継いだ新戸主なのである。
もっとも、全財産が新戸主に家督相続されるわけではなく、現在の戸主が、家督相続の財産と、それ以外の財産に切り分けることができた。
後者の財産は家族の取り分で、こちらはこちらで別の仕組みで「遺産相続」された。
登記上、遺産相続で所有権取得した、などと書かれており、その人は例えば家を継がなかった次男や長女である。
当時は奥さんと子供が同時にもらえることはなかったため(同順位ではなかった)、たいていは長男以外の子供たちがもらった。
少し長くなるので、今回はこのくらいにしておこう。

2024/02/14

人生100年時代の終活フェア




私の終活本が出たのは、2023年11月10日。
もう、3ヶ月たつ。
きのうは柏駅近くの丸井MODIのジュンク堂書店に行った。
すると、人生100年時代の終活フェアというのがやってて、私の本がいいところに並んでいた。
私の本、結構、売れてんの⁉️🤔

2024/02/13

あんみつ先生の役に立たない人生相談!?



※以下は、フィクションです!

◆あんみつ先生の役に立たない人生相談のご案内◆
・要予約
・申込方法は、inquiry@efandc.comに申込のメールを送付してください
・お名前とメールアドレスと希望日時をご明記のうえ、簡単に自己紹介と相談内容をお書きください
・オンライン
・申込後、日時を決定します。なお、希望日時に添えない場合は調整をします
・10分以上の遅刻はキャンセル扱いとなります
・キャンセル料はありませんが、事前連絡はしてください
・法令違反のおそれのある相談は不可です(弁護士法、税理士法、金融商品取引法など)
・秘密厳守いたします


佐藤愛子「こんなふうに死にたい」


私の書斎の本棚には御年100才の大作家佐藤愛子先生の本が何冊も並んでいる。
ある夜、私は酔っ払って、ふらっと書斎へ行き、「こんなふうに死にたい」を手に取って読み始めた。
酔いがさめ、縁起の悪いタイトルの本を読んでいることに気付いた。
私はすぐ、本を閉じ、お腹が空いたのでキッチンへ行った。
ミルクたっぷりのホットココアを飲み、眠くなってベッドに入った。

ぐっすり眠ると翌朝は、小鳥の鳴き声で目が覚めた。
とても良い気分で寝室のカーテンをあけたが、いつもと同じ朝だった。
その後、私はひとりで、紅茶とヨーグルトを食べた。
同居人のママ殿は泊まりで出かけており、私ひとりなのだ。
食後、私は書斎へ行き、朝のメールチェックをした。
それからまた、本棚の佐藤愛子先生の他の本を手に取り、読んだ。
今度は「上機嫌の本」である。


佐藤愛子「人間の煩悩」「上機嫌の本」


佐藤愛子「役に立たない人生相談」「何でこうなるの我が老後」


そして、「人間の煩悩」「役に立たない人生相談」「何でこうなるの我が老後」、なかでも、「役に立たない人生相談」という本が気になった。

ふむふむ(*'ω'*)
人生相談は相談相手の役に立たなくてもいいのだな。

しかし、100才の大作家によると、何でこうなるの!!と言いたくなるくらい想定外の老後が私たちを待ち受けているというのだ。

いや、老後だけではないはず。

私たちは誰だって、日々、人生、何でこうなるの!!という思いでドタバタ生きているのではないだろうか。
などと思ったが、それなのになぜこの大作家は上機嫌でいられるのか、フシギなことである。
例えばこんなふうに死にたい、と思うことがあっても、実際には仕事が忙しかったりするし、人間には煩悩があるから、ココアを飲んでぐっすり寝ると朝が来て良い気分なのだ。

まあ、それはともかく、、、大作家佐藤愛子先生のいうように、人生相談は必ずしも役に立たなくてもいいのではないか。
ふと、私はそんなことを思ったのだ。

ビジネスの世界では、ペイン(課題)というものがあり、何らかの意味でのソリューション(解決法)を提供しなくては話にならない。
しかし、人生相談は、役に立たないなら役に立たないなりに、独自の価値を提供することができるのではないか、とも思う。

ということで、本日より、あんみつ先生の人生相談を始めます。
が、看板はあえて、「役に立たない」人生相談とします。
自分の専門には、こだわりません。
結論にも、こだわらないことにします。

私は、2階のサンルームへ。
窓際の明るいところに座り、佐藤愛子先生の「役に立たない人生相談」を読み始めた。

おもしろいのですぐ読み終わった。

それでは、いよいよ、今日からあんみつ先生の「役に立たない人生相談」を始めます。
どのようなものかお教えしましょう。
相談を受けるのはもちろん、役に立たない先生のあんみつ先生です。

例えば相談者が株式投資信託で損をした年金生活のおじいちゃんの場合、あんみつ先生に向かって、「私の老後、何でこうなるの!?(# ゚Д゚)キー」と聞いてもよし。

ええと、そう聞かれたら私はどう答えようかしら♪

「そうですね、あなた、どんなふうに死にたいの?」
「!!!」
「老後を考えるなら、まず、そこから考えましょうよ」
「・・・というと??」
「ファイナンシャルプランナーに資産設計をしてもらうと、案外、投資信託の損はどうってことない場合が多いんです」
「そうなの??」
「はい。だから、積み立てた投信を、損のまま、ほったらかしておけばよかったんです。ほったらかし投資というでしょう」
「ほったらかし、、、」
「老後のことも投信のことも、あなた、人生の覚悟が足りませんね。それなら今後は、投資をしないほうが人生気楽でよいのではないですか」
「そ、そうですね。どうもありがとうございました、、、」

おっと、、、おじいちゃんには、もっと優しい言葉をかけてあげるべきだったか。
でも済んだことを、私はマッタク気にしません(*'ω'*)
続きましてドタバタと、、、ガッツリ化粧をしたおばあさまが相談に来た。

「ねえ、聞いてよ!!」
「聞いてますって」
「毎日、頭に来ることばかりなのよ!!(# ゚Д゚)キー」
「どうしてです?」(化粧のノリが悪いから?)
「あたしは、毎日家でグウタラしている定年退職後の夫のことで悩んでいるのです」
「夫のことですか、、、愛しているんですか?」
「い、いや別に。。。」

ふむ、このような場合、何と言えば気が済むのだろうか。。。

「そうですね、奥さん、家の中に夫がのさばっているうちが花なんですよ」
「どういうこと?」
「私は投資講座のほかに、終活講座の先生もしています」
「終活って、遺言とか成年後見とか?」
「そうです、よくご存知で。私は一応、金融経済法律の先生ということになってるんです」
「あら、ただの人生相談員なのかと思ったら、あなた、なかなかやるわね!」
「いえ、それほどでもありませんよ。さて、あなたが頭に来るということは、夫は理解できる言葉で喋っています」
「というと?」
「夫は、まだ認知症にはなっていません。あなたも夫も、元気ということです。介護不要のそこそこハッピーなセカンドライフというべきではないでしょうか」
「そ、そう言われるとそうね、、、向かいの奥さんは毎日、夫の介護をして疲れて自分も寝ているもの。どうも、ありがとうございました。」

これは、なかなかいい答えだ。

今の時代は、ネットで検索すれば何でも分かる。
だから、こうすべき、ああすべきなどと、ロボットのように正解を答える指導員みたいな先生は人数も用も足りている。
どうすればいいか分かっちゃいるけどそれができないのが人間なのだ。
だから人生相談をしたいのだと私は思うのである。

2024/02/11

愛するあなたへ全財産を与える遺言書の書き方!?

チョット嫌な予感がする。
私の書いた本は、終活の本である。
終活とは、端的にいうと、「死ぬ」準備=「墓」に入る準備をすることである。

年末年始、私は、風邪でダウンして、寝込んでいた。
最初にママ殿が風邪を引き、それが私にも感染したのだ。
正月明け、私はママ殿を総合病院に連れていったが、ママ殿は、風邪をこじらせて肺炎になっていた。

1月、薬物治療で症状は改善。
ママ殿は自宅療養をした。
2月の再診では、医師から、もう完治しています、心配ない、といわれた。
しかし、家に帰ると、ママ殿は胸のあたりに手を当て、まだ違和感が残っている、いやな予感がする、などというのだった。

「ママ殿は、そんなに、いやな予感がするんですか、、、」(*'ω'*)
「アナタ、覚悟しておいていたほうがいいわヨ!」ママ殿は、やけに深刻な雰囲気で、「私は・・・今度風邪を引いたら、今度こそ肺炎で死ぬわヨ」
「ハハハ、まさか~。脅かさないでくださいよ。今の時代、気を付けていれば、そう簡単に肺炎で死にゃしませんよ。今回は年末年始で不運でしたよね」
「そうね、、、つい我慢して、後手後手に回ってしまったわ」
「ところで、ママ殿・・・いい機会なので、本格的に終活をしてみるのはどうですか?」
「終活・・・」
「遺言とエンディングノートを書いておき、いつ死んでもいいように準備しておきましょう」
「そ、そうね、、、去年、息子が書いた終活本が、早速、母親の役に立つとは、何とも皮肉な展開だけど」
「まさにこれは実用書なのですから」
「でも、この本、意外と難しいのよ」
「まあ、書かれていることは法律の知識ですからね。しかし、息子の書いた本なら、多少難しくても何とか読めるんじゃないですか」
「そうなのよ。フシギと・・・」
「ああ、そうだ」私は思い出した。「書斎の本棚に、佐藤愛子先生の遺言というエッセイもあります。読み疲れたら気分転換で、そちらも読んでみるといいですよ」
「へえ、、、アナタの本より面白そうだから、すぐ持ってきて」

我が家の書斎の本棚に、佐藤愛子先生の「私の遺言」という本があるのだ。
私はその本を手に取ってきて、ママ殿に渡した。
ママ殿は家事をしなきゃ、と言っているが、もうしばらく、読書でもして静かに過ごす方がよさそうである。




その後、私は、自分自身の終活のことも考えた。
今のうち、自分も終活しておいたほうがいいのではないか!?と思った。
医師は、風邪をこじらせて肺炎で死ぬ人も多いといっていたし、これからの時代、新種のウィルスに感染して、突然、死んでしまうこともありそうだ。
そこで私が考えたのは、愛する人に全財産を与える遺言書を、したためるということであった。

私の終活本の中では、典型的な核家族(父、母、子供2人)で事例を書いた。
そのため、愛する人に全財産を与える極端な遺言の書き方を、書いていなかった。
ちょうどいいので、このブログにでも、書き方を残しておこうか。

遺言には大きく分けて3つの方式がある。
・自筆証書遺言
・公正証書遺言
・秘密証書遺言

このうち、1人で手軽に書けるのが自筆証書遺言である。
自筆というだけあって、パソコンで作るのはだめ。
最近の改正で財産目録をパソコンで作ってもよいことになったが、遺言のメインの部分はなお、自筆に限られる。

とはいうものの、自筆証書遺言は書き方の簡単な決まり事があるだけで、それさえ守ればわりと柔軟な記述が可能である。
余事記載として、子供へのメッセージなどの記述もできる。
遺言に書けば効力が発生する遺言事項と比較し、これを「付言事項」などというが、自筆は手軽に書けるからミスがあると無効になってしまうということもあり、その点、注意が必要である。

それでは、愛する人に全財産を与える遺言の書き方を、自筆証書遺言の方式で実際書いてみよう。

まず、相続人の誰かに全財産を与えたいなら、全財産をその者に相続させると書けばいい。
例えば既婚者の私が奥さんに全財産を相続させたいなら、そのことをただ書けばいいので、話は簡単である。
ただ、遺留分(最低限もらえる遺産の取り分)がある相続人がいる場合、全財産を与えるならその者の遺留分を侵害することになるので、あとで遺留分を請求されて相続人たちの間でもめることが想定される。
この権利は、遺留分侵害額請求権といわれる。

次に、相続人以外の誰かに全財産を与えたい場合、どうすればいいのか。
この場合、全財産をその者に遺贈させることになる。
遺贈とは、遺言書により贈与をすることである。
通常であれば遺贈の相手は相続人以外の誰かで、例えば内縁の妻、連れ子などが考えられる。

例えば独身の私が大好きなAさんに全財産を遺贈する場合を考えてみる。
この場合も、私に相続人がいるとしてその遺留分が問題となるが、そもそも兄弟姉妹には遺留分がないため、全財産を遺贈する遺言があれば何ももらえない。
これに対して、子供、配偶者、親などには遺留分があり、Aさんが遺贈を断った場合には、法律の相続のルール(法定相続)に従って、彼らに遺産が渡ることになる。
しかし、一般に、Aさんに全てをあげたい人は、相続人にはなるべくあげたくない、と考えている可能性が高い。
そこで、遺言に但書(要するに、第2希望のようなもの)を付けておくことが考えられる。
例えば、「私は全財産をAさんに遺贈する。但し、Aさんが受け取らない場合は社会福祉施設B法人に遺贈する」といったように遺言書を書いておくのである。

なお、遺言書は、日付(年月日)、氏名、ハンコを忘れずに。
ハンコは、実印がよい。
紙は、100均に売っている普通の便せんで十分だ。
筆記用具は、油性ペン、万年筆など、消されないものがよいだろう。

書いた遺言書を、どこに保管するのかも問題である。
最近、法務局に自筆証書遺言を預けられる便利で簡単な新サービスができた。
今のところ保管料は1通3900円である。
相続開始後の家庭裁判所で遺言の検認手続が不要となるのも利点であり(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)、少なくとも自宅の金庫などにしまうよりは、良いと思う。


法務局遺言書保管手数料一覧
(法務局資料より)