2020/10/28

人生100年時代、他人の失敗談から学ぶ?? それとも、自分で失敗して学ぶ??

こないだ書斎をきれいに片付けた。
そのとき、1年ぶりに名刺を整理した。
紙の名刺はファイルブックに保管し、溜まってきたら一部を処分するのだが、今回の処分候補の名刺の中にDさんの名刺があった。

そういえばDさん、いま、どうしているかな、と思い、名刺の住所をGoogleで検索した。
が、雑居ビルの一室はすでに空き物件。
新型コロナウィルスの蔓延以降、彼とは音信不通なのだ。

私は彼のことを思い出してみた。
彼とはビジネスの交流会で知り合ったのだが、私よりも10才以上年上で、当時、ビルメンテナンス会社の社長だった。
都内の居酒屋で何度か飲んだが、彼は典型的なアルコール依存体質であった。
私の前で浴びるほどの酒を飲み、トイレに行ったまま戻らないこともあった。
また、いつも体調が悪いとぼやいていた。






「ぼくが上京してきた頃はバブルの絶頂期でした。」
「そうですか。」
「バブルなら毎晩、パーティーですよ。」
「そうでしょうね。」
「だから当時、ぼくは仲間とイベントの企画運営会社を始めたんです。」
「おお、いいですね。」
「でも失敗しました。たとえバブルでも、パー券で儲けるのは難しいんですよ。」
「な、なるほど。」

また、彼はこんなことも言っていた。
「バブルといえば株式投資ですよね。」
「まあね。」
「今と違って、当時の日本株は何でも上がったんです。うん、今ではまったく考えられないことなんだけど、買えばものすごく上がった。シロウトでも簡単に儲かった。でも、バブル崩壊で株価が大暴落して、それはもうあっという間の出来事でね、ぼくも仲間たちも大損しちゃいましたけどね。」
「な、なるほど、、、」

いくら損したのかは聞かなかった。
が、彼はこんな感じで、お酒が入ると私に様々な人生の失敗談を話してくれた。
バブル崩壊で大損した後、彼は職を転々とし、苦労があったようだ。
そして数年前、名刺の会社を起業し、そこそこうまくいっているという。
しかし、働きすぎで、1日のほとんどがデスクワークで、肩こりと疲れ目と頭痛がひどい、こればっかりは医者にいっても治らない、といっていた。
なるほど、彼が酒を飲むのは、肩と目と頭の血行をよくするための民間療法なのかしら。

さて、ここからは唐突な話だが、彼の最も重要な打ち明け話を少し話そう。
実は、彼は癌なのである。
医者から余命宣告を受けている。
数年前、余命数ヶ月と言われ、手術をして助かったものの、退院後は再発を心配する日々という。
そろそろ再発の周期に来ている、再発が判明したら、いよいよ自分の人生が終わる。
彼はビールのジョッキを眺め、死ぬ前に故郷に帰りたいと言ったが、彼は長男ではないため、居場所がないそうだ。
そして数ヶ月後、彼から不意のメールが来て、やはり再発したので~と簡単な報告が書いてあった。
それっきり音信不通である。

ええと、この名刺、どうしよう、、、
大事に保管しておいてもしょうがない、シュレッダーにかけよう。
ただ、今は便利なことにスマホのカメラがあるので、Googleのフォトスキャンで撮影してから処分した。
癌が再発し、その後、事務所が空き物件になったから、彼はもう死んだんだと思う。
いやいや、彼ほどしぶとい男なら、何だかんだいって、今夜もどこかの居酒屋で飲んだくれて愚痴っているのかもしれない。
できればそうであってほしいのだが、いずれにせよ、彼は平穏無事に、故郷へ帰れたのだろうか。


2020/10/18

おいしいラーメン、まずいラーメン

きのうは、日本芸術文化振興会のPD(プログラムディレクター)のN先生の研修があり、その帰りに埼玉県立近代美術館に立ち寄った。
この美術館は北浦和公園の中にあり、北浦和駅から歩いて5分もかからない。
以前、ぐるっとパスで企画展だけを見たことがあり、その時に常設展(MOMASコレクション)がたった200円だということを覚えていた。
今日は、たった200円でどんな作品を見られるのか楽しみにしていた。




埼玉県立近代美術館常設展示ジョルジュルオー


ルノワール、クロードモネ、ポールシニャック、ジョルジュルオー。
しかし、常設展示場は予想外に小さく、展示数も少なく、20~30分で見終わった。
よく言えば少数精鋭だが、何というか、やはり、200円の常設展だった。
まだ屋外展示場に彫刻作品が何点かあったが、外は雨でおまけにかなり寒く、見に行かなかった。


埼玉県立近代美術館


私は気を取り直して、2階の企画展の方を見ることにした。
「今日みられる椅子」、なるほど、椅子は展示作品なので座れませんというニュアンスである。
しかしいつもと違い、なぜかこの企画展は無料だった。
無料の企画展とは珍しい。
しかし、展示されている椅子はどれもユニークであり、見ごたえがあるものばかりだった。
座りやすさという点では、大半の椅子は問題がありそうだが、ロッキングチェアー、JRの駅のホームの椅子など、おなじみの椅子もある。

さて、出る前に私はちょっと美術館の中を歩いてみた。
外観はかなり大きな建物で、ロビーも広々としている。
なのに、どうして常設展示場があんなに小さかったのか、そこがどうも納得できなかったからである。
ただ、歩いてみると、この美術館の建物は案外小さいのだった。
何かアンバランスな気がしたが、建築家ではない私にはよく分からなかった。

美術館を出て、私はお昼を食べることにした。
私はラーメンマニアではないが、ラーメンの食べ歩きは大好きである。
今日はおいしいラーメンが食べたかった。
北浦和駅から公園まで歩き、交差点の横道のラーメン屋が最もおいしそうに見えたが、「準備中」だったので先に美術館に入った。
しかし、帰りに見に行ったらシャッターが半分おりていて、「準備中」が「閉店」になっていた。
あれ、おかしいな、、、さっきは「準備中」で、いま「閉店」というのは明らかにおかしい。
準備をして閉店をしないでほしいのだが、閉店の準備をしていたのだろうか。
だが、閉店の準備なら、「準備中」ではなく、最初から「閉店」の札を吊るすべきである。
もしかして新人のアルバイトが間違えて吊るしたのかしら??
しかしまあ、終わったものはしょうがないので、とりあえず別のラーメン屋を探して入った。

最後に。
いちいちラーメンのことを書くと長くなるので書かないが、おいしいラーメン(写真参照)なら言うことがない。
だが、まずいラーメン屋だと本当に始末に負えない。
なぜなら、そばやうどんと違い、ラーメンはこってりしているため、食後に胃腸の調子が悪くなったり、最悪の場合は電車の中で気分が悪くなってしまうからである。
あのラーメン屋、あそこはまずかった。
もう本当にそれだけ。
以下の写真のおいしいラーメンは上から順に、俺流ラーメン塩(渋谷)、一点張り(赤坂)、ラーメンはやし(渋谷)。


俺流ラーメン塩


一点張り


はやしラーメン、渋谷

2020/10/08

「老人」×「トータルソリューション」

14日から幕張メッセで病院フォーラムがあり、私の手元には郵送された招待状がある。
なぜか私の招待状はVIP。
今回の特別講演の登壇者は相澤病院理事長の相澤孝夫先生である。
私はこれを聞こうと思って同フォーラムに申し込んだのだが、急遽用事で行けなくなった。
ただ、実は以前にも一度、相澤先生の講演を聞いたことがあり、その時の資料を読もうと思い、書斎のファイルから引っ張り出した。


慶應MCC夕学五十講相澤病院理事長の講演会


これは、2019年1月29日の「夕学五十講」の時のものである。
夕学五十講とは、これまでも何度かブログに書いたように、丸の内の慶應MCCの講演会のことである。
この日は友人と一緒に聞きに行き、帰りは寒いのに椿屋カフェ(椿屋茶房)で冷たいパフェを食べた。
椿屋は、女性店員がメイド喫茶のメイドさんみたいだ、そんな話題にもなったが、テーブル上に置かれた花椿マークの入ったグリーンの帽子もしゃれている。


椿屋カフェ


椿屋珈琲


まあ、それはさておき、私は来週の講演会を聞けないので、以前の講演内容をブログに書き記して思い出してみようと思う。
おや、病院フォーラムのチラシを見ると、ホリエモンも登場するのだね。
今回、ホリエモンは予防医療のNPO法人の関係者として、予防医療の重要性について講演するようだ。
そして相澤先生もまた、予防医療は重要だと語っていた。
昔の医療は、患者が来院すると治療をして帰ってもらうだけだったが、それだと現在の大病院はもう経営が成り立たない。
そこで、治療の左と右、つまり左は予防で、右はアフターケアであるが、その両端でもっと稼ぐ必要があるという。
もっとも、それは単なる儲け主義ではない。
患者の利益(幸福や満足)にも資することなので、病院と患者はウィンウィンということである。

では、予防医療とアフターケアとは具体的に何のことなのか。
例えば健康診断がすぐに思い浮かぶが、健康診断よりも介護の方が現在の高齢化社会では重要だという。
例えば、寝たきり老人にさせないための在宅介護、介護の周辺の様々な支援サービスは、もはや不可欠だという。
これからの大病院の経営は、医療、介護、健康診断、その周辺サービスまでも事業を拡大し、多角経営で運営する、「老人」×「トータルソリューション」で稼ぐ、まあ、それは確かに理にかなっていると思う。

ただし、この辺の問題は、この日の講演のメインではなく、病院の人事制度をどうするか、こちらの方がメインであった。
そもそも、一般企業の人事制度は病院には通用しないのだという。
第一に病院は営利組織ではないからだが、第二に「病院カースト制」とぶつかるからである。
ようするに、病院の人事は絶対服従のピラミッド型で、医者が上位、事務方は下位なのである。
現場の専門職は何らかの国家資格の保有者、医師、看護師、理学療法士、介護福祉士~などであるが、それに対して事務方は、特別な国家資格等を前提とせず、医療現場では肩身が狭いのだそうだ。
ふつうなら事務方が上、現場作業員は下であろうが、まあ、そんなの当たり前のことだから、経営側が現場を仕切れるわけである。
だが、病院の地位の序列はそれが逆転しているため、経営側が現場に対して「従属」しがちなのである。
その結果、医療現場が勝手に動き、経営側はそれを黙認することもあるという。
これではせっかくの経営戦略も機能しないので、まず最初に人事制度の改革に着手したのだという。

では、人事制度をどのように策定し、どのように組織内へ浸透させたのか。
これについては相澤病院の具体的事例があって、詳細で実務的な説明と資料をもらったので、ここで説明するよりは慶應MCCのウェブサイトでアーカイブを見る方がよいだろう。
もし興味があるようなら、そちらを参照してほしい。

2020/10/06

わたしのワインの先生(2)ボジョレーヌーボーのマーケティング

いつのまにか、駅ビルで売っている牛乳パックのデザインが変わっていた。
家でコーヒーを飲むとき、その牛乳パックを眺めたが、これは好印象なのでデザインの変更後に売上が増えたはずだと思った。
牛乳の味は別にどうってことはなく、いつもと同じである。
しかしその後、案外それほどの効果はないだろう、とも思った。
というのは、最近聞いたボジョレーヌーヴォーのワインセミナーで、農協牛乳のパックのデザインを手がけたデザイナーから聞いたことなのだが、最初はあんなデザインはないだろうと農協の理事たちにコテンパンに批判されたそうなのだ。
ただ結果として、あのオレンジ色のシンプルなデザインに変更したことで、農協牛乳の売上は劇的に増えたのであった。
確かに、仮に私が当時の農協でアルバイトをしていたとすれば、あのデザインでは売れそうにないと思っただろう。
逆に、この駅ビルの牛乳パックのデザインはどう見ても好印象、売上が増えると思うのである。
私はアーティストでもデザイナーでもないし、その才能もないので、農協の理事たちと同様凡人の見方になるわけだが、たぶんというか、きっと、私の直感はハズレていると思う。

さて、そのデザイナーは麹谷さんという70歳くらいの高齢の男性であった。
業界有名人というが、業界人でない私はもちろん知らない。
デザイナーというと花やかな世界をイメージするが、服装が地味だった。
また、高度経済成長時代の成功談ばかりで近況の話がなかった。
そのため、何だか冴えない感じに見えてしまい、私はふと、この人、最近何をしているのかしら??と思った。
いや、まあ、この年代なら年金と貯金で悠々自適に暮らしているのだろうし、今日はこうして、11月のワイン教室のボジョレーヌーヴォーのセミナーで、大昔の思い出話をしてお小遣い稼ぎをしているのだろうが。
しかし、その話はたとえ大昔の思い出話でも、彼がボジョレーヌーヴォーを日本に紹介し、根付かせるまでのマーケティング等の裏話であり、非常に興味深いものであった。


ボジョレーヌーボー麹谷宏ワインセミナー


ボジョレーヌーボー麹谷宏ワインセミナー


そういえば、まだ書いていなかったが、T先生と私の出会いは、WSET3の資格試験を受けることになる2019年4月からさかのぼって約半年ほど前の2018年10月のこと。
このボジョレーヌーヴォーのワインセミナーである。
このとき先生は司会進行役をしていた。

アフターの飲み会。
すでに9時を回り、大半の受講生は帰ってしまい、階下の待ち合わせ場所に集まったのは10人ほどだった。
私たちは南青山のFrancfrancの前でタクシーに分乗し、外苑西通りを南下、予約した西麻布のフランス料理店に行ったのだが、タクシーの後部座席で私は、司会を務めた先生とたまたま一緒になった。
初対面なのにずいぶんくだらない話をしたものだが、この先生、黒ずくめの喪服のような格好が魅力的で私はすぐに覚えてしまった。
おお、なんか話はおもしろいし、いい雰囲気の先生だなあ。
まあ、主役の麹谷さんの服装が地味なので、司会の先生が目立たないためには黒を選ぶのが妥当なのだろう。
雑談の内容から推測すると、T先生は元客室乗務員である。






飲み会が終わったのは11時過ぎ、帰りは何人かで青山公園の方へ乃木坂駅まで歩いた。
家に帰ったのは午前1時ごろになった。

さて、ここからは後日談と余談である。
私は麹谷さんの話がおもしろかったので、後日、当時に詳しい飲食店のオーナーにこの話をほぼそのまま話したのである。
すると、彼は考え込んだ様子でこう言った。

う~ん、ボジョレーのマーケティングをしたのは〇〇さんのはず。なんかマーケティングの内容もちょっと違うと思うけどなあ、、、

意外な返事で驚いたが、ヨチヨチ歩きの頃の話がウソか本当かなど私に分かるはずがない。
なので、それ以上の話には至らなかった。
しかし、この問題、よく考えると重大ではないか。

インターネットには、ここ20~30年の情報の痕跡が、ほぼリアルタイムで追跡できるほど詳細に残されており、正直、気持ちが悪いほどだ。
かたやインターネット普及前のことについては、Wikipediaなどに些細な手がかりがあるだけで、確かめようのない事実ばかりが、間違いないこととして書かれているのである。
したがって、麹谷さんが作り話をしたところで、こちらはそれをありがたく聞くしかなかっただろう。
もっともインターネットで調べると、麹谷さんは農協牛乳を本当にデザインしており、業界有名人の方なのだが、、、

現代は高度の情報化社会である。
しかし、ある時期からの情報だけが異常にあふれ返っているだけだ。
これで本当に情報化社会??
いや、非常に偏った情報化社会だと思う。
結局のところ、真偽はともかく麹谷さんの話に受講料4000円(??)の価値があったかどうかが重要なのである。
その点、私は彼の昔話を聞き、非常に楽しかったし、勉強にもなった、ということである。

2020/10/04

終末医療の専門医

10月最初の週末、アミュゼ柏(柏市の公共施設)で緩和ケアの講演会があった。
講師は地元の病院に勤務する緩和ケア専門の精神科医で、国立がんセンターの緩和ケア担当医だった先生である。




アミュゼ柏


緩和ケアのことをホスピスケア、緩和ケア病棟のことをホスピスと言う。
それは余命宣告された末期がん患者向けの終末医療を想起させるが、必ずしもそれだけに限定されたものではない。
例えば鎮痛剤が効かなくなり、ガンの痛みがひどくなっている場合でも、緩和ケアの対象にはなるのだそうだ。
しかし、緩和ケアはそれほどニーズがないのだという。
患者が緩和ケアを訴えると主治医は治療を頑張りましょうといい、主治医が緩和ケアをすすめると患者は自分はまだ元気で死ぬと決まったわけではないと言い張るのだそうだ。
ああ、なるほどなと思った。

しかし、先生のはなしだと、そういう硬直的な考え方ではなく、意地を張って痛いのをギリギリまでがまんしてもしょうがないでしょう、ということであった。
そりゃそうだなと思った。
私なりの理解としては、緩和ケアもまた、患者の病気を治すこと以外の病院の価値である。
しかし、それがまだ病院の価値として十分に理解されているとは言えないのである。
今後、長い時間をかけてそれが理解されるだろう。
そうなると病院のあり方が根本的に見直されることになるだろうし、そこに新しいビジネスチャンスなどもあるかもしれない。

さて、講演会の最後に参加者から質問があり、安楽死の話題となった。
最近、医者が患者を安楽死させて逮捕された事件があり、先生は少し気の進まないような感じで話してくれた。
先生ははっきりと言わなかったが、安楽死には反対のようであった。
緩和ケアの精神科医なら安楽死に賛成かと思ったら、まったくそうではなかった。
しかし、先生のはなしを聞くと、安楽死に賛成する風潮が安易だと思えるのだった。
安楽死を認めると、安楽死が認められるための条件が作られるわけだが、その条件をみたすかどうか、つまり患者を安楽死させるかさせないかは現場の医師が判断することになる。
だが、現場の医師としては、人殺しの判断を自分たちにさせないでほしい、ということなのだ。
この判断はふつうの人間が背負うには荷が重いし、人の命を救いたいという医師の使命感にも反しているのではないか。
先生は緩和ケアの専門医で、患者側の安楽死を望む気持ちがよく分かるのであろう。
なので、先生は多くを語らず説明不足で終わったが、かえって私はその答え方にとても納得し、先生の誠実さを感じたのだった。

2020/10/03

私たちの未来

本は定期的に古本屋に売って減らしてきたが、きのう、久しぶりに本棚を整理した。
雑誌、ビジネス本、文庫本のほかに、マンガの本棚もあり、しばらくそこでマンガをパラパラ読んでから本棚に戻すようなことを繰り返した。
少年漫画で面白い作品というと、藤子不二雄の「ドラえもん」以外にあまり記憶がない。
高橋留美子の「らんま2分の1」や「めぞん一刻」がおもしろいと思うような子供だったので、学生時代、女性向けの漫画に流れ着いた。
私の見立てでは、女性漫画家の作品の方が洗練されており、それを読むと男性漫画家のものは物足りないというか、ダサく見えてしまうのである。

当時は神保町の三省堂や書泉グランデなどへ行き、女性向けの漫画をよく買った。
私は大島弓子と名香智子の大ファンであった。
わざわざ神保町まで行く理由のひとつは、地元の本屋で買うのが恥ずかしいからである。
買ったらブックカバーをかけて読んでいた。

しかし実は、神保町の書店街で買う、もう1つの理由があった。
私は当時、競馬が好きで(学生が馬券を買うのは本当はだめなのだが)、土日はよく後楽園のJRAの場外馬券場(ウィンズ)まで買いに行っていたのだが、馬券を当てた帰りは隣の神保町の書店街まで歩き、おもしろそうな少女漫画やレディコミのまとめ買いをした。
書棚の本を1つ1つ吟味するのは恥ずかしいし、馬券で当てたあぶく銭である。
取りやすい平積みのものをまとめてレジへ持って行き、「ぜ、全部カバーをかけてください、、、」などと店員の女性に言ったものだ。
そういう本のなかに、たまたま入っていたのが大島弓子と名香智子なのであった。


名香智子「翡翠の森」単行本


大島弓子「毎日が夏休み」「すばらしき昼食」単行本


名香智子の作品はいろいろあるのだが、レディースコミックのテイストが多かった。
男性向けの単調なエロ漫画とは違い、なかなか学ぶべきところも多かった。
例えばラブホテルのエレベーターをおりるときに、会ってはまずい相手と会ってしまうことがあるとか、そういう注意点を学んだ。
彼女はシャープでシリアスな画風なのに、しょうもないギャグセンスなので、そこは気に入っていた。

大島弓子については、私は彼女の初期作品のファンであるが、後期の飼い猫(サバ)との私生活を描いたエッセイは彼女にしてはやや物足りない出来だと思う。
ただ、この物足りなさというのは、悪くはない。
大島弓子が少女からおばさんになったのが主な原因である。
私もおじさんの年齢に至ると、こちらの方が気楽に読めていいのである。
もっとも、「毎日が夏休み」は、後期のものの中ではかなりおもしろいと思う。
昔この本を買い、毎日が夏休みならさぞかし楽しかろう、と思って期待して読んだのだが、そういうわけでもないのだな、と思った。

さて、レディコミのほかに、いわゆる「やおい」と呼ばれるジャンルがある。
コミケの二次創作などもあるみたいだが、私はその手の本はよく知らない。
しかし、そういうことを取り上げた解説本を何冊か読んだことがあって、たいていはサブカルチャーの本なので、そのうち私はサブカルチャーの本を何冊か読むようになった。
当時は岡田斗司夫氏、宮台真司氏あたりが売れっ子で、世の中には気難しい人がいるなあ、と思ったものだ。

ある日、何となく三省堂で東大卒の社会学者宮台真司氏の本を立ち読みした。
宮台氏の本を買うくらいなら、私は上の階で少女漫画を買って帰る派なので立ち読みで済ませたのだが、この時すでに、彼は21世紀の日本をほぼ言い当てていたと思う。
これからの時代の若者たちがどう生きるべきかがテーマで、「終わりなき日常を生きろ」とか書いてあった。
文章を読んでもイミフメイ。
しかし、何かを目指したり成し遂げようとしたりするのではなく、死ぬまで単に平凡な日常を送るんだ、というような内容だった。
これは、バブル崩壊後の閉塞した社会の中での若者の新しい生き方の指針でもあった。
私は学生だったので、人生はつまらないがそういうもの、毎日淡々と生きりゃいい、と理解し、「諦めが肝心」と似たような言葉かなと締めくくった。
しかしその後は、1995年の地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、1997年の山一證券の破綻、金融危機と最悪の時代に突入し、ようするに、終わりなき日常を生きるのもかなり大変な日本社会になっていくので~という文脈で理解するようになった(よく知らないが多分こっちのニュアンスなのでは??)。

これからの私たちの未来は、「終わりなき日常」「毎日が夏休み」の反対に向かおうとしているのだと思う。
戦後の長い平和主義の時代、平穏が保たれていた平成不況の時代は間違いなく終わる。
そういう時代を基準にすると、日常とは平穏かつ平凡、淡々と続くものと思いがちだが、これからの日本はそうではない。
終わりなき日常は突然に終わり、夏休みのような平穏な毎日は続かなくなる。
令和の日本、あるいは自分自身の人生にも、そんな未来がもうそこまで迫っている。

まあ、そうなると私たちはサバイバルの時代を生きることになるから、男性でも料理くらいはできなくてはなるまい。
こないだ私は、ABCクッキングでお弁当を作ってきた。
弁当作りは初体験だったが、せっかくなので近くの公園のベンチで食べた。
太陽を浴びながら、秋風に吹かれ、それはそれは「すばらしき昼食」ではあったが。


ABCクッキングの肉弁当


ABCクッキングの肉弁当