2020/10/06

わたしのワインの先生(2)ボジョレーヌーボーのマーケティング

酪農牛乳


いつのまにか、駅ビルで売っている牛乳パックのデザインが変わっていた。
家でコーヒーを飲むとき、その牛乳パックを眺めた。
好印象なので、デザインの変更後に売上が増えたはずだと直感した。
牛乳の味は別にどうってことはなく、いつもと同じであった。

しかしその後、案外それほどの効果はなかったかな、とも思った。
というのは、以前ボジョレーヌーヴォーのワインセミナーで、農協牛乳のパックのデザインを手がけたデザイナーから聞いたことなのだが、最初はあんなデザインはないだろうと農協の理事たちにコテンパンに批判されたそうだ。
しかし、結果として、あのオレンジ色のシンプルなデザインに変更したことで、農協牛乳の売上は劇的に増えたのであった。
確かに、仮に私が当時の農協で働いていても、あのデザインでは売れそうにないと思っただろう。
逆に、この駅ビルの牛乳パックのデザインはどう見ても好印象なので、売上が増えたはずだと直感するのである。
私はアーティストでもデザイナーでもないし、その才能もない。
なので、農協の理事たちと同様に凡人の見方になるわけだが、たぶんというか、きっと、私の直感はハズレていると思う。

さて、そのデザイナーは麹谷さんという70歳くらいの高齢の男性であった。
業界有名人というが、業界人でない私はもちろん知らない。
デザイナーというと花やかな世界をイメージするが、服装が地味だった。
また、高度経済成長時代の成功談ばかりで近況の話がなかった。
そのため、何だか冴えない感じに見えてしまい、私はふと、この人、最近何をしているのかしら??と思った。
いや、まあ、この年代なら年金と貯金で悠々自適に暮らしているのだろうし、今日はこうして、11月のワイン教室のボジョレーヌーヴォーのセミナーで、大昔の思い出話をしてお小遣い稼ぎをしているのだろうが。
しかし、その話はたとえ大昔の思い出話でも、彼がボジョレーヌーヴォーを日本に紹介し、根付かせるまでのマーケティング等の裏話であり、非常に興味深いものであった。


ボジョレーヌーボー麹谷宏ワインセミナー


ボジョレーヌーボー麹谷宏ワインセミナー


そういえば、まだ書いていなかったが、T先生と私の出会いは、WSET3の資格試験を受けることになる2019年4月からさかのぼって約半年ほど前の2018年10月のこと。
このボジョレーヌーヴォーのワインセミナーである。
このときT先生は司会進行役をしていた。

アフターの飲み会。
すでに9時を回り、大半の受講生は帰ってしまい、階下の待ち合わせ場所に集まったのは10人ほどだった。
私たちは南青山のFrancfrancの前でタクシーに分乗し、外苑西通りを南下、予約した西麻布のフランス料理店に行ったのだが、タクシーの後部座席で私は、司会を務めたT先生とたまたま一緒になった。
初対面なのにずいぶんくだらない話をしたものだが、この先生、黒ずくめの喪服のような格好が魅力的で私はすぐに覚えてしまった。
おお、なんか話はおもしろいし、いい雰囲気の先生だなあ。
まあ、主役の麹谷さんの服装が地味なので、司会のT先生が目立たないためには黒を選ぶのが妥当なのだろう。
雑談の内容から推測すると、T先生は元客室乗務員である。






飲み会が終わったのは11時過ぎ、帰りは何人かで青山公園の方へ乃木坂駅まで歩いた。
人通りのない暗い夜道、墓地の近く、どこかの会社の社長と並んで、黒ずくめのT先生が私の前を歩いていて、なんか、住む世界の違う人のようだと思った。
家に帰ったのは午前1時ごろになってしまった。

さて、ここからは後日談と余談である。
私は麹谷さんの話がおもしろかったので、後日、当時に詳しい飲食店のオーナーにこの話をほぼそのまま話したのである。
すると、彼は考え込んだ様子でこう言った。

う~ん、ボジョレーのマーケティングをしたのは〇〇さんのはず。なんかマーケティングの内容もちょっと違うと思うけどなあ、、、

意外な返事で驚いたが、ヨチヨチ歩きの頃の話がウソか本当かなど私に分かるはずがない。
なので、それ以上の話には至らなかった。
しかし、この問題、よく考えるとかなり重大ではないか。
インターネットには、ここ20~30年の情報の痕跡が、ほぼリアルタイムで追跡できるほど詳細に残されており、正直、気持ちが悪いほどだ。
かたやインターネット普及前のことについては、Wikipediaなどに些細な手がかりがあるだけで、確かめようのない事実ばかりである。
したがって、麹谷さんが作り話をしたところで、こちらはそれをありがたく聞くしかなかっただろう。
インターネットで調べると、麹谷さんは農協牛乳を本当にデザインしており、業界有名人の方なのだが、それ以外のこと、ボジョレーのマーケティングのことが本当かどうかはまた別問題である。

現代は高度の情報化社会である。
しかし、ある時期からの情報だけが異常にあふれ返っているだけだ。
これで本当に情報化社会??
いや、非常に偏った情報化社会だと思う。
もっとも、私は、昔話が真偽不明のままなのは、かえって健全で、良いことだと思う。
ある人の過去が検索などで全て分かってしまうのが、便利で素晴らしいと認識されているわけだが、それを異常で恐ろしいことだと感じないのだろうか。
結局のところ、真偽はともかく麹谷さんの話に受講料4000円(?)の価値があったかどうかが重要であり、また、私たちがそれで満足したかどうかが重要なのだと思う。