2024/06/24

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  • これは、夏バテ防止にとても良いのではないか
  • 屋台のチョコバナナ
  • 東証の近所のビルの地下の「小楠国」に潜入。。。
  • 女の世界
  • ギャラリーフロレゾン跡地再訪
  • 離れ離れになって3年が過ぎても、心変わりは一切ない

■執筆者
加藤光敏
詳しいプロフィールについては、KADOKAWAのウェブサイトをご覧ください。

■連絡先
inquiry@efandc.com

離れ離れになって3年が過ぎても、心変わりは一切ない

東劇でMETのオペラを2本見てきたのは、9月のことだ。
そのうちの1本は、定番中の定番、プッチーニの「トゥーランドット(Turandot)」である。

プリンセス・トゥーランドットは中国の紫禁城で父親とともに暮らす絶世の美女で、常に他国の貴族や王子などから言い寄られている。
ただ、強烈な男嫌いで、全ての男たちを拒絶している。

トゥーランドットは求婚されるとその男を殺してしまう!

拒絶にも限度があると思うが、残忍で冷酷な中国のプリンセスということで、業界有名人(?)となっている。

彼女は求婚者に3つの謎かけをする。
全問正解なら結婚すると約束をするが、難問なのでどうせ解けないのだ。
これまで挑戦者の男たちは全員処刑され、城下町の道ばたにその生首が吊るされている。
今回は、戦争に敗れ放浪中のカラフ王子がトゥーランドットにひとめぼれをし、3つの謎かけに挑む。

そんなストーリーである。

以上は、2023/10/18「トゥーランドットは求婚されるとその男を殺してしまう!」より。




先日。
私は銀座の東劇で、METライブビューイングオペラ「蝶々夫人(Madama Butterfly)」を見てきた。
こちらもプッチーニオペラの代表作である。

蝶々夫人は、カルメンと同じくらい、単純な話である。

第1幕。
舞台は明治維新後の長崎。
ゲイシャの名前は蝶々といって、15才の美少女だが、実は、ハラキリをして名誉の死を遂げたサムライを父に持つ、武家の令嬢である。
父の死で家が没落し、名誉を捨て、売春宿で体を売って生きている。

ある日、長崎に赴任してきた米国海軍士官ピンカートンが、美しすぎる蝶々に一目惚れをする。
彼は、(日本人には莫大な金だが)わずか100円で身請けをし、形ばかりの盛大な結婚式を挙げる。
そして、(米国の特権で)99年契約で借り上げた高台の豪邸に彼女を囲った。

これが悲劇のはじまり。






第2幕。
蝶々は、高台の豪邸に住み、ピンカートンの妻となっている。
しかし、これは形だけの結婚契約である。
当時長崎ではこのような結婚契約が、普通にあったという。

「当時の長崎では、洋妾(ラシャメン)として、日本に駐在する外国人の軍人や商人と婚姻し、現地妻となった女性が多く存在していた。また19世紀初めに出島に駐在したドイツ人医師のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトにも、日本人妻がいた。下級の軍人が揚屋などの売春宿などに通って欲望を発散する一方、金銭的に余裕がある高級将校などは居宅に女性と暮らしていた。この際の婚姻届は、鎖国から開国にいたる混乱期の日本で、長崎居留の外国人と日本人女性との同居による問題発生を管理したい長崎奉行が公認しており、飽くまでも一時的なものだった。相手の女性も農家から長崎の外国人居留地に出稼ぎに来ていた娘であり、生活のために洋妾になったのである。互いに割り切った関係であり、この物語のように外国人男性との関係が真実の恋愛であった例は稀である」




ピンカートンは、蝶々に情熱的にアタックし、プロポーズをし、永遠の愛を誓い、結婚式まで挙げた。
しかし、祖国アメリカには、フィアンセがいて、帰国後は彼女と結婚し、蝶々のことは忘れている。

かたや、純粋無垢な蝶々は、彼が帰国して3年が過ぎても、彼を終生の夫と信じ込んでいる。
自身の家と宗教を捨て、キリスト教に改宗したため、親族からは絶縁されている。
貯金はあと僅かとなり、下女のスズキは狼狽している。
だが、彼女は売春の道に戻るつもりはなく、ただ、家にじっとして、彼の帰りを待っている。

ここで、蝶々夫人は、有名なアリア「ある晴れた日に」を歌う。
離れ離れになって3年が過ぎても、心変わりは一切ない。




ある日、領事のシャープレスが訪ねて来る。
ピンカートンが祖国で結婚したことを彼は知っているが、蝶々を目の前にすると、良心の呵責から真実を切り出せない。
2人の結婚を取り持った公証人のゴローも、蝶々夫人の世話をする下女のスズキも、ピンカートンの愛を信じる蝶々夫人にかける言葉がない。
その後、ヤマドリ公爵というバツイチの富豪が現れ、蝶々夫人にプロポーズを繰り返すが、蝶々夫人は断固拒絶する。

実は、蝶々夫人は、ピンカートンそっくりの息子を育てているのだが、その後、妻と一緒に帰国したピンカートンにその息子を取り上げられてしまう。
母としての生きがいをも奪われた彼女は、かつての父と同じく、自ら名誉の死を選ぶ。

これが悲劇の結末。




オペラが終わったのは夕方5時。
外はまだ明るい。
劇場の前の赤信号の交差点で立ち止まり、どこかに寄り道しよう、と思った。

私は、東劇~銀座三越の交差点~松屋方面~京橋と歩いた。
いくつかのギャラリーを巡ったが、ポーラミュージアム銀座では、オペラに関する写真展「OPERA DE PARIS」をしていて、タイムリーで非常に良かった。








ポーラのビルを出た後、私は、京橋駅の向かいのブリリアアートギャラリーに入った。
黒田征太郎さんの個展「悲の器、水と光」が開催されており、初日で画家本人が在廊していた。

おや、部屋の奥で、壁に向かって、ライブペインティングをしている人がいる。
あの人が、黒田さんなのだろうか?




黒田さんの足元はおぼつかず、絵筆を持つ手が震えている。
壁画に描かれた太い線は、グダグダになっている。
キャプションを見ると、米軍のB29による空襲の体験談が書かれていたので、黒田さんは戦前の生まれで、80才以上だ。

そういえば、壁に絵を描くのは、体力がいる、しんどい、ということを、以前日本橋のアートホテルで大きな壁画を描いた女性画家と話したときに聞いたことがある。
しかし、黒田さんの展示作品を見ていくと、どの作品も描きっぷりが似ていて、どうもこれは彼の作品のスタイルのようである。






以下は、帰宅後に手帳のメモに書いた蝶々夫人の雑感である。

蝶々夫人をトゥーランドットと比べると、なかなか面白い。
トゥーランドットは賢明すぎた。
あらゆる事情を洞察し、意中の相手でも、殺して追い払ってしまった。
しかし、女王の権力や圧力に屈さず、殺されなかった男なら、女王の戦略的パートナーとしてふさわしいので、結婚をOKするということであった。

これに対し、蝶々は愚かすぎた。
選別することなく、直ちに意中の男を受け入れた。
その後は、あらゆる事情を顧みず、意中の相手を、ただ信じて待った。

ある時、自分の人生に劇的変化をもたらすような意中の相手が出現することがある。
このとき、早い者勝ちが理屈で、すぐにOKしたくなる。
だが、賢明な女性は、我慢する、いったん遠ざける、返事を保留する。
素晴らしい恋愛には、障害が必要で、意中の相手なら即答することで障害がないので、返事を保留して障害を作り出すということだ。
保留後のやりとりや、障害を乗り越えるプロセスで、相手の愛や真剣さを見極めることができる。

もっとも、蝶々の場合、彼女の置かれた当時の状況を考えると、女王のようにふるまうのは無理な話だ。
しかし、もし彼女が他の名誉ある仕事をしていたらどうか、あるいは、自分のやりたいことを仕事にしていれば?
彼女は、我慢する、いったん遠ざける、返事を保留するというのは、わりと簡単なことであったと思う。

2024/06/22

ギャラリーフロレゾン跡地再訪










宝町駅前。

ここは最近まで小さな画廊だったが、新しくラーメン屋ができた。

ラーメン「ゆかり」。


店主はとても素敵な女性だ。

果たして彼女の名前は、ゆかりさんなのかしら(*'ω'*)


夕方だったので、狭い店内にふたりきり。


食べながら、私は汗だくになった。。。

2024/06/20

女の世界

こないだ何となく、自分の本の名前をGoogle検索してみたら、自分の肩書が「作家」になっていた。

ムムム、、、私、作家なの?(*'ω'*)

こりゃ、驚いた。
記念に、スクリーンショットしておこう!







去年出したのはビジネス書1冊である。
それで作家というのは、チョット違う気もする。

いや、待てよ(*'ω'*)
芸大卒の、あの売れない画家も、画家と名乗っているのだから、別にいいのか。
画家や作家に資格はいらないのだし。
要するに、オシャレな肩書や、カッコイイ肩書というのは、世の中、名乗ったモン勝ち、ということも大いにあるのだ。

では早速。。。
パワーポイントで、作家の名刺をデザインしてみた。
あとで、激安のラクスルで発注するか。







翌日。
私は、用事があって、世田谷の昭和女子大学に行った。
用事を済ませた後は、昼食がまだなので、学内で食事のできるところを探した。
しかし、学食のメインの場所はすでに閉店しており、トイレ付近の自動販売機の列を見ると、そこにはインスタント食品くらいしか売っていなかった。

昭和女子大は、女の世界なので、ボリュームがあって野暮ったい定食屋のような食事は、置いていないようだ。

お腹が空いているのに、どうするか。。。

とりあえず、別の建物のカフェで、カシスオレンジとドーナツを頼んだ。
が、このドーナツ、男には、小さすぎる。。。




テラス席で、ドーナツをつまみながら、スマホを見ていると、うしろに、おしゃれをした年配の女性のグループが座った。
話を聞いていると、これから隣の建物で、「第16回昭和女子大学女性文化研究賞授賞式」があるらしい。
彼女たちは、その授賞式に出るため集まった同期生のようだ。

記念講演もあるのか・・・きっと、坂東眞理子総長の講演かな?
聴きたい!!(*'ω'*)

私は、カフェを出て、隣の建物を見に行った。
問い合わせると研究員の私も出席できるというので、出席することにした。
ということで、作家(?)の私は、タイミングよく、昭和女子大で書籍のイベントに出ることになった。






授賞式の会場。
ここもまた、女の世界、、、男はほとんどいなかった。

「坂東眞理子基金」というのは何だろう?(*'ω'*)キニナル
坂東先生は、著書を合計460万部売った印税長者だ。
この賞は、坂東先生が設立されたのだろうか?

表彰式が始まった。
坂東先生は、祝辞を述べただけで、その後の講演は、受賞者の落合恵美子先生によるものだった。
私は、現代ビジネス研究所の方なので、よく知らないのだが、、、落合先生の記念講演の内容は、あまり聞かない新鮮なネタで、なかなか面白かった。
私のようなテキトーな者の要約はいかがなものか、ということはあると思うが、簡単にいうと、こういう話だった。

女は結婚後、主婦になるが、そもそも現在の主婦というのは、近代(明治以後)になってできた女の役割である。
つまり、現在の典型的な家庭のカタチは、最近にできたもの、ということである。
 
家庭内での主婦の子育てや家事は「労働」である。
しかしこれは、家庭という閉じられた世界の労働で、外から評価できるかというと難しく、社会的に正当に評価されていない。

実は、明治維新以前、日本社会は男女平等に近かった。
江戸時代、女もふつうに働いていたわけだし、女は結婚すれば主婦になるという考えも、基本的に、なかった。
しかし、明治維新後は、男尊女卑社会となり、急速に変わっていった。
女は結婚後、良き妻、良き母となるべし、というのだが、これは欧米から輸入した産業革命後の新しい価値観で、日本の古き良き伝統と決め付けるのは間違いだ。

このような性別分業を肯定する保守的な考えの者は男性に多く、フェミニズムの敵である。
彼らによって、女は不当に不自由を強いられている。
(とても、けしからん!というかんじであった)

家政婦は日本では少ないが、これだけの経済大国なのに、実に不思議なことだ。
子供を育てるのは女である、母親である、女がそれをしなさい、という日本社会の異常なプレッシャーや思い込みがある。
日本の保守派は、この思い込みを伝統だと言い張り、女を家に閉じ込める仕組みを保持したいのだ。
そうして、女を社会に出さないように、活躍できないようにしているのだ。
しかし、繰り返すが、女は結婚後、良き妻、良き母となるべきであるという考えは、最近欧米から輸入した新しいもので、日本の古き良き伝統と決め付けるのは間違いだ。

3号被保険者制度(いわゆる108万とか106万とか「年収の壁」といわれるもので、これ以下なら社保不要、これ以上なら社保必要となる基準を定める)が、80年代、中曽根政権の時代に制定された。
これは、女に子育てと家事をさせるための専業主婦優遇策で、この制度がバブル後も維持されたため、女は長い間、社会進出を阻まれることになってしまった。

ちなみに。
「坂東眞理子先生は、当時、中曽根政権の3号被保険者制度に反対されたのです」と、落合先生は講演の最後の方で、おっしゃった。
落合先生にそう言われ、前列にいた坂東先生は、控えめに微笑んだ。

坂東先生は、さすがだ!
先見の明がある。




授賞式後の祝賀会。
書籍のイベントなので、出版社の人が多く来ており、私は、何人かの女性編集者と知り合った。
また、フェミニストで文芸評論家の尾形明子先生とも知り合った。
私は、たまたまカバンに入っていた終活本を尾形先生に差し上げたのだが、とても喜んでくれて、お礼に著書を送るといわれた。

数日後。
郵便ポストをあけると、尾形先生の本が届いていた。
2023年にリリースされた「女の世界・大正という時代」(藤原書店)、何やら、装丁の立派な本である。






本のタイトル「女の世界」とは、大正時代に創刊されたゴシップ系の女性雑誌である。
どのような雑誌かというと、いまの女性週刊誌・・・に、わりと近いと思われる。

「1915(大正4)年から21年まで6年間、大正まっただ中に発行された、ユニークな女性雑誌があった。『女の世界』と名付けられたその雑誌は、天下国家を論じる総合雑誌でも、女性の啓蒙を意図した教養雑誌でもない。「男でも読む」「毛色の変った」女性誌として出発し、それを最後まで貫いた。編集方針は自由奔放、何物にもとらわれないアナーキーなゴッタ煮。高度成長期の一時期の週刊誌のような猥雑さ、と思えば、真正面から教育、文化、文学と向かい合って徹底的に論ずる。肩ひじ張らない自由な姿勢で、社会的問題ばかりか、政治、経済、思想、文化、文学に向き合いながら大衆性を獲得していた。堺利彦の「新聞三面記事評論」、松崎天民の探訪記、島村抱月と松井須磨子の恋愛、岩野泡鳴と清子の離婚問題。大杉栄、神近市子、伊藤野枝の三人の手記の独占掲載など、歴史的記録といえる。(本文より)」

以下は、喫茶店で読んだとき、手帳に書き残した「女の世界」の雑感だが、本の内容とは直接関係がない。

文学や芸術の世界で生きるのは、とにかく、タイヘンである。
昔は貧しかったので、文学や芸術の世界で生きるというのは、孤独で、末路あわれな人生だった。
しかし、いまは豊かな時代で、仕事をしながら、あるいは家庭を持ちながら、文学や芸術に関われるようになった。
これは副業ということだが、、、本業にしたい、専業にしたいと思うのは分かるが、副業でできるなら恵まれているということではないか。
例えば、坂東眞理子先生の合計460万部というのは、普通に考えて不可能な数字だ。
しかし、坂東先生も、作家で昭和女子大学総長(もとはキャリア官僚)だから、ずっと副業作家なのである。

ということで、私は、作家の名刺を発注しないことに決めた。
おっと、、、名刺のお金は決済したので、別の肩書(?)の名刺を発注しておこう。

では最後に。
以前、ブログ記事に書いたことを、また、ここに書いておく。

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■新規事業??
アーティストのためのコンサル??
適宜スポットでのサポート、あるいは継続的なサポート??
ただ、やり方がよく分からないので、実験台を探しています。。。
そこのアナタ(・・;)!!!
お問い合わせはメールで受付中、お気軽にどうぞ!⇒inquiry@efandc.com
氏名、連絡先、自己紹介、ホームページ等は、お書き添え願います。
また、アーティストご本人のみ、お問い合わせ可能です。
今後は、会社ウェブサイトにて告知等を行う予定です。
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2024/06/18

東証の近所のビルの地下の「小楠国」に潜入。。。









5~6月は総会のシーズン。

先週、日本テクニカルアナリスト協会の定時総会があった。


その後の懇親会。

東証の近所のビルの地下の「小楠国」に潜入。。。


こ、これが、ガチ中華?(*'ω'*)

エビチリも麻婆豆腐もspicy!

饅頭に豆板醤!


ビールはサッポロ黒ラベル(*'ω'*)ウマイ!

2024/06/16

屋台のチョコバナナ







鳥越神社というと、去年浅草橋に来たとき寄り道した小さな神社だ。

あの時は静寂そのものだったが、先週リンネバー主催の鳥越祭ツアーに参加したら、お祭り騒ぎで、人々の熱狂に包まれていて驚いた。


ちなみに、Yさんと食べた屋台のチョコバナナがとても美味しかった(*'ω'*)♪

2024/06/15

これは、夏バテ防止にとても良いのではないか






ABCクッキングのエスニック料理。


和食やフレンチと比べ雑然としており、味付けは甘口で、屋台料理のようだ。

実際自分の手で作ってみて、思ったより手間がかかる、具材が豊富で栄養たっぷり。。。

これは、夏バテ防止にとても良いのではないか。

2024/06/14

絵画の起源とされるエピソード



(樋口一葉の小説) 「花ごもり」のあらすじは、上記のようなものである。

親のいないおしんは、いとこの家(母子家庭)に居候をしている。
そのいとことは両想いである。
しかし、立身出世のため、彼は良家のお嬢様との縁談を受け入れる。

おしんは、この家にいられなくなり、家を出る。
そして、奉公先・・・いまで言うと住み込みのバイト先で、画家夫婦から絵の手ほどきを受ける。
その後、彼女が職業画家になったのかはよく分からないが、彼女は恋しくなったとき、カンヴァスに彼の姿を描くという。

私は、「花ごもり」のあらすじを読んで、しばらく考え込んだ。
ええと、、、確か、最近見た展示会で、似たような話があったな。
私は、資生堂ギャラリーの展示会を思い出した。
(2024/06/08「1024アートホテル行(1)BNAWallアートホテルイン東京」)
 



3月のある日。
私は、久しぶりに、銀座の資生堂ギャラリーをのぞいていた。
今回は岩崎宏俊さんの個展であった。
案内板には、林田真季、野村在、岩崎宏俊・・・3人のアーティストの名前があったので、3人のコラボあるいはシリーズのようだった。

私は、薄暗い地下へ続く階段をおり、受付の前を通り抜け、薄暗い展示スペースに出た。
すると、そこには、ノスタルジックなドローイング作品が展示されていた。






展示スペースを歩きまわった後、私は、白い長椅子に座った。
ここは観客席、目の前の白い壁に字幕付きのショートムービーが流れている。

私は最初、興味がなく、下を向き、スマホをいじっていた。
が、最後の方で、ハッとしてスクリーンを見た。


(ブタデスの娘は、離ればなれになってしまう恋人の影の輪郭をなぞり残したという~)


(絵画の起源とされるこのエピソードを~)


(彼は”追憶のドローイング”と呼ぶ)




私は、このあたりのくだりが、アーティストとアートのことを、うまく説明していると思った。
その後、もう一度この物語を見直したが、過去を現在にする、これも重要なキーワードだ。

おや、もうそろそろ、出なければ。

私は、資生堂ギャラリーから外に出て、エクセルシオールカフェに入った。
抹茶ラテを持って、2階に上がると、窓際のカウンター席に座った。




窓の外を眺め、抹茶ラテを飲んでいると、付近のテーブル席の男女の会話や、カウンター席の電話の声が聞こえてきた。
別れ話をする中年男女もいれば、これからデートの約束をする若い男女もいる。
あそこのテーブル席の男女4人のグループの会話は面白い。
水商売の女のグラビア出演(?)の条件交渉をしているようだ。
カウンター席では、羽振りのイイ紳士が、都内の不動産の売買価格を電話で話している。

私は、欲にまみれた銀座の人たちのさまざまな会話を、おもしろおかしく聞いた。
その後、手帳を開き、メモ欄に先ほどの展示会の雑感を書きはじめた。

画家が絵を描くきっかけは、恋人との別れ?
その追憶に基づき、絵が描かれる。
作家が物語を書く動機も、同じく、恋人との別れではないか。
その追憶に基づき、物語が書かれるのだ。
こないだ見たMETオペラ「ロミオとジュリエット」も・・・何だか、どれも閉じた世界の話で、悩んでいるなあ、と思った。

さあ、そろそろ出よう。

これから、向かいのビルの東京三田倶楽部(慶應OBの会員制サロン)に行く用事がある。
本日のイベント(例会)に誘われたので、参加するためだが、そのさい、ここの会員で企画担当のOさんから、私は相続セミナーの講師を依頼された。






私の相続セミナー(相続勉強会)は、5月31日に開催された。

■講演概要
1.終活とはどのようなものか
2.遺言書とエンディングノートの重要性
3.認知症の準備と対策
4.デジタル終活をしてみよう

最近、話すことの多いデジタル終活だが、これをメインテーマにして簡潔にまとめた。
大先輩たちを相手に話すのは、大変緊張したが、、、次回は、講師としてではなく、気軽に遊びにいきたいものだ。

2024/06/08

1024アートホテル行(1)BNAWallアートホテルイン東京



銀座三越の交差点。
10時を過ぎると、ガラガラだ。

会社帰りと思われる男女のカップルが、タクシーを止め、乗り込んだ。
これから、2人は、ホテルかどこかに行くのだろうか。

私は銀座線に乗るために、地下への階段をおりた。

不自由で息苦しい関係から逃れたい場合、愛し合うふたりは、どうすればいいのか?
もちろん、過激な選択肢は避けた方がいい。
ゆるやかで平和な選択肢のひとつ、それがアートだ。

ともに、アートの世界に逃れる。

すると、自分の物差しを自分で作れる、自由で心地よい、ご機嫌な恋人のできあがりだ。
つまり、愛とはそのようなもので、アートの世界には愛の秘密があるのではないだろうか。
(2024/06/06「アートの世界に逃れる?」)




今年も、執筆の依頼があり、現在その準備中である。
去年は、お台場の近くの某ホテルで書いたりしたが(上記写真)、、、今年はどうするか。

そうだ、今年は、アートホテルに行こう!!(*'ω'*)

考えてみると、作家とアーティストは、よく似ている。
執筆は、アートと同じ創作活動で、自由かつ孤独である。
だから、私にも、「アートの世界に逃れる」ということの趣旨が、あてはまるのではないか。
そう思い、早速、私は、滞在候補先の「いいアートホテル」探しを始めた。




6月のある日。
私は、取手駅10時24分発の常磐線特別快速に飛び乗った。

実は最近、私は、1つのマイルールを決めた。
私の場合、公務員や会社員などとは違い、毎朝同じ時間の電車に乗ることはなく、アポイントメントがなければ時間にルーズになりがちである。
生活のリズムが乱れないよう注意をしているが、毎朝乗る電車が同じなら強制力があるということを思ったのだ。
そこで最近は、都内に出るときは、取手駅10時24分発、品川行の特別快速に乗る、というマイルールを作り、実行している。

この特別快速だと、上野駅まで35分、品川駅まで49分で着いてしまう!

私は、上野駅で下車し、銀座線に乗り換え、三越前駅へ。
今回は、日本橋大伝馬町のBNAWallアートホテルイン東京に向かった。
2021年以来、倉敷安耶さんの個展以来の訪問である。

2021/07/30「恋愛、今はよろしくない」
2021/09/03「願望、はじめのうちは難しそうですが、のちにかないます」
2021/10/07「仕事、今は控えた方がよい」

私は、当時と同じく、コレド室町の脇の福徳神社で、おみくじを引いてからホテルに向かった。








おお、2021年のオープン当初とは違い、メニューに、ランチセットが出ている!

2021年はコロナ禍で、飲み物の提供のみだったと記憶するが。
「スタンドビーエヌエー」の店のカンバンは、ラウンジの片隅に置いてあり、ホコリがかぶっていたやつだ。
何やら感慨深いが・・・ちょうどランチタイムなので、ホテルのラウンジで昼食を食べようとした。
しかし、本日のランチメニューはカレーライスセットのみで、私は、外ではカレーライスを食べない人なのである。
結局、私は、チェーン店の蕎麦屋に入り、簡単なお昼を済ませた。




その後は、銀座の歌舞伎座の裏手のM84ギャラリーへ。
誰かから名前を聞いたことがあり、場所だけは知っていたが、1度入りたいと思っていた。
ただ、入口の狭い雑居ビルの5階にあるので、通りがかりには入りにくかった。

看板を見ると、今回は、著名な写真家大坂寛氏のヌード写真展で、入場料800円とある。
考えようによっては、なおさら入りにくい。
しかし、いまどき、ヌード写真の企画展など見かけないので、思い切って入ってみよう。




ギャラリー内は密閉された空間で、それほど広くはなく、モノクロのヌード写真と風景画、約30点が展示されていた。
私1人が客で、オーナーで高齢の男性が1人。
美女のヌード写真展なのに、男のふたりきりでは、あまり居心地がよくない。
私は、作品を見ている間、彼からそれとなく監視されていた。

なぜ私のことをそこまで気にするのだろう?

私は、帰りがけ、オーナーと少し世間話をしてみた。
ヌード写真展なんて今どき珍しいですね、というと、オーナーは、どこのギャラリーも近所や警察を恐れてやりたがらない、と答えた。
コロナ以前は、たまにヌード写真展も見かけたが、コロナ後は絶滅した、そう言って、オーナーはため息をついた。

ここでひとつ面白かったのは、入場無料だとヘンな客が来て、警察を呼ばれることがあるので、トラブル防止のため入場料を取る、ということだった。
なるほど、、、私を監視していたのは、そういうことか。

しかし、この問題について私なりに思うことは、ヌードが流行らない最も重要な理由は、トラブルではなく、カネの問題である、ということだ。
もしカネになるならば、ギャラリーはトラブル覚悟で、ヌード写真展を決行するだろう。
ところが現在は、アダルトビデオ全盛の時代なのである。
ヌードだけでは、見る側は物足りず、売れなくなった。

私たちは、女性のセックスのビデオにはお金を出すが、女性だけのヌード写真にはお金を出さない。
したがって、ヌードの市場は成り立たない。
したがって、芸術写真としてのヌード写真もだめになった。
ギャラリーも、ヌード写真展をやらなくなった。

要するに、時代の流れで、そうなっているだけの話だ。




M84ギャラリーを出た後は、銀座駅から日比谷線で帰宅の途についた。
ただ、その途中、三ノ輪駅でおりて、樋口一葉記念館に寄り道をした。
記念館の脇の一葉煎餅で、意外と喜ばれる、おみやげの煎餅を買うためだ。

その後、涼しい館内で、しばし休憩。
館内のラウンジのテーブルで、ビニール袋に入った煎餅と、先ほど引いた福徳神社のおみくじを出した。

おみくじのなかみを開けてみるか!






え~と、、、何だ、これは(*'ω'*)!!!
おみくじの中に、糊付けされたおみくじがもう1枚、挟まっているではないか。
(100円払って、2枚取ったわけではない)

私は、内部のおみくじをていねいに剥がした。
内部のおみくじも8番だ。

私が引いたおみくじは、業者が糊付けに失敗したものだ。
おみくじは工場で番号ごとに生産されているのだろう。
8番のおみくじのラインで1枚1枚糊付けしていく工程でミスがあり、内部にもう1枚、入れ込まれて付着したのだと思われる。






<中吉>
願望 思いのほか早くかないます
失物 必ず出ます
旅行 どこに行っても良いでしょう
仕事 売るも吉、買うも吉
金運 大利あり
勝負 自ずと勝つ

今回は、8番中吉の2枚セット。
中吉のダブル!
中吉に凶が糊付けされていたりすると、こちらは理解に苦慮するので、同じ内容で良かった。

思いのほか書いてあることがよすぎる。。。

勝負事は自ずと勝つとあり、願望も早くかなうという。
私は幸いにも健康だが、病気は信心で治るとは、薬いらずである。
ほとんど何事も、念ずればかなう、ということである。

しかし、これだけ何でも自然にうまくいくと書いてあるのに、恋愛は例外である。
思っているだけでは伝わらない・・・このことは、恋愛に関しては受け身ではうまくいかないという教訓を、私たちに与えているように思える。

これに対して、結婚は、待てばかなうとある。
だとすると、理屈としては、こうなるのでは?

例えば、私が大好きなAさんを指名すれば、その後、Aさんと結婚ができる、ということだ。
タイプの美女を指名し、席で待てば彼女が隣に来て、あとは彼女が事を全てうまく運んでくれる~キャバクラではあるまいし、そんなうまい話、あるとは思えないが、そう書いてあるのだから、期待してみるか。

私は、財布のポケットに、おみくじ2枚をしまった。
では、そろそろ樋口一葉に関する展示を見ることにしよう。








樋口一葉は、わずか24才のとき、結核で死んだ。
当時、吉原の近所に住んでいて、家族と一緒に駄菓子屋を営んでいた。
しかし、小説家も商売もうまくいかず、借金を抱えていた。
晩年は大御所の森鴎外などが彼女の作品を激賞したものの、まもなく彼女は病死し、作品だけが遺された。

それで、樋口一葉記念館には、彼女の小説のほか、当時の吉原の様子、例えば花魁(おいらん)に関する展示作品などもあるのだが、これが、なかなか面白いのである。
また、一葉の書いた小説のことは、ぜんぜん詳しくない私だが、作品ごとにあらすじが書いてあり、今回は、「花ごもり」に興味をひかれた。




「花ごもり」のあらすじは、上記のようなものである。

親のいないおしんは、いとこの家(母子家庭)に居候をしている。
そのいとことは両想いである。
しかし、立身出世のため、彼は良家のお嬢様との縁談を受け入れる。

おしんは、この家にいられなくなり、家を出る。
そして、奉公先・・・いまで言うと住み込みのバイト先で、画家夫婦から絵の手ほどきを受ける。
その後、彼女が職業画家になったのかはよく分からないが、彼女は恋しくなったとき、カンヴァスに彼の姿を描くという。

私は、「花ごもり」のあらすじを読んで、しばらく考え込んだ。
ええと、、、確か、最近見た展示会で、似たような話があったな。
私は、資生堂ギャラリーの展示会を思い出した。