2019/09/29

クレオパトラのアリア「つらい運命に涙はあふれ」

今日はトッパンホールで、ベルリン古楽アカデミーのコンサートを聞いてきた。
トッパンホールは、飯田橋の凸版印刷のビルに併設された素晴らしいコンサートホールである。
ただ、飯田橋駅から首都高の高架下の方へ15分ほど歩かなくてはならず、また、周囲に目ぼしい店がなく、少々不便な場所にある。
そこで時間潰しのため、薄い文庫本を持って行った。
塩野七生の「マキアヴェッリ語録」。


トッパンホール


館内はトッパンホールのほかに、カフェと印刷博物館がある。
すでに昼過ぎで、コンビニ弁当を食べた私は、印刷博物館の常設展に入って長い待ち時間を潰すことにした。
ここには何回か来たことがあるが、かなり広いので、じっくり見れば数時間かかるだろう。
私は印刷に詳しくないが、印刷の技術がなかった時代、人々はどうやって記録をとっていたのか、と思うことがある。
まあ、昔は「写本」をしていたのだよね。

そうそう、写本といえば、ショーンコネリー主演の「薔薇の名前」という映画を思い出す。
中世の山奥の寺院が舞台のミステリー映画なのだが、寺院の一角で僧侶たちが日々重要な書物をひたすら写本しているのである。
こういう、まったくお金にならない文化活動は、やはり政府か宗教団体が取り組まなくてはならないのだ。
その寺院の構内は街のようになっており、書き上げた大量の写本を保管するため、寺院の塔内は巨大な図書館のようになっている。
ある時から院内のあちこちで謎めいた連続殺人事件が起こるようになり、事件解決のカギはこの塔の書物に隠されているようだ、というストーリーだと記憶する。
そんなことを思い出しながら印刷博物館の展示を見たが、写本が宗教と深く関わっていたように、印刷も宗教を通じて発展してきたようである。
教団の教義とは絶対的なもの、一字一句完璧に写本しなくてはいけない、布教活動も印刷物の配布でいけるなら、彼らにとってイノベーションそのものだ。
凸版(トッパン)、凹版(オウハン)、平版(へいはん)、孔版(こうはん)、凸版は学校の木版画など、凹版はメゾチントの版画家浜口陽三などが分かりやすい。
平版はよく分からないので、まあ置いといて、孔版とはシルクスクリーンのことだ。
1時間ほど見て疲れたので、私は適当に切り上げてトッパンホールに入った。


トッパンホールのベルリン古楽アカデミーとソフィーカルトホイザーのコンサート


ベルリン古楽アカデミーは、バロック音楽を演奏する世界でも有名なグループである。
今日は、ソフィーカルトホイザー(Sophie Karthauser)というドイツ人の女性ソプラノ歌手が主役である。
日本人は欧米人よりフィジカルで劣るため、日本人のソプラノ歌手だと金切り声でがっかりすることが多いのだが、欧米のこのクラスだと、そういうハズレ歌手はまず出てこない。
彼女の歌声は、あたたかく耳に心地よい。
世界屈指の歌姫ディアナダムラウもそうだが、日本人歌手とは積載エンジンが違う。
それは、カローラとベンツのような劇的な違いではないだろうか。
コンサートホールで生の歌声を実際に聞けば説明を要しないので、専門的な議論の余地もないだろう。




トッパンホールのベルリン古楽アカデミーとソフィーカルトホイザーのコンサート


コンサートの最後。
アンコールは、ヘンデルのオペラ「Julius Caesar」のアリアであった。
私はヘンデルのオペラを聞いたことがなく、へえ、そうなんだ、と思って聞いたが、Julius Caesarとは、歴史の教科書で習ったユリウスカエサルのことである。
それにしても、クレオパトラの歌うこのアリア、実に深刻な題名である。
「つらい運命に涙はあふれ」。
クレオパトラのような豊かで賢くて美しい完璧な女性も自分の運命がつらかったのだろうか。
まあ、私はお気楽者なので、今のところ自分の運命がつらいとは思わないが、クレオパトラを拘束していた運命というものについて、マキャヴェリはこう言っている。
最後に、マキャヴェリの言葉を書いて終わろう。


マキアヴェッリ語録、塩野七生


人間は、運命に乗ることはできても逆らうことはできないというこのことは、歴史全体を眺めても、真理であると断言できる。人間は、運命という糸を織りなしていくことはできても、その糸を引きちぎることはできないのである。ならば、絶望するしかすべはないかとなると、そうでもないのだ。運命がなにを考えているかは誰にもわからないのだし、どういうときに顔を出すかもわからないのだから、運命が微笑むのは、誰にだって期待できることだからである。それゆえに、いかに逆境におちいろうとも、希望は捨ててはならないのである。(政略論・塩野七生マキャヴェリ語録)

2019/09/25

ザッハトルテのSMBCトワイライトコンサート

今日はSMBCトワイライトコンサートを聞きにいった。
SMBCトワイライトコンサートは、大手町の三井住友銀行のエントランスホール(アースガーデン)で開催される無料のコンサートである。
1ヶ月に1回程度開催されるが、クラシックを基本としつつも幅広く、ジャンルにこれといった決まりはないようだ。
今日は刀剣博物館と三井記念美術館で展示会を見てから大手町に行く予定を立てた。


刀剣博物館「平成の名刀、名工展」


刀剣博物館は両国の旧安田庭園に隣接しているが、今日の展示は「平成の名刀名工展」であった。
少数だが、いまも刀鍛冶職人は存在しており、コンピュータ制御では決してまねできない技術で手作りの日本刀を作っている。
しかし、細々とした伝統工芸を後世に残すのは非常に難しい。
刀鍛冶も他のマイナーな伝統工芸と同様に商売として成立させるのは難しく、ほとんどの場合、自分の代が途絶えると終わりで、その技術も途絶えてしまう。
どうにかしてこの技術を残そうとしているが、なかなかうまくいかないようだ。
博物館の1階には広々とした休憩室があり、隣の旧安田庭園がよく見える。
展示を見た後、私はここでジュースを飲んでひと休みしたが、庭園を眺めているうち自分も入りたくなり、園内をぐるっと散歩した(なお、入館料は無料である)。
その後、両国駅の反対側に行き、ラーメン屋「欽福」で大盛りのもやしラーメンを食べた。
ここのラーメンは見栄えが悪く、あまりおいしそうに見えないのだが、実は、おいしいのである。


欽福ラーメンのもやしラーメン


三井記念美術館「高麗茶碗」展示会


両国から地下鉄に乗り、三越前の三井記念美術館へ。
今回の三井の企画展は「高麗茶碗」である。
この美術館は日本橋の三越本店からすぐの場所にあり、和服姿の中高年の女性が多く来ていた。
茶碗の展示会に似合う女性たちが、興味深そうに見回っていた。
しかし、そもそも茶碗などを見て何がおもしろいのだろうか。
茶碗のおもしろさは私もいまだによく分からないが、正直言うと、あまり興味がわかない。
以前、出光美術館の学芸員が、やきものは実用美だと言っていた。
実用美とは、例えば私が芸術的なワイングラスを買ったなら、美術品のように飾って眺めるだけではなく、そのワイングラスで実際にワインを飲んで楽しむということである。
したがって、こうしてショーケースのなかの茶碗を眺めるのではなく、これでお茶を飲んでこそ本当の意味での茶碗の鑑賞なのだが。
まあ、ペットボトルのお茶を持ち歩いて飲めば、今の時代は十分だし、家でお茶を飲む場合はニトリの茶碗でも用が足りる。

三越前駅から大手町駅に行った。
しかし、アースガーデンをのぞくと、まだ会場が開いていなかった。
もしかして並んでいるかも、と思ったが、それほど人気のコンサートでもないのだろうか。
大通りを東京駅まで歩き、暗くなるまで丸ビルの中で時間をつぶした。




ここには、東京駅の赤い駅舎が一望できるテラスがあるのだが、私はそこでしばらく風に当たって過ごした。
その後、エスカレーターで1階におりたら、ラグビーのワールドカップのトークショーをしており、ホリエモンが熱心に話していた。


ホリエモンラグビートークイベント


私は少しの時間、立ち止まって聞いたが、相変わらずホリエモンのトークは言いたい放題。
彼はライブドアの一件で刑務所に入ったので、まあ、恐いものなしということか。
そうそう、思い出した。
私は去年、六本木のホリエモン主催のイベントに行ってきたのだが、あの時のホリエモンは想像していたよりもずっとスリムなお兄さんで、見た感じも、おっさんという感じではなく、さわやかだった。
つまり、私は、「ホリエモン」のニックネームが、「ドラえもん」のような体型をイメージさせるので、かなり太った人で、どんよりした感じなのかと思ったが、実際はまったくそうではなかったのである。
また、話の内容も常識的で、なんか、ホリエモンって、世間に対して自分を悪く見せるのが好きなのかな、とも思った。


SMBCトワイライトコンサート


三井住友銀行のエントランスホールへ。
今日のSMBCトワイライトコンサートは、クラシックではなかった。
「ザッハトルテ」という初耳のグループであった。
下町の歓楽街を回るミュージシャンのような、あるいは、レトロ喫茶に似合う音楽は、センス抜群で、洒落ていた。
ザッハトルテの経歴を見ると、芸大などで音楽の専門教育を受けたわけではないようだ。
しかし少なくとも、3月と7月にライブを聞いた黒色すみれは芸大出身だが、彼女たちよりもザッハトルテの方がセンスもテクニックも上手であった。
東大を出てもホリエモンのように頭が良いとは限らない。
芸大を出ても音楽が上手だとは限らない。
まあ、ようするに、私たちは勝手な思い込みをし、実際には違っていることが多い、今日はそんなことを思ったのだった。
客席はザッハトルテの演奏に拍手喝采、大盛況となった。




今日の聴衆は、ふだんクラシックコンサートを聞いており、告知を見ていない人はクラシックのつもりで来たと思うが、意外にもザッハトルテの軽妙洒脱な音楽に心を奪われただろう。
私もその1人である。
ここはエントランスホールなので、ライブのあいだ、仕事帰りの銀行員が何人か通りかかった。
いつもは出口に急いで消えていく人の流れが、今日は興味深そうにしばらく立ち聞きを繰り返していたのが非常に印象的だった。

2019/09/21

出光美術館「奥の細道」

きのうは銀座の資生堂美容室で散髪をしたのだが、すぐそばの資生堂ギャラリーでボロの展示会を見た。
遠藤薫さんの「重力と虹霓(Gravity and Rainbow)」。
沖縄のボロが展示されていた。




資生堂ギャラリー「遠藤かおる作品展」


原材料はリサイクル雑貨のほか、さとうきび、米軍のパラシュートなど。
なにも米軍のパラシュートを使わなくてもいいと思うが、これには彼女の沖縄人としての政治的主張や先祖の事情などがあるのかもしれない。
そういえば去年、浅草寺の二天門のすぐそばの美術館(布文化と浮世絵の美術館)で津軽のボロの展示会を見たのだが、ボロなど見すぼらしくて着たくもないが、展示作品だとなかなかおもしろい。


浅草寺の二天門


布文化と浮世絵の美術館


布文化と浮世絵の美術館


その後、私は有楽町方面に歩き、出光美術館のある帝劇ビルへ。
出光美術館に行く前に、丸亀製麺でうどんセットを食べた。
私はうどんよりもそばが好きなので、駅のそば屋はよく入るが、こういったうどんチェーン店にはまず入らない。
しかし、他に食べるところがなかったのだ。
店内には、帝劇の舞台を見終えた女性客が何人か来ており、舞台の話で盛り上がっていた。


丸亀製麺


出光美術館「芭蕉」


出光美術館の今回の企画展は、松尾芭蕉の「奥の細道」。
私は8月の内覧会のときすでに1度見たので、30分ほど展示室を歩いてざっと見るだけだった。
松尾芭蕉は現代人も知る超有名な俳人だが、そもそも俳句というのは明治時代正岡子規が作り出した形式であり、芭蕉当時の歌は俳句ではなく発句と言うのが正しいのである。
発句とは連歌の最初の歌のことである。

芭蕉の歌の肉筆は世にたくさんあり、その多くが真偽不明のままである。
筆跡を見分けようとしても、そもそも筆跡が一定ではなかったり、芭蕉は人気作品だったので、当時からかなりの量の偽物が出回っていたのだ。
そのため、国内の美術館は芭蕉の歌の肉筆を所蔵していても、芭蕉の企画展をしたがらない傾向があるといわれる。
そういうわけで、出光美術館も今回まで、芭蕉の歌の肉筆の多くを収蔵庫でお蔵入りとしていたという。

展示室を出て、皇居の見えるラウンジへ、お茶を飲んで休憩。
すると、くつろいでいる私のすぐ前で、おばあちゃんの2人組が皇居を見ながら井伊直弼の話を始めた。
歴史の教科書に出て来る例の桜田門外の変である。

「あれが桜田門だ。」
「そうだね。」
「このあたりはね、当時、あちこちの大名屋敷があってさ、桜田門の前で井伊直弼が暗殺されたとき、大名屋敷の連中はそれを上から眺めていたのさ。」
「そうだっけね。」

いきなり人前で物騒な話である。
おばあちゃんたちの話だと、当時、桜田門周辺は夜でも明るかったらしい。
江戸の大名屋敷の住人は、井伊直弼の暗殺ショーを特等席から観覧していたというのである。
私は後楽園ホールのボクシング会場を想像した。

「いまも井伊家のお墓は、直弼さんのお墓だけいつもお花が供えてあるんだよ。」
「不思議だねえ、いったい誰がお花を供えているんだろう。」

どうも、おばあちゃんがご両親から聞いた話のようであるが、井伊直弼の遺骨(切断された首の遺骨)をめぐってひと悶着があったらしい。
だが、そこはまあ、よそさまの家の話であり、また、生々しいのでここには書かない。

2019/09/15

森鴎外「雁」

東洋文庫ミュージアム「漢字展」


今日は渋谷に用事があり、その途中、駒込の東洋文庫に寄り道をした。
今回の東洋文庫の企画展は「漢字展」であった。
そもそも文字は宗教と根深い関係がある。
ローマ字はキリスト教、アラビア文字はイスラム教、漢字はむろん仏教である(ほかに、ロシア、東欧のキリル文字というのもある)。
漢字は主として中国と日本の文字である。
文字は言葉でもあるが、いずれも民族のアイデンティティーと文化そのものであり、国家と国家の対立の歴史も戦争の歴史も、文字分布図に一致して起きている場合が多いのである。
その意味で、「文字の壁」「言葉の壁」は、非常に越えがたい障害なのである。


東洋文庫ミュージアム「漢字展」


この点からすると、欧米と中国、欧米と日本は、水と油の対立関係になるはずだ。
そして、中国と日本は仲良くなれるはずなのである。
だが、実際にはそうなっておらず、むしろ逆になっている。
このような「ねじれ現象」を、親米で反中の多くの日本人は何ら不思議に思っていないが、長い歴史の中では「異常」な状況であり、いずれ近い将来、元に戻るものと私は思う。
日米同盟のもとで日本はアメリカに支配され続けている側面は否定できない。
結局は、世界の二大国のアメリカと中国のどちらの支配を受けるか、その支配の程度が問題なのだろう。
ただ、日本文化はアメリカ以上に中国から強い影響を受けているのに、日本人の多くがアメリカが好きで、中国が嫌いである。
これは、日本人が本能的に中国人を差別し、欧米人に対するコンプレックスのはけ口にしたいからだと思われる。


源氏物語


東洋文庫の1階には名本のコーナーがあるのだが、ここに英語本の源氏物語が展示されていた。
翻訳とは「文字の壁」「言葉の壁」を越えて相互理解することだ。
英語で書かれた源氏物語は平和の象徴である。
なるほど、ふと思ったのだが、欧米と日本が水と油の対立関係にあるとするならば、日米同盟を結んでお互いうまくやるのは平和のためには良いことなのだろう。
反対に、中国と日本は、ほっといても何とかうまくやっていける間柄なので、別に仲良くしなくてもよい、という考え方もできるだろう。

その後は駒込駅まで戻り、地下鉄南北線~有楽町線を乗り継ぎ銀座一丁目駅へ。
四丁目交差点の銀座あけぼので煎餅を買い、銀座駅から渋谷駅へ。
渋谷ヒカリエに着いたのは3時過ぎ。
知り合いのハンドメイド雑貨店を営むMさんが、最近ここで友達と一緒に雑貨店(宝飾品店??)を始めたというので、私はおみやげを持参して様子を見にきたのだった。
しかし、彼女の元気な姿はなく、パートナーで店番の女性に話を聞くと、早退したのでいませんよ、と言われた。
私は、え~、大丈夫かしら??と心配になった。

実は数ヶ月前、彼女は過労で倒れたばかりなのだ。
都内の大学病院に緊急入院し、その時、私は病室の彼女を見舞った。
退院日は決まっており、病状は軽いなどと言って、まずまず元気そうに見えた。
が、退院後はまた以前のように無理な生活を送っているのではないか、と心配になった。

その後、私は店番の女性におみやげを預かってもらい、予定より早い電車に乗れたので途中の千駄木駅でおりた。
団子坂を上がり、森鴎外記念館へ。


森鴎外記念館「文学とビール」


今回の企画展は「文学とビール」。
展示室には明治時代のビールに関するうんちくなどが書かれていたが、私はここで森鴎外の「舞姫」に関する話に注目した。
「舞姫」は国語の教科書にもあるので、授業で先生が、これは鴎外さんの実体験です、などと教えていたりもするかと思うが(私はそんな記憶がある)、フィクションの可能性が高い、ということが書いてあった。

展示を見た後は1階の「モリキネカフェ」へ。
モリキネカフェとは、森鴎外記念館のカフェの略である。


モリキネカフェ


窓際のテーブル席に座った。
ロンネフェルトの紅茶(アールグレイ)を飲んでいると、Mさんから煎餅のお礼の連絡があった。
そして近況報告、完全復活とまではいかないが、特に問題はない、だからもう心配不要です、ときっぱりと言われたので、私は、そうですか、じゃあ、安心しました、と返事をした。

モリキネカフェを出た。
記念館のエントランスホールのテーブルに、モリキネビール(森鴎外記念館の特別ビール)という銘柄名の小さな空きビール瓶が並んでおり、職員が記念品として配布していたので、私は1本だけもらうことにした。
しかし、帰宅してママ殿に見せると、開口一番、また余計なゴミなんか持ち帰ってきて、と呆れられてしまった。
私が森鴎外の大事な記念品なのだと言ってもママ殿は聞く耳を持たず、ビールの空き瓶はムシがわくから捨ててほしい、と言われた。
私はしぶしぶ、スマホでビール瓶の記念写真(?)を撮り、ゴミ箱に捨てた。


モリキネビール


その後、私は「舞姫」のことが気になった。
書斎の本棚を探すと娘の森茉莉の本はたくさんあるものの、鴎外の本なんかあったっけ、鴎外は難しいので、図書館で読んだ記憶はあっても本屋で買った記憶がないのだが。
おお、結局4冊も見つかったが、「舞姫」はどこにも収録されていなかった。
そのうちの2冊は、扉絵の異なる「雁」である。


森鴎外「雁」


表紙の解説にあるように、これは高利貸しの男が妾(めかけ)を囲う物語である。
男は未造といい、金貸しで成り上がった卑しい成金であるが、もとは大学の雑用係であった。
ようやく手に入れたお金で若い娘お玉を囲うのだが、お玉は未造のことが嫌いで、通りかかりの大学生(たぶん東大生??)に恋心を寄せる。

ああ、そうそう、ここまでは何となく覚えているゾ。

小説には、「細君(さいくん)」という古い言葉が出てくるのだが、細君とはどの男性を指す言葉なのか、なぜいつも君付けで呼ぶのか、と戸惑いながら読んだ記憶もある。
なるほど、この小説、何事もハッキリと言う鴎外らしい作品だと思うが、いや待てよ、もしかして大学時代の私は、自らも妾を囲ってみたいと思い、無意識的に「雁」を2冊も買ってしまったのかも。
しかし、本には妾を囲うハウツーは書いていないし、文章もやたら難しく、当時の私は本を投げ出した。
私は結末を思い出せない。

しかし今となっては、実現可能性はともかく、妾を囲うのはばかげていると思う。
素晴らしい女性と出会い、生涯を共にする方がふつうに幸せであり、不倫をしたり愛人を囲う男性は、男性としての魅力が欠けているからだと思う。
だから過去にも未来にも素晴らしい女性と巡り会えていないのではないか。
それなら、その男性が成金となっても結果は変わらないだろう。
結局のところ、女性は男性より賢いので、男性の本質(魅力)を見事に見抜いてしまうのである。

2019/09/09

東京都庭園美術館の家族写真

白金台に着いたのは午後3時過ぎで、暑い中、大通りを目黒方面に歩いた。
朝香宮と言われてもよく分からないが、今回の東京都庭園美術館の企画展は「朝香宮邸の人々」である。
そもそも東京都庭園美術館は朝香宮邸だったのである。
フランスの建築家アンリラパンがデザインしたこの建物は、敗戦後吉田茂の家となる。
その後一時期、西武プリンスホテルだったのが、いまこのように東京都庭園美術館となり、いたって静かで平和なたたずまいとなっている。
最初の展示室に入ると、朝香宮の当時の家族写真が飾られていた。
まあ、皇族といっても、単にそれはひとつの家族である。


東京都庭園美術館「朝香宮邸の人々」


東京都庭園美術館から地下鉄を乗り継ぎ、表参道へ。
今日はワイン講座ではなく、WSET50周年記念パーティーがあるのだ。
とりあえず参加申込みをしたが、どういうワインパーティーなのかは知らない。
途中、表参道の駅から国道246号線を歩いた。
おや、あのそば屋、今日はなぜか行列ができていないぞ。
行列のできるそば屋「みよた」の前で、私は足を止めた。
すぐ食べれるなら、入ってみよう。
私は初入店し、せいろそばの大盛を注文した。


表参道のそばや「みよた」のせいろそば


この店、どう見ても行列とは無縁のただのそば屋に見えるのだが、、、
せいろそばを食べたが、特別なものではなかった。
ただ、南青山周辺で、そばの大盛りがこれほどの安値なら、それは特筆に値すると思う。
食後、私はエイベックスの本社ビルの前のベンチでひと休み、しばらく夕方の風に涼んだ。
その後、隣のビルの2階のキャプランワインアカデミーへ。


キャプランのWSETのロゴ


ラウンジに入るとパーティーの準備中で、何人かがテーブルを動かしたり、デリバリーの料理皿を並べているところだった。
私は職員に、どういう段取りなのか聞いた。

「二部構成です。前半は1時間ほど、イタリア人の先生がプロセッコの解説をします。試飲もございます。」
「ワインパーティーの前に授業ですか、、、」
「はい。休憩時間を挟んで、後半がワインパーティーです。」
「ラウンジで??」
「いえ、奥の教室です。ラウンジはパーティーの準備があるので、奥の教室でお待ちください。」

まさか、パーティーの前に「まじめな授業」をするとはね。
つくづく日本人はすごい!!


WSET50周年記念パーティー


確かにそれは大マジメなワイン講座であった。
イケメンのイタリア人の先生が登場し、母国のプロセッコを詳しく解説、試飲でさらに分析を深めた。
その後、ラウンジでパーティーが始まった。
パーティーのみの参加者が合流し、50人程度に増えたが、私の顔見知りはその中でわずか3人だけ。


WSET50周年記念パーティー


私はラウンジのすみっこで、T先生たちと雑談して過ごしたが、9時頃には終わった。
二次会の話もあったが、行かなかった。
台風の影響で、首都圏の電車がいつ動かなくなるか予断を許さない状況だったからである。
帰宅すると12時を回っており、ママ殿はもう寝ていた。
しかし、リビングのテーブルに晩ごはんが置いてある。
私はご飯を電子レンジで温め、その間、リビングの壁の記念写真を眺めた。
姪っ子の記念写真とともに、弟一家の家族写真が飾ってある。
やっぱり、家族はいいものである。


WSET記念品

2019/09/07

わたしのワインの先生(1)楽しい授業をする先生

今日は夕方にワイン教室があったが、早めに家を出て、上野の東京都美術館と水天宮前のミュゼヤマサ浜口陽三ミュージアムに寄ってから行った。
東京都美術館は話題の企画展をすることで有名だが、企画展が混雑しているのに、常設展はスカスカ、という印象を私は持っていた。
しかし、聞いた話だと、東京都美術館は独自のコレクションを持たない美術館なのだという。
独自のコレクションを持たない、つまり収蔵庫を持たないなら、東京都美術館の展示は全て企画展となりそうなものだ。
まあ、私は学芸員ではないのでよく分からないのだが、そもそも常設展と企画展の違いとは何なのだろう。
常設展とは、収蔵庫の一部の作品を常に展示しているという意味だと思う。
もし借り物ならずっと展示できないだろう。
したがって、常設展の作品は自分のところのものであり、そうだとすれば、東京都美術館は常設展などできないはずだ。
まあ、理屈はさておき、ここではいつも、私はスカスカで観覧料が激安の常設展の方を見ることにしているのである。
私の認識だと、常設展の定義はともかく、常設展はたいてい安い、スカスカ、不人気、つまらないもの、企画展はたいてい高い、混雑、人気、おもしろいもの、である。


東京都美術館伊庭靖子展示会


さて、今日の常設展は「伊庭靖子展」であるが、どうせ前者だろうと思い、期待せずに入場した。
伊庭靖子はユニクロの商品デザイナーである。
確かに、展示されている彼女の作品には、ユニクロのフレッシュなシャツの質感と匂いが感じられた。
真夏の暑い日は、こういう絵を見ると涼しい気分になれる。
しかし、それ以上の何かが感じられる作品ではなく、やや凡庸だったように思う。
常設展なので、こんなもんかな、と思って、私はスカスカの会場を出た。
帰る時、出入口でユニクロのロゴの書かれた案内板を見たが、ユニクロは今後どのようにブランド価値を上げていくのだろう。
向こうの企画展の入口には、人が押し寄せている。

上野から三越前を経由して水天宮前へ。
ロイヤルパークホテル前に出て、大通りの横断歩道を渡ると、ガード下の脇道に小さなギャラリーがある。
ここがミュゼヤマサ浜口陽三ミュージアムである。
さて、ミュゼヤマサ浜口陽三美術館とは、どういうことなのだろう、と思う人がいるかもしれない。
浜口陽三は有名な版画家なのだが、ヤマサ醤油の御曹司なのだ。
そして、奥さんの南けいこもまた有名な版画家で、南けいこの企画展もここでは年1回程度開催している。
今日は「真夏のさくらんぼは闇に輝く」という企画展であった。
浜口陽三は「さくらんぼ」を題材にして生涯多くの版画を作っている。


ミュゼヤマサ浜口陽三美術館さくらんぼの展示


ミュゼヤマサ浜口陽三美術館さくらんぼの展示


いちごでもトマトでもなく、タネがあって食べにくいさくらんぼ??
まあ、それを選ぶのは浜口氏の好みだが、確かにそのセンス、私も分かるような気がする。
いちごは歪んだ形をしており、表面にはブツブツもあって気持ちが悪い。
トマトにはさくらんぼのような上品さがなく、食べるときはただのカット野菜でかわいげがない。
しかし、さくらんぼはきれいな形をしていて、表面もきれいだし、上品でかわいらしい、何となくこれが最も女性的で、セクシーだと思うのである。
彼はメゾチント法と呼ばれる珍しい技法を用いた。
さくらんぼの果実の部分のきれいな赤と、背景の黒が見事にコントラストされているが、このメゾチント法は当時廃れていた手法で、浜口など数人が現代版画界にカラーで復刻させたものである。
メゾチントでさくらんぼのきれいな赤を表現するのは非常に難しい技術なのだという。
4月にここで版画のワークショップがあり、私はそれに参加してプロの版画家(江本創先生)から教わったが、その時は白黒の版画を作った。

夕方、ワイン教室へ。
早めに着いたので、教室に私ひとりで待っていると、T先生が入ってきた。

「先生、こんにちは。」
「あら、こんにちは。今日は早いじゃない。」
「ええ、今日は早く来ちゃいましたね。」
「もうすぐ試験よ。ちゃんと勉強してる??」
「ぼちぼちです。今日は前期の最終講義だから、終わった後どこかで飲み会ですか??」
「そうだけど、真っすぐ帰って勉強したら??」
「いや、大丈夫です。」
「そう。今日は表参道の「ヴァンヴィアンドアオシマ」です。」
「知らないなあ。」
「この辺りでは、なかなかのお店よ。」




ああ、そういえば、私はこのブログでT先生のことをほとんど書いたことがなかったなあ。
では今回少し書いておこう。
まず、ワインの先生というと、気取っている、お高くとまっている、難しい話をする、というイメージで見られがちである。
実際、ワイン友達の話を聞くと、なかにはそういう先生もいるようである。
しかし、T先生は気さくな庶民派である。
また、私が知っているワインの先生の中で、最も「楽しい授業」をする先生なのである。
先生の授業を受けていると、いつも私は楽しくてしょうがない。
やはり、ワイン講座は楽しくなくては!!と私は思うので、先生が担当するWSET3の講座を選んだのだった。
しかし、まあ、かなりの美人でもあるので、先生を独占したい常連の男性ファンのため、先生の話はこれくらいにしておこう。


ヴァンビアンドアオシマ


ヴァンビアンドアオシマ

2019/09/06

All qualifications are Eternal assets

YVES SAINT LAURENT


イヴサンローラン(YVES SAINT LAURENT)は、クリスチャンディオールの一番弟子である。
今日はワインスクールに行く前に、銀座でイヴサンローランの展示会を見た。
場所はポーラビルの3階「ポーラミュージアムアネックス」、ただこのギャラリーは狭いので、大がかりな展示会ではない。
オートクチュールというともはや売るものではなく見るもののようである。
展示会では、イヴサンローランのオートクチュールの作品を間近で見ることができたのだが、ギャラリーの一角に、ラッパ型の服を着た日本人の女性モデルの写真があった。
この服はサンローランの代表作なのだが、やはり時代の変遷を感じるというのか、サンローランといえども私は古くささを感じてしまう。


YVES SAINT LAURENT


銀座4丁目交差点のソニーイメージングギャラリーへ。
今日は「超老たちの手(田中良知)」というユニークな企画展をしていた。
その職業(道)を極めた老人たちの手の写真が展示されている。
顔を整形して若く見せたがる芸能人、彼らの手もそうだが、人間の手は正直で年齢や苦労を隠せないものだ。
老いたピアニストの手、老いたバーテンダーの手、老いた助産婦の手、手は職業の因縁である。


銀座ソニーギャラリー「超老たちの手」写真展


銀座ソニーギャラリー「超老たちの手」写真展


その後、松屋の銀座キャピタルに行き、ケーキセットを食べた。
そこから向かいのシャネルのギャラリーにも立ち寄ったが、今回は「ヴァンサンタヨガナンタン」という読みにくく変わった名前の写真家の作品展だった。
透き通るように美しい作品の数々は、インドの日常をアナログカメラで撮影したものだという。


シャネルネクサスギャラリーの「ヴァンサンタヨガナンタン」の写真展


シャネルネクサスギャラリーの「ヴァンサンタヨガナンタン」の写真展


私はインドの美男美女のことが気になった。
美男美女の黒と白、そのコントラストがいい。
また、ユニークで詩的な文章が壁に書かれており、それもまた気になった。

王子さまがお城を追放されてしまったら、誰もあなたのことを王子様だとは思わない。

メモも写真もないのでうろ覚えだが、そんな文章が書いてあった。
つまり、「馬子にも衣裳」の反対の意味である。


キャプラン


夕方、青山のワイン教室「キャプラン」へ。
WSET3の受験講座も終盤で、今夜は教科書の最後の方のシェリーとポートワインの話だった。

おや、T先生の今日のファッション??
黒いシャツ、ベージュのロングスカート、黒いヒール。
指示棒を持って講義をしているその姿が、黒魔術の魔法使いのようにも見えた。

先生の話だと、シェリーとポートワインは教科書の最後の方にあるからといって、ほとんど出ないと思ったら大間違いです、試験には頻出の箇所ですから必ず勉強しておくように、とのことだった。
WSETの資格試験まであと1ヶ月ほど、私の試験勉強はあまり進んでいない。
T先生のヤマあてマジックに賭けてみようかな。
私はワイン業界の者ではないので、この試験に落ちてもどうなるわけでもないが、「馬子にも衣裳」でワインの資格がほしいのだ。

王子さまがお城を追放されてしまったら、誰もあなたのことを王子様だとは思わない。

いつお城を追放されてしまっても大丈夫なように。
全ての資格は一生ものの財産である。

2019/09/03

ストラディバリウスとVeronika Eberle

WSET3の試験日まで約1ヶ月。
マグカップのコーヒーを飲みながら自宅の書斎で勉強すればいいじゃないか、といわれそうだが、書斎でワインの試験勉強をしても、はかどらないのである。
私は最近、駅前の喫茶店などをワインの教科書片手に回り、はかどりそうな場所から場所へ遊牧民のように転々としている。
しかし、どこへ行っても性格上、くつろいでしまうのであった。
試験勉強をするために今日はどこへ行こうかな♪♪

今日は東京に用があり、お昼は丸ビルの地下のそば屋「酢重正之楽」で食べた。
この蕎麦はコシの強い太麺で食べごたえがある。


酢重正之楽の太麺のそば


食後、山手線で東京駅から上野駅へ。
上野公園をタテに通り抜け、東京芸大の美術館に入った。
注目の「円山応挙展」、この展示会は必見で、いつもの2倍以上は人が来ていた。
今回、特に興味深いのは応挙の美人画。
美人画というと浮世絵美人を想起すると思うが、日本画にも美人画があり、円山応挙は日本画の美人画家でもある。
その女性は「遊女」ではなく「仙女」。
私は奥ゆかしい仙女の方が好みだが、ハデな遊女(ゲイシャ)が好みの人も多いのかしら。


東京芸大美術館「円山応挙」展示会


東京芸大美術館を出た後、私は向かいの芸大陳列館にも入った。
こちらは入場無料、主に芸大生の作品を展示しているが、今日は日本画研究室の展示会で、館内に入るとほぼ誰もいなかった。
う~ん、せっかく円山応挙の展示会に合わせて新進気鋭の芸大生の日本画を展示したのに、何事も思惑どおりにはいかないものだなあ。


東京芸大陳列館の日本画の展示会


しかし、こちらは空いていて、ゆっくり見ることができた。
そういえば、去年陳列館で芸大生からもらった日本画の研究論文が書斎の本棚にあったはず、あとで読んでみよう。
これは余談だが、私は芸大生や画家と話していると、業界人と勘違いされることがよくあるのだ。
確か、この日本画の研究論文も来館者の配布物ではなかったはず。
芸大生と話していたら、よかったらこれ読んでくださいといって手渡されたものだと記憶する。


「美しさの新機軸」


丸井のスターバックスへ。
ここは上野のスターバックスの中では最も空いていると思う。
ただ、新学期が始まったからか、学生が多い。
フラペチーノを飲み1時間ほど休んだ。
その後、私は、本日の最重要イベントの会場へ向かった。
夜7時から東京文化会館で、ヴェロニカエーヴェルレ(Veronika Eberle)のヴァイオリンコンサートを聞くのである。
都響(東京都交響楽団)との共演、前半は彼女のベルクのコンツェルト、後半は大野和士指揮のブルックナーの9番である。


東京文化会館の大野和士、ヴェロニカエーヴェルレののコンサート


東京文化会館の大野和士、ヴェロニカエーヴェルレののコンサート


ヴェロニカエーヴェルレ(Veronika Eberle)は30代のドイツ人で、彼女のヴァイオリンはストラディバリウスである。
今年は東京芸術劇場でコリヤブラッハー、横浜みなとみらいホールで千住真理子さんを聞いたが、いずれもストラディバリウス。
しかし、その中で最も素晴らしかったのは、ヴェロニカエーヴェルレ!!
その演奏は完璧で、一切文句のつけようがなかった。
ヴェロニカの前半最後のアンコールも素晴らしかった。
後半(ブルックナー)が終わり、ラウンジを出た私は真っ先に、彼女のアンコール曲を掲示板で確認した。




おお、当たってる!!
やっぱり、プロコフィエフのような気がしていたのだ(私はプロコフィエフに詳しくない)。
無伴奏ヴァイオリンソナタ第2楽章と書いてある。
そういえば、私は7月の紀尾井ホールでも、プロコフィエフのヴァイオリンを聞いたが、こちらはヴァイオリンソナタ(1番ヘ短調)であった。
まあ、最後にまた余談だが、ヴァイオリンはピアノのように当然に独奏というわけではなく、完全な独奏の場合を特に「無伴奏」というのである。