2019/05/23

トランプさんはまるでジャイアン?

きのうは、ウォールストリートジャーナル(WSJ)のトークイベントがあり、大手町のパレスホテルまで行った。
「トランプ政権下の米国と国際社会」というタイトルだったが、話題の中心は、来年の大統領選挙と米中貿易戦争の2点であった。
来年の大統領選挙は、トランプ大統領の再選が既定路線である。
米中貿易戦争については、トランプ大統領は感情的に中国が嫌いというわけではなく、中国を開国させるために口撃をしている、という理解が妥当である。


WSJ懇親会


WSJ懇親会パネルディスカッション


さて、ここから先はまったくの私見なので、適当に読み流してほしい。
私は、日本人の多くがトランプを誤解しているのではないかと思う。
多くの日本人は中国が嫌いである。
そのような日本人から見ると、トランプさんはまるで「ジャイアン」、自分たちの大嫌いな中国人をいじめてくれる、ありがたくて頼もしい「いじめっ子」である。
だから米中貿易戦争をめぐるトランプさんの中国口撃に、爽快感を覚えたりする日本人も多いのではないか。
しかし、トランプさんのターゲットは中国だけにとどまらない。
中国開国後は日本にも目が向けられるだろう。

トランプさんは中国を開国させ、米中同盟を結んで幕引きとする。

私はここで大胆な万馬券予想をしてみる。
そうやって中国は生かすが、日本はやっつけてしまうのだ。
いまや斜陽のアメリカが今後も繁栄していくためには、どうしてもアジアの超大国の中国とお友達になるしかないだろう。
かたや借金だらけで成長できない同盟国日本とは一緒に沈むわけにはいかないだろう。
もしかしてアメリカは、日本から中国に「お友達」(同盟の相手)を乗り換える準備をしているのかも。
それがトランプさんの大統領任期中のミッションなのでは??
しかし、絶対的権力者の習近平国家主席では話が通らないから、トランプさんはガミガミ言っているのである。

もっとも、「国家としてのアメリカ」が中国と同盟を結べればよいのであるから、トランプさんは習近平と殴り合いの大ゲンカをしたって構わない。
その方がむしろ、次の民主党の大統領が、習近平と握手がしやすいようにも思える。
最近の米中貿易戦争の「こじれ具合」を見ると、どうやらトランプさんは撃沈路線を狙い始めているようにも見えるのだが、それはある意味、トランプさんらしいともいえる。
したがって、このままいくと来年の大統領選挙は、トランプ「落選」が既定路線と思われる。
こういう構図だと、日本はいかなる外交努力をしても、誰に何を働きかけても、結局、ババを引かされる運命にあるのかもしれない。
まあ、政治と外交の難しい話は、つまらないのでほどほどにしましょう。

私は毎年、懇親会の後、米国本社から来た編集長に挨拶をするのだ。
そのついでに、愛用のギャラクシーノートを差し出してサインをもらう。
今年も会場に例のジョージがいたので、私はサインをもらってから会場を後にした。


WSJ懇親会


「ハロー、ジョージ!!」
「Hello!!」
「去年と同じように、このギャラクシーペンで画面にサインをしてくれませんか。」
「OK、OK!!」
「ジョージ、あなたはいつもダンディーな紳士ですね。」
「ありがとう。あなたも。」
「いやいや、手料理を作れると、あなた、もっとモテますよ。」
「ほ、本当ですか??」
「はい、私は先日、ABCクッキングで中華料理を作りましたが、女性の生徒たちと楽しく過ごしました。この写真を見てください。」
「おいしそうです。」
「中華料理はとてもおいしいです。アメリカは中国とも仲良くしてくれるといいのですが。」
「そうなるといいですね。」
「来年もまた会いましょう。」


ABCクッキング中華料理

2019/05/13

目白台散歩

きのうは目白台の日本女子大でワインの歴史講座を聞いた。
聞きに行く途中で、付近の美術館巡りもしたので、一日がかりだった。
スタートは都営大江戸線の牛込柳町駅で、駅前の交差点から神田川の方へ大通りを歩き、漱石山房記念館(夏目漱石記念館)を目指した。
途中、派手で病的な水玉模様の建物があり、車でも徒歩でも人目につくのだが、これはかの有名な草間彌生の美術館である。
休みなので通り過ぎたが、通り過ぎてまもなく、裏道を入ると新しい建物の夏目漱石記念館がある。
この日の企画展では、夏目漱石の書斎が再現されており、散らかっている点だけは、私の部屋とそっくりだった。
ほかに、漱石とその弟子たちのエピソードや、漱石の作品集の紹介なども見たが、漱石が正岡子規のもとで見事な俳句を詠んでいたことを知った。
館内をひと回りした後は、陽光の注ぐカフェの窓際でくつろいだ。


夏目漱石記念館(漱石山房記念館)


夏目漱石記念館(漱石山房記念館)書斎


その後、私はまた、神田川の方へ歩いた。
早稲田大学の裏手へ入り込み、神田川にぶつかった。
駒塚橋という小さな橋を渡ると細い道になり、急階段の坂道が始まる。
胸突坂と呼ばれる心臓破りの坂である。
ここはちょうどホテル椿山荘の西側で、坂の右手が椿山荘の庭園、左手が細川氏の屋敷と永青文庫のある肥後細川庭園である。


関口芭蕉庵


胸突坂の始まりのところには芭蕉が住んだと言われる関口芭蕉庵があり、私はここも少し散策してから坂を上った。
坂はあっという間に終わったが、非常に急でヘトヘトになった。
年寄りには無理だろうし、地元の人たちも大変だろう。
だが、どうも地元の人たちは胸突坂を避け、駒塚橋を渡ったらすぐ左折するようだった。
川沿いを歩き、肥後庭園をぐるっと迂回することになるが、こちらからだと急坂ではない。
私は、あとで肥後庭園を散歩した時に、そのことを知った。

胸突坂の上の台地は、講談社の創業家野間家の日本画の美術館(野間記念館)、学生寮の和敬塾、永青文庫、田中家(田中角栄総理大臣)の屋敷などがある。
ここが目白台の閑静な高級住宅地である。
日本女子大は田中家の屋敷の先にあるのだが、少し時間があり、私は肥後細川庭園を散歩した。
山の斜面を下る道は木々の陰で涼しく、しばらくは爽快だったが、下りきって庭園になると、昼間の強い日差しでまた汗が出てきた。


肥後細川庭園


肥後細川庭園正門


肥後細川庭園の松聲閣のくまもんのぬいぐるみ


庭園の一角には、松聲閣という古い屋敷があり、その先に庭園の正門がある。
松聲閣は公民館として利用されており、出入り自由だが、玄関をのぞくと下駄箱の上に、くまモンのぬいぐるみが2匹置いてあった。
私は庭園を少し散歩した後、正門の道から外へ出た。
その道は先ほど私が説明した迂回ルートで、緩い坂を上がると目白通りに出た。
目白通りを歩いてすぐ、日本女子大に到着した。

かくして、私は小ぎれいな女子大の校舎の会議室で、午後のひと時、ワインの歴史に関する講座を聞いたのだった。
ただ、この日は残念ながら休日で女子大生の姿はなく、会議室には主に中高年の女性がたくさん集まっていた。
まあ、彼女たちも、50年前は女学生ではあったのだが。
いや、私も人のことは言えないか。
確かに、少年少女老い易く学成り難しである。
あのようなご老人も、こうしてメモ帳片手に熱心に勉強しに来ているのだ。
私も熱心に勉強しなくてはいけないな。

さて、ワインの歴史の講座は永青文庫が企画した古文書研究講座の1回目である。
江戸時代、細川家は秘密裏にワイン(葡萄酒)を醸造していたが、そのワインは江戸幕府の大名や役人に献上されていたという話だ。
細川家に保管されている古文書に基づいた論考であり、古文書の読み方のレクチャーまであった。
西洋文化が輸入される明治以前、すでにワイン(葡萄酒)は日本で作られ、特権階級の間では特別な嗜好品として親しまれていたのである。
いつの時代も知らぬは庶民ばかりなり、ということだが、もしかすると、いまの時代も同様に、特別な嗜好品があるのかもしれない。
例えば芸能人やミュージシャンが逮捕される麻薬などが、実はそれなのではないか!!なんてね。