2019/03/31

The story of my WSET 3 starts up

去年の夏、銀座でドイツワインの試飲会があった。
会社員の男性と美容師の女性と仲良くなり、表参道のワインスクール「キャプラン」のことを教えてもらった。
それが私と「キャプラン」の出会いである。
私は去年1月から、思い切って自分で仕事を始めたが、先輩からは人生の重要なことを教わる機会も多かった。

会社を辞めたら付き合いが重要になる、と言われた。
まあ、そうだろう。
時間の余裕があるうちに、いろいろなイベントに参加してみるといいよ、とも言われた。
確かにそうだ。
どうしてきみはいまだに独身なんだ、と言われた。
う~ん、そればっかりは難しい問題。
せっかく自由なんだからワインパーティーで、いい人を見つけてきなさい、とも言われた。
なるほど、それは素晴らしいアイディア。

ただ、出会いが目的なのではない。
ワインには何か不思議な魅力があるのだ。
その不思議な魅力を言葉で説明するのは難しい。
が、その魅力にも誘われてワインパーティーに行く人は多いのではないか。
確かにワインパーティーにはおしゃれをした女性が集まり、日本酒やビールの宴会とは違うセレブの雰囲気がある。
私はビールは苦いので苦手だ。
日本酒はすぐ酔うので苦手だ。
が、ワインならそこそこいける。
そういうわけで、ワインパーティーやワインの試飲会なら、ちょっと時間を見てなるべく参加するようになっていた。






「どうしてそんなにマニアックなこと知ってるんですか。」
「ワインスクールの常連だからね。試飲会でソムリエの話を聞いても、ワインの体型的知識は身に付かないよ。」
「そうですよね、でもどこのワインスクールがいいのかな。」
「あちこち顔を出してごらん。自分で確かめる方がいいと思う。」
「でも、ワイン講座は受講料が結構高いですよね。」
「まず単発の講座を受けるといい。」
「なるほど、スポット契約から入るわけですね。」
「まあ、そういうこと。」

「ねえ、来月表参道の「キャプラン」で、チョコレートとワインのマリアージュの講座があるの。これなんかお試しにいいと思うわ。」
「へえ、チョコレートなら、ぜひ、行きたいですね。おいくらですか?」
「〇〇〇円よ。」
「表参道なのに安いですね。」
「ここ案外安いのよ。私も予約したから、もしよければ一緒に行く?」
「ぜひ、ご一緒させてください。ホムペから予約できますか。」
「できるけど、もう満員じゃないかしら。」
「ぼくが調べてあげるよ。ギリギリ残りあと1人だね。」
「おお!!」
「今、予約する?」
「します。」
「じゃあ、すぐに予約ページのURLをメールで送ります。」

こうして私は銀座の試飲会の最中に、「キャプラン」のワイン講座の最後の1人枠に転がり込んだ。
講座の日は外苑前で彼女と待ち合わせた。
マリアージュの講座を一緒に聞き、帰りは南青山三丁目交差点近くのラザニア専門レストランでおいしいラザニアを食べた。


キャプラン、チョコレートとワインのマリアージュ


ラザーニャラザーニャ


ラザーニャラザーニャ


ラザーニャラザーニャ


その後、他のワインスクールでも単発のワインセミナーを何度か受講したが、私は「キャプラン」が気に入っていた。
安い受講料のわりに良いワインが飲めるし、先生の話もおもしろかった。
ただ、1月まで単発の講座を3回受けたのだが、単発だとワインの知識がばらばらでまとまらない。
どうせなら体系的に学びたいと思ったが、「キャプラン」ではWSETというワイン資格が取れると知った。
そこで私は2月に事前説明会を聞き、先生と相談したうえで、いきなりWSET3を狙うことに決めた。


キャプラン


キャプラン


さて最後に、WSETのワイン認定資格とはどのようなものなのかを解説しておこう。
ワインの資格というと、日本ソムリエ協会の認定資格のソムリエを思い浮かべる人が多いと思うが、確かにソムリエとは違い、WSETの認定資格は日本ではあまり知られていない。

WSETは、ロンドンに本部を置く世界最大のワイン教育機関です。 ワイン産業をサポートする英国のワイン商組合『Vintners Company』により1969年に創設され、現在では世界70カ国でWSETの教育組織が運営され、年間約95,000人が認定試験を受験するなど、国際的に認められている認定資格です~中略~Vintners によって定められた認定資格は4つに分かれ、初心者からワイン業界のプロフェッショナルまで、幅広く対応できるよう設定されています。 その中ではLevel2が日本のソムリエ資格と同格と言われています。


Q.
WSETとソムリエの資格の違いは何ですか?

A.
WSETの資格はワインを含むアルコール飲料を“流通から見た評価”という観点でスタートしています。例えばワインについていえば、フランスに限らず全世界のワインを幅広く学んだ結果を試験で判定します。世界に通用するワインの国際資格であり、生産・流通・小売・サービスというワイン業界のあらゆる分野に従事する方々だけでなく、一般愛飲家も対象としています。一方、日本ソムリエ協会は日本でのワインの普及と食文化の向上を目指して発足しました。当初は飲料業界に従事する方々を対象とした『ソムリエ資格』のみでしたが、現在では一般愛飲家向けの『ワインエキスパート資格』があります。 


Q.
飲食店に勤めている場合は、どの講座を受講すれば良いですか?

A.
お勤め先が求めるレベルによって異なりますが、一般的なホテルや飲食店などはLevel1の知識で十分と考えられます。Level2は一般的に日本ソムリエ協会の『ソムリエ』『ワインアドバイザー』『ワインエキスパート』と同等の資格といわれています。Level3を取得した場合、専門的な深い知識があることを証明できます。 


以下、WSET3に関する私の補足である。

・Wine and Spirits Education Trust(WSET)とは、ロンドンに本部を置く世界最大のワイン教育機関
・WSET3の正式名称は、Wine & Sprit Education Trust Level 3 Award in Wines
・WSET3は、最上位ディプロマ(Diploma)に次ぐワインの認定資格
・ディプロマは超難関で、ワインそのものの深い知識、ワインビジネスの専門知識、テイスターとしての資質、ワインの評価能力を有することの証明

WSET3はディプロマには到底及ばないが、それでも通学で半年程度の授業がある。
毎回の授業で、カリキュラムにのっとり、50種類以上のワインを評価する。
試験は半日がかり。
マークシート式、記述式、テイスティング(実技)の3項目からなる。
なので、WSET3を受験して落ちてしまうソムリエの方も多くいらっしゃるようである。

WSETではふつう、Lv1⇒Lv2⇒Lv3と順番に資格を取るため、WSET3の受験生はワイン業界のプロばかりになる。
実を言うと私はディプロマを受けてみたいのだが、ディプロマは英語の試験のみで、日本人の私にはちょっとハードルが高い。

私はT先生のWSET3のクラスに入る予定である。
4月から半年ほどになるが、私の資格試験受験生としての生活がスタートアップするのだ。

2019/03/27

すみだ郷土文化資料館「東京大空襲展」

都内でお花見といえば、春先のニュースに必ず出て来るのが上野公園の桜である。
しかし、伝統的にはお花見といえば隅田川の河川敷の桜である。
江戸時代の浮世絵にも定番で描かれているが、特に向島が有名である。
川下りの船上で桜を眺めるのが江戸っ子の粋であった。
向島は現在の東京スカイツリーの周辺になる。


東京スカイツリー


隅田川


隅田川、隅田公園周辺の桜のお花見の様子


今日は用が早く終わり、向島の桜をひとりで見に行った。
ついでに、すみだ郷土文化資料館にも行った。
すみだ郷土文化資料館は隅田公園のそばにある。
東京スカイツリー駅と対岸の浅草駅のどちらからも行けるが、私は東京スカイツリー駅から歩いた。
先に隅田公園を通り抜け、河川敷を花見散歩してから資料館へ向かった。
今回は「東京大空襲展」という反権力の企画展をしており、これが非常に力作なのであった。


すみだ郷土文化資料館


東京大空襲はB29による無差別爆撃である。
そもそも太平洋戦争の最初の本土空襲は、1942年4月18日、ドゥリットル隊によるものだった。
この本土空襲は、1941年12月8日真珠湾奇襲攻撃を受けた米軍の報復と考えられているが、すでにこの時が米軍最初の「無差別爆撃」なのであった。
新宿の岡崎病院を破壊し、機銃掃射で子供を射殺したと書いてある。
このわずか2ヶ月後、日本海軍はミッドウェー海戦で主力部隊の大型空母を全隻喪失し、歴史的な大敗を喫する。
以後、戦局は日本軍の防戦一方となる。
このミッドウェー海戦であるが、実は当時の司令部内でも疑問視されており、「ミッドウェー作戦をわざわざ決行する必要があるのか」と言われた。
それなのに山本五十六長官が作戦を強行した動機はいろいろあると思われるが、ひとつには、米軍にこのような本土への無差別爆撃を二度とさせないようにするためだった。
ただ、天候のあやと、度重なる不運で、日本海軍は「まさか」の大敗を喫したのであった。

まあ、日本海軍は仕返しの仕返しをしようとしてやられたのである。
やられたらやり返せ、目には目を歯には歯を、などと言うので、仕返しをするのは仕方がないことだと思うのだ。
しかし、神様の考え方としては、仕返しの仕返しはだめですよ、ということなのだろう。
仕返しの仕返しをしようとすると、もとをたどれば自分が種を蒔いているので、自分がひどい目にあうようにできている、ということなのだろう。
確かに、それは正しい結末だと思う。
そうならないと、報復合戦が続いてしまうからである。

さて、その後の米軍の主な本土空襲は、1944年11月ごろから再び始まった。
最初は必要最小限、軍需施設のみであった。
だが、年明けに有楽町~銀座にB29が襲来して、ついに日本の中心地が爆撃された。
これは主に有楽町の新聞社を狙ったものだが、銀座の街も被害を受けたので、恐らく米軍の「最後通告」の意味もあったのだと思う。
しかし、日本政府の圧力でこの空襲は国民に周知されなかったため、最後通告としての成果は得られなかったようだ。
たぶん、、、であるが、この空襲で日本国民が大騒ぎをすれば、状況は変わった、東京大空襲も避けられた、と私は思う。
こういう言い方はよくないと思うがあえて言うと、日本人がおとなしすぎるのが災いで、3月10日の東京大空襲までもつれてしまった、という感じだ。
そうすると、現代のおとなしい日本人にも非常に良い教訓になると思うのである。

有楽町~銀座が空襲された後、日本政府は次の空襲の場所を東京の下町と想定した。
ここは当時、日本の製造業の中心で人口密集地、今と違って経済の中心地でもあった。
しかし、下町の住民にはそれがきちんと周知されなかった。
そして、東京大空襲が本当に来てしまい、罪のない多くの庶民が焼け死んだのだ。
その被害の規模と程度が政府の想定をあまりにも上回っていたため、政府はパニックとなっただろうが、ここまでやられるともはや感情論にもなるだろう。
米軍はそこまでやるのか、許せない、本土決戦でもなんでもしてやる、という雰囲気が日本国全体に醸成されたものと思われる。


すみだ郷土文化資料館「東京大空襲展」
(すみだ郷土文化資料館「東京大空襲展」資料より)


現代人から見てここで最も重要なのは日本政府の不作為である。
また、当時は軍国主義の統制社会であったから、10万人死んで焼け野原になっても日本国民は政府に従い続けなくてはならなかった、ということも重要である。
では、米軍は次に何をしたか。
広島と長崎の原爆投下である。
たぶん、、、であるが、東京大空襲で日本国民が大騒ぎをすれば、状況は変わって、原爆投下も避けられた、と私は思う。
こういう言い方はよくないと思うがあえて言うと、日本人がおとなしすぎるのが災いで、原爆が投下される流れができてしまった、という感じもするのだ。
そうすると、現代のおとなしい日本人に非常に良い教訓になると思うのであるが。

私は思うのだが、どういう状況でも日本人は、日本政府に対して従順すぎるのではないだろうか。
また、そのような日本人が社会的に模範とされている、ということも問題である。
なお、私はべつにアメリカの味方や代弁者ではない。
昔の話を持ち出し、いまのアメリカに恨みを抱くよりも、昔の話から教訓を得る方が、はるかにまともな神経の持ち主だと思う。
それに、原爆の恨みを晴らすためにアメリカに何かをすると、きっと報復合戦が続いてしまうだろう。

2019/03/16

黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト

GUCCIとヒグチユウコとわたし


画家のヒグチユウコは数年前、GUCCIとコラボして、限定品をデザインした。
その財布を買ったのがきっかけで、私はヒグチユウコのファンになった。
2019年3月16日。
私は世田谷文学館にヒグチユウコの企画展「CIRCUS」を見にいった。
夜は「黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト」というイベントがあり、私はそのチケットの前売りを買っていた。
どういうわけか、私のチケットはナンバーワン。


黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト


世田谷文学館のヒグチユウコ展示会


世田谷文学館は京王線の芦花公園駅から歩いて10~15分程度の場所にある。
マイナーな美術館かと思いきや、この日はイベントがあるため若い女性客がたくさん来ていてとても華やかだった。
1階の展示スペースでは地味な日本の自然主義文学の展示会も開催していたが、そちらは客が誰もいなかった。
私も早速、2階のヒグチユウコの企画展へ。


世田谷文学館のヒグチユウコ展示会


2階は1階とは異なり、おしゃれだし、熱気もある。
人はそういうところに集まるものだ。
私は人ごみに混じり、ヒグチ作品をひととおり見て歩いた。
彼女の進化の軌跡を示すためなのか、20代のころの絵も何点か飾ってあり、私はそのピュアな画風を最近どこかで見たような気がした。

ああ、そうだ。
こないだの新宿の損保ジャパン美術館のFACE展で見たような気がするぞ。

FACE展は新人賞の共同展示会であるが、ある女性画家の作品と似ている、と思った。
しかし、たぶんそういう作品はありがちなので、なかなか通用しないのではないか。
そこでヒグチユウコは、今のような怪しげな画風に変化していったのかもしれない、
私はそのように推測した。

ヒグチ作品でおもしろかったのは、彼女の挿絵付きの夢野久作の「きのこ会議」であった。
夢野久作は「ドグラマグラ」で有名な戦前の作家だ。
マリオカートのノコノコではないが、食用きのこたちが集まり会議をしている様子が描かれている。
自分たちは「キノコ狩り」で人間たちに採取され、食べられる運命にある。
だから、どうすれば人間たちに採取されずに生き残れるかをみなで話し合っているのだが、人間は毒キノコを採取しないので、毒キノコのふりをしてみよう、ということになった。
が、その日に限って、キノコ狩りに来た人間が心優しい家族連れであり、食用きのこはまだ小さいから大事に保護されるのだが、毒きのこは他の人が間違って食べるといけないから根こそぎ切られてしまう。
こういうオチが待っている。
この話にヒグチユウコのひどく不気味な挿絵が付いているのがおもしろかった。
まあ、人間もきのこもそうなのだが、ジタバタしたところでおのれの運命を変えることはできないのだ。

あっという間に夜になった。
私は少し早めに、「黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト」の会場へ。
1階のイベントスペースで行われるというのだが、どういうイベントなのかがそもそも分からないので、入口の職員に話を聞いた。
すると、ステージでヒグチユウコのライブドローイングと、黒色すみれのライブ演奏が同時進行するという説明だが、黒色すみれとは何者なのか。
女性2人組のパフォーマンスミュージシャンであると言われた。

私のチケットは1番だ。
最前列中央、通路の右側の椅子に、私は座った。
真ん中の通路を挟んで左隣にいるのが2番の席の方である。

おお、すごい。
彼女はヒグチユウコの限定品フル装備である。
ええと、あの方はたぶんお金持ちだ。
上から下までGUCCIのヒグチユウコ、100万円以上ではないか。
私もチケットの1番に恥じぬよう、限定品の財布を記念品として持参したのだが、女物ばかりなのでこれだけで十分(上の写真はGUCCIのブティックで撮影したもの)。


黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト


時間になり、深紅のごてごてのドレスを着た女性が舞台に登場した。
この司会者佐藤梟(さとうふくろう)さんというのだが、講談の古くさい語り口で司会をするので、会場には戸惑いの雰囲気が広がった。
そのうちステージのバック(プロジェクター)にヒグチユウコ本人が現れた。
顔は見せず身体だけ、プロジェクターを通してである。
彼女は白い布の手袋、ラフなTシャツ、安っぽいサインペンを持っていた。
これら全てが、駅前の100均でさっき適当に買ってきたようなものに見える。

ああ、ペンにバーコードのシールが貼りっぱなしじゃないか。
あんなちゃちいペンで、ライブドローイングをするのかなあ。
Pの文字が見えるので、たぶん、パイロットか、ぺんてる?
まあ、道具にこだわらないのは、一流のアーティストならではである。

続いて2人組のパフォーマンスミュージシャン黒色すみれが出てきた。
2人は甲高い声で何事か喋ると、バイオリンとピアニカでチンドン屋みたいに演奏を始めた。

おいおい、ずいぶん、騒々しい演奏だな。
ただ、目当てのヒグチユウコはなかなかライブドローイングをしてくれない。
なるほど、司会者佐藤梟さんの話によると、観客たちの「お願い」がないと描いてくれないようだ。
「お願い、ギュスターブ君を描いて~」という梟さんのかけ声があり、全員で「にゃ~~~」と鳴いてお願いをする。

なんだ、これ、おもしろいな。
しかし会場の人たちの鳴き声が小さかったので、ヒグチユウコは「しかめっ面のギュスターブ君」をサッと描いて、ダメ出しの意思表示をした。
その後、もう一度梟さんのかけ声があった。
すると今度はもっと大きな声で「にゃ~~~」と会場の人たちが一斉に鳴いたので、ヒグチユウコは「笑顔のギュスターブ君」を描いた。
ヒグチユウコのペンが動いている間、黒色すみれは何曲か持ち歌を演奏したが、これはやはり、チンドン屋のようであった。


黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト


ヒグチユウコが絵を描く、黒色すみれが演奏をする、ヒグチユウコの絵が完成する、黒色すみれが演奏を中断する、そんな感じの繰り返しでライブパフォーマンスは30分以上続き、恐らく10枚以上の絵が完成した。
そして終わりにさしかかり、絵のプレゼント企画となった。
全員でじゃんけんをして勝った観客がもらえるというのだが、まあ、会場には100人以上はいるので、勝率10%弱か、これはかなり厳しい。

と思ったら、私は幸運にも、じゃんけん大会に勝ち残り、プレゼントの権利をゲットしてしまった。
私って、やっぱり、ラッキーな人なんですよね。

もっとも、10枚のギュスターブ君の中から好きなものを選べるのかと思ったら、そうではなかった。
選ぶのではなく、単に席順で順番に配布されたのだ。
私に渡された絵は、な、なんと、ダメ出し用に描かれた「しかめっ面のギュスターブ君」ではないか。
ヒグチユウコが時間に追われてあわてて描いた、サインも入っていない、まあ、もらえるだけラッキーであるが。

イベントが終わり、解散となった。
閉館時間まで居残った客たちが、好き好きに過ごしているなか、私はこの絵が間違いなくヒグチユウコ本人の作品であることを証する必要があると思った。
そこで司会の佐藤梟さんにお願いして、証拠の記念写真を撮らせていただいた。


佐藤梟、黒色すみれとヒグチユウコのサーカスナイト


帰りはバスがなく、夜道を芦花公園駅まで歩いた。
電車を乗り継ぎ、帰宅したのは12時近くだった。
書斎で未使用の額縁を見つけ、私は1番のチケットとギュスターブ君の絵を一緒に入れ込んで壁に飾った。

しかめっ面のギュスターブ君。
まったく、かわいくない。
だがそれは、まるで上司や担任の先生に説教されて不服そうな顔であり、見方によっては独特の魅力がある。

2019/03/15

シャネルネクサス「ピエールセルネ&春画」

ABCクッキングのグラタンメニュー


きのうはコレド日本橋でABCクッキングの授業があり、その前に上野の美術館を回ろうとしたのだが、芸大美術館も東京都美術館も展示替えで休みだった。
美術館に行く場合は、月曜日を外すだけではなく、ウェブサイトで事前に確認する方が良いと思った。
しかし、今日は銀座でギャラリーめぐりをする予定である。
銀座にはギャラリーがいくつもあり、たいてい開いているので、事前に確認する必要はないだろう。
何より今日のメインは、シャネルのギャラリーの春画展である。
私は、この企画展のギャラリートークに招待されたので、ほかのギャラリーが休みでもいいのである。


銀座の東急プラザの江戸切子の展示即売会


西銀座のモスカフェ


ギャラリートークはシャネル閉店後の夜8時ごろからだ。
それまでの時間、いくつかのギャラリーを回った。
しかし、それほど印象に残るような展示ではなく、結局、東急プラザの6階で江戸切子の展示即売会を見学してから、西銀座のモスカフェで休憩し、夜7時半ごろ松屋の向かいのシャネルのビルに裏から入った。


シャネルネクサスギャラリーの春画の特別展示会


シャネルネクサスギャラリーの春画の特別展示会


この企画展の正式名称は「ピエールセルネ&春画」、メインはもちろん後段の春画の方である。
春画とは江戸時代に流行したヌード絵のことである。
ヌードなら世の男性たちに売れるから、春画の多くは版画であった。
江戸の浮世絵師にとって春画は良い稼ぎになったので、浮世絵師が春画を量産するのはふつうのことだった。
葛飾北斎は春画をあまり作らなかったが、「富久寿楚宇(ふくじゅそう)」などのいくつかの名作を残している。

当時はお上の取り締まりも緩やかで、春画はもちろん無修正で流通した。
が、今日日本のどこかで春画展をする場合、無修正がネックとなる。
そのため、「夜こっそり」というわけではないだろうが、ギャラリートークの参加者も少数であった。
ガイドは日本橋の浦上蒼穹堂の店主(代表)、浦上満氏である。
浮世絵の世界的なコレクター、国際浮世絵学会の理事、春画の熱狂的コレクターでもある。
浦上氏の春画のコレクションの一部が、今日ここに展示されている。

さて、展示されていた春画はどれも素晴らしく、中には二度と見られそうもないレアな春画もあったが、その感想はさておき、無修正の春画をめぐる保守的な日本の美術界のドタバタ話が興味深かった。
春画は日本の芸術品である。
にもかかわらず、浦上氏たち有志が春画の展示会を日本国内で開催しようとしても、当初どの美術館も相手にしてくれなかったそうだ。
かくして最初の春画展は大英博物館で行われた。
大英博物館の春画展は大成功し、世界のマスメディアが称賛した。
こうなると次こそ日本国内で、となるが、最初の国内での春画展は目白台の永青文庫で交渉の末やっと開催できたのだった。
永青文庫は細川護熙元首相が理事長をしている美術館である。
細川さんが特別にOKしてくれたから開催できたのであった。

ようするに、春画は無修正のヌードなので、美術館側は関わりたくないのである。
べつに警察が来ることもないのだが、例えば地域住民のクレーム、美術館のイメージダウン、そういう漠然としたマイナス面を恐れて、あえてうちではやらなくてもよいだろう、という無難な判断をされてしまうのである。
これを浦上氏は、日本人の自主規制の精神と言って批判していたが、私なりに言うと、日本人の事なかれ主義のたまものである。

リスクテイクとか、誰もやりたがらないことを冒険心でやるとか、そういうのは島国根性の日本人の気質として、もともと備わっていないのだと思う。
とにかく、日本人は冒険より平穏を好み、その結果、事なかれ主義が蔓延する。
もっとも、事なかれ主義というのは悪い言い方で、良く言えばそれは平和主義である。
別の言い方をすると、物事の始まりは平和主義なのだが終わりのときは事なかれ主義になるということである。

例えば江戸時代の日本人は殺し合いの戦国時代から学び、「平和主義」を貫いたのだと思われるが、最後はペリーの黒船が来て、200年以上の長い「事なかれ主義」は終わった。
そして明治維新後は、振り子が反対にふれるように帝国主義に傾倒し、最後は太平洋戦争を仕掛け、野心的で冒険的な帝国主義はわずか70~80年で砕け散った。
戦後はまた振り子が反対にふれた。
かれこれ70~80年ものあいだ「平和主義」一辺倒となっている。
さて、平和主義もそろそろ限界が来ていると言われているが、今後この「事なかれ主義」がどのように変化していくのだろう。
私は春画展の後、そんなことをふと思ったのだった。

2019/03/13

東京文化会館、原田慶太楼の「カルメン」

銀座でまた「カルメン」を見た。
とはいえ、東劇(映画館)のスクリーンにMETの録画オペラを流すメットライヴビューイングである。

去年の秋、私はママ殿と東京文化会館で生の「カルメン」を見た。
そのカルメンは良席のチケットが2万円ほどで、まあ、これはヨーロッパの歌劇団の日本公演なので妥当だと思うが、そうはいっても気軽に見に行けるような値段ではない。
しかし、東劇のカルメンは映画なので、わずか2500~3000円程度で見られるのだ。
東劇で私は、これまでにヴェルディーの「ルイザミラー」「椿姫」などを見たことがあり、その時もMETの録画オペラは非常に素晴らしい、と思った。
3月になり、「カルメン」のプログラムが組まれていたので、私は2度目の「カルメン」を1人で見に行ったのだった。


2018年東京文化会館ブルガリア国立歌劇団「カルメン」パンフレット


東京文化会館のオペラ「カルメン」


実は、私は去年ママ殿と行った東京文化会館の「カルメン」に失望していた。
なので、もう一度見に行ったのだ。
ブルガリアヨーグルトの明治ホールディングスがスポンサーなのでよく覚えているが、ブルガリア国立歌劇場歌劇団の主演によるもので、指揮者が日本人の原田慶太楼氏、両者のコンビネーションがイマイチなのであった。
もしかすると、歌劇団付きの指揮者ではなく、若手で売り出し中の日本人の原田氏と歌劇団の間には、様々なトラブルがあったのでは。
また、エンディングが少し違っていたのもモンダイであった。
帰り道にそのことを疑問視して怒っている女性客のグループがいたが、まあ、エンディングが違えば誰だってひとこと言いたくなるだろう。


東劇のメトロポリタンライブビューイングオペラ「カルメン」


東劇のメトロポリタンライブビューイングオペラ「カルメン」


それに比べると、東劇の「カルメン」はメトロポリタンの超一流キャストによるものであり、舞台も定番の作りで、それを見た私は、「ああ、カルメンだ」と思った。
ただ、METを見た後で改めて考えると、原田氏の挑戦的なカルメンにも一定の意味があったのかもしれない。
つまり、パンフレットを見ると原田氏の指揮者としての経歴は異色で、当然、今回のカルメンも普通ではない方が彼らしいとは思うのだ。
確かに東京文化会館の客を相手に、そのようなカルメンを演じたことは評価されるべきである。
様々なカルメンがあっても別によいのだし。
ただ、いつもと違うカルメンを上演する場合は、今後もそうだが、やはりそのことを事前に周知してほしいものである。
私が最もがっかりしたのは、ママ殿ががっかりしていたことなのだ。
一生に一度しかオペラを見れない客や、人生の最後と思って見に来る客も大勢いる。
そのような客との関係では、原田氏の「カルメン」は単なる失敗。
まあ、答えのない芸術の世界では失敗は付き物、なので、原田氏の次回の公演に期待しよう!!

2019/03/09

パンローリングの投資戦略フェア、そして、文学座山本郁子朗読会、森鴎外「鶏」

今日は東京ドームプリズムホールの投資イベントに行ってきた。
パンローリング主催の投資戦略フェアである。
私は投資のイベントにはあまり関心がない。
しかし、そんな私でも投資の名門出版社パンローリングの主催なら、見に行ってしまうことがある。

以下の写真は2018年のもの。
昼間は投資戦略フェア、夜は個人投資家の交流会という二本立てのスケジュールになっている。
個人投資家の交流会には1度だけ出たことがあるが、なかなかおもしろいので、興味がある人は一度のぞいてみるといいだろう。


パンローリングの投資戦略フェア


パンローリング、投資戦略フェア、投資家交流会


パンローリング、投資戦略フェア、投資家交流会


さて、今年の投資戦略フェアは、特に石原順さんの講演を聞きにいった。
石原順さんをご存知の方は少ないだろうから、ここで紹介。
まあ、確かに怪しい人も多い投資業界ではあるのだが、石原順さんは、それほど怪しいようには見えない(*'ω'*)
現役のヘッジファンドマネージャーで、まあまあ怪しいかんじではある。

この「まあまあ怪しい」雰囲気というのは、投資の世界で人気者となるためには非常に重要なポイントだと思う。
怪しくないかんじ=クリーンな人、まじめな人=これだとフツウの人すぎて、かえってだめ!!
投資家目線では、魅力がないのだと思う。

石原さんの年齢もついつい気になってしまう私なのだが、相場のエピソードを聞くかぎり、たぶん私より10才くらい年上ではないか(50代後半??)。
しかし、いつ見ても石原さんって、ヘッジファンドマネージャーなのに、そこらにいそうな「へんなおじさん」なのである。
まあ、へんなおじさんと言うと私もその仲間のひとりなので人のことは言えないのだが、石原さんの顔を見ると何となく安心というか、親近感がわいてくる。

石原さんは10年以上前からネット証券のオンラインセミナーで講演をしていた。
ユニークなキャラクターで、活躍の場を広げ、いつのまにか、ラジオ日経でレギュラー番組を持った(ただし石原順ではなく西山孝四郎名義)。
去年も石原さんはここで基調講演をしていて、私は聞いたのだが、今年の石原さんはどんな話をするのだろう。

石原さんの講演は相変わらず大盛況。
去年同様、私は講演後の石原さんに話しかけようとしたが、今年は次の予定があり、急いでいるという。
すぐに会場を出なくてはならないので簡単な挨拶だけ。
そして私も次の予定があるため講演会場を出た。
夜の投資家交流会の参加者を募集するアナウンスが聞こえたが、私はそのまま後楽園駅へ。


投資エキスポ2019年3月


後楽園駅から丸ノ内線に乗り、地下鉄を乗り継いで千駄木駅に到着。
午後は、千駄木の森鴎外記念館で鴎外の作品の朗読会に出席するのである。
森鴎外記念館では年数回、舞台役者などを呼び、鴎外の作品の朗読会をしている。
これが一部の人には人気で、往復はがきで申込む必要がある抽選制である。
今回は文学座の山本郁子さんが「鶏」を朗読するという。


森鴎外記念館鴎外小倉に暮らす展示会


鴎外は30代後半、小倉(北九州市)に赴任していたことがあって、その時の初体験のひとり暮らしを下敷きに、ユニークな小倉三部作を書いた。
その三部作の1作品が「鶏」である。
「鶏」の主人公は屋敷の主人、論争なんて聞き流す方がよいなどと言うのだが、論争を好んだ鴎外もこの頃には丸くなっていたのだろうか。
その後、鴎外は帰京して40代で再婚を果たし、後妻とのあいだに生まれたのが森茉莉である。
後妻は鴎外の自慢の女性であった。
鴎外いわく「美術品のような妻」、友人にあてた日記かなにかにそう書いた。
なので、娘の森茉莉もさぞかし絶世の美人かと思いきや、書斎にある彼女の本を見る限りふつうであった。

朗読会では、着物姿の山本さんが休憩を挟んで、かれこれ1時間以上「鶏」を読み上げた。
聞き手はずっとパイプ椅子に座り、後半はお尻が痛くなったと思う。
朗読会の後は、記念館の建物を出て裏庭に行ってみた。
裏庭には観潮楼の大イチョウがあるが、ここから見上げるよりも朗読会の2階の会場から見下ろす方が雄大で迫力があった。


森鴎外記念館鴎外小倉に暮らす朗読会


森鴎外記念館の観潮楼の大イチョウ


森鴎外記念館の永井荷風の石碑


裏庭の壁には、大イチョウのほか永井荷風の書の石碑もあって、字が上手すぎて私には読めないので、いつも通り過ぎるだけである。
いったい何と書いてあるのだろう。
裏門を出ると、向こうの方に小さく東京スカイツリーが見える。
森鴎外記念館は団子坂の途中にあるのだが、当時この周辺は絶好の眺めであったという。
まあ、団子坂もすっかり眺めが悪くなったなあ、と鴎外は嘆くだろう。