2019/01/29

好きな人の役に立てる時代

原点回帰。
人生や仕事で行き詰まったり悩んだりした時は原点に帰れと言われる。
しかし、原点に帰れとはどういうことだろう。
法律の世界では、条文を紐解く、という言い回しがあり、行き詰まったときには六法全書の条文をよく読め、と言われる。
難解な学説判例も、単なる条文の素朴な文言からスタートしており、そこから様々な価値判断や理論が交錯して話がややこしくなっている。
条文に立ち返ることで思考がシンプルになると、ややこしい話のポイントが自然と掴めるようになるのである。
まあ、条文を紐解く、とは実に見事な言い回しだな、と私は思うのだが。

私が原点回帰をする場合も同様に考えてみよう。
悩んだり迷ったりしている時というのは要するに、何らかの決意をもって始めたシンプルな1つのことが、次第に話がややこしくなっている、ということなのだ。
その場合、最初の決意とは何だったのか、なぜ決意したのかが原点で、そこを紐解いていけば適切な答えが見つかるはずである。
お金のため? 家族のため? 夢の実現のため? 社会貢献のため?
原点は人それぞれだが、私の場合、キーワードは2つ。
東京駅前には、慶應のビジネススクール(慶應MCC)があり、「夕学五十講」という講演会をしているが、2018年後期の2つの講演会(夕学五十講)から引いてきたものである。

「好きなことで人の役に立てる時代」(2018年11月27日 吉田ちかさん)
「人生にもう遅いはない」(2018年12月7日 若宮正子さん)


慶應MCC夕学五十講若宮正子講演


12月7日の「人生にもう遅いはない」。
講演者の若宮正子さんは今や超有名人。
ひな壇アプリで一躍世界的に有名となった80歳の「エンジニアおばあちゃん」である。
その若宮さんに「人生にもう遅いはない」と言われると何とも説得力がある。
80歳なのに、かくしゃくとしており、講演はユーモアたっぷりでおもしろかった。
チャレンジ精神があれば年齢は関係ありません、と若宮さんは断言されていたが、新しいこと好きなことを見つけたら、年甲斐もなく追いかけてみよう、ということだ。
まあ、こちらはほとんど解説を要しないと思う。

11月27日の「好きなことで人の役に立てる時代」。
いまは好きな仕事をして自由に生きられる時代なので、思い切ってそうしてみよう、ということなのだが、私にとってこの講演会は2018年のベストであった。

その日、私は日暮里駅で下車した。
講演会の前に上野周辺の美術館を回りたくなってふと降り立ったのだが、駅前の谷中霊園に接する狭い石段の道を通り抜け、谷中銀座の商店街に出た。
商店街の坂を下ると千駄木駅付近に出るのだが、坂の途中を左へ曲がると目的地の朝倉彫塑館がある。




途中、右手の酒屋(??)の店先で、昼寝をする猫を見かけた。
向かいの甘味処は、繁盛しているようだ。
しかし、シャッターの閉まった店舗もいくつかある。
世は株式不動産のバブル。
なのに、昔とは違い、商店街はさびれてしまって、すっかり格差社会の様相である。
歩き始めて数分、朝倉彫塑館の案内板を見つけ左折、予定どおり到着。


朝倉彫塑館


朝倉彫塑館


彫塑館の玄関前には立派な全裸男性の立像があった。
館内の展示作品を見終えた帰り、私はその立像をじっと眺め、写真を撮り、庭先のベンチで休んだ。
しばらく座って玄関を出入りする客を眺めていると、女性たちはみな、立像を無視し、出入りするのもどことなく早足である。
なるほど、女性が私のようにじっと眺めて立像の写真を撮るわけにはいかないだろう。
でも、彼女たちはきっと、チラ見しているに違いない!!
都内の駅でホームレスとすれ違うときもそうだが、チラ見をしなければ無視もできないのだから。

その後、日暮里駅から東京駅へ。
講演会の時間まで休憩するため、八重洲方面の日本橋高島屋に行った。
私は、エレベーターガールのいる古めかしいエレベーターで、地下1階から本館8階まで上がった。
この日本橋高島屋本店、去年増改築されたばかりなのだが、増改築の結果、非常にややこしい造りとなっている。
2度のリニューアルオープンで、本館8階が新館6階、東館5階に繋がるという奇妙な連絡通路ができあがったのだ。
こうなった理由は天井の高さの違いと思われるが、これでは自分が何階にいるのかよく分からない!!

さて、本館8階から東館5階の通路の途中に、「LES CAVES DE TAILLEVENT」という超一流のワインバーがある。
グルメ街に隣接するのにいつ見ても空いているが、店先のショーウィンドウに飾られた伝説のワインボトルと記念写真、これは一見の価値がある(写真はウィンザー公爵、クリスチャンディオール)。


LES CAVES DE TAILLEVENT


LES CAVES DE TAILLEVENT


そろそろ話を戻そう。
講演会の時間が近付いたので私は丸の内方面へ。
慶應MCCの講演は「夕学五十講」だけ、新丸ビル7階の大会議室で行われる(他の講座は三菱一号美術館の手前のビルの方で狭い!!)。
私は、新丸ビルの1階からエスカレーターで7階へ。


慶應MCC夕学五十講吉田ちか講演


「好きなことで人の役に立てる時代」。
講演者の吉田ちかさんは、英会話で人気のYouTuber。
が、その経歴は異色で、彼女は元経営コンサルタント。
その彼女の講演はもちろん素晴らしかった。
しかし、私が最も着目したのは、彼女の旦那さん(覆面の旦那さん)であった。
旦那さんも経営コンサルタントだというが(職場結婚??)、どうも、この旦那さんこそが彼女の成功の原動力、立役者と思われるのである。
つまり、吉田さんが舞台に立つ主演女優なら、旦那さんは客席から彼女を見守る演出家、あるいは冷静沈着なストラテジスト、献身的なプロデューサー、マネージャーである。

なるほど、そういうことか!!

そもそも私は、強欲な人間ではない。
だから自分で自分のための事業をするのは不向きで、誰かのために何かをする方が性に合っている。
そういうわけで経営コンサルタントやアドバイザー(顧問)といった仕事のほうがたぶん私の適職なのだが、例えば私が顧問をする会社の社長はいい年の男性である。
だから基本的にはビジネスライクの関係である。
しかし、吉田ちかさんと背後の経営コンサルタントの旦那さんはどうだろう。
ふたりは揺るぎのない愛情で結ばれている。
愛情に基づいて役割分担をして成功しているということだ。

「好きなことで人の役に立てる時代」、その真意は恐らく、「女性」が「好きなことで人の役に立てる時代」になった、という意味だと私は思う。
吉田さんは聴講者の女性たちに対し、世間の男女差別や同調圧力などに屈せず、女性は好きなことをしていいのです、と言いたかったのである。
しかし、その際には1人だけで何かをするのではなく、パートナー(の男性)と二人三脚で、役割分担をして取り組む方が圧倒的に成功しやすい~というのが私の補足意見である。
また、吉田さんご自身もそのことを暗に指摘しておられたし、その実例が自分です、と言いたげでもあった。

ちなみに、もう少し補足すると、古い日本的な価値観が見事に崩壊している現在、ようやく男性が、「好きな人の役に立てる時代」になったのだと思う。
男女の役割分担が、保守的な時代とはひっくり返ったのだ。
このように役割分担をする男女の生き方は、今世紀のジェンダー平等を象徴する新しいトレンドとなるのではないか。

ここで成功を欲する野心的な女性は、最初に人生のパートナー選びを熟考する必要がある。
パートナー選びこそが成功の第一歩。
彼女の理想の恋人の条件は??
私見によれば、①マメで優しい、②頭がいい、戦略家、③ステータス&人脈、④控えめ、である。
吉田さんの場合、それは他ならぬ、覆面の旦那サマということなのだが、覆面の旦那サマというのは、今後の男性のイケてる生き方のトレンドになると予測する。

うん、トレンド大好きな私も、それ、ちょっとやってみたい!!

2019/01/28

鏡をみてはいけません

去年1月のことだが、投資イベント(投資EXPO)の招待券をもらい、東京ビックサイトまで行ってきた。
まあ、正直言うと、投資のイベントにはあまり関心のない私、でも「第1回」投資エキスポということで、記念すべき第1回なら何となく見たくなった。
ただ、その時に隣の会場ではジュエリーの展示会が同時開催されており、私は投資エキスポを少しだけ見た後、ジュエリーの会場に入った。
そこできらびやかな宝飾品のブースをひとしきり見て回り、会場内でジュエリーデザイナーの女性と知り合った。

その日の夜はちょうど、ベストドレッサー賞のレセプションがあった。
知り合ったばかりの彼女の作ったジュエリーが、授賞式で芸能人に手渡されるという話なので、私もどんなものなのかと興味を持った。
受付で聞くと1万5000円の当日券が何枚か余っており、私もその場でチケットを買い、レセプション会場に入った。
バイキングの豪華料理はすでになくなっており、私は彼女と一緒にステージのそばで立ち見をした。


ベストドレッサー賞レセプション会場2019年


ベストドレッサー賞レセプション


ステージには世代ごとの有名な芸能人たちが立ち並び、そのステージ衣装はどれも花やかだった。
だが、芸能人のコメントはスポンサー(チケットを買った私たち)に対するお世辞ばかり、芸能人なのに優等生すぎて少々退屈だった。
世代ごとに男女1人ずつが選ばれるので、ステージの左から右へ、必然的におじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんとなっていく。
これが私には、まるで芸能人の老人会のように見えてしまった。

そういえば、ビックサイトまで2時間かけ、電車とバスを乗り継いできたが、その移動時間に、私は田辺聖子の小説「鏡をみてはいけません」を読んでいたのだ。
なるほど、右へ行くほど鏡を見てはいけません、左へ行くほど鏡を見てはいかがでしょう、という状況である。
私は悪口を言いたいのではない。
単純に年齢順で並べるとそう見えてしまう。
並び方を工夫するなどした方がいいし、舞台演出にも創意工夫が足りない。


田辺聖子「鏡をみてはいけません」


数日後、そのジュエリーデザイナーの女性と六本木で会った。
さすが都内の高級住宅地に住むジュエリーデザイナー、毛皮のコートにクリスチャンルブタンの靴、ドルチェアンドガッバーナのバッグである。
しかし、やけに庶民的で、焼き肉が食べたいなどというので、六本木ヒルズの近くにオープンしたての小さな焼き肉店に入った。
細長い店構えで、こないだまで居抜き物件だったところである。
カウンター席で一緒に飲み食いをしたのだが、私の肉は全て、彼女が焼いてくれた。
まあ、いいでしょう、男性がおごるのだからね、、、いや、会計はきっちりワリカンだった。
確かに、今日(こんにち)の男女はワリカンが正しい。






以上が去年の話。
今年も1月に、投資エキスポとジュエリーのイベントが同時開催される。
去年知り合った彼女にメールで聞くと、今年は選ばれなかったので出席しない、と言われた。
確かに、落選したら見に行きたくないにきまってる(それに彼女と私は縁がない)。
しかし、去年出席した私のもとへ今年も案内状が届き、私は1枚、前売りの安いチケットを予約していた。
第1回で知り合った男性と今年もまた会場で会う約束をしたから、結局そのついでに、ベストドレッサー賞を見ることにした。

第2回投資エキスポは、去年と同じ場所で開催された。
私はその男性と1年ぶりに会い、2人で今年の株式市場の予測をしたり、雑感を話したりして、1時間ほど話して別れた。
その後、私はひとりでジュエリー会場へ。

今回は海外のジュエリーを中心に見た。
私はジュエリーのシロウトだが、何人かの欧米のジュエリーデザイナーと話し、商品をよく観察し、次のような確信を持った。
彼らは高額の旅費をかけ、日本までジュエリーを売りに来るリスクを取っている。
そのため、低品質のジュエリーや、まがいもののジュエリーを並べたりはしていない、ということである。
経費がかかる分、値段はある程度高くなるが、それは当然である。

夕方になった。
ベストドレッサー賞のレセプション会場は、ジュエリー会場から徒歩で10分以上かかる。
なので、私は早めにそちらへ向かった。
時間前の列に並ぶと、テーブル席をおさえることができた。
去年は立ち見で大変だったから、ラッキーだ。
テーブル席では、見知らぬ宝石商のファミリーと一緒になった。
60才前後の色黒で洒落たおじさんが、ファミリーの会社社長である。
世間話をすると気さくで、なかなかおもしろい人だった。
公務員や、お堅い会社には、いないタイプである。
話して感じたが、私もこのおじさんと性格が似ているんだなあ、と思った。
すると、宝石商が、私の適職なのかもしれない。
しかし、私はジュエリーの素人だし、あのジュエリーデザイナーとも縁がなさそうだ。

さて。
彼らも私も、席をキープした後、早速、会場外のラウンジへ向かうことにした。
ラウンジにはバイキングの皿が並んでおり、これが出席者のもうひとつのお目当て。
料理はむろん早い者勝ちだ。
時間がたつと食べられてしまうので、肉や寿司などを食べたい人はレセプション開始前に取り皿に取っておく必要がある。


ベストドレッサー賞レセプション


私は、握り寿司とローストビーフを取り皿に取り、会場の席に戻った。
宝石商のファミリーもまもなく、料理を何皿も持ってきて席に座った。
食べきれませんね、そうですね、などと話し、レセプションを見ながら、いくつかの料理を分け合って食べた。

芸能人のレセプションは去年とだいたい同じだったし、帰りの電車の時間が迫ってきたので、私は途中退出することにした。
ラウンジに出たとき、帰りにもうひと皿食べたくなった。
ラウンジの料理皿を眺めて歩くと、肉、寿司は売り切れ、スイーツもやっぱり売り切れ、さて、何を食べようかしら??


ベストドレッサー賞レセプション


私は仕方なく、唐揚げ、イカフライ、肉じゃが、ライスなど、不人気銘柄を皿に取った。
もうこうなると、スーパーマーケットのお総菜コーナーで取ってきたものに等しいが、はたしてこの残り物には福があるのだろうか。
いや、福はあるに違いない。
そう思って私はこれを完食した。
テーブルにずらっと並べると食べ残して平気だったのが、たったひと皿のものだと妙にもったいない気がしてきちんと食べてしまった。

おや、近くのテーブルにもまだあるぞ。
冷たいそばのお椀がずらっと並んでおり、何とも風流である。
これから帰るのに、こんなものを食べたら寒くなってしまう。
考えることはみな同じのようだ。
食べ尽くされたので、もう帰ろう。
ラウンジを出た私は、手荷物預かり所でかばんとコートを受け取り、東京ビックサイトをあとにした。

2019/01/27

スタバでフードペアリング

今日は近所のスターバックスでコーヒーセミナーを受講した。
だが、私は昨年すでに計6回、コーヒーセミナーを受講しており、自宅には「カスタマーズコーヒーマスター」の修了証がある。
当時、私は東京のスターバックスを回って修了証を取得した。


六本木ヒルズ


アークヒルズ






写真フォルダでコーヒーセミナーに参加した店舗を調べると、六本木ヒルズ、上野駅、世田谷ビジネススクエア、筑波大学、アークヒルズ。
全てのセミナーがコーヒー好きの私にとって素晴らしい体験となったが、特に、アークヒルズのセミナーが最も素晴らしかった。
その時の講師は、過去にスターバックスのアンバサダー(社内バリスタ選手権の優勝者)になったことがある女性であった。

それ以来、私は、アークヒルズのスターバックスによく立ち寄るようになった。
フラペチーノではなく、本格的なコーヒーを飲むなら、リザーヴの店はおすすめである。
この店は広々としていて、過ごしやすく、また、カウンターで、ハンドドリップのリザーヴコーヒーを入れてもらえるのである。
今もできるかどうかは分からないが、この当時は、レジで会計をするときにバリスタを指名することもできた。
しかし、私が指名するのは、そのアンバサダーの女性ではなく、彼女のセミナーでアシスタントをしていたCさんである。
というのも、私の見立てだと、Cさんは将来のスターバックスのバリスタチャンピオンになるような腕前の持ち主なのである。
セミナーの時、試飲のために作ってくれたコーヒーが非常に美味しかった。
ただ、アークヒルズのスターバックスは混雑しており、私がCさんを指名しても別の男性バリスタが代役として現れることもあった。
まあ、それは仕方がないが、私が女性のバリスタを指名して男性のバリスタが現れた場合、それはちょっと残念ではある。

さて、今日はそんな昔のことを思い出しつつ、半年ぶりのコーヒーセミナー。
テーマはフードペアリングである。
女性店員2人が講師役で、参加者は5人、そのうち1人は車椅子の男性であった。
そうそう、私はワインスクールでも、フードペアリングの講座を何度か受けたことがあるが、ワインと料理のペアリングは簡単な話ではない。
というより、ワインは料理と一緒に飲むものなので、ペアリングが最も重要である。
しかし、コーヒーのペアリングはどうなのだろう。
コーヒーでペアリングが問題となりそうなのは、パン、ケーキ、お菓子などである。
和食のごはんとは合わないし、洋食だと食後のコーヒーとなるので。
また、コーヒーは砂糖なしだと苦く、砂糖を入れればどんどん甘くすることができる。
むろんケーキもお菓子も甘いのであるから、コーヒーのフードペアリングという場合は、コーヒーをブラックで飲むことが前提となっているように思える。
しかし、私はコーヒーには必ず砂糖を入れる甘党なのである。
そのような人にとって、フードペアリングはどれほどの意味があるのだろう。




この時のセミナーでは、グアテマラアンティグア、エチオピア、スマトラの3種類のコーヒーをテイスティング。
続いて、どれがザッハトルテ(チョコレートケーキ)に合うかを話し合った。
しかし、このザッハトルテは、甘すぎてイマイチの味だった。
私が隣の女性にそのことをヒソヒソ話すと、彼女もほぼ同意した。

「このザッハトルテは甘すぎると思いません??」
「ええ、甘すぎます。」
「これならコーヒー豆の種類に関係なく、単に深煎りを選べばいいんじゃない??」
「そうですよね、参加しておいて今さらなんですが、コーヒーのペアリングなんてどれほどの意味があるのかしらね。」
「おや、あちらの車椅子の男性は何をしてもらっているのかな。」

車椅子の男性は手が不自由で、フォークを握れない。
店員の女性の介助でザッハトルテを食べさせてもらっていた。
ああ、これだ!!と思った。
私は、美女がそういうふうに食べさせてくれるなら、このザッハトルテも美味しいと思った。
しかし、アークヒルズのスターバックスに行き、Cさんにそれを頼んでも、Cさんではなく代打男のバリスタが出てきて隣に座り、私に食べさせようとすると、どのようなザッハトルテも苦い味になる。
ただ、今日のようなザッハトルテなら、もともと甘すぎるので男性のバリスタに食べさせてもらう方がちょうどよいかもしれない。

2019/01/26

「椿屋カフェ」を少し過激にしたようなもの?

神田明神は商売繁盛の神様である。
秋葉原で買い物をした時に、近くの神田明神に何度かお詣りに行ったことがある。
秋葉原から神田明神に向かう途中には、メイドカフェの看板がいくつも並んでいる。
最近まで私は、メイドカフェに入ったことがなく、通るたび気になっていたが、最近、誘惑にかられ、ついに入店してしまった。


アキバ絶対領域


店名は「アキバ絶対領域」。
とはいえ、風俗店ではないのでハードルは低いし、まあ、入店してしまえば、「椿屋カフェ」を少し過激にしたようなもの?という感じだった。
それにしても、メイドが私の前で「もえもえきゅるるん」と言って、オムライスを差し出しただけであった。


アキバ絶対領域のオムライス


ただ、私がテーブル席でオムライスを食べている間、カウンター席の方では、7~8人ほどの男性客がメイドを取り囲み、盛り上がっていた。
メイドカフェは時間で課金されるので、カウンター席に座らないと損なのだと学んだ。
しかし、あちらは常連客の溜まり場のように思われ、近づきにくかった。
私は1時間になる前に店を出た。

後日、女友達Rさんと食事をした時、メイドカフェについて聞いてみた。
メイドの仕事は女性の視点からはどのように見えるのかが気になったからだ。
例えばバイトを選ぶ時、アキバのメイドカフェのバイトはどうだろう。
時給は良さそうだし、昼間の仕事に分類される。
岩下志麻に似ている文句なしの美人Rさん、彼女がキモノではなくメイド服を着れば、たちまち人気のメイドさんになれそうである。






しかし、彼女の返答は冷淡なものだった。
「バイトするならキャバクラのがいい。」
「えっ、どうして??」
「お友達に誘われてメイドカフェに行ったことがあるんだけど、来ているのは変な男ばかりで、きもち悪かったのよ。」
「そ、そうなんだ。」(きもちが悪いって、ひどいなあ、、、)
「まだ、キャバクラの男と話す方が楽しそうね。」
「そういえば、私がいた時も、店内には風変わりなお客さんが何人かいたなあ。」
「あのね、女子はそういう人たちに囲まれるのは、ちょっと恐い。お酒を飲んでいないのに。何考えてるか分かったもんじゃない。」
「な、なるほど。」(ナットク、、、)






メイドカフェの女の子は、男性好みのメイド服を着て、こないだのように何人もの客にカウンター席で取り囲まれるのだ。
男性にはピンと来ないが、それは女性にとって想像以上の苦痛なのかもしれない。
男性が黙って、自分のことをじろじろ見ている、、、
その意味で、メイドカフェというのは、風俗店の一種とも言えるのではないだろうか。

2019/01/25

山形ひとり旅

ひとり旅の魅力は、ほとんど予定を立てなくてよいことである。
誰かと行く旅は事前に行き先を話し合い、ガイドブックの範疇で無難な予定を組む、期待外れもない代わりにサプライズもほとんどない。
年の瀬に山形県にひとり旅をした。
山形の観光名所というと、スキーの蔵王温泉、米沢牛の米沢市が有名だが、私は県庁のある山形市に行った。
山形新幹線で上野から山形まで行き、そこから単線のローカル線に乗り換える。
旅の最初に斎藤茂吉記念館を訪問するためである。
茂吉記念館前駅に着くと、目の前に新築の立派な建物が見える。
森の道を歩いてすぐなのだが、駅の改札はなく、駅から直接、森に入った。
記念館の前庭には、禿げ頭で愛嬌のある斎藤茂吉の像があり、その脇の玄関から中に入った。


茂吉記念館前駅


斎藤茂吉記念館


館内は広く、人の気配がなかった。
なあんだ、駅名になっているわりに、スカスカじゃないか、と思った。
受付の女性職員に600円を支払い、展示室を見て歩いた。
途中、数人の客とすれ違った。
駅名にもなっているので期待したが、正直、やや平凡な展示だった。
1日数本しかない電車に乗り、わざわざ見に行くほどのものではない。
私は1時間たらずで展示を見終え、行き場を失った。
さて困ったな、帰りの電車は2時間後で、記念館の外は何にもない。
2階の大窓から外を見下ろして考えた。
一体何をして時間を潰そうか。
眼下の駐車場に、さっきの客の姿が見える。
ふつうは電車ではなく、ああやって車(多分レンタカー)で来て、サッと帰るのだろう。
その方が賢いな、と思ったが、今さらもう遅い。
私は退屈しのぎに受付へ行き、受付の女性職員と雑談することにした。
ただ、彼女はチケット係なので、私の美術談議が通じず、そこで私は2時間後に電車が来るまで学芸員の方と少し話せないか、と頼んでみた。
すると親切に対応してくれて、ラウンジで待つように言われた。

ソファーで10分ほどくつろいでいると、向こうからアイドルのような風貌の素敵な女の子が現れた。
彼女は私の向かいに座り、学芸員の名刺をくれた。
Gさんというのだが、彼女は斎藤茂吉記念館の唯一の学芸員という。
メガネをかけ、物静かな話し方で、ほとんど誰もいないこの記念館にいるのがもったいないような気もしたが、話がはずんで出身地を聞くと、東京の出身で都内からの移住だという。
思わず私は、どうしてこんな田舎町に就職したのですか?と失礼なことを聞いてしまった。
するとGさんは笑って、学生時代から斎藤茂吉の熱烈なファンだというのである。
学芸員の資格を取り、大学卒業後は茂吉の故郷に移り住み、記念館に就職した、、、物静かなのにずいぶん思い切ったことをするなあ、と私は感心して聞いていたが、結局30分ほど話し、最後まで美術談議にはならなかった。

それにしても、彼女の話は非常に勉強になった。
これまで深く考えたことはなかったが、最近の文学少女だって、芥川龍之介や斎藤茂吉などの熱烈なファンがたくさんいるのだ。
あの小難しい文章と、白黒の写真でも、想像力豊かな女子は萌えるようだ。
私は、なるほどね~、と思った。
つまり、文学少女は、一見おとなしそうだが、思い切ったことをするということ。

彼女と別れた後、私はまたひとりで館内の展示を見て回った。
2階の景色の良いラウンジで、電車の時間になるまで待った。
ようやく電車が到着し、記念館駅から山形駅へ、今日はかなりの時間をロスしたので、そのまま市内のホテルにチェックインをした。




翌日は山形市内を散歩し、旧山形県庁などを見たが、旧山形県庁は明治時代の由緒ある建物で、非常に見ごたえがあった。
入場無料だったが、斎藤茂吉記念館が600円の入場料を取っているのだから、ここも数百円の有料とすべきだ、と思った。
お役所仕事とはいえ、100円でも200円でもいいから客からお金を取るのは大事なことだ。
見た人が経費を払うのが、最も公平な負担のあり方だからだ。




旧山形県庁


旧山形県庁貴賓室


その後、私はおみやげを買い、山形駅に向かって歩いた。
山形の街並みもそうだが、県庁所在地は道筋が分かりやすい。
恐らく、たいていの県庁所在地はかつての城下町だからである。
方向音痴の私でも迷うことなく、山形駅のそばまで行けた。
が、その途中、私は一軒のくたびれた感じの百貨店を見つけたのだった。
聞かない名前の地方の百貨店で、建物もかなり古びており、大通りの交差点で向こう側を見ていたら、シャネルとディオールのブティックが見えたから百貨店だと分かった。

そこから私は山形駅まで5分ほど歩いた。
JR東日本の山形駅、その駅の構えは大きくて立派でゴージャスである。
ここには、ホテルメトロポリタンとアトレが入っている。
エスカレーターを上がって行くと、さびれた市街地から景色が一変し、まるで都内のターミナル駅にいるかのようだ。
私はとりあえずメトロポリタンに入った。
ホテルの喫茶店に行き、電車の時間までくつろぐことにした。


ホテルメトロポリタンのカフェ


頼んだケーキセットを食べながら私は思った。
さすが、メトロポリタン、これはおいしい。
市内のさびれたカフェの、同じ値段のケーキセットよりもおいしいだろう。
それに、さっきのさびれた百貨店だが、大丈夫なのだろうか。
天下のJRのメトロポリタンとアトレにはかなわない。
あの百貨店の客はアトレとメトロポリタンに奪われていくのだ。
あのシャネルとディオールもいずれ、アトレの一角に転居するか、あるいは山形から撤退するかのいずれかになるのではないだろうか。

2019/01/22

まんじゅうこわい

クリスマス前に、借りた数冊の本を返却するため、慶應の三田図書館に行ってきた。
この時は本を借りた後、図書館近くの南館の「ファカルティークラブ」でランチを食べた。
昔懐かしの学食「山食」でもよかったが、生協の方までぐるっと歩くのはめんどうくさかった。
「ファカルティークラブ」は教職員塾員用のレストランである。
学生時代、ゼミの教授に何度かごちそうになった記憶があり、何やら特別な雰囲気で貴族的なレストランという記憶があった。


慶應三田図書館


図書館を出て、狭い道を少し歩くと南館にすぐ着くのだが、ファカルティーの手前にホールがあり、大扉が開放されていた。
受付と書かれた長机があり、女の子が忙しそうに準備をしている。
ただ、案内が出ておらず、私は彼女に何のイベントをするのか聞いた。

「ステージにピアノがあるけど、ピアノクラブのコンサートかなにかですか?」
「ええと、午後から慶應文連の発表会なんです。ピアノの演奏もありますよ。ぜひ見て行ってください。」
「無料ですよね?」
「はい。」
「じゃあ、食べたらまた来ます。」
「お待ちしています。」






ファカルティーでお昼を食べ、コーヒーを飲んでくつろいだ後、早速さっきのホールへ。
しかし意外にも、ホールの席はたくさんあるのに、わずか5~6人の高齢の男性が離れて座っているだけだった。
慶應文化部のOBたちかな。
閑散としており、大学生が1人も見に来ていないのはきっと土曜日だからかな。
それにしても、観客がこれでは発表する学生も張り合いがないのでは。
しかしその後、女子大生が数人、後ろの方に座ったので、少し雰囲気が花やいだ。
初めてだから分からないが、まあ、地味な文化部のイベントだからこんなものなのかなあ。


講堂


舞台は3時間にも及んだ。
ピアノクラブの演奏会、落語研究会の寄席、アメリカンポップスのグループのバンド演奏など、その中でも落語研究会の寄席がおもしろかった。
落研の部長で第14代目乱痴(らんち)さんが、「まんじゅうこわい」を披露した。
まんじゅうこわいは、私が生まれて初めてナマで聞いたネタなので、ああ、これか、とすぐに思い出した。
このネタは、今日の観客、つまり年配者向けではないと思うのだが、バカバカしい系のネタであり、大学生のような若い落語家には合っていた。

全ての出し物が終わったのは夕方4時過ぎであった。
終了後、ファカルティークラブを貸し切り、懇親会をするという。
予約なしでも慶應の人なら飛び入り参加OKと言われた。
そうそう、今日の晩御飯は作らないからどこかで食べてきて、とママ殿から言われているんだった。
そういうわけで、私も5000円払って懇親会に参加し、解散まで食べ放題をつまんで初対面の人たちと話しこんだ。
この時に知ったのだが、客席にいた数人の高齢者は、みなさんかなりの大物であった。
なるほど、これならたった数人の観客でも豪華メンバーである。
また、懇親会をとりまとめていたカタブツそうな4年生に、どこに就職するのかを聞いみてた。
すると出版社に内定しているという。
講談社、集英社あたりかと聞いたら、ベンチャー企業ですとの答え。
へえ、斜陽の出版業界にベンチャー企業なんてあるんだな、と思ったが、他の学生の就職先も聞いて思った。
何だか自分たちの時代とはずいぶん変わったなあ。


ファカルティークラブ


ファカルティークラブ


懇親会が終わり、キャンパスを出る頃には午後8時を過ぎていた。
私は正門から国道1号線を歩き、三田3丁目の横断歩道を渡り、銀行のわき道の商店街に入り、飲み屋の並ぶ狭い通りをぶらぶら歩いた。
途中、食べたことのある店を何軒か見つけた。
いまだに店が残っているとはね。
まあ、20年前のことだから、残っている方がふつうかしら。
歩道橋を上がり、田町駅へ。
私は学生時代と同じように、京浜東北線に乗り込んだが、つり革につかまって何ともいえない懐かしさを感じた。
電車の窓ガラスに映る自分はすっかり年を取っている。
しかし、気持ちの方はそうでもない。

この世の中に怖いものなどあるものか。
本当に?
いや、本当はある、、、
本当は何が怖いの?
ま、まんじゅう、、、

怖いのは年を取ることではなく、気持ちが年老いることだと思う。

2019/01/20

はじめに(Let's Have Tea Together)





先日、YouTubeに自分のチャンネルを作り、何本かの動画をアップロードした。
このうちの2本の動画は、だいぶ前、都内の美術館で撮影したものだ。
ムンクの動画が東京都美術館、曲芸師の女性の動画が江戸東京博物館である。
ただし、そもそも私は、ほとんど動画撮影などしないのである。
写真撮影なら一瞬でパチリ。
しかし動画撮影だと、時間がかかるし、人目にもつくからである。
それに、動画は編集がめんどうくさいし、瞬間を捉えるのではないため、あとで自分が見たときに何の動画なのかよく分からないこともある、それがよろしくない点だと思う。
ようするに、写真の方が便利なのである。

本題。
BlogやSNS、最近だとYouTube上のVlogなどもあるが、インターネット上には日々の雑記が山ほど公開されており、これを自己満足でくだらないと言う人もいるようである。
しかし、多くの人は、そういうつもりで日記を公開しているわけではない、と私は思う。
確かに、自分だけの日記帳に書き留めておけば十分とも思えるが、公開の日記帳に書き留めておく方が、たぶん自分にとってはよいのである。
なぜなら、形式面でも内容面でも、公開日記帳の方が高品質で完成度の高いものになるからだ。

公開日記帳では、自分があとで読み返した時にも明らかに分かりやすい、思い出しやすいし、まともで恥ずかしくないことを書いている。
でもこれが自分だけの日記帳だと、私の場合は単なる私的なメモとなってしまい、乱筆で読みにくかったりと不都合が多い。
また、その時の思い付きと感情のままに書き、考察や洞察を欠いていることも多いかと思う。
これは、他人に伝えようとして書いた文章ではないからであるが、ようするに、私がこうして公開日記帳を書く理由は、あとで自分も読みたいからである。

私は作家のような文章のプロではなく、ただのシロウトである。
編集者の目も入らず、ブログなので、さらさら書いている。
定期的にリライトもするが、タイトルの改善や誤字脱字の修正がほとんどで、最初と最後では別人が書いたのかと思われるかもしれない。
ただそれは、私にとっては進歩の証拠が残るということであり、あえてリライトせずそのままにするのもいいかな、と思っている。


日々の雑事、個人的な出来事をブログに書き残していますが、読み返すと私自身、つくづくひどい内容だと思います。あしからずご容赦ください。


さて。
実はもう1つ、公開日記帳とする重要な理由がある。
それは、この日記が私にとって冒険の記録であること、冒険の記録を自分だけのノートにとどめるよりも、公開する方がよいと思うからである。






例えば、ABCクッキング。
最初に行ったのは去年の夏、先生に手取り足取り教えてもらいながら、簡単な煮込みハンバーグを作った(上の写真)。
しかし、半年ほどたって、クリスマスには、もっと手の込んだハンバーグを自力で作った(下の写真)。






まあ、人生は何事もチャレンジなのである。
やってみれば何とかなるものだし、やらなければ何にも起こらないのである。
ブログ名の「Let's Have Tea Together」。
これは私の大好きな作家田辺聖子の「いっしょにお茶を」の英訳である。
私も、少しまねしてみようかな。
我が家のサンルームの窓際で紅茶を飲みながら、日々の冒険の記録を付けはじめてみようと思う。


田辺聖子「いっしょにお茶を」