2020/09/15

事業承継でビジネスを始める


廃業数と開業数の推移

廃業数と起業数の推移(中小企業白書2011年より)



廃業の内訳
 廃業の内訳(中小企業白書2017年より)


事業承継は最近の士業の流行りである。
私の友達で司法書士のM先生も興味津々のご様子、仕事帰りにシンクタンクの勉強会に通っているようだ。
M先生に話を聞いた。
すると、民法、会社法、信託法、税法が分かればだいたいOK、だから自分もできそうだという。
ああ、それなら私も税法以外はひととおり知っているので、私でも何とかなるかなあ、、、
実は、事業承継コンサルタントは資格を前提としないのである。
なので、司法書士なら信用されやすい、有利だ、といわれた。
また、単価も高いので単純に儲かりそうなのだ。
ただ、見込み客の多くが税金相談を経由して来るため、税理士が有利である。
M先生は事業承継コンサルタントを始めるのだろうか。

さて、起業と事業承継の話。
起業件数を比べると、日本は世界の先進国の中ではかなり少ない方である。
そもそも日本人には起業よりも就職を選ぶ安定志向が顕著に認められる。
かたや、経営者の高齢化もあって廃業件数が起業件数を上回るようになって久しい。
廃業した企業の6割は黒字なのに廃業しており、なんてもったいない、と思うかもしれない。
黒字なのに廃業するのは後継者がいないからである。
後継者がいないのは必ずしも少子高齢化だからではない。
いまは黒字でもギリギリの経営をしている中小企業がほとんどで、将来が暗いから誰も継ぎたがらないというのが一番の理由だ。

起業はゼロからのスタートだからハイリスクだが、事業承継は経営基盤があるので、そこまでハイリスクではないとも言われる。
事業承継は、起業の少なさの問題と、廃業の多さの問題を上手に解消することができる「マッチング」の手段として位置付けられるだろう。
もっとも、起業はしたくないけれど事業承継はしたい、というような中途半端な個人はあまりいないと思うので、現実には、事業の買い手のかなりの部分は既存企業だろう。
ただ、ここでは個人(仮に「私」とする)が事業承継でビジネスを始める場合、どんな業種の会社を買うのが良いのかを考えてみたい。
下に業種ごとの起業率、廃業率の分布図がある。



業種別の起業率及び廃業率

業種別の起業率及び廃業率(中小企業白書2017年より)


なるほど、ぱっと見は「建設業」が良さそうである。
が、私はアレルギー体質だし、手が荒れやすいので、トンネル掘りのようなことはできないのだ。
「ホテル旅館」「飲食店」は、とにかく入れ替わりが激しいが、今は新型コロナウィルスの影響もあり、候補からは除外する。
全体として、廃業率が低い業種は何らかの形で政府からの支援がありそうなところで、役所との関係が深い保守的な仕事だ。
これに対して、役所と疎遠な業種は失敗しやすく、総じて廃業率が高いところにあるが、保守的な仕事ではなく、こちらの方がワクワクできそうだ。
廃業率の高さは直ちに敬遠する理由にはならないと私は思う。
それよりも、起業率と廃業率の関係で見ると、黄色のラインとその右側のところの業種がバランスが良さそうだ。

左下の業種はどうだろう。
ここは、ビジネスを始めるのにかなりの資金が必要であったり、特殊な技術や資格を要するものであったりして、起業率が低いのだと思う。
ここの黒字企業は、直感的に事業承継後も比較的安泰だと思うが、どうだろう。
しかし、起業率より廃業率が高い「製造」「卸売」は時代の流れにそぐわず、微妙な感じがする。
廃業率が全業種平均の3.8%にかぶっていない「運輸」「教育」「医療福祉」の方が良さそうだ。
まあ、「学校」と「病院」、この2つはなんやかんや言っていつの時代もカタいということだが、公共サービスの性格が強く、極めて保守的な業界であり、その点をどう考えるかだ。
学校と病院だと、少子高齢化の時代には圧倒的に病院に分があるが、病院経営はやはり、医者の領分である。

ちなみに事業承継ではなく、起業するならどれがいいだろうか。
私が理系なら「情報通信業」である。
WeWorkのようなシェアオフィスで簡単に始められる、小さな資金で始められる、コネがなくても始められる、学生でも始められる、失敗してもほとんど負債が残らない、21世紀に最も有望な分野である、にもかかわらず、どう見たって起業率が低い。
建設業より起業率が低いのはどういうことかと思う。
廃業率が高いのは、これらのことの裏返しなので、ほとんど問題ではないだろう。

2020/09/13

群読音楽劇、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」

きのうは、日本芸術文化振興会のPD(プログラムディレクター)のN先生のアートマネジメント研修の関係で、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を富士見市民文化会館まで見に行った。
富士見市は地図で調べるとかなり遠いが、夜の公演であったため、早めに出て途中に美術館の予定を3つ入れた。

樋口一葉記念館⇒書道博物館(中村不折記念館)⇒東洋文庫ミュージアム⇒銀河鉄道の夜

どこも初めて行くわけではないのだが、5000円札の樋口一葉の記念館は三ノ輪駅から徒歩10分ほどの竜泉の路地にある。
竜泉は吉原の近所で、この界隈は浅草の裏手である。
古い建物が建ち並んだ下町で、路地が多く、不慣れだとすぐ迷ってしまう。
案の定、私は路地を1本間違えた。
その道沿いに記念館はなく、突き当りまで行くとピンクの建物(ラブホテル?)があった。
他にも、出会い用の喫茶店や、風俗店などが並んでいるが、私は樋口一葉の記念館に行きたいのである。




路地を戻ってウロウロ、おお、目印の煎餅屋(一葉煎餅)があった。
一葉記念館の目印は、この煎餅屋と、お唄と三味線の教室、小さな公園(樋口一葉記念公園)である。
私はようやく、一葉記念館に辿り着いた。


樋口一葉記念館


次に、私は鶯谷の書道博物館(中村不折記念館)に行った。
ここは鶯谷の駅から徒歩5~6分の根岸地区の路地にあるのだが、根岸はラブホテル街なのである。
書道博物館に行くためには、ラブホテル街を通らないといけないので(あるいはそれが近道なので)、私はピンクやパープルの建物の並ぶカラフルな感じのところを足早に歩いた。


書道博物館、中村不折記念館


常設展は以前見たことがあるので、今日は中村不折の展示室の方をゆっくりと見た。
それにしても、中村不折の展示室なんてここにあったっけ、と思った。
ラブホテル街の印象が強すぎるため、そういう細かいことはよく思い出せなかった。

その後、山手線で鶯谷駅から駒込駅へ。
駒込駅から大通りを歩き、10分ほどで東洋文庫ミュージアムに着いた。
今日の展示は「大宇宙展」であった。


東洋文庫ミュージアムの大宇宙展


六義園


続いて、東洋文庫ミュージアムから歩いて数分の六義園へ。
小雨の中、庭園を少し散歩したが、雨が強くなってきたので早々に切り上げた。
予定よりだいぶ早めであったが、駒込駅に戻り、地下鉄に乗った。
目的地は富士見市である。
南北線~有楽町線~東武東上線と乗り継ぎ、かれこれ1時間以上かかったが、予定よりだいぶ早く鶴瀬駅に着いた。

駅を降りた私は、ほんとうに何にもないところだなあ、と思った。
つまり、埼玉県は一部を除いては、まだまだ都会とはいえないのである。
駅前は再開発中で、バス停で市役所行きのバスを待っていると、若い女の子のグループがどんどん集まってきた。
あんなおしゃれな身なりをして、何をしに来ているのだろう??
彼女たちも「銀河鉄道」を見るために来たのかと思ったが、そうではなかった。

富士見市民文化会館(キラリふじみ)は富士見市役所に隣接しており、国道を挟んでその向かいに、ららぽーと富士見がある。
彼女たちは友達どうしでららぽーとに遊びに行くのだ。
キラリふじみにはカフェもレストランもなく、新型コロナウィルスの影響でラウンジが閉鎖されており、私も公演の時間までららぽーとで時間をつぶすことにした。
が、このららぽーとはたぶん、同じ埼玉県の越谷レイクタウンよりも混んでいる。
どこも満席で、ゆっくり休める店が見つからなかった。
なので、かなり早めだが、国道を渡りキラリふじみへ行き、会議室のこじんまりとした陶芸展を見たりして時間をつぶした。




キラリふじみ群読音楽劇銀河鉄道の夜チラシ


群読音楽劇「銀河鉄道の夜」。
群読とは舞台の上でみんなでセリフをハモったりかけあったりするようなイメージである。
群読音楽劇とは、俳優がセリフをハモったりかけあったりするのと、そこに音楽(BGM)が付いた演劇ということである。
群読はそれほどしゃれた感じのものではなく、音楽の授業の合唱のようにも聞こえた。
ただ、BGMが良かった。
マリンバとドラムを怒涛のごとく演奏していた浜まゆみさんの音楽の才能が際立っていたと思う。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は、ジョバンニとカンパネルラのミステリアスな物語として有名である。
「人間にとって本当のさいわいとは何か」が物語の最重要テーマであるが、何とも考えようのない問いかけである。
公演は9時ごろに終わり、私はららぽーとからバスで鶴瀬駅に戻った。
電車の時間が長いので、途中、友達とラインをした。
「銀河鉄道の夜」は宮沢賢治の名作で、誰でも知っていると思っていたが、女友達に今日は銀河鉄道の夜を見たとラインをしたら、「銀河鉄道999」の話題が返ってきた。
まあ、「銀河鉄道の夜」にも車掌は一応出て来るが、メーテルは出て来ない。

2020/09/08

人間は考えるアホである

以前、報道番組の街頭インタビューを受けたことがある。
私はただのそこらの人なのに、カメラマン、インタビュアー、記録係、アシスタントなど総勢4人に囲まれた。
このように、テレビ番組はプロフェッショナルがそれなりのコストをかけて作り上げているものだ。
だから、テレビ局が気合を入れると、ネットの動画配信よりも数段面白いものができるはずなのだ。
これに対し、ネットの動画配信は、にわかのシロウトが、コストを惜しんで作るものが多いので、作り込みが甘いというか、まあ、ホームビデオの一種である。
しかし、テレビは成熟産業となり、昔のような冒険心あふれる作り手も少なくなったし、優等生の集団となってしまった。
テレビの広告市場は衰退の一途、ついに、ネットのそれよりも市場規模が小さくなったというし、かくしてテレビはマンネリ化し、停滞期、衰退期である。

もっとも、たまには面白いテレビ番組もある。
たまたま深夜に見たのだが、「月曜から夜ふかし」という深夜番組は、恐らく、名物番組になるのではないか。
マツコデラックスが面白い。
ゴールデンタイムよりも深夜番組に向いている芸能人だと思う。
ポストタモリということではないのだが、タモリもゴールデンには向いていない。
まあ、そうはいっても最近は、深夜の芸能人はギャラが安くてやってられないのかもしれない。
ただ、何だかマツコはこの番組を好きでやっているように見えたので、ギャラは関係ないのかもしれない。
女装した中年男性が、射撃を披露する動画がおもしろかった。
そんな「月曜から夜ふかし」は、かつてのテレビ黄金期にどこかで見たノリである。
目新しい点はYouTube動画を絡めていることだが、この番組で紹介するとそのマイナーなYouTuberのチャンネル登録者が5倍10倍にもなるという。
テレビの影響力はまだまだ強いということだ。

さて、この番組に登場した沖縄の飲食店経営者は、30代の男性で、どこにでもいそうなお気楽社長である。
新型コロナウィルスの影響で居酒屋は経営危機、現在1億円の借金があると言って能天気に笑っている(正確には1億1600万円!!)。
まあ、笑うしかないだろう。

番組内で、彼は終始明るく行動的だが、1億円を返済できる事業計画があるわけではなく、日々悪戦苦闘している。
賃料の高い表通りの店舗を閉鎖し、別の場所に新しい店舗をオープンする準備をしている。
店の名前は「ニューオキナワ」。
新しい沖縄を作りたい、ということのようだが、何ともビミョウなネーミングセンスだ。
店舗の出入口は彼が設計したものだが、誰が見てもこの出入口は不便すぎる。
メニューの数々も彼が提案したものだが、しゃれたものではなく、私はあまりおいしそうに見えなかった。
ほかにも適当な採用面接の様子、子供の落書き帳のようなアイディアノートも公開される。
しかし他方で、彼はコロナ禍でもオンラインショップを立ち上げ、月商300万円を売上げ、地元の食品メーカーとタイアップして新商品を考案したりもしている。

ああ、そうか、彼はダサい社長のふりをしているんだ。
どうせ、全て演技なんでしょ??
だってこれは、テレビの娯楽番組なのだから。

そうだろうか。
いや、たぶん本当にそういう人なのだと私は思う。
この番組は世間の飲食店経営者を勇気づけることがコンセプトだと思われるが、それなら、彼が本当にそういう社長であることが重要なのだ。
私が思うに、今の日本に足りない人材は、こういうお方たちである。
偏差値の高い知的なエリート、AIを熟知する理系のエンジニアなどではなく。
日本は慢性的な不景気で、こういう能天気な成功者や、失敗から立ち直った成功者を、ほとんど見かけなくなった。
不必要に教育水準が向上し、都会的で礼儀正しく、物静かで知的な話をする人間が大量生産された。
そういう人間が増えるとかえって社会の活力がなくなり、閉塞感が生まれることになるのだ。
官僚、博士、パソコンと1日中にらめっこする技術者や研究員、そんな人ばかりでは、世の中退屈ではあるまいか。
というか、技術ばかりが進歩して、かえって日本の景気は衰退の一途となってしまいそうである。
日本の社会はもう少し、おおらかで、テキトーで、無計画な状況となるべきであり、日本人のマインドも、今後その方向へ、大胆に変化した方がいいと思う。
というわけで、月曜から夜ふかし~を見ながら、私も少し、この沖縄社長を見習って能天気に生きようと思った。

アホは良識ある人たちの反面教師、などという以前に、アホは社会の潤滑油ではないのか、時にはアホが世界を進歩させることだってあるのではないかと思え始めたからだ。良識ある人ばかりがそつなく時代を押し進めていく綺麗事の世界を考えると、なんとなく寒々しい気分になる(筒井康隆「アホの壁」)。


筒井康隆「アホの壁」


アキバカルチャーシアター新人公演


アキバカルチャーシアター新人公演


2020/09/03

日本遺産「牛久シャトー」探訪

今日は、最近日本遺産に選ばれた牛久の観光名所「牛久シャトー」を見てきた。
ただ、ワインにちなんだ観光名所が近くにあるのに、私はこれまで一度も牛久シャトーに行ったことがない。
近所のことって、案外よく知らないものなのである。
私はそもそも、牛久ワインとはどういうものかも、よく知らない。
牛久駅のエスカレーターをあがり、改札を出ると、牛久大仏のボードがあった。
牛久といえば牛久大仏の方が有名ということだろうが、駅構内では、祝・日本遺産と書かれたポスターや、牛久シャトーで街おこしと書かれた貼り紙を何枚か見かけた。


牛久駅改札前牛久大仏案内板


駅から歩いて15分ほど、牛久シャトーは市役所の裏手にある。
牛久市役所の駐車場を横切り、裏の公園を抜けるとその先に新興住宅地がある。
その路地を少し歩くと、古びた洋館が木々の向こうに紛れて見えるのだが、それが牛久シャトーである。
ただ、これが日本遺産だと言われても、新興住宅地の目と鼻の先にある洋館なのでピンと来ないだろう。


牛久シャトー正門前神谷記念館入口


私は敷地内に入り、手入れの不十分な洋風の庭園を歩いた。
庭園には数人しか歩いていなかった。
噴水の向こうの色褪せた赤レンガの醸造所内へ。
中は少しほこりっぽく、倉庫の匂いがするのだが、1階は巨大な木樽が並んでおり、角まで歩くと古びた階段があった。


牛久シャトー正門前神谷記念館1階




階段を下りて地下に入ると、暗くて不気味な空間が地下全体に広がっていた。
私はわずかな明かりをたよりに1人で、小さな木樽が並ぶ狭い通路を奥の方へと進んだ。
奥は行き止まりで目ぼしいものはなく、来た道を戻ることにしたが、戻る途中でゴーゴーと機械音がする方向へ歩いた。
ガラスの向こうに大きなステンレスタンクが何個か見え、それが地下に鳴り響く音の原因だと分かった。
そこはビール工場の一室のような感じもしたが、まるでバイオハザードのワンシーンのような無機質無人の特殊な部屋のような感じもした。
これまで歩いてきた暗い場所よりもさらに不気味な場所だった。
私は、地下空間の不気味さに耐えかね、階段を上がることにした。
階段をそのまま2階まで上がると、そこは牛久シャトーの創業者神谷伝兵衛の資料室であった。
大きな窓がいくつもあり、そこからさわやかな陽光が差し込んだ。


牛久シャトー正門前神谷記念館2階ハチブドウ酒


資料室の壁かけの案内板を見ると、ここの一部の建物(貯蔵庫などの3棟)がすでに2008年には重要文化財に指定されていると書いてあった。
また、2011年3月11日の東日本大震災でこの建物が被害を受けたと書いてあった。
すぐレンガを交換するなどして修繕したようだが、なるほど、建物の見栄えが悪いのもそういう事情だったのかと納得した。
が、全ての空き家の宿命がそうであるように、全ての建物は単に人の出入りがなくなったらさびれてしまう。
私は、その方が切実で重要な理由だと思えた。


牛久シャトー正門前神谷記念館2階昔の記念写真


資料館の片隅にシャトーカミヤ(牛久シャトー)の全盛期のモノクロ写真が飾ってあった。
時代は流れてシャトーカミヤはすっかり輝きを失ったようだ。
街おこしの効果を、古びた牛久シャトーに期待するのは難しいのかもしれない。

と思ったが、、、おお、集合写真の隣に全盛期の岩下志麻の写真がある!!
これは、お偉いさんたちの集合写真なんかよりも、圧倒的にイイではないか!!
日本遺産牛久シャトーの見所は、神谷伝兵衛資料館のこの岩下志麻の1枚の写真、これで決まり。
ああ、岩下志麻、見れば見るほど、美人だなあ(*'ω'*),,,


岩下志麻

2020/09/02

セミナー講師をしてみたい











コロナが少し沈静化したので、最近はまたABCクッキングに通っているが、こういった料理教室やワークショップはいろいろあって大変だと思う。

8月は、県南生涯学習センターの講師養成講座に通っていた。
生涯学習センターの講座というと気軽で簡単なものと思いがちだが、、、実は、私もそう思って行ったのだけれども、それほど気軽でも簡単でもなかった。
回数も多く、コスト管理やマーケティングについても専門家から学ぶ機会があり、本格的な内容。
職員に聞くと毎年人気の講座で、今年は新型コロナウィルスの影響で申込者が激減したため、締切ギリギリに電話で申し込んだ私でも間に合ったようだ。
セミナー講師は会場に行って喋るだけでお金がもらえる、というのは安易な考え方だと思い知った。
自主企画講座の場合なんかは特に、事前準備や雑務があり、かなり大変なのだ。






最も印象に残ったのは、第1回目の受講生の自己紹介の時間。
そのとき私が感心したのは、それぞれやってみたい講座があって自己啓発で参加したわけだが、誰1人としてやってみたい講座の内容がかぶっていないことだった。
ああ、すごい!!
現代人は無個性、などと安易に論ずる批評家や学者もいるが、そんなことはない。
やはり1人1人に個性があり、希少性のようなものがあるのだな、と私は思った。

さて、今日は帰宅時にポストを探ると講座で知り合ったYさんからの封筒が届いていた。
最終日の帰りに受講生4人でお茶をしたのだが、Yさんが財布を忘れたため私が代金を立て替えたのだ。
郵便代がもったいないので送らなくていいですよとメールをしたら、もう送りましたというのだが、ずいぶん早く届いた。
封筒をあけると500円玉の入ったかわいらしい紙袋のほかに、お礼の手紙が入っていた。

講座でYさんを見たときは、どこにでもいる気さくな女性だと思った。
が、話してみると意外にも、茨城県内でご活躍の先生だった。
彼女は社労士兼FP(ファイナンシャルプランナー)で、主に茨城県内で資産設計セミナーと終活講座をするセミナー講師である。
そんなすごい先生が、どうして講師養成講座にいたのだろう??
講師養成講座の担当職員にこっそり聞いてみると、実は以前も参加したことのあるリピーターさんですよ、といわれた。
ええと、現役講師なのに講師養成講座の常連とはどういうこと??
もしかして、講師なのに喋るのが苦手で、リピーターなのかしら??

まあ、その話はともかく、世の中には、実は私服警官だったということもあるし、実は18歳未満だったというオチもある。
なので、人は見かけによらない、というのは正しいと思った。
そのYさん、最近は資産設計セミナーの講師を頼まれることが多いという。
日本は高齢化社会で、莫大な財政赤字を抱えており、老後の不安が増している。
資産設計セミナーは、トレンドなのだろう。
さて、私も茨城県の大井川知事のハンコの押された修了証をもらったことだし、Yさんのようにセミナー講師をしてみたくなった。