2019/11/26

CHANEL「マドモアゼルプリヴェ展」

2週間ほど前、CHANELからイベントの案内が来た。
「マドモアゼルプリヴェ展」という無料の展示会が天王洲アイルで開催されるという。
私は、ただでCHANELのコレクションを見られるのならと思い、スマホで簡単な申込みを済ませておいた。


天王洲アイル


今日がその日であるが、先週末から続くあいにくの雨である。
しかし、天王洲アイル駅を出た頃にはひとしきり雨もあがって、私は道に迷いつつも運河沿いの倉庫に到着した。
倉庫とはいえ、ここは天王洲アイルであり、CHANELのイベントであるから、しゃれた倉庫に改装されている。
私は、黒服の男性に、予約した時間帯ごとの来場者の列に並ぶよう促された。


シャネルの展示会「マドモアゼルプリヴェ展」


この展示会の参加者は、スマホで好きな時間帯を選んで申込みをし、チケットの代わりにQRコードをもらい、会場ではバーコード読み取りで入場する。
したがって、CHANELは事前に人数制限をすることが可能であり、そのため、来場者はコレクションをゆっくりと見ることができる。
CHANELのこのやり方はなかなか先進的で、いずれはこのようなやり方がミュージアムのスタンダードになるだろうと思った。


ココシャネルの本、カールラガーフェルドの本


私の書斎の本棚にはココシャネルの本が何冊かあるが、ココシャネルのファッションといえば、ブラック&ホワイトをイメージする。
だが、いまはモノクロの時代ではなく、カラーの時代であるから、CHANELのベースカラーは時代遅れだと思う。
ただ、カールラガーフェルドはドイツ人らしく保守的なデザイナーで、時代の変化に柔軟に対応しつつも、あくまで「古き良きココシャネル」を守ろうとしたのだ。
ただ、そのカールラガーフェルドが、今春、高齢で死んでしまった。
したがって、CHANELは今後、ブランドコンセプトを大胆に「変化」させることも考えているはずだし、それと同時に、これまでのCHANELの「総括」をする必要があるのかもしれない。


シャネルの展示会「マドモアゼルプリヴェ展」


シャネルの展示会「マドモアゼルプリヴェ展」


展示されているドレスのほとんどはブラック&ホワイトである。
しかし、後半の展示には、赤やピンクのドレス、そのほかの色のドレスもあった。
ただ、それらはどうしても、CHANELにしてはイマイチで、何か違うな、と私は感じた。
というのも、その後、新橋にある汐留パナソニック美術館へ行き、「ラウルドゥフィー展」を見たからである。


汐留パナソニック美術館のラウルドゥフィーの展示会


ラウルドゥフィーもまた、パリの高名なデザイナーであった。
ただ、ラウルドゥフィーの本業は画家であり、ファッションデザイナーとして「も」活躍したということである。
企画展の最後の方に、彼のデザインしたドレスが展示されていた。
当時のハリウッド映画の舞台衣装として作られたという説明書きがあったが、こちらの方がココシャネルのドレスよりもセンスがあると思った。


汐留パナソニック美術館のラウルドゥフィーの展示会


こちらのドレスの方は、シャネルのものよりも、自然で、シンプルで、いやみがなく、エレガントである。
そういえば思い出したが、真夏の丸の内の三菱一号美術館で、スペインのマリアーノフォルチュニの企画展があった。
彼もまた画家兼ファッションデザイナーだったのであるが、そこで彼のデザインしたドレスを見た。
彼のデザインしたブラックのドレスなども、シャネルのものよりも、自然で、シンプルで、いやみがなく、エレガントであった。

さて、「マドモアゼルプリヴェ展」の帰りに、来場者全員に記念のプレゼントを配っており、私はそれをもらったのだが、帰宅して早速使ってみた。

さすがCHANELは高品質。
タダなのに丈夫で長持ちしそうだな、、、(これはもちろん誉め言葉!!)

しかし他方で、ラガーフェルドの死後、CHANELの商品はだんだん売れなくなるのではないか。
何となく私はそんな気がしてしまうのであるが。

2019/11/21

太田記念美術館「ラスト浮世絵」

11月といえば学園祭の季節である。
私は今日、慶應義塾大学三田キャンパスで、三田祭を見て来たのだが、これが非常におもしろかった。
開催初日の午前中であったため、マンモス大学の学園祭とはいえ、まだ空いていた。
校門の向こう側に三田祭の赤い看板があることを除いては、普段と変わらないキャンパスのようにも見えたが、校門の手前で女子アナがマイクを持って実況中継をしている。


慶應三田祭


あれはテレビ局の女子アナかと思ったが、よく聞くとその語り口が上手ではなかった。
どうも地上波ではなく、インターネットテレビの女子アナのようだ。
私は校門を入り、左手の階段を上がった。
一段上のキャンパスには、すでにかなりの人数が集まっており、ああ、やっぱり、学園祭のムードだな、と思った。

行きたいところは事前にパンフレットを見て決めてあった。
キャンパスに入ってからは、そこへ向かって歩くだけだ。
しかし学園祭には、新宿歌舞伎町の住人たちも顔負けの客引きがいる。
早速、私は校舎の2階の廊下で、チラシ配りの女子大生に捕まってしまった。
彼女は着物姿、ひと目で落語研究会の女の子だと分かった。




「あそこの教室で落語をやるので、聞いていきませんか。」
「いや、ちょっと目的地があってね。」
「落語もおもしろいですよ。途中退席もOKですから、ぜひぜひ、ちょっとだけ。あと1分で始まっちゃいます。」
「すみませんけど、私は、似ている芸能人をAIが診断します、っていうのを見にきたので、その教室を探してるんですが、234号室って、どこだか分かります~??」
「234号室、、、え~と、AI診断は今日の出し物じゃないですよ。」
「えっ、まじで??」
「これは明日以降の出し物です。」
「そ、そうか、残念だな。」
「残念ですね~♪♪ それじゃ、落語を一席どうぞ。」
「どうしようかなあ。」
「あと10秒で始まっちゃうから、さあ、入って入って。」


慶應三田祭の落語研究会


私は、彼女に背中をポンと押され、そのまま落研の教室に入ってしまった。
すでに室内は薄暗く、ステージに照明が当たっている。
私が座席につくと、太鼓が鳴り、舞台袖から第14代目乱痴(らんち)さんが登場。

あっ!!
私、この人のこと、知ってるんだけど、、、

何たる偶然か、去年12月に南館ホールで慶應文連のイベントがあり、落研の部長として一席披露した彼のことを私はよく覚えていた。
その時は「まんじゅうこわい」であった。
そして今日の乱痴さんは「道具屋」を話すようである。

なるほど、「道具屋」か。
まあ、彼なら、きっとおもしろいから聞いていこうかな。

「道具屋」はあまりにも有名な話で、こちらはオチまで知っている。
しかし落語とは不思議なものである。
上手な落語家は次が分かっている客を笑わせるのである。
乱痴さんの道具屋は私の期待通りで、若々しく、非常に斬新で良かった。
ただ、隣の教室からロックバンドの激しい演奏が地響きのように聞こえており、私たちにとって近所迷惑も甚だしかった。
まあ、これもまた学園祭の醍醐味と思って笑い飛ばせばよいことだが。


慶應三田祭のコンサートのステージ


道具屋が終わり、私は落研の教室を出た。
次はどこへ行こうかな。
結局私は、やきものコーナー、画廊コーナーなどを回り、1時間ばかりキャンパスの中をぶらぶらした。
途中、慶應の女子大生の写真集「慶應美女図鑑」の売り場ブースもあって、初日なので写真の女子大生たちが何人か待機していた。
私は記念に1冊写真集を買ったが、サービスで彼女たちの生サインを書いてもらった。
彼女は将来、女子アナにでもなるのだろうか。

その後はランチを済ませ、田町駅まで戻り、山手線で原宿駅まで行った。
明治神宮方面の少し先の路地に太田記念美術館という浮世絵の美術館があるのだが、今日は「ラスト浮世絵」というおもしろそうな企画展をしていた。


太田記念美術館「ラストウキヨエ」展示会


太田記念美術館「ラストウキヨエ」展示会


今回の企画展「ラスト浮世絵」とは、明治時代以降の浮世絵のことである。
浮世絵といえば江戸時代のものと考えられがちだが、むろん明治維新後も浮世絵師は仕事をし、作品を作り続けていた。
しかし、急速な時代の変化に翻弄され、明治の浮世絵はマイナーアートになり下がってしまったのだ。
西洋文化を取り入れる中で、歌舞伎などと同様、浮世絵はダサいものとみなされた。
今回は、そのマイナーな時代のダサいとみなされていた浮世絵コレクションを集めたのだが、日露戦争の浮世絵、明治の女性の美人画、なんだかデザインのようなウキヨエなどがあり、多種多様でおもしろかった。

1時間ほどで全ての展示作品を見終えた。
私は、帰る前にトイレを探したが、トイレは地下にあるというので、人の気配のない階段をおりた。
地下にはトイレのほかにミュージアムショップがあり、客は誰もいなかったが、私は何かおみやげを買いたくなった。
ミュージアムショップというのはなかなかよくできており、つい買ってしまうような記念品が置いてあるものだ。

おや、あれはいい。
さっきの明治女の美人画のレプリカがあるぞ。
かなり良くできている。

しかし、値札を見ると1万5000円ほどであった。
値札とは別に商品の説明もあり、そこには、職人が手彫りをした元画から刷ったものです、と書いてあった。
私は1つ欲しいと思ったが、何とか思いとどまった。
1万5000円は高いと思ったからだ。
1万5000円の理由は商品説明のとおりだが、なぜ私がそれを高いと思ったか、さっきの慶應美女図鑑よりも10倍以上もするからである。
明治の古くさい女性のカラー印刷が、慶應の女子大生の写真集の10倍以上もするなんて、どう考えてもお高い。


2019年三田祭パンフレット、慶應美女図鑑

2019/11/18

ベルリンフィルスペシャルアンサンブルの鉄板コンサート

今日は銀座ヤマハホールで、ベルリンフィルスペシャルアンサンブルのコンサートがあるのだが、夜7時からなので、昼間いくつかの美術館を回った。

文化学園服飾博物館→銀座ソニーギャラリー→銀座ヤマハホール


文化学園服飾博物館「能装束と歌舞伎衣装」展示会


新宿の文化学園服飾博物館には昼過ぎに着いた。
今回は「能装束と歌舞伎衣装」という企画展をしていた。
歌舞伎が江戸時代からの大衆文化であるのに対して、大名の式典などにも登場する能は、お上の文化である。
その点、能は歌舞伎よりも、おカタい芸術と言えそうだが、私にはどちらも役者が唸るイメージしかなく、ただ展示室に飾られている衣装の違いを観察するのみであった。
能の装束の方が総じて作りがぜいたく、抑制的な美をたたえており、歌舞伎衣装よりも重々しい。
これは恐らく、能はお上の文化なので、幕府の役人が能装束に多くの予算を付けたからではないか。


銀座ソニーギャラリー


地下鉄で新宿から銀座へ。
松屋の銀座キャピタルで30分ほど休んでから、銀座4丁目の交差点のソニーイメージングギャラリーに行った。
モノクロ写真の展示会をしており、ちょうど写真家本人(山下恒夫氏)が在廊していたので、少しばかり話した。


エクセルシオールカフェ


その後は開場時間近くまで、向かいのエクセルシオールカフェで休んだ。
6時過ぎ、そこから歩いてすぐの銀座ヤマハホールに入ると、すでにエレベーターホールの入口には列ができていた。






私はベルリンフィルスペシャルアンサンブルは初めてだが、メンバーは明らかに超一流だけの集まりである。
私のクラシック音楽の師匠(Iさん)によれば、チケット代が高かろうが聞いて損はない、ということだった。
なので、今日は「鉄板」コンサートということになるが、Iさんは自身のお友達のクラリネット奏者フックス氏の演奏をよく聞いてくるように、と私に言った(なお、私は日本人の清水直子さんにも注目していた)。


銀座ヤマハホールのベルリンスペシャルアンサンブルのコンサート


ホールは満席。
他の人も、チケット代が少々高かろうが、聞き逃せないと思ったのだろう。
フックスは2曲目から登場。
彼のクラリネットは躍動感にあふれており、自由奔放で型破り、これはうまい、と私は納得した。
ただ、3曲目のバルトークの演奏を終えると、客席に向かってバイバイをして舞台から消えてしまった。
その後の曲はフックス以外のメンバーで演奏し、最後の曲が終わるとメンバー全員がすぐにいなくなった。
アンコールもなく終わったのは残念だった。
なお、ビオラ奏者の清水直子さんは西洋仕込みの演奏家で、このメンバーの中でも遜色のない演奏をしていた。

さて、この鉄板コンサートのチケット代は1枚15000円である。
海外オペラでもなく、海外オーケストラでもない。
しかも、短時間で、あっという間に終わった。
高すぎるとも思えるチケット代だが、まあ、私は妥当な値段だと思う。
ただそうはいっても、15000円もあれば上野の奏楽堂などで、芸大生の演奏を10回近く、通って聞けるお値段である。
そこで私は以前、Iさんにこう聞いたことがある。
「上野の奏楽堂などでたまに聞くと、芸大生の演奏もそこそこだから、安くて何度も聞きに行けてお得なような気がするのだけど、、、」

しかし、それを聞いたIさんは、ピシャリと私にこう言い放ったのだった。
「あのね、芸大生のヘタクソな演奏を何度聞いたって、音楽も芸術も少しも分かりゃしないのよ。音楽と芸術のことが知りたければ、ただ一流演奏家のコンサートだけを聞きに行けばいいのです。一流演奏家以外のコンサートは、お金と時間の無駄。」

これ以降、私は上野の芸大の奏楽堂のコンサートにはなるべく行かないようにしている。

2019/11/12

The true story of WSET wine lovers(2)スタバで締め?

東京都庭園美術館「アジアのイメージ」


今日は青山でワイン教室があり、少し早めに出て、白金台の東京都庭園美術館に寄り道した。
今回の企画展は「アジアのイメージ」。
明治維新の日本は、あらゆる分野で西洋を学び、西洋を輸入したわけだが、絵画の分野では、日本人の洋画家が新時代を作ろうとしていた。
この点、例えば医学だと、西洋医学をそのまま日本へ持ち込めばよいのだけれども、こと芸術となると、西洋のそれをそのままコピーしたのでは単なる「ぱくり」である。
そのため、日本の洋画家は、自分たちの作品のなかに何らかのオリジナリティーを必要としており、それは西洋にはなくてアジアにしかないもの、日本人として、あるいはアジア人としての独自性のある何か、であった。
例えば、静物画の花瓶が景徳鎮のやきものであるとか、そんな感じのオリジナリティーである。
東京都庭園美術館は、もと朝香宮邸であるからかなり広く、渡り廊下から新館もあって、そちらにも展示室があるため、午後から行ってまともに見ると日が暮れてしまう。
なので、私はここでは手抜きをして見ることにしている。
それに、小分けされた展示室ごとに、監視員の女性が必ず1人いて、四六時中じっと監視しているので、こちらは落ち着いて見ることができない、ということもあるのだった。


キャプラン


夕方、ワイン教室へ。
振替日のため、生徒は数人だけ、しかも見知らぬ人ばかりだった。
しかし、開始直前、「日本のワインを愛する会」のパーティーで隣どうしになったBさんが、さっと入ってきた。
お久しぶりですね、ということになり、ワイン教室のあと早速飲みにいく流れとなった。
T先生は用事があり、飲み会に出られないので、生徒4人だけ。
南青山三丁目の交差点でタクシーを捕まえ六本木へ。
六本木交差点の瀬里奈の前でタクシーをおりた。
信号を渡り、路地の雑居ビルへ。
講座のテイスティングでピュリニモンラッシェをズバリ当てたSさん(女性)が、なじみのワインバーに案内してくれた。
講座のテイスティングでハイエンドのブルゴーニュを4本もあけた後だったが、ワインリストを見るとかなりいいワインが揃っている。

シャンパン、ヴィオニエ、ポイヤック、バローロ、アルザスVT。








続けて、二次会の場所を探す流れに。
どこか良い店はないか、という話になり、私は去年何度か行ったことのある「ミッドタウンのスタバの先のレストランで二次会をやろう」と言った。
しかし、3人ともびっくりしている。
どうやら私は酔っていて、「ミッドタウンのスタバで二次会をやろう」と言ってしまったらしく、3人とも戸惑っていたのだった。
Bさんが言った。

「スタバで二次会をやるのかと思ってびびったよ~。」
「すみません。ミッドタウンのスタバの先のレストランです、、、」
「まさか、スタバで締めはないよね~。」
「そうですよね。」
「じゃあ、今日のこの4人のメンバーは「スタバで締め」のメンバーにしよう。」
「あ~、そういう変な名前もおもしろくていいですね。」

というわけで、私たちはスタバの先のレストラン「Orange」で飲み食いしながらラインを交換し、「スタバで締め」という風変わりなグループラインを作ったのだった。


東京ミッドタウン


東京ミッドタウン

2019/11/05

三井昌志「渋イケメンの旅」

銀座グラフィックギャラリー→資生堂ギャラリー→銀座ソニーギャラリー→資生堂美容室→スターバックス→ホテルオークラ

今日はホテルオークラで高校の同窓会がある。
その前に資生堂美容室で散髪する予定だが、いつものように美容室のついでに銀座のギャラリーめぐりをした。
銀座のこれらのギャラリーは全て無料である。
また、ものの10分で見終わるので快適でもある。
夏は涼しく、冬は暖かい。
どんなに銀座の街が混雑していても、ギャラリーはほぼすいている。
だから、行ってみて損はないと思うのだが。


銀座DNPギャラリー


銀座グラフィックギャラリーは、広告大賞のようなデザイン展であった。
館内には、いかにも広告業界人という身なりの男性が何人も来ていた。
どうして広告業界人はソレっぽい雰囲気を出したがるのだろう、と私は思ったが、まあ、中学生や高校生ではないので、服装は他人の勝手である。
向こうの白い壁を見ると、ひときわ大きな写真が展示されている。
おや、これはパタゴニアの写真じゃないか。
パタゴニアはWSETのテキストに載っている重要なワイン産地名である。
私は、パタゴニアのワインの特徴は~などと思い出した。
でも、そもそもパタゴニアはどこの国だっけ、、、と思った。

さて、その後は資生堂ギャラリーへ、また、銀座4丁目交差点のソニーイメージングギャラリーも見に行った。
今回のソニーギャラリーの写真展、これは恐らく、今年トップクラスの写真展だと思う(展示替えのたびに見ているわけではないので何とも言えないのだが)。


銀座ソニーギャラリー「渋イケメンの旅」三井昌志写真展


「渋イケメンの旅(三井昌志)」。
渋イケメンとは何か。
日本人は通常、イケメンと聞くとテレビや雑誌の芸能人を思い浮かべるだろう。
しかし、日本人のイメージするイケメンは、必ずしも世界標準(グローバルスタンダード)ではない。
日本の常識は世界の非常識と言われるように。
例えば、キムタクがイケメンだと思っている日本人女性は多いだろうが、そんなのテレビの見過ぎ、ということである。

日本のイケメンとは??
日本の美女とは??

しかし、世界では必ずしも日本のアイドルのようなさわやかな男性がイケメンと思われているわけではなく、案外、この写真展のような渋い男性がイケメンと思われている。
まあ、そんなコンセプトのユニークな写真展である。


銀座ソニーギャラリー「渋イケメンの旅」三井昌志写真展


銀座ソニーギャラリー「渋イケメンの旅」三井昌志写真展


ただ、この写真展はイケメンの定義や基準の話に限定されるものではないだろう。
国家や人種を越えれば、価値観の違いは顕著であり、相互理解は非常に困難。
その時、自分が相手の価値観を排斥せず、認められるかどうかが重要である。
要するに、キムタクはイケメンではない、この写真展の男性の方がカッコいい、とは思えなくてもいいのだが、彼らがそう思うのはなぜだろう、と考察するとおもしろいだろう。

その後は資生堂美容室へ。
散髪を終えた後は、足早に銀座駅へ向かった。
銀座線に乗り、最寄りの溜池山王駅へ。


アークカラヤン広場&ホテルオークラ


最近、ホテルオークラはリニューアルオープンしたばかりである。
六本木のインターコンチネンタルの横の坂道を上がってすぐなのだが、その前に私はアークヒルズのスターバックスへ向かった。
今日はカウンター席に座り、(以前ブログに登場した)将来のスターバックスのバリスタチャンピオンCさんに、ハンドドリップのリザーヴコーヒーをいれてもらった。


アークヒルズスターバックスリザーヴ


そのうち、ワイン教室の女友達AさんからLineが入り、仕事帰りで少し遅れるという連絡があった。
実はここでAさんと待ち合わせ、2人で一緒に同窓会に参加する予定なのだが、しばらくバリスタのCさんと雑談して過ごした。
そうそう、Aさんはワイン教室ではいつも、派手でルーズな身なりをして目立つ女性であった。
しかし、10分ほど遅れ、やけに「まじめ」な身なりをしたAさんが向こうからチョコチョコと歩いてきたので、私は驚いた。
私は彼女が「渋イケ女」のような気がしたのであった。

2019/11/04

細密画家水野里奈さんとの出会い(2)

今日は、地下鉄で延々と東京をまたいで、世田谷と横浜の美術館まで行ってきた。
世田谷の静嘉堂美術館では、曜変天目(ようへんてんもく)という貴重な茶碗が見られるというので、それを一目見たかった。
そのついでに田園都市線であざみ野まで足を伸ばし、現代美術家の水野里奈さんの展示会を見てきた。
また、彼女のアーティストトークを聞き、彼女に話しかけてサインをもらおうと思っていたが、それはうまくいかなかった。

静嘉堂文庫美術館→アートフォーラムあざみ野

まず、二子玉川の静嘉堂文庫美術館である。
ここは、三菱の美術館なのである。
旧岩崎邸と同じく、山全体が庭園になっており、山の上にお屋敷(美術館)がある。
住宅街の路地でバスをおり、木立に囲まれたのどかな坂道を10分ほど上がると、山上の美術館に辿り着いた。






静嘉堂文庫美術館「曜変天目」展示会


いくつかの建物があり、最も大きな建物が静嘉堂美術館。
しかし、歩かされたわりに、また、大きな建物のわりに、美術館の展示スペースは意外と小さかった。
私は30分ほどで全ての展示を見終えた。
まあ、曜変天目は見事な茶碗だったので、30分でも来たかいがあったと思う。

私は、予定よりだいぶ早く、美術館を出た。
館外には、ぐるっと回れる散歩道があり、私はそこをぐるっと散歩した。
見晴台から街を見下ろし、11月の冷たい秋風でしばらく涼み、簡単な登山の気分を味わってから山をおりた。
帰りのバスに乗り、二子玉川駅に着いたのはお昼すぎであった。
二子玉川駅の周囲は東急が整備して、きれいになっている。
それなのに、バス停の前の玉川高島屋だけは、私が学生時代の時のまま、かなり老朽化が進んでいた。
駅前のそのような明暗の対比、何ともいえない時代の流れを感じる。

二子玉川駅へ。
私は田園都市線の高架のホームへ上がった。
すると、線路の向こうに多摩川を見渡せるのだが、10月の歴史的な台風で決壊したばかりで河川敷はひどい状況であった。


2019年10月の大型台風後の二子玉川駅


到着のアナウンスが流れ、まもなく無惨な多摩川は電車で見えなくなった。
私はその電車で、あざみ野に向かったが、田園都市線に乗るのは本当に久しぶりだった。
しかし、二子玉川駅はきれいだったが、どうも、この車両は狭いし古くさい。
30年以上前、田園都市線はおしゃれな都会の電車だったのに、今はずいぶんダサく感じるのだ。
車両のクオリティーが示唆するように、昔は私鉄の時代だった。
しかし、今は明らかに、JRの時代なのである。

30分ほどであざみ野駅に到着。
見知らぬ駅前に降り立った私は、国道246号線の方へ歩いた。


アートフォーラムあざみ野


広い坂道を下り、カーディーラーの先の左側に、アートフォーラムあざみ野があった。
新しい建物だなあ、、、どうも、市民文化センターのようである。
ペットボトルと弁当箱を捨てたいのに、中に入るとゴミ箱がまったくない。
こういうのは本当に不便。
私は仕方なくロッカーに、かばんとごみも一緒に入れて、ギャラリーの受付へ行った。
私はそこで手続を済ませ、広い部屋に入った。

水野里奈さんの作品を、私は真夏の銀座のポーラミュージアムアネックスで初めて見た。
彼女の画風が珍しく、私は思わずじっくり見ていた。
その時、ギャラリーにちょうど本人がいたのだ。
彼女は私を美術関係者と思って話しかけてきたようだった。
雑談のなかで、彼女が11月のあざみ野の展示会のことを教えてくれた。
私はメールアドレスを教え、彼女は詳しいことが決まったらメールします、と言ったのだが、10月になっても彼女からメールは届かず、私は詳しいことをウェブサイトで調べ、今日こうしてはるばる見にきているのであった。
彼女のアーティストトークは10月の予定だったが、10月は例の大型台風で延期となり、私のスケジュール(11月4日)と偶然の一致、あるいは運命の一致(!?)を果たしていた。
そういうわけで、私は展示作品を見終わった後も、彼女のトークイベントを聞かずには帰れなかった。


アートフォーラムあざみ野の水野里奈の展示作品


アートフォーラムあざみ野の水野里奈の展示作品


夕方、2階の広い会議室で彼女のトークイベントが始まった。
用意された椅子の数に対し、参加者は少数精鋭であった。
どうも水野さんの知り合いがほとんどのようだ。
まあ、そりゃ、彼女はそれほどの売れっ子じゃないんだし、こんな横浜の辺鄙な場所の展示会では人も集まりにくいだろう。
トークイベントは1時間ほど、主に水野さんと学芸員の男性の対話形式で進行し、最後は参加者の質問コーナーで締めくくられた。
プロジェクターで美大生時代の絵も紹介された。
また、彼女は大きな壁画も描くという。
私は、次は彼女の壁画を見たい、と思った。

イベントは無事終了。
帰る前にひと言、彼女に声をかけようと思った。
サインをもらうため、サイン用のスケッチブックも持参していた。
しかし、彼女はお友達にあっという間に囲まれてしまった。
彼女は人気者のようだ。
私は荷物を片付けながらその様子をしばらく見ていたが、彼女はかつての友達に出会ったようで、とても楽しそうに笑っていたので、そのまま帰ることにした。


水野里奈アーティストトーク

2019/11/03

ベンチャービジネスの経営支援の問題点

ベンチャーキャピタルのビジネスモデル
 (「概論日本のベンチャーキャピタル」P259)


神座保彦「概論・日本のベンチャーキャピタル」、ウィリアムDバイグレイヴ、ジェフリーAティモンズ「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」


まず、ベンチャー企業の社会的意義については、「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」の中の次のような指摘が非常に重要である。
大企業中心の日本社会、起業家精神の欠けた日本社会に明るい未来はないだろう。

~前略~「若い中小企業のための今日のシステムに問題があることは間違いない」と彼は語った。クラシックベンチャーキャピタルが経済全体にとって生みの母であり、通商委員会の調査によると、第二次世界大戦後に行われた画期的な全イノベーションの95%は、大企業ではなく、むしろ設立間もない中小企業が起こしたものであった。新規参入なくしては、いかなる経済も長期的下降を避けられない運命にある。1945年以降、旧ソ連と東ドイツが陥った第三世界の国々と変わらぬ経済衰退は、両国が成長企業の保護、育成努力を怠ったことがその要因の一つであることは疑う余地もない。
(「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」P70~71)

今日において、多くのベンチャーキャピタル(VC)は、投資先のベンチャー企業(VB)に対して経営支援も同時に行っている。
もちろん、運用成績を高めるため、投資先の成長と上場確率をより高めるためである。
上場企業や社歴の長い中小企業とは異なり、VBの経営基盤は脆弱である。
そのため、お金だけを出して待っている、という投資戦略は非常にリスクが高い。
中には経営支援をしないVCもあるが、一般論として、VCはVBに積極的な経営支援をする必要があるといえよう。
VCにとって、まずは投資案件の選別が重要であることは言うまでもないが、優れた経営支援をすれば手持ちの全ての投資案件の改善が見込めるので、経営支援もまた重要なのである。
通常は、VBに取締役を送り込んでおり、内情をよく知るVC(たいていは「リードインベスター」)が経営支援を行う。

~前略~それ以外のVCは、オブザベーションライト(投資契約に盛り込まれる経営を監視する権利)に基づき「監視の必要性あり」と判断された場合に限り支援を行うのが通例である。つまり、リードインベスター以外のVCは、さしたる経営支援を行っていないのである。投資案件の規模にもよるが、リードインベスターには力のあるVCが就くのが習慣化しており、弱小VCとの間で役割分担が明確になっている。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P260)

具体的な経営支援の内容となると、「販路開拓支援」「技術などの提携先の紹介」「人材紹介」「金融機関の紹介」が中心であり、ハンズオンを象徴するような「役員の派遣」や「財務、経理支援」などは相対的に比率が低くなっている。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P84~85)

~前略~このとき必要とされる能力は、投資先VBを経営者と一緒になって経営していく起業家的な資質である。すなわち、VCは投資家から集めた資金の運用を行うファンドマネージャーとしての機能と、VBの支援者もしくは支援にとどまらず、VB経営者と共に歩む起業家的な機能を併せ持っている。この二つの機能をビジネスの枠組みの中で実現したのがVCのビジネスモデルなのである。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P30)

しかし、日本の場合、VCがサラリーマン化している、という問題点が、本書でも繰り返し指摘されている。
例えば金融機関系のVCであれば、そこのベンチャーキャピタリストは親会社からの出向であったりする。
これでは、VCが経営支援「も」行うというのはなかなか難しいだろうし、現実的な問題として以下のような指摘がある。

~前略~取締役となったベンチャーキャピタリストの 60~70%は、業界のことを何も理解せず、企業経営の経験すら持たず、機能していないとさえ思われる。ベンチャーキャピタルが現在価値曲線や財務理論に詳しいMITのMBA取得者を経験のために取締役としてやたら送り込んでくるため、取締役会では貴重な時間の半分が自社製品の説明で費やされてしまう。誰もこのような事態を望んではいない。
(「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」P179)

~前略~大手のリードインベスターが、MBA取り立ての若者を役員に送り込んできたのである。その人物は、MBA 取得前にヘルスケア業界でのキャリアを持っており、いかにも最適の人事に思えた。しかし、彼にとってこれが初めてのベンチャー企業担当だっただけでなく、初めての役員経験でもあったため、何も分かっていなかった。彼が重役の役割を学ぶために授業料が払われたのだと言う者もいた。
(「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」P180)

~前略~一般にベンチャーキャピタルは、経営の経験が全くないのだ。月に1回か2回投資先企業で40%の時間しか働いていない。これではスタートアップ企業特有の仕事とその複雑さを理解するのに足りるわけがない~中略~インタビューを受けたCEO達も、経営経験のある取締役の方が、財務知識だけで経営経験のないベンチャーキャピタル出身の取締役よりも価値があると断言した。
(「ベンチャーキャピタルの実態と戦略」P183)

~中略~経営支援の必要性は認識していても、具体的な行動にまで至らない VCがある中で、経営支援を行えない理由を聞いた調査結果を見ると、「経営支援を行える人材がいないから」が約8割を占め、他の要因に比べ突出している。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P87)

というわけで、VCは、経営支援の外部委託も考えてみるとよいのではないだろうか。

2019/11/02

事業計画書の書き方(4)





前回の続きである。

④-5 ライバル
競合他社との差別化の話は、事業計画書に不可欠である。
たとえ市場に需要があり、顧客がそこにいるとしても、ライバルを差し置いて自社がその顧客を獲得できなくては負けてしまうからだ。
まず、競合他社を具体的に列挙する。
ふつうに考えると、競合他社との差別化は3つのポイントに分けられる。
第一に商品面、第二に人材面、第三に資金面、である。
ベンチャー投資の本質は、この3つをVCとVB(投資先ベンチャー企業)で役割分担し、他社との競争を勝ち抜くことである。
VC側が資金面、VB側が商品面と人材面。

⑤優秀な人材のアピール
この世に似たような商品サービスはたくさんあるのだし、他社もほとんど同じものをリリースしているとすると、競合他社との差別化で非常に重要なアピールポイントは人材面である(例えば、ボードメンバーの経歴、実績等)。
確かに、事業の主役は起業家自身というよりは、利益を生み出す商品サービスそのものだ。
以前の記事でも、そう書いた。
しかし、サービス商品が同じようなものだとすれば、「マネジメント」すなわち人材が勝敗を分けるカギとなる。
私は、斬新なビジネスモデルであればあるほど、VCは人材を重視して投資するべきだと思うのだ。
なぜなら、斬新なビジネスモデルは不確定要素であり、どんな高度な分析をしたって時間をかけて議論をしたって投資判断のあてにはできないのに対し、そのビジネスモデルを遂行する人材は少なくとも現時点で確定した要素そのものだからである。
まあ、優秀な人材は担保のようなもの、ということだ。

マネジメントチームについて、VCは強い関心を持っている。同じことをしても成功する人と失敗する人に分かれるからだ。マネジメントチームの構成メンバーの経歴を見て、VCが起業の成功について確信を持ったり、まったく期待しなかったりということは現実にある話である。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P179)

⑥設備投資、生産計画
まず、⑥と⑦は、これまでのこととは異なり、スケジュールの話である。
しかし、そもそも名前からして、事業計画書のメインはスケジュールのはずだ。
VBはVCに対して、自社のビジネスを時間軸で説明する必要がある。
なぜなら、VCは待たされる立場だからである。
いつまで待てばいいのか、最終的にはそこが知りたい。
したがって、事業計画書にも、何を書くにせよ、いちいち時期を明記する。
設備投資も生産計画も、ともにコストの決定に関わる。
高すぎれば売れないし、安すぎても儲からない。
企業競争とは果てしない「コスト競争」でもある。
したがって、この点は実は非常に重要である。

⑦資金計画、収支計画(収益計画)
お金を貸すにしろ出資するにしろ、投下資本の回収計画が最重要であることから、実にここが事業計画書のメインではないのか、とも思えるくらいだ。
結局、あなたはいくらほしいのか、必要な金額のことだね。
資金調達の額及び方法(株式OR借入金)、発行済み株式数と株主構成の推移、IPOまでの道のり、いつIPOできるのか、といったことだ。

●どの程度まで累積損失が積み上がるのか。
●調達した資金は事業が立ち上がるまでに、どれくらいのペースで消費され、どれくらいの期間もちこたえることができるのか。
●累積損失を事業立ち上がり後の利益でどのように解消していくのか。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P176)

以上、4回に及んだが、事業計画書の書き方はこんな感じでおしまい。

2019/11/01

事業計画書の書き方(3)





前回の続きである。

④-1 サービス商品そのもの
サービス商品そのものの特徴、強み、革新性、使われているテクノロジーの説明等である。
テクノロジー系のVB(投資先ベンチャー企業)のアピールポイントはまさにここである。
だが、斬新なビジネスモデルは不確定要素で、その評価は困難である。
通常、VBは思い入れがあり、資金がほしいからこの点について強気、VBは思い入れがなく、資金を出す方だから弱気である。
ここで重要な判断のポイントは、サマリーで書いた「事業ドメイン」との関係である。
分かりやすくいうと、VCは、そのVBの新しい家電商品が、家電量販店のどこの売場のどの辺の棚に置かれるのかをイメージする。
そうすると、たとえ単品で優れた性能があり、前代未聞のレッドオーシャンな技術が搭載されているとしても、売場の棚で他の類似商品と競争して本当に勝てる見込みがあるのかが問題となる。
そして、その具体的な見込みのことを「商品の強み」というべきなのである。

④-2 市場
市場には需要があるのか、である。
demandあるいはneedsということだが、これはようするに、人々に興味を持たれそうかという点に帰する。
まあ、少なくとも、起業家自身がほしくてたまらない魅力的な商品でなくてはなるまい。
しかし、画期的な商品が市場で認知され、市場で興味を持たれ、市場で購買される、この一連のプロセスが有機的に機能して初めて商売が成り立つのであり、認知方法としてのマーケティングはもちろんのこと、マーケットを作れるだけの下地(興味)が必要なのである。

まず、市場規模を近年の傾向もふまえて分析する必要がある。
もちろん、市場が成長拡大トレンドであることが好ましい(VBも成長しやすい)。
しかし、市場がピークアウトしていたり、衰退縮小トレンドにあっても、それはそれでかまわない。
なぜなら、近い将来その市場がなくなってしまうわけではなく、他社の事業やその事業モデルの合理化がビジネスとしての価値を持つ場合もあるからである。
まあ、ビジネスチャンスというのは、どこにでもあるものなのだ。

さて、市場分析はVBにとって自己分析ではない。
VBは、自社の商品サービスの分析についてはよくやっているが、それは自分自身の問題だから当然のことだ。
これに対し、需要、人々の興味、ターゲット顧客、マーケット、市場規模、ライバルについては、往々にしてVBは分析不足である。
こちらは自分自身の周囲の環境の問題であり、あまり熱心になれないのもやむを得ない。
しかし私は思うが、VC側は後者の方を気にするだろう。
なぜなら、後者のリサーチが前者の主観的分析を客観化するという作業を起業家に強いるからであり、後者のリサーチによりビジネスモデルがより洗練されるのだし、また起業家の社会性と洞察力の審査に直結する資料となるものだからである。
ようするに、前者は起業家の才能の問題なので、VC側はよく理解できないのであるが、後者は起業家の社会常識や洞察の問題なので、VC側は比較的理解しやすいのである。
また、後者はビジネスの成功のための安定的要素だと思う。
恐らく、発明家への投資は前者がメインのハイリスク案件、改良家への投資は後者がメインのミドルリスク案件、というような感じだろうか。
私がVCなら、どちらにもバランスよく投資するだろう。

通信系のソフトウェア分野では名を知られたあるVB経営者は、ビジネスを考える際、技術の先端性にはまったくこだわらない。先端技術でビジネスを組み立てようとすると、巨額の資金を必要とするわりには市場が小さいケースがあり、そこは経営資源を潤沢に持つ企業の領域であると考えるからだ~中略~その分野では第一人者であっても、「この技術で世の中を変えてやろう」というところからスタートせず、当面は小さな高収益企業として存続するための戦略を選んだというわけだ。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P182)

④-3 顧客
顧客とは、やや漠然とした市場という客体を「人」にまで具体化したものである。
市場がハコなら、顧客はハコのなかみである。
VBは、市場を正確にターゲティングし、かつ、顧客を正確にターゲティングしていなくてはならない。
例えば化粧品のビジネスをするのなら、化粧品市場の分析後、自社の化粧品を買う女性の年齢や嗜好までフォーカスして考えなさい、ということだ。

市場⇒顧客⇒マーケティング

事業計画では、このようなアプローチをする。
ここでは、顧客が現状に満足していないという点が前提事項としてある。
なぜなら、その物足りなさや不満足をみたすために、我が社が今般新商品新サービスを提供し、それが爆発的に売れる、というのが筋書きだからである。
したがって、先ほどの化粧品のビジネスの場合だと、女性顧客が化粧品に対して何を求めているか、VBはまずそこから明らかにする必要があり、それが実は満たされておらず、新規参入者たるVBにも一定の「チャンス」がある、という仮説を組み立てるのだ。
顧客はいつでも賢明であり、革命的な新商品を買うのではなく、不満足(枯渇)を埋める商品を買う。
VBは新商品の革命的なテクノロジーのことよりも、顧客を想定し、顧客の不満足(枯渇)をより具体的に説明するべきである。

④-4 マーケティング
どのようにして顧客を勝ち取り、顧客に買ってもらうのか、マーケティングは市場と顧客に対する理解から始まる。
市場と顧客を正確にターゲティングし、最後にマーケティング戦略を提示する。
まあ、ここは事業計画書の書き方そのものではないので、省略するが、フィードバック、コミュニケーションといったことが今日では非常に重要だ。

この市場認識は、VBが考えたビジネスモデルが実際に機能するためのポイントなので、VCは最も注意して説明を聞く。VCがビジネスモデルに興味を持ったとしても、それが実際に機能するには、スムーズな市場参入と参入後の競合他社追い落としのための諸戦略にも実現可能性を見出し得ることが重要である。この点に無理があると、ビジネスモデルは絵に描いた餅にすぎない。
(「概論日本のベンチャーキャピタル」P178)

さて、長くなったが事業計画書の書き方の話は、次回で終わりである。