2019/02/22

柄でもないことは、しない方がよいという話

ふだん花を見ない私が、きのうは用事を済ませた帰り、東京ドームの世界らん展を見に行った。
午後3時過ぎ、私は野球観戦の時と同様に入口でチケットをもぎってもらい、ドーム内へ入った。
外野席のトップから眼下を見下ろすと、、、おお、ふだん巨人の選手たちがプレイするグラウンドが、らんの花で埋め尽くされているではないか。
私は外野席の階段をおり、保護シートの敷かれたグラウンドに立った。
業者(バイヤー)が買いに来るイベントかと思ったら一般客、観光客もかなり多く来ており、年配の女性グループ、家族連れ、カップルなどが歩いていた。
ただ、世界らん展という名前のわりには、外国人がまったく見当たらないのが少し奇妙な感じがした。




最初、私は物珍しくてスマホで写真を撮ったり、花の解説を読んだりした。
しかし、どこを見ても蘭の花しかない、似たような花しかないので、私はものの30分ばかりで見飽きてしまった。
まあ、世界らん展といっても、こんなもんか。
これは私が飽きっぽいのが原因ではなく物事の道理である。
たとえコアラがかわいくても、動物園にコアラだけしかいないとしたら、それはたいしておもしろくない動物園なのだ。

おや、ずいぶん個性的で派手な花があるぞ、、、
ああ、有名な華道家の假屋崎省吾さんの作品だ。

それは蘭の花らしくなかった。
最初私は、假屋崎さんの作品はあまりにも個性的で濃すぎるという印象を持ったが、この会場内、どこを見ても似たような蘭ばかりで退屈であるから、假屋崎さんの作品はむしろあれくらいでいいのだ、と思った。
まあ、假屋崎さんはさすが、ということである。

そういうわけで私は早めに帰宅。
全体としてはつまらなかったので、ママ殿に報告する出来事は特にないのだが、今日は蘭の花の展示会を見てきた、とだけ言ってみた。
するとママ殿は不機嫌そうな顔をしてこう言った。

「あなたも物好きだね~、、、蘭の花なんて、見てもつまらなかったでしょう。」
「まあ、確かに。30分で見飽きたんだよね。」
「花なんて、どうってことないのよ。花はそのうちゴミになるのです。眺めたって食べられやしない。」

ああ、なるほど。
花より団子。
4月は毎年お花見が楽しみだというけれども、ほとんどの人にとってお花見とは、桜の木の下で酒宴をすることである。
公園で桜の花をじっくり眺める者が、どれほどいるだろうか。

さて、一夜明けて今日は、築地本願寺の無料のランチタイムコンサートに行ってきた。
それに加え、法話も聞きてきた。
私は無宗教で、仏教徒でも何でもないのだが、以前から、法話というものを一度聞いてみたかったのだ。
まあ、たとえ法話がつまらないものでも、無料のコンサートを聞けるのであるから損はなかろう、12時20分から本堂でランチタイムコンサート、1時からカフェの隣の談話室で法話、というスケジュールである。


築地本願寺ランチタイムコンサート


築地本願寺のランチタイムコンサートは、堂内の古びたオルガンの伴奏でオペラ歌手が歌うもので、少々控えめだが、歴史ある築地本願寺の雰囲気には適している。
歌手は安藤常光氏。
彼は最初、シューベルトの「菩提樹」を、2曲目は文部科学省の指定唱歌の「早春賦」を歌った。
彼の解説によれば、「早春賦」「赤とんぼ」といった昔の日本の歌は名曲だが、難しすぎるのが問題だという。
子供たちはこの歌を小学校の音楽の授業で練習し、上手に歌えるわけがないのであって、その結果、子供たちが自分を音痴だと思い込んだり、日本の古い音楽を嫌いになることもあるそうである。
伝統にこだわらず、(最近の)歌いやすいものを選んだ方が、より現実的である、と彼は言っていた。
それはもっともな意見である。
歌唱力に合った歌を歌うのが正しい、というのは音楽の習ううえではあまりにも当然のことである。


築地本願寺ランチタイムコンサート


その後、彼は「フィガロの結婚」のアリアを歌った。
が、私はその歌詞が日本語であったため非常に驚いた。
いまの国内のオペラは、原語で歌って電光掲示板で字幕表示するのが当たり前だ。
しかし、昔の日本では、日本人のオペラ歌手が日本語版を歌っていたのである。
そして、これがダサいのかというと、案外さまになっているので、私は非常に驚いたのである。
そして最後の曲。
谷村新司の「いい日旅立ち」かあ、、、私は、なるほど、と思った。

コンサートが終わったのは1時近く。
歌を聞いて気分もいいので、法話が苦痛になりそうだった。
いや、法話を聞く前からそのような心がけではまずいのだろうが、、、でも、そもそも法話って、どんな話をするのだろう??
お昼時でカフェは満席だった。
カフェの隣の談話室もすでに満席となっており、私は後方で立ち見をすることになった。


築地本願寺


築地本願寺


法話とは、正式には常例布教といわれるものである。
なるほど、これは仏教の布教活動そのものなのである。
しかし、常例布教という呼称だと宗教色が強すぎるのではないか。
法話という簡単な名前の方が気軽に聞けていいだろう。
この日の先生は、山口県からはるばる来た70才くらいのお坊さんであった。
それにしても彼の法話は非常にユニーク!!
最初、寄席の落語家のように「つかみ」のネタで私たちを笑わせてきた。
これはジャブだな、と思った。
そして次は、一転してひどく深刻な話。
ここからが法話、あるいは常例布教の真骨頂なのだろうが、、、

戦後はね~、貧しかったから道端の草を食べてたんですよ~。
(!!!)途中、大まじめにこんな話をされたので、私はすっかりしらけてしまった。
周囲がにわかに重々しい雰囲気となり、さっさと外に出たくなった。
お坊さんの話を聞き、すすり泣いたり、さかんにうなずいたり、ざんげの言葉を口にしたりする参加者が私の周りにいるのだ。

ちょっと、これは、ついていけないな。
結局、私は最初の休憩時間に退室した。
法話とは布教活動そのものである。
それを必要とする人だけが選んで聞きに行くべきものだと私は思った。
まあでも、私はお気楽者なので、この手の話は間に合っている。
とりあえず、腹が減ったので、隣のカフェで何か食べてから帰ろう。
しかしカフェはまだ満席。
本堂の向こう側に、もうひとつのレストラン(カフェ)があるのだが、そちらも入口まで行列ができていたので、私は銀座までいって何か食べることにした。
15分ほど歩いて、松屋のデパ地下の銀座キャピタルへ。


銀座キャピタル




私はここでカリカリのワッフルを食べ、松屋の1000円クーポンで払ったので、150円ほどの出費で済んだ。
松屋のデパ地下には、テイクアウトのお寿司が売っており、私は帰りにそれを眺めながら思い出した。
そうだ、私にとって築地はお寿司を食べる場所だった!!
今日はそんな場所で大まじめに法話というのを聞いてしまった。
次は、築地にお寿司を食べに行こう。
まあ、柄でもないことは、しない方がよいということか。

2019/02/16

私の株主優待裏話(1)

今日は、日比谷ミッドタウンの生花店「ビアンカバーネット」でフラワーアレンジメントのワークショップがある。
ただ、3時からなので、それまで日本橋の貨幣博物館の展示を見て過ごした。
銀座線の三越前駅の改札を出て、常盤橋方面の出口を上がると、すぐそばに威厳のある立派な建物が見える。
これが貨幣博物館である。
ここは日本銀行の別館(正式名称は分館)であり、さすが天下の日銀ということなのだが、ええと、本館はどちらでしたっけ。
GoogleMapで調べてみると、ああ、こっちの建物か、貨幣博物館のすぐ向かいが日銀本店である。

私は博物館の階段を上がり、中に入った。
日本銀行の別館なので、館内は古い庁舎のような造りである。
入口には警備員数名が立っており、警備体制は厳重。
来館者はここで金属探知機のチェックを受ける必要がある。
しかし、入場無料なので集金の受付窓口はない。
まあ、日銀が日銀発行券をもらってもしょうがないということで無料なのだろう。
階段を上がり、2階の展示室に入った。
いつものように混雑している。
資料館博物館にしては、ここはいつも混雑しているのだが、混雑の理由はたぶん、課外学習の学生が多いのと、入場無料で日本橋三越のすぐ裏手のためだと思われる。


貨幣博物館「江戸の宝くじ、富くじ」


常設展と企画展に分かれており、今日の企画展は「江戸の宝くじ」であったが、ここの企画展のスペースは狭いので、あっという間に見終わった。
そこで、何度か見たことのある常設展「お金の歴史」を見ることにした。
その後は休憩スペースでお茶を飲みつつ書類の整理をしたが、ミュージアムショップに福沢諭吉の1万円札のハンカチが売っており、物珍しいので1つ買ってみた。
1万円札のハンカチなのに値段はたった500円だった。
まあ、9500円儲かった、というわけではないのだが。


貨幣博物館の福沢諭吉1万円札ハンカチ


そうそう、「お金の歴史」の展示には、「財政赤字とインフレの関係」という深刻なコーナーがある。
よく知られた話だが、読んでみると改めて恐ろしくなる。
国家が自国の商人から借金をかさねると、必ずインフレになるというもの。
その理由は単純明快で、国家が財政難になると商人は自国には貸さなくなる、商人は国内の資産を海外移転するようになるからである。
これにより、国家の信用が損なわれる、むろん貨幣価値も損なわれる。
では、日本の現状はどうなのだろう。
現在の日本の財政状況はミステリアスと言われているが、日本人の海外への資産移転は着々と進んでいる。
さきほどの日銀の解説のとおり、両者はコインの表裏だ。
そのため、日本人の海外資産の多寡を観察することで、日本政府の財政状況を間接的にうかがい知ることができるだろう。
日本は世界一の債権者、これは最近になり、よく聞く話だが、日本人の海外資産の総額は膨大である。
そのことが日本の財政状況の安心材料だと言う者もいるが、まあ、さきほどの日銀の解説のとおりなのである。
むしろその反対、あるいは、財政の健全性を裏付けているわけではない、ということだ。
また、日本人がゴールドをしこたま買っており、ゴールドの価格が高騰していることも重要な問題である。
だって、円を売ってゴールドを買っているのだから、信用されていないということだからね。
しかし、ここで誰もが疑問を抱くことがある。
そう、為替レートのことである。
日本の財政が本当に危機的状況なら、なぜ円安にならないのか。
ドル円もそうだが、今もなお円相場はどれも円高傾向である。
まあ、円高ならば日本の財政状況は当面安心ということでいいのではないか。
ただ、日銀の博物館の解説にあるように、いつかはインフレの時代が到来する、それは覚悟しておかなくてはいけないし、今後、円安が進むようなことがあると要注意である。

さて、難しい金融の話はこれくらいにして、、、貨幣博物館を出た私は、日比谷ミッドタウンの「ビアンカバーネット」へ向かった。
フラワーアレンジメントのワークショップは3時からだ。
今日は初めてのリース作りである。
ええと、今日のワークショップの先生は誰だろう。

ああ、やっぱり。
テーブルのところで店長が待っていた。
看板娘のSさんも出勤していたが、接客中で忙しそうだった。
ワークショップが始まり、私は店内の一角のテーブルで男性の店長と向かい合って2人きりになった。
この店長、いい人なのだが、かつ、笑顔がさわやかなイケメンでもあり、非の打ち所のない素敵なお兄さんなのである。
ただ、花屋の美人はよく聞くが、花屋のイケメンはあまり聞かない。
男どうしだと無駄話もなく、私はせっせとリースを作った。


ビアンカバーネットのフラワーアレンジメントのワークショップ


ビアンカバーネットのフラワーアレンジメントのワークショップ


1時間ほどで私のリースは完成し、記念撮影をしていると、Sさんがリースの出来ばえを見に来たので、私はだめもとでお願いしてみた。

「今日は2月16日ですね。」
「そうですね♪♪」
「も、もしバレンタインのチョコの残りがあれば、ほしいんですけど。」

すると、彼女はしばらく考え込んでから、無言で店の裏へ消えた。
が、すぐに戻ってきて、私に小さな青い袋のチョコレートをくれた。

「1つだけ余ってたので、はい、どうぞ。」
「おお、ラッキー!! ありがとう。」

思わぬ展開に、私は非常に嬉しかったのだが、家に帰って少しがっかりしてしまった。
よく見ると、ディズニーランド35周年の記念チョコレートだったからだ。
これは彼氏とのディズニーデートのおみやげに違いない。
せっかくチョコをもらったのに、なぜきみはそういうマイナス思考をするのかって??


オリエンタルランド株主優待券


ディズニーランド35周年記念キャンディー


実は去年、私は、オリエンタルランド(ディズニーの運営会社)の保有株式の株主優待で、35周年のディズニーランドにデートに行ってきたのだ。
その時、ショップで似たようなおみやげを買い、何人かの知り合いに配ったのである。
しかし、もしかするとディズニーリゾートなら女どうしで行くこともあるから、今度お店に行った時、こっそりSさんに聞いてみようかしら。
いや、これは花屋の女性店員からの義理チョコなので、聞くのはやめておこう(なお、株主優待の裏話第2弾もある)。

2019/02/15

改元とは縁起の悪い話である

今年は改元されるので、元号について調べている。
今日は江戸東京博物館主催の元号の講演を、両国まで行って聞いてきた。
近松鴻二元国士舘大学教授が講師で、2月1日と2月15日の2回に分け合計3時間以上に及ぶ長丁場の講演であった。

そもそも日本の元号は中国に由来する。
しかし、いまはもう、元祖の中国でさえ元号など使っていない。
そのため、日本国内には元号廃止論も根強いが、近松教授は日本の伝統だから元号は廃止すべきでない、と言っていた。
しかし、元号を残すことでどのようなメリットがあるのかという質問に対しては、説得力のある答えはなく、「実際、何のメリットもありませんがね」などと教授は平然として言うのであった。
そして、「元号表記の方が心が和むからいいじゃないですか」と、お茶目なことも言っていた。

この教授、講義は別に楽しくないのだが、どことなくユーモアがある。
私は居眠りもせず、おもしろがって聞いていた。
しかし教授、心が和むかどうかは人それぞれではないのかな、と思うのだ。
例えば会社で日々事務に追われる一般庶民にとっては、元号などめんどうくさいだけで全然心が和まない。
私は、単に西暦のみとする方が簡明で良いと思う。
ただし、元号は日本の天皇制と深く関連するため、日本が天皇制である限り、元号は廃止されないと思われる。

さて、日本人の多くは知らないと思うが、改元自体はまったくおめでたい話ではない。
改元とは非常に縁起の悪い話なのである。
改元をめぐっては、日本も元祖中国も、縁起の悪い話が山ほどある。
昔の政府は、改元を早めたり、改元を先送りしたこともあったほどなのだ。
ちなみに、明治維新前は「一天皇一元号制度」ではなく、天皇在位中に何度も改元が可能であった。
最も多く改元をしたのは後醍醐天皇である。
その次が、明治天皇の1代前の孝明天皇である。
後醍醐天皇も孝明天皇も、時代の転換期、乱世の時の天皇であり、その当時、あまりにも縁起の悪いことが立て続けに起こるので、改元を早めたというふうにも思われる。
まあ、今年の改元以降、悪いことが立て続けに起きなければよいのだが、どうだろう。


アンティークカフェウール倶楽部


アンティークカフェウール倶楽部


講演後、両国駅近くのアンティークカフェウール倶楽部に行き、ケーキセットを食べた。
両国に来た時にはたいていここに寄り道するのだが、おいしいコーヒーとザッハトルテ、おしゃれなアンティークの家具と雑貨が魅力の店である。
今日は、筒井康隆と桂米朝の対談集「笑いの世界」をカバンに入れていた。
ザッハトルテを味わいながら、私は2人のコメディー論を読んだ。


筒井康隆桂米朝「笑いの世界」


ギャグが通じないぐらい悲しいことはない。記者のみなさんの前で悪いけれども、例えば何かの賞をもらったり、あるいは凄いこと何かやったりすると、記者が「ご感想は」と言うでしょう。あのときの陳腐な慣用句で、「嬉しくないといえば嘘になりますが」というのがある。ぼくは、あれ大嫌いなんですよ。この前それ聞かれたんでね~「嬉しいと言えば嘘になりますが」と言うたらね、「嬉しくないのはなぜですか」と確認してくる。
(対談集「笑いの世界」より)

食後、私はテーブル席を離れ、店内のインテリアを見てまわった。
ホラー映画にも出てきそうな不気味な人形、マリリンモンローのような人形、小便小僧など、ほかにも小物入れに白人女性の写真が入っていた。
映画のワンシーンと思われるが、彼女は誰だろう。
いや、むしろ写真の端の男性に見覚えがあるが、こちらも思い出せない。


アンティークカフェウール倶楽部のインテリア


アンティークカフェウール倶楽部のインテリア


アンティークカフェウール倶楽部のインテリア


アンティークカフェウール倶楽部のインテリア


それにしても、ここにある家具も雑貨も、じっくり眺めると何ともビミョウだなあ。
ここにインテリアとして置いてあるとおしゃれなアンティーク品とも思えるが、じっくり眺めると、ただのがらくたに見えてきた。

おや、誰だか知らないおじさんのお茶目な声が聞こえる。

がらくたを飾ってどんなメリットがあるのかというと、実際、何のメリットもありませんがね、たとえがらくたでも心が和むからいいじゃないですか。
そうだね、教授、元号もアンティークの飾り品のようなものなのかな、と私は思ったのだった。

2019/02/14

人生はあなた次第

昨日は用事を済ませた帰りに上野の東京文化会館で、東京藝術大学の学生の卒業記念コンサートを見てきた。
楽器はサックスである。
そしていつものように、コンサートが始まるまでギャラリーめぐりをした。
行った先は、銀座の資生堂ギャラリーとシャネルのギャラリー。

資生堂ギャラリーでは、資生堂の初代社長の福原信三の展示をしていた。
当時、福原は資生堂の社長を務めるほか、デザイナー、写真家としても活躍をしていた。
化粧品メーカーの資生堂は、当初「花椿クラブ」という雑誌を出版する小さな出版社であった。
だから、福原がデザイナー兼写真家であったのは自然なことだ。
戦後の日本では、ソニーの大賀典雄、西武グループの辻井喬(堤清二)も社長兼アーティストであった。
会社の経営は、ゼロからの起業なら、白紙に絵を描くような行為とも言えるだろう。
その意味で、経営者とはアーティストである。
しかし、インターネット全盛の今、エンジニアの社長の方がアーティストの社長よりも流行りである。
どちらが優れているのだろう。
恐らく、アーティストの社長はエンジニアよりも優れたセンスを持ち、優れた経営者になれる可能性がある。
会社の経営がコンピュータプログラムのようにロジカルなら苦労もない。
ただ、アーティストはたいてい、数学ができない、どんぶり勘定だったりする。
それだと会社の経営は数字が重要なので、失敗する。

その後、私は銀座のシャネルのギャラリーに行った。
この日はアントニタウレ(Antoni Taule)という画家の個展。
タウレは最初、建築家だったが、画家に転身した異色の経歴の持ち主である。
解説を読むと、科学と数学、芸術の間には、何らかの深い関係があるように思えた。
私はタウレの作品を眺め、ある1枚の絵に興味を持った。
その絵は人生の出発という印象であった。


シャネルネクサスギャラリー「光の島」展示作品


今暗い場所にいるとしても、外には光があり、決意をして外に出れば明るい未来が訪れる。
すべての人間には光と闇がある。
タウレの作品はそのような人間の本質を描いていると思った。
人生の闇は人それぞれだが、恐らく人生の光より闇の部分の方が、その人の個性や能力に大きな影響を与えているだろう。
だから、闇のない人は創作活動もできないだろうし、大きなことも成し遂げられないし、恐らく、会社の経営にも向いていないのではないか。
まあ、これは、ある日の美術館めぐりで得たテキトーな仮説なのであるが。


東京文化会館の東京芸大サクソフォーンコンサート


夜になり、私は上野の東京文化会館に行った。
卒業記念のコンサートなので、卒業生、その家族、後輩の学生たちがたくさん来ていた。
サックスの演奏は、クラシックの方はイマイチだったが、アメリカンソングの方はまあまあよかった。
コンサート終了後、ラウンジで出迎えた卒業生が後輩の女の子たちに囲まれているのを見て、卒業式のワンシーンのようだと思った。
その後、私は上野駅の近くのイタリアンレストランで夕食をとり、帰宅した。


相田みつを美術館の喫茶店のラウンジ


相田みつを美術館の記念カレンダー


さて、今日も東京で用事があり、その帰り道、相田みつを美術館に立ち寄った。
ギャラリーで時間をつぶし、夜からABCクッキングがある。
ゆっくりギャラリーを見て回り、閉館の時間までミュージアムカフェでお茶を飲んで過ごしたが、ラウンジの椅子には、相田みつをの詩がプリントされた座布団とカレンダーがあった。

あなたの人生の主人公はあなた自身。

なるほど、人生はあなた次第か。




2019/02/01

大石奈穂さんの猫の絵との出会い

先週、東京国立博物館の文化庁文化交流使フォーラムに行ってきた。
フォーラム開始前、早めに行き、2時間ほどかけて常設展を見て回ったが、私の中では上野だと国立西洋美術館がナンバーワンである。
上野公園には多くの美術館が点在しているが、どの美術館も公園口から目と鼻の先にある国立西洋美術館にはかなわない。
遠い、高い、狭い、退屈、、、しかしトーハクは、国立西洋美術館と並び日本を代表する美術館と言われるだけあって、常設展もなかなかよかった。

開始直前、私は1階の大ホール(フォーラム会場)に入った。
椅子に座り来場者の様子を眺めると、文化庁主催ということで真面目な雰囲気が漂っており、緊張感も感じられた。
ええと、そもそも文化交流使とは何なのだろう。
文化交流使とは、日本の文化を世界に広めるために海外派遣される国際交流の親善大使のようなものだという。
毎年一定数が文化庁から任命されており、世界各地で芸術文化活動をしている。
今回のフォーラムでは、5人の文化交流使が1人30分ほどかけて自らの活動報告をした。
それぞれが課題を持って取り組み、成果を上げているという。


文化庁文化交流使フォーラム


ただ、私はあまり感心できなかった。
ギターから能狂言、カワイイ雑貨など、コンセプトが「ばらばら」、世界に広めたい日本文化の全体像が「ぐちゃぐちゃ」のように思えたからである。
単に業界ごとに、利益(文化交流使という公的地位)を配分するような、日本の典型的なお役所の活動に見えるのだけど。
つまり、相手国の人々に、日本をどういうふうに見てほしいのか、その視点が欠けており、自己中心的なのである。
また、日本人自身がすでに興味を失った伝統芸能は、国内の日本人に対してこそもっと広めなくてはいけないのではないかしら。
つまらないので途中退室して常設展の続きを見たくなったが、座った席の場所が悪かった。
私は最後までじっと座って我慢していた。
最後に5人の文化交流使と司会の芸能人の女性、文化庁長官がステージに並んで、記念撮影の時間が設けられた。
記念撮影の時間を設けるので、それまで撮影は一切禁止です、と事前にアナウンスをしていたのだが、これは非常に賢い方法だな、と思った。


損保ミュージアムのゴッホのひまわりのレプリカ


さて、きのうは新宿の損保ジャパンミュージアム(SOMPO美術館)に行ってきた。
今回は「FACE」の新人賞受賞者の共同展示会であった(正確には過去の受賞者の共同展示会「絵画のゆくえ」)。
残念ながら全てのアーティストの作品は載せられないのだが、どれもよかった。


損保ジャパン東郷青児美術館の2019年Face展


その中でも私のお気に入りは大石奈穂さん、である。
全ての中で、彼女の1枚の絵(上記の2匹の猫の絵「消耗する光ーネコー」)が、際立って優れていたように思えた。
まあ、私は猫派ではなく犬派なのだが、、、これが最も印象に残ったのだ。
その他には、唐仁原希(Tojinbara Nozomi)さん、三鑰彩音(Mikagi Ayane)さん、この2人は作品もよかった。


損保ジャパン東郷青児美術館の2019年Face展


損保ジャパン東郷青児美術館の2019年Face展


FACE2019画集


帰りにミュージアムショップに立ち寄り、展示作品の画集を買った。
しかし、帰宅してよく見たら、どういうわけか私が見たい2匹の猫の絵が載っていなかった!!
ああ、この絵がないとはがっかり、、、
なお、作品リストには作家所蔵と書かれている。


ABCクッキングの和食メニュー


美術館の帰りはまっすぐ帰らず、予約していた北千住のABCクッキングに寄った。
この前はハンバーグを作ったが、久しぶりに和食を作った。
それにしても、洋食も和食も器用に作れるのは日本人くらいだろう。
日本人は明治以降、欧米文化を自分たちの血の中に入れた。
美術館の絵も音楽も、料理も服も建物も、「洋」と「和」がある。
いまだに併存しているのはややこしいが、そう遠くない未来、「和」が滅亡し、「洋」が残り、スッキリするのかもしれない。
まさか!!とは思うだろう。
しかし結局のところ、先週の5人の文化交流使のうち、4人は事実上「洋」の文化交流使というべきものだ。
何よりそのことが、日本文化の将来を暗示しているのではないか。