2022/01/25

リトルジャパン再訪



きのう私は所用で両国に行き、その帰り、浅草橋の「リトルジャパン」を再訪した。
以前ブログにも書いたが、3年以上前私が訪問したとき、ここは外国人観光客向けのユースホステルだった。
東京下町の異文化交流の拠点で、1階のカフェバーには国籍も人種も異なる学生たちが集まって、賑やかな飲み会をしていたものだ。
ところが、きのうのランチタイムに入口のドアを開けると、そういう雰囲気ではなかった。
薄暗いカフェスペースでは、数人の若者が打ち合わせをしており、今日は休業日でランチはやっていません、と言われてしまった。

あら残念、この後、どこで食べようかな、、、
しかし、気になったのは店内がやけに薄暗いことと、彼らが浮かない顔をしていること。
話を聞くと、いまここは日本人の若者のシェアハウスになっているという。
約2年間、外国人観光客が途絶えたままなのだから仕方ないか。
私は、また今度食べに来ますと言って、店を出た。

さて、この浅草橋、実は東京でも有名な問屋街である。
通りを歩くといまは見る影もなく、さびれているビルと看板ばかりであるが、昔の浅草橋はリッチな下町だったという。
しかし、いまやアマゾンや楽天などのインターネット通販の時代、野菜や果物は農協を通さずに売る直販の時代、また流通革命の時代でもある。
少なくとも、問屋や卸売業の時代ではなくなった。
私はここで、商品もサービスも会社も、街も場所も人も、時代が去ってお役目が終われば、変化する必要があり、さもなければ滅びるしか選択肢はない、と思った。

その後、浅草橋の大通りに出た。
蔵前橋通りというのだが、通り沿いに神社(鳥越神社)があり、その境内に入った。
西側の裏門から入り、お参りをして、社務所のある東側の正門へ出た。
神社はいつもと同じ、昔と変わらないなあ、と思った。
コロナ禍でも何の変化も受け入れない、安らぎの場所である。


鳥越神社




その後、私は昼食をとるため日本橋高島屋に行った。
古めかしいエレベーターにエレベーターガールがいる、着物姿の男女が歩いている、グルメ街の飲食店の顔ぶれも相変わらず同じだ。
私はこれまたデパートも、ほとんど何の変化も受け入れない保守的な場所だなあ、と思った。
「LES CAVES DE TAILLEVENT」。
本館8階の有名なワインの店である。


LES CAVES DE TAILLEVENT、マリアカラス


LES CAVES DE TAILLEVENT、フランシスフォードコッポラ


おお、ジャンコクトー、アランドロン、マリアカラス、フランシスフォードコッポラなど、ショーウィンドウの記念写真とワインボトルがそっくり入れ替わっているではないか!!
ちなみに以前は、ウィンザー公爵、クリスチャンディオール、ピエールカルダン、オーソンウェルズなどであった。

結局、私は、7階の呉服売場の奥にある「梅園」ののれんをくぐった。
おや、今日は客が少ないぞ、、、
私は広いテーブル席に座り、今時めずらしい茶蕎麦と、定番のあんみつのセットを注文した。


梅園


梅園のあんみつは、さくらんぼが載っているのが特徴である。
さっぱり系のあんみつみはしとは違って、あんこが濃厚。
ところで、隣のテーブル席には、さっきからお品書きを見て戸惑っているおじさんがいる。
彼はいったい何を注文するのだろう。

「すいません、、、」
「はい、ご注文ですねッ。」
「アイスコーヒー、1つ。」

ほどなくして今度は、ラフな服装で筋肉質の若者2人組が入ってきた。
私とは反対側の席に座り、大学スポーツの話題で盛り上がりはじめた。
この3人の男性、浅草の老舗甘味処「梅園」の客としてはKYもいいところだ。
しかし、決まり事や秩序が、新参者によって破られるのは、本当に悪いことなのだろうか。
破る者がなければずっと変わることもないだろうし、いつしかここも、浅草橋の問屋街のように滅びてしまうと思うのだけど。

以下、追記。
2023年1月、大学の後輩のRさんと一緒に、約1年ぶりにリトルジャパンを再訪。
ランチタイムに蕎麦セットを食べたが、これがとてもおいしかった。
館内には外国人観光客の姿もあった。
その後、浅草寺に行き、仲見世で買い物~流行りの抹茶カフェにも寄り道をしたが、どこも混雑しており世間は賑わいを取り戻しつつあるようである。








2022/01/21

アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」

アーティゾン美術館


今日は、最近終わったアーティゾン美術館の展示会のことを書こうと思う。
前回のメインの展示会は「印象派画家たちの友情物語」、その順路の最後に特設コーナーがあって、「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」というサブの展示会もしていた。
私は11月、こちらを目当てに見に行った。
3月にワイン友達のAさんと一緒に来て以来、訪問は2度目だが、常設展示の作品が多く、今回はほとんど写真撮影をせずに見終わった。




では、まず20世紀フランスのワイン文化について見ていこう。
今でこそフランスワインというと高級品のイメージがあって、総じて品質もよいと思われているが、かつてのフランスでは、葡萄畑の病害(フィロキセラ)と経済の低迷により、劣悪なワインもたくさん作られていた。
偽造ワインとも呼ばれるその手のワインは、水で薄められたり、古いワインとブレンドされていたり、添加物で着色されていたりすることもある。
しかし、これではフランスワインのブランドイメージが傷付き、まともなワインも信用を失ってしまう。
そこで、政府が法律でワインのブランド化を推進したのだが、原産地呼称制度(Appellation d'Origine Contrôlée(AOC))はそういう流れの中でできあがったルールである。
この原産地呼称制度、AOCというのだが、簡単にいうとBORDEAUX(ボルドー)の表記があるワインはボルドーのワイン、というルールである。
当たり前のルールだと思われるかもしれないが、ワイン法で規制されるまでは必ずしも当たり前ではなかった。

アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ(仏: Appellation d'Origine Contrôlée; AOC フランス語発音: [aose]、アオセ)とは、フランスの農業製品、フランスワイン、チーズ、バターなどに対して与えられる認証であり、製造過程および最終的な品質評価において、特定の条件を満たしたものにのみ付与される品質保証である。日本語に翻訳すると「原産地統制呼称」「原産地呼称統制」などとなる。フランスの法律では、AOCの基準を満たさないものは、AOCで規制された名称で、製品を製造または販売することは違法である。フランスの原産地呼称委員会(Institut National des Appellations d'Origine, INAO)が管理している。
(中略)
AOC製品の印として、ワインのラベルには必ず「Appellation Contrôlée」または「Appellation d'Origine(生産地)Contrôlée」の表示を入れる。 生産地の部分には、「Bordeaux(ボルドー)」などの地方名、「Médoc(メドック)」などの地区名、「Margaux(マルゴー)」などの村名が入る。ブルゴーニュ・ワインの場合は、さらに「Romanée Conti(ロマネ・コンティ)」などの畑名まで入る。AOC法では、品質を保持し、産地名称を保護するため、ブドウ品種による最低アルコール度数の規定、最大収穫量、栽培法、剪定法、また地方によっては熟成方法なども規制している。フランスワインの他、ブランデー、ラム酒にもAOCが制定される。
(Wikipediaより)

さて、このような原産地のブランド化で、以降のフランスワインは地方ごとのワインの特性を重視する嗜好の時代となっていった。

シャンパンで有名なシャンパーニュ地方の絵では、グレーと白の色調でまとめられた画面によってその特徴である白亜質の土壌が表現されています。アルザス地方の葡萄畑に描かれているのは、モミの木です。モミが葡萄の若い枝に触れることで葡萄がより甘くなり透明感のあるワインができる~
(アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」の資料P5より)


モーリスブリアンション、ザヴォワ、アルザス


モーリスブリアンション、シャンパーニュ、ブルゴーニュ


もっとも、フランスでは日本とは違って、ワインは生活に欠かせない水(生命の水)のようなもの、街中で気軽に飲めるものでもある。
作家ジョルジュデュアメルはこう述べている。

ワインは自分だけの楽しみではありません。社会的な楽しみなのです。まさに、人と人が心を通わせるために欠かせない要素のひとつなのです。
(アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」の資料P4より)

つまり、ワインは人々のコミュニケーションツール、ということだ。
しかし他方で、一部のワインはブランド化し、人々の手の届かない高級品となった。
こういったワインを楽しむワイン愛好家の飲み方が、「ワイン閣下」というユニークな本で紹介されていた。


ラウルデュフィー、ムーランドラガレット、ルノワールに倣って


ラウルデュフィー、ポワレの服を着たモデルたち、1923年競馬場


ワイン閣下、ワインの心得
(アーティゾン美術館パンフレット「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」P9より)


このおじさん、何だか眼つきが怪しいが、、、ワイン愛好家って、こういう人だと思われているのだろうか。
なお、この絵を描いたのはシャルルマルタンというフランスのイラストレーターだそうである。

2022/01/15

新型コロナウィルス発生から2年、、、




新型のウィルスが武漢で発生したという歴史的なニュースを、私は2年前の今頃、芦ノ湖プリンスホテルで初めて聞いたのだった。当時の箱根は外国人観光客バブル。街中では中国語が飛び交っていた。なので、これはやばいな、と思った。