2022/01/28

「今日のわんこ」を見ると

 


Hello,あんみつ先生です♪♪ 朝のフジテレビの「今日のわんこ」を見ると、犬と飼主ってよく似てるなあ、と思います。これは数年前の写真ですが、我が家の以前の愛犬ミニチュアダックスフントは、まじめで賢くて、優しくて控えめな性格でした(/ω\)!!!




2022/01/25

リトルジャパン再訪



きのう私は所用で両国に行き、その帰り、浅草橋の「リトルジャパン」を再訪した。
以前ブログにも書いたが、3年以上前私が訪問したとき、ここは外国人観光客向けのユースホステルだった。
東京下町の異文化交流の拠点で、1階のカフェバーには国籍も人種も異なる学生たちが集まって、賑やかな飲み会をしていたものだ。
ところが、きのうのランチタイムに入口のドアを開けると、そういう雰囲気ではなかった。
薄暗いカフェスペースでは、数人の若者が打ち合わせをしており、今日は休業日でランチはやっていません、と言われてしまった。

あら残念、この後、どこで食べようかな、、、
しかし、気になったのは店内がやけに薄暗いことと、彼らが浮かない顔をしていること。
話を聞くと、いまここは日本人の若者のシェアハウスになっているという。
約2年間、外国人観光客が途絶えたままなのだから仕方ないか。
私は、また今度食べに来ますと言って、店を出た。

さて、この浅草橋、実は東京でも有名な問屋街である。
通りを歩くといまは見る影もなく、さびれているビルと看板ばかりであるが、昔の浅草橋はリッチな下町だったという。
しかし、いまやアマゾンや楽天などのインターネット通販の時代、野菜や果物は農協を通さずに売る直販の時代、また流通革命の時代でもある。
少なくとも、問屋や卸売業の時代ではなくなった。
私はここで、商品もサービスも会社も、街も場所も人も、時代が去ってお役目が終われば、変化する必要があり、さもなければ滅びるしか選択肢はない、と思った。




その後、浅草橋の大通りに出た。
蔵前橋通りというのだが、通り沿いに神社(鳥越神社)があり、その境内に入った。
西側の裏門から入り、お参りをして、社務所のある東側の正門へ出た。
神社はいつもと同じ、昔と変わらないなあ、と思った。
コロナ禍でも何の変化も受け入れない、安らぎの場所である。


鳥越神社




その後、私は昼食をとるため日本橋高島屋に行った。
古めかしいエレベーターにエレベーターガールがいる、着物姿の男女が歩いている、グルメ街の飲食店の顔ぶれも相変わらず同じだ。
私はこれまたデパートも、ほとんど何の変化も受け入れない保守的な場所だなあ、と思った。
「LES CAVES DE TAILLEVENT」。
本館8階の有名なワインの店である。


LES CAVES DE TAILLEVENT、マリアカラス


LES CAVES DE TAILLEVENT、フランシスフォードコッポラ


おお、ジャンコクトー、アランドロン、マリアカラス、フランシスフォードコッポラなど、ショーウィンドウの記念写真とワインボトルがそっくり入れ替わっているではないか!!
ちなみに以前は、ウィンザー公爵、クリスチャンディオール、ピエールカルダン、オーソンウェルズなどであった。

結局、私は、7階の呉服売場の奥にある「梅園」ののれんをくぐった。
おや、今日は客が少ないぞ、、、
私は広いテーブル席に座り、今時めずらしい茶蕎麦と、定番のあんみつのセットを注文した。


梅園


梅園のあんみつは、さくらんぼが載っているのが特徴である。
さっぱり系のあんみつみはしとは違って、あんこが濃厚。
ところで、隣のテーブル席には、さっきからお品書きを見て戸惑っているおじさんがいる。
彼はいったい何を注文するのだろう。

「すいません、、、」
「はい、ご注文ですねッ。」
「アイスコーヒー、1つ。」

ほどなくして今度は、ラフな服装で筋肉質の若者2人組が入ってきた。
私とは反対側の席に座り、大学スポーツの話題で盛り上がりはじめた。
この3人の男性、浅草の老舗甘味処「梅園」の客としてはKYもいいところだ。
しかし、決まり事や秩序が、新参者によって破られるのは、本当に悪いことなのだろうか。
破る者がなければずっと変わることもないだろうし、いつしかここも、浅草橋の問屋街のように滅びてしまうと思うのだけど。

2022/01/24

美術品の価格の話

「ねえ、Bさん、つまり、これってガレッジセールなんでしょ??」
「まあ、そういうことですね、、、」
「画廊のものですか??」
「いや、お客さんが定期的にコレクションを整理するんです。」
「いつもやってましたっけ??」
「半年に1度くらいかな。」
「どこかのギャラリーで見た作品もある。この絵は本物ですか??」
「ええ。」
「いいんですか、持ち主はこんな値段で売っても。」
「まあ、買い手がないものは、こうしてお店に出して動かしてあげないと、、、」


ギャラリー椿オークション


先週、彫刻家中村萌さんでお馴染みのギャラリー椿を何となくのぞいたら、オークションの準備をしているところで、Bさんとこんな感じのやりとりをした。
美術品のオークションというとサザビーズなどの華やかな場面を思い浮かべる。
しかし、処分売りのオークションもある、ということで、現実は厳しいのだな、と思った。

そういえば先週は、東京ビックサイトの資産運用エキスポにも行ってきた。
会社四季報オンライン編集長(福井純氏)の講演を聞くためである。




資産運用エキスポ


1時間ばかりの講演、内容は株式投資初心者向けのもの、四季報のデータの読み方、簡単なファンダメンタルズ分析の方法など、入門レベルの話は新鮮でおもしろいものだった。
彼には去年論文の出版の件でお世話になったので(東洋経済新報社が編集を担当した)、講演後、私は挨拶に出向いた。
すでに何度かメールのやりとりがあり、初対面なのに私たちはそれらしくない挨拶をした。

ところで、福井氏はこの講演で株式の価値について話していた。
その話は長いので省略するが、確かに上場株式には投資価値、財産的価値があって、ほぼ常時、証券取引所で転売ができる。
しかし実は、このようなエグジット(Exit)の方法が、有価証券の価値を正しく裏付ける重要な前提条件のようなものなのである。
これに対して美術品の多くは、有価証券とは異なり、有効な出口戦略もなければ買い手も少ないため、先ほどのオークションのようになってしまう。
オークションの価格が作品の価値を正しく反映していない、おかしい、と思う人がいるかもしれないが、これは仕方がないのである。
アートで資産運用という場合、投資家は価格変動リスクのみならず、流動性リスクにも注意が必要ということである
もっとも、同じ理屈で、とてつもなく高値をつけることもあるので、オークションの価格が作品の価値を正しく反映していないというのは、(名画に)当たるととてつもない利益をもたらすことをも意味するわけであるが、実際、そんな経験ができるコレクターって、どれくらいいるのだろうか。

オミクロン株の感染リスクもあるので、講演終了後、私は早めに会場を出た。
帰りは有楽町乗り換えで、有楽町線の有楽町駅から千代田線の日比谷駅へ。
いつも思うがこの乗り換えは、長い地下道を歩き、階段を上ったり下りたりと、非常に大変である。
順路に従って歩くと途中何度か方向転換もあるので、どこを歩いているのかよく分からず、ちゃんと千代田線の改札に着くのか不安にもなる。
まるで地下迷路を歩いているみたいなのだが、私は出光美術館のある帝劇ビルの前を通り、ミッドタウン日比谷の入口に着いた。
ここまで来ると、ああ、よかった、とひと安心なのだが、この日は入口左手の生花店ビアンカバーネットをのぞいた。


ビアンカバーネット


店長が出てきたので、店長、こないだはどうも、と伝えた。
しばらく店長と話した後、店を出て、こないだと同じようにビアンカの向かいのパン屋をのぞいた。
ママ殿のおみやげを買って帰ろうと思って、店頭でこないだ見かけたシュトレンを探したが見当たらない、、、私は店員の女の子を呼び止めて、シュトレンの場所を聞いた。


シュトレン




「すみません、ちょっとお聞きしたいんですが、、、」
「はい。」
「シュトレンはどこですか?? 確か、ここにおいてませんでしたっけ。」
「あ、シュトレンは終わっちゃいました。」
「どうしてですか!?」
「シュトレンは12月だけなんです。ドイツのお菓子で、あちらではクリスマス前に少しずつ食べるんです。だから12月24日まででおしまいなんですよ。」
「ああ、なるほど。私が見たのは12月なかばですね、、、」
「またのご来店を。」

2022/01/21

アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」

アーティゾン美術館


今日は、最近終わったアーティゾン美術館の展示会のことを書こうと思う。
前回のメインの展示会は「印象派画家たちの友情物語」、その順路の最後に特設コーナーがあって、「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」というサブの展示会もしていた。
私は11月、こちらを目当てに見に行った。
3月にワイン友達のAさんと一緒に来て以来、訪問は2度目だが、常設展示の作品が多く、今回はほとんど写真撮影をせずに見終わった。




では、まず20世紀フランスのワイン文化について見ていこう。
今でこそフランスワインというと高級品のイメージがあって、総じて品質もよいと思われているが、かつてのフランスでは、葡萄畑の病害(フィロキセラ)と経済の低迷により、劣悪なワインもたくさん作られていた。
偽造ワインとも呼ばれるその手のワインは、水で薄められたり、古いワインとブレンドされていたり、添加物で着色されていたりすることもある。
しかし、これではフランスワインのブランドイメージが傷付き、まともなワインも信用を失ってしまう。
そこで、政府が法律でワインのブランド化を推進したのだが、原産地呼称制度(Appellation d'Origine Contrôlée(AOC))はそういう流れの中でできあがったルールである。
この原産地呼称制度、AOCというのだが、簡単にいうとBORDEAUX(ボルドー)の表記があるワインはボルドーのワイン、というルールである。
当たり前のルールだと思われるかもしれないが、ワイン法で規制されるまでは必ずしも当たり前ではなかった。

アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ(仏: Appellation d'Origine Contrôlée; AOC フランス語発音: [aose]、アオセ)とは、フランスの農業製品、フランスワイン、チーズ、バターなどに対して与えられる認証であり、製造過程および最終的な品質評価において、特定の条件を満たしたものにのみ付与される品質保証である。日本語に翻訳すると「原産地統制呼称」「原産地呼称統制」などとなる。フランスの法律では、AOCの基準を満たさないものは、AOCで規制された名称で、製品を製造または販売することは違法である。フランスの原産地呼称委員会(Institut National des Appellations d'Origine, INAO)が管理している。
(中略)
AOC製品の印として、ワインのラベルには必ず「Appellation Contrôlée」または「Appellation d'Origine(生産地)Contrôlée」の表示を入れる。 生産地の部分には、「Bordeaux(ボルドー)」などの地方名、「Médoc(メドック)」などの地区名、「Margaux(マルゴー)」などの村名が入る。ブルゴーニュ・ワインの場合は、さらに「Romanée Conti(ロマネ・コンティ)」などの畑名まで入る。AOC法では、品質を保持し、産地名称を保護するため、ブドウ品種による最低アルコール度数の規定、最大収穫量、栽培法、剪定法、また地方によっては熟成方法なども規制している。フランスワインの他、ブランデー、ラム酒にもAOCが制定される。
(Wikipediaより)

さて、このような原産地のブランド化で、以降のフランスワインは地方ごとのワインの特性を重視する嗜好の時代となっていった。

シャンパンで有名なシャンパーニュ地方の絵では、グレーと白の色調でまとめられた画面によってその特徴である白亜質の土壌が表現されています。アルザス地方の葡萄畑に描かれているのは、モミの木です。モミが葡萄の若い枝に触れることで葡萄がより甘くなり透明感のあるワインができる~
(アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」の資料P5より)


モーリスブリアンション、ザヴォワ、アルザス


モーリスブリアンション、シャンパーニュ、ブルゴーニュ


もっとも、フランスでは日本とは違って、ワインは生活に欠かせない水(生命の水)のようなもの、街中で気軽に飲めるものでもある。
作家ジョルジュデュアメルはこう述べている。

ワインは自分だけの楽しみではありません。社会的な楽しみなのです。まさに、人と人が心を通わせるために欠かせない要素のひとつなのです。
(アーティゾン美術館「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」の資料P4より)

つまり、ワインは人々のコミュニケーションツール、ということだ。
しかし他方で、一部のワインはブランド化し、人々の手の届かない高級品となった。
こういったワインを楽しむワイン愛好家の飲み方が、「ワイン閣下」というユニークな本で紹介されていた。


ラウルデュフィー、ムーランドラガレット、ルノワールに倣って


ラウルデュフィー、ポワレの服を着たモデルたち、1923年競馬場


ワイン閣下、ワインの心得
(アーティゾン美術館パンフレット「挿絵本に見る20世紀フランスとワイン」P9より)


このおじさん、何だか眼つきが怪しいが、、、ワイン愛好家って、こういう人だと思われているのだろうか。
なお、この絵を描いたのはシャルルマルタンというフランスのイラストレーターだそうである。

2022/01/15

新型コロナウィルス発生から2年、、、




新型のウィルスが武漢で発生したという歴史的なニュースを、私は2年前の今頃、芦ノ湖プリンスホテルで初めて聞いたのだった。当時の箱根は外国人観光客バブル。街中では中国語が飛び交っていた。なので、これはやばいな、と思った。




2022/01/09

ギャラリー椿と同じビルの会社さん

去年10月のことだが、取手市の寺原駅前の研修施設で、起業家向けのイベントSVS(サムライヴィジョンサミット)が開催された。
主催者は、六本木の独立系ベンチャーキャピタルの株式会社サムライインキュベートである。
ご縁があって私は、このイベントの裏方(ボランティアの運営スタッフ)をしたのだが、当初の開催予定は8月、それが緊急事態宣言で10月に延期された。


SVS、サムライインキュベートの榊原社長


SVS、サムライインキュベートの榊原社長


朝9時30分開場。
運営スタッフの私たちは8時集合で、小雨の降りしきる真冬なみの気温と冷たい風で、1日中外にいると風邪をひきそうなくらいの寒さだった。
でもまあ、熱射病で死ぬかもしれない8月の炎天下よりはマシだろう。
集まったボランティアは30~40名ほど、私たちは外廊下の屋根の下で、指示があるまで待った。
すると、先ほどから拡声器を持ってうろうろしている元気なおじさんが、私たちに声をかけてきたのだが、何とこの人が、サムライインキュベートの榊原社長であった(写真の赤い丸の人!!)。
ベンチャー企業の社長ということで、話してみるとやっぱりユニークな人であったが、拡声器片手の人を相手に長話はしにくい。
それにしてもマスコミの友達から、榊原さんのトレードマークは拡声器と聞いていたが、まさか目の前にいたとはね。

さて、この研修施設の名前はICIという。
incubation、cultivation、innovationを合わせた造語のようなのだが、ここは廃校となった白山西小学校の跡地なのである。
前田建設が市から買い取り、リノベーションで作られたいくつかの建造物が、切り立った高台に建っている。
眼下には広い校庭があり、私たちのいる場所からも見下ろせるが、この日の校庭は朝もやが、校庭の向こう側の山には濃い霧がかかっていた。
また空気は澄んでおり、まるで山奥の小学校に来ているようだった。
私は受付で、運営スタッフマニュアルとサムライと書かれた濃紺のシャツを手渡され、校舎内のロッカールームに移動して着替えた。
その後、着替え終わった私たちはスタッフ向けのガイダンスに参加した。
ここでグループ分けをされ、道案内や受付などの簡単な仕事を与えられた。
しかし、仕事といっても、10ページ程度の運営マニュアルに従ってすればよい軽いものだった。

あれ、そういうことなの??

つまり、ボランティアの運営スタッフとは、見方によっては入場料無料でイベント会場に入れる幸運な人ともいえるのである(ちなみに、入場料は1人5000円)。
仕事を効率的に分担し、空き時間を作り出せば、そこは各自の自由時間なので好きなセッションを見に行っていい。
メイン会場の講演会やトークイベント、校舎の各教室での勉強会など、様々なセッションが開催されており、事前に申し込んでおけば参加可能である。

じゃあ、私はどこへ行こうかな、、、暖かい教室のセッションがいいのだけど。

しかし、どのセッションも満員で、また、読者のご想像のとおり、お気楽者の私は事前予約などしていなかった。
ああ、もったいない!!


ICIの食堂のメニュー


そういうわけで私は、午前中、外の交流スペースの受付を担当し、午後は社員食堂の出入口の道案内を担当したのだが、セッションを見たがっている大学生R君の代わりに道案内を余計に担当してあげたりして、私は夕方まで社員食堂の出入口で門番のように立ってばかりいた。
そして日が暮れる頃には、前田建設の社員でもないのに私は、ここの社員食堂にやたら詳しくなってしまった。


ICIの食堂


おや、食堂の壁に、交通系カードの案内図が掲示されている。
社員食堂の決済方法は、Suica(スイカ)などの交通系カードによる、と書いてあった。
ただし、どういうわけか、PiTaPaのみ使用不可。
関東圏の私は、Suica(スイカ)、PASMO(パスモ)、ICOCA(イコカ)の3種類しか知らないが、PiTaPaとは「ぴ・た・ぱ」と読むのだろうか。
何だかサロンパスの類似品みたいで、自動改札に詰まりそうなカード名である。
私は後学のため、交通系カードの案内図を撮影した。




その他にも、入口付近の洗面所の壁に、「アートシンキング」に関する解説と動画のQRコードがあり、私はこれにも興味を持った。
アートシンキングって、もしかして対話型鑑賞のこと??
早速、スマホでこの動画を再生してみた。
すると、私がアートコミュニケーターをしているアトレ取手のVIVAで言うところの対話型鑑賞とはぜんぜん違う話だった。

アートシンキング(art thinking)とは、アーティストの思考回路からイノベーションのネタを見つけようという脱常識思考のことである。
例えば自分の10年後の姿を画用紙に描き、そこから自分自身の今の生き方について考えたり、これから何をすべきかを考えたりする、まあ、ようするに、アートを使って物事を考察するワークショップのことである。
詳しいことは知らないが、動画を制作した株式会社Bulldozer(ブルドーザー)という会社は、このようなワークショップを企業向けに売り込み、その動画を制作して利益を上げているようだ。
YouTubeなどにアップすれば、それは見事な企業紹介動画あるいはCMにもなるだろう。
ということで、アートビジネスとしては筋がいい、と私は思った。

そのうち夜になった。
外はさらに寒くなり、私は解散の時間まで食堂内で過ごすことにした。


社員食堂


ふと私は、近くのテーブル席に座る「創業手帳」という濃紺のシャツを着た若い男性に目がいった。
確か、創業手帳はベンチャー支援の会社のはず。
話しかけてみると、彼は登壇者のYさんだった。
若いのに社長なのかと聞くと、自分は急用で来れない社長の代役で、ただの平社員だという。
もうすぐ出番なので緊張しているようだが、まあ、そうは言っても社長の代役なら、かなりのやり手だろう。
しかしどう見ても、秋葉原でアイドルの追っかけをしていそうな青年に見える。

「Yさん、今日はどんな講演をされるんです??」
「まあ、創業手帳の会社紹介をするだけかな。」
「人前で喋るの得意なんですか??」
「いや、全然だめ。」
「創業手帳さんは京橋の会社ですよね??」
「ええ。うちをよく知ってますね。サムライさんとは違って、弱小ですが。」
「私、知ってます。ギャラリー椿と同じビルの会社さんでしょ??」
「ギャラリー椿?? ああ、もしかして1階の画廊のことですか??」
「そうそう、たまに見に行くから。」
「それでうちをご存知なんですね。」
「そうです。私、よく銀座周辺でギャラリーめぐりをするんですが、私の大好きな彫刻家中村萌さんの展示会は、いつも銀座のはずれのギャラリー椿なんです。」
「へえ~、そういう偶然ってあるもんなんですね。」
「あのビルの4階と5階、ずっと空き室だったでしょ。だからいつも気になって、帰りにビルの案内板を見るんです。」
「ああ、それで。ええと、4階と5階は同じ会社が入っていたんだけど、コロナになってから抜けちゃいましたね~。コロナ後は、銀座も京橋も空き室ばかりですよ。これからテレワークで空き室はもっと増えるだろうし、東京はどうなっちゃうんだろうな。」
「私には、そういう難しい金融経済の話はよく分かりませんが、この出会いは私の大好きな中村萌さんのおかげです。」
「ああ、なるほど、、、」
「私、創業手帳さんとは不思議なご縁を感じます。」
「た、確かに。」
「今度、ギャラリー椿の展示会の帰りに遊びに行こうかな。」
「うちは6階です。オフィスはテレワークでスカスカだし、来ても大丈夫ですよ。」
「おお、いいんですか!!」
「はい、何のお構いもできませんけど。」

とまあ、こんな感じで知り合ったYさん、この日の大役を無事果たせたのだろうか。


ギャラリー椿の中村萌展示会