2021/05/30

牛久市中央生涯学習センターの講座は無事終了

牛久市中央生涯学習センター


土曜日、牛久市中央生涯学習センターで2回目の金融経済セミナーを行った。
5月22日(土)が第1回、29日(土)が第2回、隣の千葉県まで緊急事態宣言が出ており、一時はどうなることやらと思ったが。
コロナ禍のため何人かキャンセルがあり、1回目は11名、2回目は9名出席となった。
今回はコロナ禍のため定員が少なすぎた。
が、まあ、無事開催できただけでもよかった。
受講生、関係者には心より感謝を申し上げたい。
特に、最前列で熱心に聞いていたWさん、初日にプロジェクターのトラブルを直してくれた、講義後は熱心に質問をしてくれた、こういう受講生がいると講師は嬉しいものである。


牛久市中央生涯学習センター


ここからは余談。
直前に教室が変更となり、2階のセミナールームではなく、1階の美術室(工作室)で講義をすることになった。
木造のテーブル、窓際の流し台、深緑色の黒板、旋盤などの工作機械、そこはまるで昭和の小学校の校舎のようだったが、まさかこのような場所で金融経済のセミナーをすることになるとは、あまりにもミスマッチ。
教室に入るとまだ受講生は来ておらず、私は始まる前しばらく窓の外を眺めた。
すぐ向かいのグラウンド(元校庭?)で、子供達が野球の練習をしていた。
換気のため窓が開いており、野球少年のかけ声とカーンという金属バットの音、晩春の虫の鳴き声が聞こえる。
コロナ禍でも日本は平和だなあ、と思った。


少年野球


その後、職員が入ってきて準備を始め、私は教壇机に戻ったが、きれいな深緑色の黒板は使われている形跡がなかった。
先生に指名され、人前で黒板に字を書いた記憶はあるが、先生として黒板に何かを書いた記憶はもちろんない。
おや、黒板の下の引き出しに短いチョークが何本か入っている。
私は何だか板書をしてみたくなった。
職員にプロジェクターのスクリーンを左側に設置してもらい、試しにチョークを手に持った。
黒板にチョークを当てると、書き出しは例のいやな感触がしたが、書き始めてしまうと学校の教師になったような気分でなかなか爽快だ。

というわけで、22日も29日も、いろいろ板書をしたのだった。
板書の時間はたかだか数分、しかし私はその「間」というのが案外、大事な時間だと気付いた。
先生が板書をしている間、先生はもちろん生徒も休める。
生徒はメモをして頭を整理したり、理解の至らないところを前に戻って見直したりもできる。
ようするに、ゆっくりする時間を作り、調整することって、停滞のように思う人もいるが、実は非常に重要なのである。
講義では生産性の向上についても言及したが、現代社会はこういう大事な「間」のような時間を節約して急ごうとする。
しかし、それにより失われる大事なものもあるのではないか。


牛久シャトー日本遺産


牛久シャトー


講義後、私は友人と一緒にお昼を食べた。
その後、牛久シャトーに寄り道をした。
牛久シャトーのことは以前も書いたように、日本遺産に認定したところで街おこしの起爆剤にはならないのではないか、と思っている。
構内は見るべきものがほとんど何もなく、本当に退屈なところなのである。
やはり、きのうも閑散としていた。

「正直、牛久大仏を日本遺産に認定する方が先だったね。」
「そうそう。牛久大仏の大きさは日本一、世界でも6番目なんですよ。」
「あれ~、ないぞ。」
「何が??」
「講義中の自分の写真がない、、、」
「写真撮影を受講生に頼まなかったの??」
「そうそう、忘れた。」

私は神谷伝兵衛資料館などを回り、30分ほどぶらぶらして帰った。
なお、以前も書いたように、牛久シャトーの見所は神谷伝兵衛資料館のこの岩下志麻の1枚の写真である。
ああ、岩下志麻、見れば見るほど美人だなあ(*'ω'*),,,


岩下志麻


2021/05/03

コロナ禍で変わる銀座の街

3月末にコレド日本橋のABCクッキングで、桜の弁当を作った。
今年初めての料理教室だった。
年初から3月まで緊急事態宣言が続いていたから仕方ないのだが、新型コロナウィルスは外食産業のみならず、料理教室にも深刻な影響を及ぼしている。
去年10月、ABCクッキングの銀座教室が閉店した。
銀座教室の最終日の夜、私はカレーライスを作りに行った。
閉店セレモニーはなかったし、服屋とは違い、閉店セールもないので、べつに閉店日を狙い撃ちして予約を入れたわけではなかった。
まったくの偶然で、私は銀座教室の最終の授業に立ち会うことになった。


ABCクッキング銀座ファイブ店


始まる直前、私はトイレに行くため銀座ファイブの細長いビルを歩いた。
トイレの場所は反対側で、往復に時間がかかった。
銀座ファイブは変わった形状のビルで、様々なファッションブティックが細長くカーブして並んでいる。
いくつかの店は退去して、テナント募集中の空き区画となっていた。
さびれているな、と思ったが、このビルの不景気は今に始まったことではなかった。
もともとここは銀座の場末の雰囲気があり、ずいぶん前から客足が少なかった。
したがって、ABCクッキングのような人気店が入居していることは、他店舗の集客のためにも重要な意味があったのだが、ついにそのABCも閉店するのである。


ABCクッキング銀座ファイブ店


なぜ閉店するかは言うに及ばず、新型コロナウィルスの影響である(誰だってそう思うだろう)。
銀座教室の閉店は、これまで破竹の勢いで拡大路線を歩んできたABCが、守勢に転じた象徴的な出来事のように見える。
ABCの生徒は、入会時20万円程度の受講料を前払いする(複数のコースを選択すればそれ以上の金額となる)。
ABCはその前払資金を元手に、新しい教室をオープンし、新しい教室の先生が新規の生徒を獲得する。
そういう回転のきいた仕組みで成長してきた。
ところが、自粛の影響で授業数が減り、新規の生徒もそう簡単に獲得できなくなった。
コロナ禍で回転がきかず、先行きも見えない状況だ。
そうなると、高額な賃料の銀座教室をいち早く店じまいするのは、ごく当たり前の経営判断となる。
まあ、銀座教室がなくなっても、生徒に不都合はない。
地下鉄で5分とかからないコレド日本橋教室(日本橋駅、東京駅)、汐留教室(新橋駅)、丸の内教室(有楽町駅、日比谷駅)に生徒が分散するだけのことだ。

では、銀座からの撤退は、ABCクッキングにとって何らかの経営上の緊急事態なのだろうか。
おや、予約ページをよく見ると、新宿歌舞伎町のPePe教室も店じまいしているではないか。
新宿歌舞伎町といえば、一時期、感染の中心と言われた都内きっての歓楽街だ。
ははあ、なるほど、銀座教室は狭くて窮屈なところだったが、店じまいの本当の理由は、経営状況が厳しいというよりは、料理中の生徒の「密」を避けるため、クラスター対策で閉店したのだと思った。
今後は、自炊ブーム、脱東京、テレワークの流れに乗り、賃料の安い地方で新規の店をオープンし、新規の生徒を獲得する作戦に出るのではないだろうか。

さて、この一件で、私は今後銀座の街が大きく変化する予感を抱いた。
そもそも銀座は、太平洋戦争の空襲の被害がほとんどなく、路地に入ると古い雑居ビルが未だに軒を連ねている。
大通りには見上げるような高層ビルもない。
銀座は時代遅れの昭和の街なのである。
しかしもはや手狭な物件はクラスターの恐れがあり、限界が来てしまったようだ。
そういえば、日本一高い銀座4丁目の交差点にも、コロナ以前の頃から、不景気の兆候がすでにあった。


銀座四丁目




どうして日産のショールームと、ソニーのショールームの間の3階が、いつまでも空いているのだろう。
かつて3階には、私のお気に入りのフルーツカフェが入っていた。
バルコニーから交差点を見下ろせるから、客入りも良かった。
ただ、銀座ヤマハホールのコンサートの前に食事をした記憶があり、その時は6時過ぎなのに客がいなかったのを不思議に思った。
その時は偶然と思ったが、いつのまにかそのカフェは閉店し、パーティーメニュー付きのイベントスペースとなった。
その後は借り手もなく、若手の落語家が寄席を開催したりもしていたが、ある時、ソニーがここでアイボの展示会をしていたので、私はソニーの従業員に聞いてみた。


AIBO


「あれ、ソニーは4階からでしょ??」
「ずっと3階が空いているので、アイボのキャンペーン中だけ使っています。」
「アイボは売れてますか。」
「そうですね~、最近はステイホームなので、かなり売れてます。」
「でもその分、ここにも人は来なくなりますよね。」
「そうですね、銀座4丁目もずいぶん人が減りました。」


2021/05/01

あんみつ先生の役に立たない人生相談

最近珍しく、夕食後、うちのママ殿がテレビを消して読書していた。
私は学生時代に田辺聖子を読み、女性の方が賢いことを発見したが、その他にも、森茉莉、佐藤愛子などをよく読んだ。
そういうわけで書斎の本棚には、佐藤愛子の本が何冊もあるのだが、ママ殿はそのうちの1冊、「こんなふうに死にたい」を手に持っていた。


佐藤愛子「こんなふうに死にたい」


私は、ママ殿はどういうふうに死にたいの、と興味深々に聞いた。
するとママ殿は、いたって真面目な顔で答えた。

「食欲もあるし、まだ死ぬ予定はない。」
「なあんだ、、、」
「でも、新型コロナのこともあるし、いつ死ぬか分からないよ。」
「そうだねえ。」
「それに、この年になると何をするのも本当にしんどくなる。いつどこでくたばるか分からないよ。」
「へえ、外出先で行き倒れかあ、、、」

どうやらママ殿は、ワイドショーで、とある芸能人の死を知り、それから何となく落ち着かない気分のようなのだ。
年齢もほぼ同じで他人事ではないと思ったようだ。
ママ殿と話した後、私は書斎へ行き、本棚の佐藤愛子の本を何冊か読んでみた。


佐藤愛子「人間の煩悩」「上機嫌の本」


佐藤愛子「役に立たない人生相談」「何でこうなるの我が老後」


「役に立たない人生相談」「我が老後、何でこうなるの」、何となくこの2冊が目に留まり、手に取って2階のベッドで読み始めた。
ふむふむ、人生相談は、相談相手の役に立たなくてもいいのだな。
「何でこうなるの」と言いたくなるくらい想定外な老後になるのは、ふつうのことなのだな。
そうすると、あんみつ先生の相談も、かえって役に立たない方がおもしろいのではないか。
ふと、そんなことを思った。
相談料をもらう以上、何らかのソリューション(解決策)を提供しなくてはならない、それは世の人々のばかげた思い込みなのかもしれない。

自分の専門には、こだわらない。
法律相談、相続相談、経営相談、投資相談等、そういった実利の話にも、あえてこだわらない。
結論にも、こだわらない。
あんみつ先生の相談は、「役に立たない人生相談」としてみようかな。
あんみつ先生より賢い専門の先生は、世にごまんといるのだし、適宜そちらに相談してもらえばよいのだしね。
ええと、相談料はどのくらいにしよう。
一般的にサービス業の価格は、作業時間10分あたり1000円前後と言われている。
とりあえず、私もそうしてみよう。

あんみつ先生の役に立たない人生相談とは、どのようなものか。
相談を受けるのはもちろん、役に立たないあんみつ先生である。
私の老後、何でこうなるの?? これから私はどうなるの??
そう聞かれたらどう答えようか。

そうですね、あなた、どんなふうに死にたいの??

もちろんそれは冗談である。
毎日頭に来ることばかりなんだ。
そう言われたらどう答えよう。

そうですね、家の中に夫がのさばっているうちが花です。
あなたが頭に来るということは、夫はあなたの話を聞いていて、あなたに理解できることを喋っています。
認知症になると、夫は話の意味が通じなかったり、よく分からないことを喋ったりしますよね。
毎日夫のことで頭に来るのなら、あなたは幸せなほうでしょう。

これはなかなかいいセリフだ。
今の時代は、ネットで検索すれば何でも分かるのだから、こうすべき、ああすべきなどと、ロボットのように正解を答えるだけの専門家の先生じゃあ、だめだよね。
分かっちゃいるけどそれができないのが人間。
だから相談したいのかな、と私は思うのだよね。




<あんみつ先生の役に立たない人生相談>
・相談は初回無料相談⇒2回目以降は相談者、相談内容などにより、有料相談(30分3000円税込3300円~)となる場合があります
・相談方法は、LINE、LINE電話より選択してください
・10分以上の遅刻はキャンセル扱いとなります。キャンセル料等はありませんが、事前連絡(日時の変更の申出も可)をして遅刻によるキャンセルを避けるようにしてください
・法令違反のおそれのある相談は一切できません。弁護士法、司法書士法、税理士法、金融商品取引法などの規制があります。そのような相談内容をご希望の場合、私の知り合いの先生をご紹介するなどし、私はそれ以上の関与はできません
・秘密厳守いたします
・あんみつ先生の役に立たない人生相談は本当に役に立たないこと、解決策を提供するものではないこと、法令違反のおそれのある相談ならあんみつ先生から他の先生を紹介されて相談はおしまいになることを理解し、それでも申込をご希望される場合は、「相談したいので、申込のテンプレートを送ってください」などと書き、プロフィールページのEメールアドレスに宛ててお申込みください


いまのところ本当にはやっていません。なお、対面で私に突然ご相談される方がたまにいらっしゃいますが、それはもちろんボランティア、無料でございます、その場でお金は請求しません(*'ω'*)///