2022/08/31

夏は酸っぱい梅が食べたい

レイクビュー水戸弁当


レイクビュー水戸


水戸駅


今月は久々に水戸へ行った。ホテルの弁当に梅干しが入っておらず、意外だった。夏は酸っぱい梅が食べたい。帰りは駅の売店で男梅を購入。しかし、男梅って粉っぽい。デリケートな私は咳が出てしまうではないか。電車内で気まずかった。


 

2022/08/30

家督相続と隠居と事業承継と(3)

以下は、前回までの復習である。

・家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
・旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

前2回では、旧民法、旧戸籍法の家督相続の話をしてきたが、最後に「隠居制度」を取り上げようと思う。

隠居(旧民752条乃至755条)とは戸主が自ら生前に戸主の地位を退き、戸主権を相続人に承継させ、その家の家族となることをいう~(略)~戸主が老衰や病気で戸主の責任を果たせなくなることや、他家に入らざるを得ないなどの事情が生じる場合もある。それでもその家の戸主という地位を退くことができないとなると、その家にとって重大な支障が生じる場合があり又は分家が本家を守ることができないという事態が生じるおそれがある。それらを回避するために旧民法施行前から慣習とされていたものを制度として採用した~(略)~隠居者は戸主権を喪失し、新しい戸主の元でその家の家族となる。家督相続が発生し、前戸主が有していた権利義務は、一身に専属するものを除いて新戸主に移転する~(略)~隠居による家督相続の場合、隠居者は生存しているので、財産の一部を隠居者に留保することを認めている(旧民988)。その方法は、第三者に対して明らかにするために確定日附のある証書ですべきとされた(民施4条乃至8条)。留保された財産は、隠居者が隠居中に取得した財産と併せて遺産相続の対象となり、家督相続の対象にはならない。
(日本司法書士連合会研修資料より)


プロント


そもそも日本には、かなり昔から隠居の風習があった。
そのような慣習法を明治以降の旧民法が制度化した。
男の戸主は60才から隠居ができた。
家を会社にたとえると、社長を長男に譲り、自分は会長や相談役に退くようなものだろうか。
隠居するためには、まず跡継ぎを決め、その者が隠居を許可し、連名で役所に届出をする。
跡継ぎは家督相続の財産を単純承認したことになる。
これは生前贈与のようなものである。
このとき、戸主は跡継ぎに全財産を相続させないのが通例である(財産留保)。
自分の生活資金も必要だし、跡継ぎ以外の取り分も確保してあげないと、家庭内紛争になりかねないので、確保した分を自分の死後に相続させた。

このような家制度、家督相続といった旧民法の身分制度は確かに封建主義的だが、一見してこの仕組みは現在も非常に有用な場面がある。
例えば、経営者が代表取締役を退き、セカンドライフを送る「事業承継」。
跡継ぎは長男である。
ここに経営者名義の事業用地、自社株式、自宅不動産、車、上場株式等があるとする。
このうち、事業用地、自社株式を家督相続の財産と定める。
経営者の隠居が認められれば、跡継ぎの長男がその所有者となる。
ただ、人生100年の時代、セカンドライフがいつまで続くか分からないので、生活資金は手元に十分残しておく。
また、自宅は自分の死後、奥さんが住めるようにしたいし、車も引き続き病院通い等で必要である。
上場株式は手元に残すが売り時を探しており、投資顧問から投資助言をもらっている。
こちらの方は家督相続の財産ではなく、相続財産である。
自分が死んだら次男に相続させるつもりだ。
この場合、隠居により家督相続が開始するので、この部分は生前贈与するようなものだ。
他方、隠居により遺産相続は開始「しない」ので、こちらの部分は相続の範疇となる。
しかし、今はもう家制度も家督相続の制度もない。
なので、こうして自己の財産をきれいに切り分けて相続させるのは難しいのではないか。
さて、どうしたものか。

実は、信託法のスキーム(契約)で似たようなことが実現可能である。
民事信託というものなのだが、そのスキームは資産承継の魅力的な方法のひとつである。
ただ、こういうスキームは信託法の改正後、最近実現可能となったものであり、そのことには注意が必要である。
日本の民事信託の歴史はまだ浅く、様々な課題がある。
もし興味があれば、一般向けの「家族信託」「民事信託」の本を読んでみるといいだろう。
書店でも「家族信託」の本をよく見かけるようになったが、家族信託とは正式な法律用語ではなく、正式には民事信託という。


2022/08/27

家督相続と隠居と事業承継と(2)

前回の家督相続の続きである。
家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。
1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
このような仕組みで成り立つ「家」をまとめたものが「戸籍」である。
現在の戸籍は、敗戦による新法の適用で改製されたものの、続柄や筆頭者等は旧法の家制度から引き継がれた用語である。
なお、以前のものを改製原戸籍(かいせいげんこせき)という。

慶応3年(西暦1867年)の大政奉還後、明治2年(西暦1869年)の版籍奉還により形式的には土地も人民も朝廷に返上された。しかし、未だ混沌とした国家造りの中、明治新政府は治安を維持し中央集権を図り、徴税及び徴兵に資する目的としてすべての国民を詳細に掌握する必要があった。その手段として、明治4年(西暦1871年)に廃藩置県を実施したことと併せ、明治4年戸籍法33則が制定され、戸籍は編纂された~(略)~戸籍には、戸主を筆頭に、直系尊属、戸主の配偶者、直系卑属、直系姻族、兄弟姉妹、傍系親族を記載することとし、親族でない同居者を附籍者(ふせきしゃ)として末尾に記載した~(略)~戸籍は、すべての国民を住所地において世帯を単位として登録するという住民登録の性質を持つものであり、どちらかと言えば現在の住民基本台帳に近いものであり、身分関係の記載は本来の目的ではなかった~(略)
(日本司法書士連合会研修資料より)


横溝正史「本陣殺人事件」


戸籍は家制度の根幹をなす個人情報である。
横溝正史の「本陣殺人事件」でいうと、一柳家の戸籍に自分の名前を入れてもらえるかどうか、どのような続柄で記載されるのかが、その人の今後の人生を決める。
ここで問題となるのはもちろん、誰が次の戸主となるのか、である。
資産家の家の戸主は絶対的権力者である。
誰かを戸籍に入れるのも、誰かを戸籍から追い出すのも、戸主権(こしゅけん)として認められていたからだ。
では、戸主はどのように決まるのか。
旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。
なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

原則として戸主の候補者は長男であった。
ただ、家庭の事情もあるので、バリエーションが用意された。
典型例は婿養子縁組である。
ここに三姉妹の家がある。
戸主が女性の場合は、それを「女戸主(おんなこしゅ、にょこしゅ)」といったが、三姉妹なら女戸主となる予定の者は長女である。
しかし、その長女が結婚するとき、結婚相手の男性がこちらの戸籍に入り、婿養子となれば、彼が長男となり、将来家督相続をして戸主の座に君臨するわけである。
まあ、ふつうに考えると、資産家の家なら長女は家を出ず、結婚相手を迎え入れるだろうから、長女の結婚は同じ屋敷に住む家族にとって大事件である。
次女、三女、彼女たちに夫や子供がいれば、一家を巻き込んだ壮絶な揉め事に発展しそうである。


横溝正史「本陣殺人事件」
(角川文庫「本陣殺人事件」より)


ある日突然、「三本指の男」が農村の屋敷に転がり込んで来る。
三本指の男は長女のフィアンセだが、司法書士試験の浪人生である。
何冊もの過去問を抱え、天井裏に住み着いて勉強しているが、受験勉強のストレスで、屋敷内ではボスのようにふるまい、威張り散らす。
こちらは廊下や食堂で顔を合わせるたび、この男を恐れ平身低頭しなくてはならない。
という話を想像すると、金田一耕助のミステリーにも感情移入ができると思う。

いよいよ、その憎たらしいやつを殺してしまおう、という日が来る。
満月の夜、男は解けない不動産登記法の過去問を枕にして居眠りしているところを次女夫婦に毒殺されてしまう。
しかし、殺害現場の棟は密室のため、殺害方法が判然としない。
朝方自転車で駆け付けた地元の警察官は首をひねるばかりである。
そこで警察署長の親友で、金田一耕助の親戚のひ孫が、名探偵として登場する。
とまあ、こんな感じだろうか。

さて、旧法には、その他にも、入夫婚姻(にゅうふこんいん)、分家(ぶんけ)、去家(きょけ)、一家創立、廃嫡(はいちゃく)といった様々な制度があった。
これらは難解だが、意味が分かればそれほど難解ではない。
また、旧法には、現代の私たちにも馴染みのある言葉が多くあり、例えば、嫡出子(ちゃくしゅつし)、非嫡出子(ひちゃくしゅつし)、認知といったものがそれである。
例えば三姉妹のお父様は地元の名士で、司法書士事務所の所長なのだが、あってはならないことだが隠し子がいたりするとどうか。
もしそれが男なら、認知して自分の家の戸籍に入ると長男なので、先ほどの家督相続の話と同じである。
もっとも、認知だけをして、入籍を拒絶するのであれば問題なさそうに思えるが、その場合は法律上の親子関係が認知により発生する。
そのため、彼は家督相続人にはなれないが、遺産相続権を取得する。
やはり、これも揉めるだろう。
このように、戸籍の「あや」で家族の運命と財産が決まり、その戸籍に関する生殺与奪の権利を戸主が持っていたというのが、ついこないだまでの日本社会だったのである。
次回は、隠居について取り上げる。

2022/08/18

家督相続と隠居と事業承継と(1)

きのうはママ殿に代わってご飯を作った。
家にいる時は、私がお昼ご飯を作る役目である。
午後から書斎の片付けもしたのだが、司法書士研修で使った旧民法、旧戸籍法の資料があったので、ぱらぱらと読んでみた。
読者は、今時どうして戦前の旧民法、旧戸籍法を学ぶのか、と思うだろう。
しかし、例えば相続人調査をする場合、被相続人(死んだ人)が高齢なら戦前の戸籍までさかのぼることもあり、今も田舎の法務局では旧民法、旧戸籍法(以下省略)をめぐる質疑応答があるのだ。
何も戦前の法律は、昭和21年8月15日の敗戦と同時に無効となったわけではない。
戦後も約1年間は、旧民法が適用されていた。
新法への移行期、猶予期間のようなものがあり、新民法は昭和23年1月1日に施行された。
また、米軍占領下の沖縄では、その後も昭和32年1月1日まで、原則として旧民法が適用されていた。

日本は占領下にあって、沖縄を含む北緯30度以南の琉球(南西)列島は日本の施政権の範囲から除かれたため、その後に施行された応急措置法及び新民法は適用されず、その地域と本土の日本人同士で不平等な状況にあったとされる。それを解消するために、沖縄においては、本土の新民法と同内容に民法を一部改正し昭和32年1月1日に施行した。沖縄では、その前日である昭和31年12月31日までは旧民法により運用されていたとされ、現在、その当時に開始した相続における相続登記をする際には、本土の新民法又は旧民法のいずれを適用させて処理すべきかということについては、被相続人の本籍地、住所地、不動産の所在地を勘案して適用する判例が見られ注意を要する~(略)~その後、昭和47年5月15日に沖縄は日本に復帰し、本土の新民法が正式に適用されることとなった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

さて、歴史の授業でも習ったと思うが、戦前は家制度だった。
「家」には家長が君臨し、家督相続が行われた。
家督相続って何だろう。
家長は封建的な王様で、それ以外の家族は奴隷のようなものだったのかしら。
まあ、当時のことは私も知らないので何とも言えないが、戦前の「家」の問題については、金田一耕助(横溝正史のミステリー)をイメージすると分かりやすいと思う。


横溝正史「本陣殺人事件」


若い人は知らないかもしれないので念のため、「金田一少年の事件簿」ではなく、「金田一耕助のミステリー」である。
金田一耕助は愛嬌のある中年の私立探偵である。
昔々のテレビドラマでは石坂浩二が演じていたと記憶するが、帽子を取り長髪を掻くとフケが落ちるのが特徴であった。
横溝正史は推理作家の大御所である。
彼の著作の中では、金田一耕助シリーズの第1作「本陣殺人事件」が最も有名だが、どの作品も不吉なタイトルで、一度聞いたら忘れられないようなものばかりである。
「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」「悪魔が来りて笛を吹く」「悪魔の手毬唄」「病院坂の首縊りの家」、どれどれ、私の家の書斎にも横溝正史の推理小説が何冊かあった。
そのうちの1冊は、薄汚れた「本陣殺人事件」の文庫本であった。
やはり、横溝正史の本は、このように薄汚れていなくてはなるまい。


横溝正史「本陣殺人事件」「獄門島」「悪魔の降誕祭」


「本陣殺人事件」の舞台は、岡山県の農村の旧家「一柳家」である。
事件の日は雪が降っていた。
犯人は夜中、殺害現場の周囲の庭を歩いたはずだが、庭の積雪のどこにも足跡がない。
足跡を残さずどのように殺したか、という謎解きである。
いわゆる「密室連続殺人事件」の本作は、日本を代表する推理小説である。


横溝正史「本陣殺人事件」
(角川文庫本陣殺人事件より)


薄汚れた文庫本のページをめくると「三本指の男」から始まる。
何とも、いきなりショッキングな書き出しである。
まあ、三本指ではさぞかし不便だろうなあ、と思ったが、金田一耕助のミステリーは家督相続と旧法の戸籍の問題をめぐる家庭のドタバタ劇とも言える。
本家、分家、婿養子といった言葉が出て来るが、これらは全て旧民法の制度である。
子供の頃は何も分からずテレビの前で恐がったりはしゃいだりしていたものだが、旧民法を理解していないと人間模様や殺害動機等もピンと来ないのではないか。

家とは、その構成員の中心的人物1名を戸主とし、その他の構成員を家族とし、その戸主と家族との権利義務によって法律上連結された親族団体である。旧民法上の「家」は戸主と家族からなり、戸主は家督相続により順次に継承されて、家は子々孫々まで引き継がれるものとされた。当時の日本は、家を国家構成の基本的な単位と位置づけ旧民法の基礎とした。そして、すべての国民はいずれかの家に所属し、どの家に所属するかにより身分や相続に関する影響があった。
(日本司法書士連合会研修資料より)

つまり、「家」単位の財産がある。
それは「家長(戸主)」が相続する決まりである。
そのような相続の仕組みを「家督相続」といった。
不動産の登記情報(登記簿)を戦前まで遡ると、家督相続で所有権を取得した、などと書いてある場合がある。
その人はたいてい長男で、家を継いだ新戸主なのである。
もっとも、全財産が新戸主に家督相続されるわけではなく、現在の戸主が、家督相続の財産と、それ以外の財産に切り分けることができた。
後者の財産は家族の取り分で、こちらはこちらで別の仕組みで「遺産相続」された。
登記上、遺産相続で所有権取得した、などと書かれており、その人は例えば家を継がなかった次男や長女である。
当時は奥さんと子供が同時にもらえることはなかったため(同順位ではなかった)、たいていは長男以外の子供たちがもらった。
少し長くなるので、今回はこのくらいにしておこう。

2022/08/16

空家特措法の話(空き家は地方自治体に寄附できるのか、ほか)

下呂温泉水明館


下呂温泉水明館


高齢化と過疎化が進み、空き家、空きビルの利活用は深刻な社会問題となっている。
今回は、最近クローズアップされている空き家問題を考えてみる。
例えば、親族から相続した古い家、荒廃した雑居ビルなどは、売るに売れず、処分に困ることがある。
「不動産」をもじって、これを「負動産」と呼ぶ人もいるようだが。


下呂温泉


下呂温泉


この点、洗濯機やバイクなら粗大ゴミに出せば済むが、いらなくなった建築物はそうはいかない。
取り壊すのはめんどうだし、お金もかかる。
では、放置するとどうなるか、、、
今は空家特措法という特別法があって、行政代執行による取り壊しまでできるようになっている。
この時、取り壊しの費用は原則として所有者の負担となる。
しかし、まあ、空き家の利活用といっても自分では難しい、自分では手に負えない、というのが実情ではないか。


下呂温泉、廃業旅館


前橋商店街、シャッター街


弘前市、空きビル


では、いらなくなった空き家を市区町村や国に寄附し、代わりに有効活用していただこう、というのはどうだろう??
理論的には、国家が国民の資産を取得する場合に、寄附によることは想定されており(国有財産法施行令第9条1項)、不動産の寄附ももちろん可能ではある。
しかし、公権力の公正中立、適正手続(due process of law)の観点からは、寄附は必ずしも適切な方法とは言えず、価値の高い不動産となればなおさらであろう。
戦後まもない頃の閣議決定があり(昭和23年1月30日閣議決定)、それは今も生きていると言われる。
そのため、空き家を国などに寄附するのは難しい。
もっとも、市町村のなかには、街の荒廃を防ぐため仕方なく、空き家の寄附を受け付けているところもあるようだが、あくまでも例外だ。

それなら空き家の所有権を放棄するのはどうだろう??
ようするに、タバコのポイ捨てと同じようなことができないか、ということ。
この時、私は民法239条2項を思い出すのだ。
そこには、持主のいない不動産は、無主の不動産(遺失物のようなもの)にはならず、国庫に帰属する、と書いてある。

これは、所有権放棄により不動産が国庫に移転することを認める条文である。
例えば土地であれば、誰のものでもない土地は「国土」である。
まあ、そりゃそうだよな、と思うのだが、、、誰のものでもない建物も国家のものだというのだ。
理論的には、タバコのポイ捨てができるのだから、不動産のポイ捨てのようなこともできるはず、不動産の所有権放棄もできるはずなのだ。
それは法律上、単独行為といわれるものであるが、そうすると所有権放棄を登記原因とし、国を登記権利者として、単独申請で所有権に関する登記ができる、というのが理論的である。

しかし、実務上、そのような登記はできない(昭和41年8月27日民事局)。
この回答によれば、できない理由は、そのような登記の手続が「ない」からだという。
ただ、手続法が「ない」ことを理由に、実体法上できるはずのことができない、また、それでかまわない、という回答は何やらおかしいと思う。
この回答は、答えになっていない。
この点、手続法が「ない」のはなぜなのか、その理由が重要なのである。
ようするに、条文を作らない理由は何なのかということであるが、恐らく、固定資産税を逃れる目的で所有権放棄をされると国家としても非常に困るからではないだろうか。

(無主物の帰属)
第二百三十九条 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。
2 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。
民法

(法第十四条による協議)
第九条 各省各庁の長は、法第十四条第一号の規定により財務大臣に協議しようとするときは、次に掲げる事項を記載した協議書に必要な図面その他の関係書類及び、寄附又は交換の場合においては、願書又は承諾書を添付して、財務大臣に送付しなければならない。
一 土地又は建物の所在及び地番
二 取得しようとする事由
三 土地の地目及び地積又は建物の構造、種目(第二十条第一号に規定する種目をいう。第十五条の三において同じ。)及び面積
四 評価調書
五 相手方の住所及び氏名
六 予算額及び経費の支出科目
七 交換の場合には、交換に供する国有財産の台帳記載事項
八 交換差金がある場合は、それについてとるべき措置
九 その他参考となるべき事項

第十四条 次に掲げる場合においては、当該国有財産を所管する各省各庁の長は、財務大臣に協議しなければならない。ただし、前条の規定により国会の議決を経なければならない場合又は政令で定める場合に該当するときは、この限りでない。
一 行政財産とする目的で土地又は建物を取得しようとするとき。
二 普通財産を行政財産としようとするとき。
三 行政財産の種類を変更しようとするとき。
四 行政財産である土地又は建物について、所属替をし、又は用途を変更しようとするとき。
五 行政財産である建物を移築し、又は改築しようとするとき。
六 行政財産を他の各省各庁の長に使用させようとするとき。
七 国以外の者に行政財産を使用させ、又は収益させようとするとき。
八 特別会計に属する普通財産である土地又は建物を貸し付け、若しくは貸付け以外の方法により使用させ若しくは収益させ、又は当該土地又は建物の売払いをしようとするとき。
九 普通財産である土地(その土地の定着物を含む。)を信託しようとするとき。

以下は、個人的に行った空家特措法の勉強会の録音ファイルをもとに作成したものです。


「空家問題と空家特措法講座(空家特措法の空家とは)ダイジェスト(1)」
<補足>
空家等対策の推進に関する特別措置法
(目的)
第一条 この法律は、適切な管理が行われていない空家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民の生命、身体又は財産を保護するとともに、その生活環境の保全を図り、あわせて空家等の活用を促進するため、空家等に関する施策に関し、国による基本指針の策定、市町村(特別区を含む。第十条第二項を除き、以下同じ。)による空家等対策計画の作成その他の空家等に関する施策を推進するために必要な事項を定めることにより、空家等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって公共の福祉の増進と地域の振興に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「空家等」とは、建築物又はこれに附属する工作物であって居住その他の使用がなされていないことが常態であるもの及びその敷地(立木その他の土地に定着する物を含む。)をいう。ただし、国又は地方公共団体が所有し、又は管理するものを除く。
2 この法律において「特定空家等」とは、そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にあると認められる空家等をいう。


「空家問題と空家特措法講座(後見人に関する問題点)ダイジェスト(2)」

<補足>
(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可)
第八百五十九条の三 成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。
民法

2022/08/14

我が社の株券どうしましょう

株券に関する定款規定


<株券に関する定款規定>
(旧会社法)
原則=株券発行
例外=定款の別段の定め(株券不発行の定め)
(現在の会社法)
原則=株券不発行
例外=定款の別段の定め(株券発行の定め)
・なお、旧会社法時代の株券不発行については、現行法とは意味が異なり、株券不所持の意味である(詳細は旧会社法の専門書を参照、鈴木竹雄「会社法」P103ほか)

(株券を発行する旨の定款の定め)
第二百十四条 株式会社は、その株式(種類株式発行会社にあっては、全部の種類の株式)に係る株券を発行する旨を定款で定めることができる。
会社法

ほとんどの人がネット証券で株取引をするし、会社法は株券不発行を原則と定めている。
なので株券など滅びたと思う人がいるかもしれないが、街角の中小企業は昔の定款のまま。
旧会社法の時代、株券のルールは逆だった。

そうすると、昔の定款のままで、定款に株券不発行の定めがない会社はどうなるのだろう。
答えは、株券発行会社のままなのである。
現在の会社法が施行されたのが2006年5月1日。
その時の経過措置として「株券発行の定めが定款にある」ことにされたからである(整備法76条4項)。
よって、オーナー社長の金庫の株券は有効のまま。

(権利の推定等)
第百三十一条 株券の占有者は、当該株券に係る株式についての権利を適法に有するものと推定する。
2 株券の交付を受けた者は、当該株券に係る株式についての権利を取得する。ただし、その者に悪意又は重大な過失があるときは、この限りでない。
会社法

株券を発行しているならば、株式の譲渡は株券の交付で行う必要がある。
契約書の作成だけで譲渡すると無効なのである。
つまり、契約書を作成して株式を買いました~自分は株主のつもりでいました~実は売主の会社の定款に株式発行の定めがありました~という場合は無効なのである!!
そして、それに気付かないでいるうちに、売主の会社が株券を別の者に譲渡したりなんかすると、株券を取得したその買主が正当な株主となるのである。
131条1項により、株券を所持していると株主、と推定されるからである。
もっとも、泥棒が盗んだ株券を持って、その会社へ行き、自分は株主だと主張できるわけではない。
が、紛失した株券がABCDなどと転々譲渡され、事情を知らないD(法律の世界では事情を知らないことを「善意」という)が株券を取得すると、法律上善意取得で保護されるため、適法な株主となる。

先ほどのオーナー社長の金庫の株券の話に戻る。
あら、我が社の株券どうしましょう。
お金に困った時に質入れできるくらいのメリットしかなさそうだし、株式もキャッシュレスの方が安心だよなあ。
この株券は、もう、無効な株券にしたいのだが。

上記の整備法76条4項により、我が社は定款に株券発行と書いていないのに「書いてある」ことにされているわけである。
ということは、株主総会を開いて、定款にそんなことは書いていませんよ、と決議すればいいのか。
ただし、もし第三者が株券を持っていたら、それがいきなり無効となるのはひどい話であるから、定款変更後に所定の手続をする必要がある(218条)。

(株券を発行する旨の定款の定めの廃止)
第二百十八条 株券発行会社は、その株式(種類株式発行会社にあっては、全部の種類の株式)に係る株券を発行する旨の定款の定めを廃止する定款の変更をしようとするときは、当該定款の変更の効力が生ずる日の二週間前までに、次に掲げる事項を公告し、かつ、株主及び登録株式質権者には、各別にこれを通知しなければならない。
一 その株式(種類株式発行会社にあっては、全部の種類の株式)に係る株券を発行する旨の定款の定めを廃止する旨
二 定款の変更がその効力を生ずる日
三 前号の日において当該株式会社の株券は無効となる旨
2 株券発行会社の株式に係る株券は、前項第二号の日に無効となる。
3 第一項の規定にかかわらず、株式の全部について株券を発行していない株券発行会社がその株式(種類株式発行会社にあっては、全部の種類の株式)に係る株券を発行する旨の定款の定めを廃止する定款の変更をしようとする場合には、同項第二号の日の二週間前までに、株主及び登録株式質権者に対し、同項第一号及び第二号に掲げる事項を通知すれば足りる。
4 前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。
5 第一項に規定する場合には、株式の質権者(登録株式質権者を除く。)は、同項第二号の日の前日までに、株券発行会社に対し、第百四十八条各号に掲げる事項を株主名簿に記載し、又は記録することを請求することができる。
会社法

2022/08/07

カメラを向けたら、、、緊張して下を向いてしまった(*'ω'*)???



めいっこの犬。カメラを向けたら、、、緊張して下を向いてしまった(*'ω'*)??? こっちを向いてくれませんか~。カメラを近づけると、表情がカタいですね(*'ω'*)???




2022/08/01

The story of Tokyo Tarot Museum(2)「節制」と「法王」のタロット

「タロットカードの78枚のうち、22枚で構成されたカードを大アルカナといいます。アルカナとは、ラテン語で「神秘」「秘密」という意味で、大アルカナは番号と表題が書かれた寓意画となっています~中略~タロットを読む時は、直観が大切です。直観は考えるよりも早く、遥か遠くからやって来る「報せ」です。あなた自身に宛てられた、あなたが読めるように託されたメッセージです。見た夢と同じように、そのカードがどのように見えたのかが鍵となります。まずは、あなたが感じたことにフォーカスしてみてください。」(東京タロット美術館資料より)

私たちは何かあった時、あれこれ理屈っぽく考えるより、直観を素直に信じるほうがいい。
目に映る景色は、自分のみに与えられた、自分のみにしか解けないアレゴリー(allegory)である。
内なる自分と対話をし、「隠された意味」にフォーカス(focus)しよう。
そうすると素敵な発見をするかもしれないし、思いがけないフォーチュン(fortune)と出逢えるかもしれない。

7月、私は東銀座から地下鉄で、浅草橋の東京タロット美術館へ行った。
6月に続き、二度目の訪問である。
浅草橋駅前の大通りの人気の中華料理店「水新菜館」、その真っ赤な看板の見える交差点を反対側へ歩くと、1階にクロネコヤマトの営業所の入居するビルがある。
東京タロット美術館はこのビルの6階にある。
小さなエレベーターで6階へ~狭い玄関スペース~「東京タロット美術館」の表札~まるで他人様のマンションの一室にお邪魔するかのようで何とも恐縮だが、ドアを開けて中へ入ると客は誰もいなかった。


東京タロット美術館入口


「す、すみません、、、」
「いらっしゃいませ♪♪」
「あれ、今日は私だけですか。」(前回はもっといたのに)
「いまの時間帯は。でも5時30分からご予約が1人、入っています。」
「そうなんですね。」(次も1人だけか)

いまは4時、この美術館は90分の入替制で、私は5時30分までである。
受付で入館料800円を支払った。
前回同様、受付の女性が、タロットカードを1枚引いてください、と言うので、私は、差し出されたかごの中から裏返しのカードを1枚選び取った。
すると今回は法王(教皇)、大アルカナ5番目のカードであった。
法王(教皇)は、「信頼」「親切」「慈悲深い心」「良いアドバイス」「問題解決能力」などの解釈がなされる。
ただ、実をいうと最初に引いたカードは前回と同じ、節制であった。
前回と同じ節制ではつまらないので、受付の女性に申し出て、リトライさせてもらったのだ。


東京タロット美術館


私は館内の新しい展示品を見て回り、その後、書棚から数冊の本を選び、すみっこの席に着いた。
まもなく受付の女性がお茶を運んできて、私たちは少し話した。
こないだのセルジョバイエッタのピアノコンサートのことや、タロットの勉強会のことなど。

さて、図書館のように静かなこの空間で、お茶を飲みながらゆっくり読書でもするか。
前回は隣のテーブル席の若い女性3人組がずっと話し込んでいたから、集中できなかった。
彼女たちは卓上にタロットカードを並べ、「やっぱり恋愛をしなくちゃいけないわよ」「あら、何を引いたの?」「恋人のカード」「でも、女って孤独よねえ~」などと、ため息まじりに話していた。
しかし出会いを求めるなら、ばらばらに来るほうがいいと思ったが。


東京タロット美術館


手始めに読んだ「オカルトの美術(The Art of the Occult)」、これには魔女裁判のことが書かれていた。
1800年代~科学と理性の時代、自由と権利の時代の幕開けとともに、宗教的なもの、非科学的なものはインチキとみなされた。
他方で、オカルトのほうが信頼できる、良きアドバイスで問題を解決する、という考え方は決して根絶されることがなかった。
本には、「エドガー・アランポーのダークロマン主義に代表される超自然的で、死の香り漂う作品が誕生した」(同P192)、「死者との対話を図るスピリチュアリズムもブームとなり~舞台上でも、さらには家庭のリビングでも、降霊会が盛んに行われた」(同P192)、などと書いてある。

私はスマホでWikipediaを検索した。
「ポーの作品のうち最もよく知られているものは「アッシャー家の崩壊」「黒猫」「ライジーア」「赤死病の仮面」「ウィリアム・ウィルソン」などのゴシック小説ないし恐怖小説であり、特に死に対する疑問、病や腐敗、早すぎた埋葬、死からの再生といったテーマが好んで取り上げられ、その創作の大部分はダーク・ロマンティシズムに属するものと考えられている」

ダークロマンティシズム。
死の香り漂う作品ねえ、、、(*'ω'*)
私は、そういうのが苦手である。
よく、恐いもの見たさで~をする、という話を聞くが、正直いうと私は、ディズニーのお化け屋敷(ホーンテッドマンション)も苦手で、同伴の女性に、イッツアスモールワールドのほうにしてもらえませんか、などと言う人なのである。


東京タロット美術館、法王


美術館の案内資料をしまい、手元のカード(法王)を眺めた。
どうなんだろう、、、人生のこれからを、タロットカードが暗示していると思うなんて。

大アルカナ5番目のカード法王(教皇)に対しては、「信頼」「親切」「慈悲深い心」「良いアドバイス」「問題解決能力」などの解釈がなされる。
いや、待てよ、もともとは節制だった。
節制とは、大アルカナ14番目のカードで、「予定通り」「うまくいっている」「調和」「穏やかに進む」「純粋さ」などの意味がある。


東京タロット美術館、節制


最初に節制を引いたのだから、私の人生はまずまずのようだ。
節制なら我慢、である。
穏やかな気持ちで待ち続ける、禁欲的秩序的、道徳的なふるまいをする。
これは私なりのタロットの解釈だが、節制なら受け身や待ちの姿勢が正しい。
自分からは動かない、自分からは行かない、手を広げない、目新しいものに目を向けない。

次に、法王(教皇)を引いた。
私の人生は、節制を続けるうち、いずれ誰かのトラブルを解決することになるようだ。
が、節制の次に法王を引いたので、まだ当分先だろう。
そのときが来たら、私に求められるのは法王(教皇)のような信頼、親切、慈悲深い心である。
これは私なりのタロットの解釈だが、法王(教皇)なら若い女性から何か重大なことを告白(相談)される。
法王(教皇)とはラテン語で「Papa(パパ)」というからだ。
パパだからお金の相談かな、あるいは、法王は法をつかさどる王、そこで契約トラブルなどの法律相談も考えられる。
また、教皇は神の代理人であり、罪の告白や苦悩の告白などの懺悔も考えられる。
私は私を信用する相手に対し、見返りを求めることなく無条件の慈愛を捧げる。
悩み事や困り事を抱え、行き場のない彼女、しかし彼女は私に告白(相談)することで奇跡的に助かる。
まあ、これはあくまでもタロット占いの結果にすぎないのだが。


東京タロット美術館、法王


ああ、そうだ。
神の代理人といえば、、、ふと思い出したことがある。
2年前に会った芸術家兼僧侶禿鷹墳上先生、彼のアトリエで数枚の不吉な絵を見たのだが、そのときに教わった言葉である。
「メメントモリ(memento mori)」。
私は早速、写真フォルダからその時の写真を探し出した。
確か、2020年2月28日だ。
新型コロナウィルス感染拡大の初期に会ったきりだが、いま彼はどうしているだろう(2022/09/17「愛と死、メメントモリ」)。

2年前のことなので、メメントモリのことを、すっかり忘れていた。
私は、スマホでWikipediaを検索した。
メメントモリとは「死を忘れることなかれ」という意味で、芸術モチーフのひとつである。
いつ死んでも後悔のないよう今を大切に生きる。
そうそう、常に死を意識して今を大切に生きたいから死に関する作品を描き、そばに置いておくのです、と彼は私に言っていたなあ。
あのときの私はその意味がよく分からず、、、へ~、Liuさん(禿鷹墳上先生の本名)そうなんですね~、などと言っただけ。
なるほど、これまで私は気付かなかったが、もしかすると、そのためのダークロマンティシズム、死の香り漂う作品ということなのだろうか。

メメントモリに関する芸術作品としては、①墓石(Grave)、②死の舞踏(英語Dance of death、独語Totentanz、仏語La Danse Macabre)、③静物画(Vanitas)、④写真、⑤時計、などがある。
典型例は「墓石」と「死の舞踏」である。
クラシック音楽では、フランツリスト、サンサーンスの「死の舞踏」という曲がある。

フランツリスト「死の舞踏」、マルタアルゲリッチ(Liszt. Totentanz - Martha Argerich (Live Paris 1986))


死の舞踏、、、新型コロナウィルスとウクライナ戦争、現在の日本や世界には、死の舞踏がふさわしいのではないか。
次に静物画だが、静物画には死を暗示するものが描かれていることが多い。
静物画をヴァニタス画と言うのはそのためで、「vanitas」とは空虚の意味である。
よくある表現手法としては頭蓋骨、骸骨、斧を持った死神、ロウソクが消される瞬間、白いナプキンに血がにじむさまなど。
また、日本人になじみ深いのは、桜の花びらが散る風景であるが、拳銃の発射音の後にバラの花びらが散るルパン三世のワンシーンも??

その他に、写真、時計なども。
この場合の写真とは死を彷彿させるもので、典型的かつ直接的なのは死骸そのものの写真である。
しかし死骸そのものの写真をギャラリーに出すのは難しいため、例えばコラージュするなどして作品化することが考えられる。
時計については、時計の針が止まればそれは死を意味するなど、単純で分かりやすいモチーフである。

時計か、、、そういえばいま何時だろう。
もうそろそろ時間かな。
いや、まだか。

東京タロット美術館は、90分の入替制である。
5時15分、トイレを借りてから、少し早めに美術館の部屋を出た。
すると玄関先の狭いスペースに女性が立って待っていた。
次のおひとり様のお客さんか。
ぱっと見、メイドカフェのメイドさんのような、魔女の宅急便の主人公のような、、、そういえば浅草橋は秋葉原の隣町である。

彼女と私は狭い場所で目が合った。
目力がすごい、、、美人だが、性格がきつそうだ。
彼女がまっすぐに私を見つめるので、何だろう??と思った。
私は目をそらせず恥ずかしくなり、何か話さないといけないと思った。

「どうかしましたか??」
「いいえ、、、」
「失礼ですが、5時30分の予約の方ですよね。」
「はい、そうです。」
「私ひとりだったから、もう部屋に入れますよ。そこにいると暑いでしょう。」
「いえ、大丈夫です。それに、まだ5時30分ではないですが。」
「入館時刻から90分のカウントにしてもらえますよ。」
「そうなんですか??」
「はい。だから早めでも早く帰れば大丈夫^^」
「なるほど。ありがとうございます。ここ、暑いので助かりました^^」

彼女はうれしそうに、早足で美術館の部屋の中へ。
でも、きつい美人かと思ったら全然違った。
まっすぐに私を見る嘘のない視線、私は以前それをどこかで見たような気がした。