2020/10/04

終末医療の専門医

今夏、私はホスピタルアートのマネジメント講座を受けた。
その時、患者の病気を治すこと以外にも病院には重要な役割、価値があることを知った。
10月最初の週末、柏市の公共施設アミュゼ柏で緩和ケアの講演会があったのだが、私はその流れで何となく足を運んだ。
講師は地元の病院に勤務する緩和ケア専門の精神科医で、国立がんセンターの緩和ケア担当医だった先生である。




アミュゼ柏


緩和ケアのことをホスピスケア、緩和ケア病棟のことをホスピスと言う。
それは余命宣告された末期がん患者向けの終末医療を想起させるが、必ずしもそれだけに限定されたものではない。
例えば鎮痛剤が効かなくなり、ガンの痛みがひどくなっている場合でも、緩和ケアの対象にはなるのだそうだ。
しかし、緩和ケアはそれほどニーズがないのだという。
患者が緩和ケアを訴えると主治医は治療を頑張りましょうといい、主治医が緩和ケアをすすめると患者は自分はまだ元気で死ぬと決まったわけではないと言い張るのだそうだ。
ああ、なるほどなと思った。

しかし、先生のはなしだと、そういう硬直的な考え方ではなく、意地を張って痛いのをギリギリまでがまんしてもしょうがないでしょう、ということであった。
そりゃそうだなと思った。
私なりの理解としては、緩和ケアもまた、患者の病気を治すこと以外の病院の価値である。
しかし、それがまだ病院の価値として十分に理解されているとは言えないのである。
今後、長い時間をかけてそれが理解されるだろう。
そうなると病院のあり方が根本的に見直されることになるだろうし、そこに新しいビジネスチャンスなどもあるかもしれない。

さて、講演会の最後に参加者から質問があり、安楽死の話題となった。
最近、医者が患者を安楽死させて逮捕された事件があり、先生は少し気の進まないような感じで話してくれた。
先生ははっきりと言わなかったが、安楽死には反対のようであった。
緩和ケアの精神科医なら安楽死に賛成かと思ったら、まったくそうではなかった。
しかし、先生のはなしを聞くと、安楽死に賛成する風潮が安易だと思えるのだった。
安楽死を認めると、安楽死が認められるための条件が作られるわけだが、その条件をみたすかどうか、つまり患者を安楽死させるかさせないかは現場の医師が判断することになる。
だが、現場の医師としては、人殺しの判断を自分たちにさせないでほしい、ということなのだ。
この判断はふつうの人間が背負うには荷が重いし、人の命を救いたいという医師の使命感にも反しているのではないか。
先生は緩和ケアの専門医で、患者側の安楽死を望む気持ちがよく分かるのであろう。
なので、先生は多くを語らず説明不足で終わったが、かえって私はその答え方にとても納得し、先生の誠実さを感じたのだった。