2022/10/27

The story of Tokyo Tarot Museum(番外編)愚者

タロットカード、愚者


最近は、中小企業経営者向けの終活の講演資料を作っている。
相続法や事業承継の本を何冊か借りて読んでそれをタネ本にしている。
難解な専門書より図書館の一般向けの本のほうが、講演会の内容に合うからである。
また良書なら受講者に紹介しやすい。

その後、返却日に図書館に返しに行ったとき、今度は法律の本ではなく、タロットの本を手に取った。
アルフレッドダグラス(Alfred Douglas)「タロット、その歴史、意味、読解法(The Tarot)」、これはかなり昔に出版された本である。
私は、タロットの解釈もいまと少し違うのかな、と思って、借りて読んでみた。
最近、東京タロット美術館によく行くので、そこで引いた大アルカナのカードの解釈をよく読んだが、「愚者」のタロットの解釈が目にとまった。


タロットカード、愚者、東京タロット美術館


東京タロット美術館の展示のキャプションを見ると、何も考えていない、気まぐれ、無邪気さ、楽観視、自由、などとある。
しかし、この本でダグラスは、完璧な天才、無敵の勇者、全てを手に入れ、旅から帰って来た英雄と解釈していた。
へえ、そうなんだ、、、

タロットの絵柄の愚者は崖から落ちそうな勢いである。
が、彼にとってそれは問題ではない。
彼を制止する犬は一般常識を持った社会人あるいは賢者である。
が、その制止も愚者にとって問題ではない。
崖の向こうには、愚者にしか見えない未来(チャンス、新世界)が待ち受けているからだ。
本の解説によれば、愚者は無敵、崖から落ちても平気、とのことである。

たぶん、そこに見える崖は、本当は存在していないのだと思う。
しかし賢者は社会常識(ルール)にとらわれた従順な犬なので、どこにでも自らの崖(限界)を作り行動を抑制してしまう、命を惜しみ檻から出ることもない。
これに対し、愚者は社会常識に捉われることなく、檻から果敢に出ようとする。
賢者は身を守り、愚者は攻めるという違いである。
ただ失敗すれば転落死するかもしれず、愚者の行動は命賭けである。

ああ、もしかして、、、愚者のカードは「羊たちの沈黙」と同じようなことを言いたいのではないか、と私は思い付いた。


羊たちの沈黙


トマスハリスの「羊たちの沈黙」は映画も原作小説も見たが、FBI捜査官のクラリススターリング(ジョディーフォスター)が主人公である。
彼女の秘められた幼少時代の記憶を、サイコパスのインテリ博士ハンニバルレクター(アンソニーポプキンス)が尋問で導き出すシーンが、中盤のクライマックスである。
屠殺されることが分かっているのに、檻から決して出ようとしない子羊たちの群れ、何やらそれは賢者のようではないか。
これに対し、隙あらばいかなることをしてでも脱獄するレクター博士は子羊と対比される存在で、現代版の愚者のようでもある。
愚者は愚者であるからこそ、賢者が恐れることにも果敢に挑むことができる。
したがって、愚者は賢者が及ばない大成功を手にすることもある、、、かもしれない。

「なにが原因で彼女と逃げる気になった?」
「彼らは彼女を殺すことに決めていました。」
「いつ殺すか、きみは知っていたのか?」
「いえ、正確には・・・なので、私はそのことがひどく心配で、彼女はかなり太ってきていましたし。」
「それなら、何がきっかけになった? あの日、一緒に逃げ出した理由はなんだ?」
「わかりません。」
「わかっていると思うがね。」
「私はひどく心配していたのです。」
「何がきっかけになった、クラリス? 何時に逃げた?」
「朝早く、まだ暗いうち。」
「何かで目が覚めたんだな。どうして目が覚めた? 夢を見ていたか? どんな夢だった?」
「私が目を覚ますと、子羊たちが悲鳴をあげていました。暗闇で目を覚ますと、子羊たちが悲鳴を。」
「早春生まれの子羊を屠殺していたのだな?」
「そうです。」
「きみはどうした?」
「子羊のためには何もしてやれませんでした。私は単に、その・・・」
「きみは彼女をどうしたのだ?」
「明かりをつけず、身支度をして外に出ました。彼女はおびえていました。馬房の中で他の馬も動き回っていて。私が彼女の鼻に息を吹き込むと、彼女は私のことだとわかりました。そのうち、彼女が私の手に鼻を押し付けてきました。羊の檻のそばの小屋に、明かりがついていました。裸電球で大きな影ができていました。冷蔵庫が来ていて、アイドリングのエンジンが大きな音をたてていて。私はハナをひいて外に出ました。」
(新潮文庫・トマスハリス・「羊たちの沈黙」より)