2019/08/03

いまはバブルだったかしら??

キャプランのワインパーティー


8月1日、青山のキャプランワインアカデミーで、ワインパーティーがあった。
パーティーの後、ある企業の会長の御一行と意気投合し、アフターの飲み会に行ったのだが、ワイングラスを傾けながら、バブル時代の景気のいい話を聞いた。
つまりそれは、会社の経費を湯水のように使う過剰な接待の話なのだが、現在の価値観では非常識、でも当時の価値観では常識だったのだ。




それにしても、バブルのころ人生を謳歌していたこの老人たち、今から30年前の様々な出来事を実に鮮やかに語るのだ。
バブル崩壊後の冬の時代、バブルのころはああだった、こうだったと、何度も居酒屋などで懐かしんで語った成果なのだろうか。
彼らのひと回り年上は、太平洋戦争、空襲や原爆、戦後の焼け野原を体験した世代である。
時代はあっという間に移り変わる。
それでは、私たちの世代は老人になったとき、酒を飲みながら何を語るのだろうか。
まあ、それはあとのお楽しみで。

さて、今日は別の会社の会長(Eさん)に会った。
Eさんは70才前半、両国の下町の印刷会社の会長である。
そもそも私たちは、今年2月、葛飾北斎ミュージアムの「浮世絵ワークショップ」で知り合ったアート友達なのだが。






この企画は浮世絵作りを実体験するというもの。
E会長と奥さんが講師役、私は参加者のひとり、富嶽三十六景の名作「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」を実際に刷った。
その後、Eさんとはメールのやりとりなどがあって、両国盆踊り大会のことを教えてもらった。
大会運営委員のEさんは、盆踊りの日にあわせて外国人観光客のホストをボランティアでしているという。
私は、外国人の盆踊りはどういうものなのか、この目で見たくなったので、時間があれば見に行きます、と伝えていた。

両国に着いたのは6時過ぎ。
駅前からホテルの前の大通りの方へ歩くと、交通規制で歩行者天国となっており、盆踊り大会はそこですでに始まっていた。
私は屋台のやきそばを2人前買い、路上に座ってEさんと外国人観光客の到着を待った。
空腹だったので2つ買ってしまった。


両国盆踊り大会


路上に座りこみ、やきそばを食べながら、盆踊りの様子を眺める。
Eさんと外国人観光客の姿はまだない。
彼らは日中、レンタルのゆかたを着付け、隅田川の屋形船に乗るそうだ。
船内で夕食をとり、埠頭から両国まで夜の下町界隈を散歩して、盆踊り大会に飛び入り参加する、Eさんの話だとそういうスケジュールなので、だらだら歩いて遅刻するだろう、と言っていた。
そのうち、盆踊り定番の「ドラえもん音頭」が流れ始めた。

へえ、いまだにこの曲がお約束とは困ったものだ。
日本は、昭和の時代からまるで進歩がないのだよね。
いやいや、「サザエさん」だって日曜日の夜、いまだに見ている人が大勢いるから、それでもいいのか。




その後、「東京音頭」「花笠音頭」と続いた。
こちらも定番中の定番。
しかし、その次はまったく聞いたことのない「東京音頭バージョン2」なるものが流れた。
バージョン2とは、アプリケーションのアップデートのようだが、そこだけ時代を先取りしているのも変である。

その次もまた、聞いたことのない「スカイツリー音頭」。
東京タワー音頭はないのに、スカイツリー音頭があるのはおかしいと思った。
いや、東京タワー音頭もあるのかもしれないが。

だんだん、ノリの悪い音楽、踊りにくい音楽になってきた。
しかし、そこから雰囲気が一変、ポップス、アニメソングなどが流れるようになり、またノリがよくなった。
流行歌は無難でいいと思う。

おや、ようやく着いたようだ。
かなり待ったが、Eさんと外国人観光客のグループが大通りの向こうから現れた。
どの外国人も、ゆかたがサマになっていない。
その理由は恐らく、彼らは日本人とは違い、スタイルがよいからでしょう。
司会者の歓迎の挨拶、大きな拍手がわき起こり、日本人女性の輪に外国人観光客がまぎれると、再び盆踊りが始まった。




ええと、確か、このノリノリの曲は、荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」!?
いまはバブルだったかしら??と思ったが、そういえば友達から最近ダンシングヒーローが流行していると聞いたことがある。
外国人たちの盆踊りの様子がサマになったので、この曲は彼らにとって非常に踊りやすいのだと思った。
しかし、先ほどまでサマになっていた日本人たちはというと、この曲だとかえって上手に踊れないのである。
私は笑ってしまった。

日本人が欧米人に比べて音楽のセンスが劣る場合、それは例えばクラシック音楽のコンサートなどを聞くとそう思わざるを得ない場面が多いのだが、私にはその理由が分かったような気がした。
日ごろからこうして、いかにも日本的な祭りの音頭を聞いているからだ。
また、こぶしのきいた演歌などもそういうかんじである。

Eさんは盆踊りの行列から少し離れ、彼らの記念写真を撮りはじめた。
その後、商工会のテントの下で休憩するEさんに挨拶をした。

「盆踊り、見に来ましたよ。」
「やあ、よく来たね~。」
「南米の女性は上手に踊りますね。」
「彼女たちは日本人より上手なんですよ。」
「まあ、踊りの本場の国民ですから、やはり、センスがあります。」
「そうそう。」

Eさんは商工会の若い男性を呼び、私にビールの入ったカップを回してくれた。
もう70才を超えるEさん、外国人観光客を相手に不慣れなおもてなしを終日していたので、疲れているようだ。
しかし、まだ運営委員の仕事があり、話の最中にお呼びがかかった。
私と話す時間はないようだ。

「もう帰ります、また来年も見に行きますね、と言うと、Eさんは笑った。」
「残念だけど、来年はオリンピックがあるから盆踊りはないんだよ。」
「ああ、そうでしたね。」
「次は2021年。でも、おれももう年だから、その時まで元気でいられるかだね。」