2018/12/30

山形ひとり旅

ひとり旅の魅力は、ほとんど予定を立てなくてよいことである。
誰かと行く旅は事前に行き先を話し合い、ガイドブックの範疇で無難な予定を組む、期待外れもない代わりにサプライズもほとんどない。
年の瀬に山形県にひとり旅をした。
山形の観光名所というと、スキーの蔵王温泉、米沢牛の米沢市が有名だが、私は県庁のある山形市に行った。
山形新幹線で上野から山形まで行き、そこから単線のローカル線に乗り換える。
旅の最初に斎藤茂吉記念館を訪問するためである。
茂吉記念館前駅に着くと、目の前に新築の立派な建物が見える。
森の道を歩いてすぐなのだが、駅の改札はなく、駅から直接、森に入った。
記念館の前庭には、禿げ頭で愛嬌のある斎藤茂吉の像があり、その脇の玄関から中に入った。


茂吉記念館前駅


斎藤茂吉記念館


館内は広く、人の気配がなかった。
なあんだ、駅名になっているわりに、スカスカじゃないか、と思った。
受付の女性職員に600円を支払い、展示室を見て歩いた。
途中、数人の客とすれ違った。
駅名にもなっているので期待したが、正直、やや平凡な展示だった。
1日数本しかない電車に乗り、わざわざ見に行くほどのものではない。
私は1時間たらずで展示を見終え、行き場を失った。
さて困ったな、帰りの電車は2時間後で、記念館の外は何にもない。
2階の大窓から外を見下ろして考えた。
一体何をして時間を潰そうか。
眼下の駐車場に、さっきの客の姿が見える。
ふつうは電車ではなく、ああやって車(多分レンタカー)で来て、サッと帰るのだろう。
その方が賢いな、と思ったが、今さらもう遅い。
私は退屈しのぎに受付へ行き、受付の女性職員と雑談することにした。
ただ、彼女はチケット係なので、私の美術談議が通じず、そこで私は2時間後に電車が来るまで学芸員の方と少し話せないか、と頼んでみた。
すると親切に対応してくれて、ラウンジで待つように言われた。

ソファーで10分ほどくつろいでいると、向こうからアイドルのような風貌の素敵な女の子が現れた。
彼女は私の向かいに座り、学芸員の名刺をくれた。
Gさんというのだが、彼女は斎藤茂吉記念館の唯一の学芸員という。
メガネをかけ、物静かな話し方で、ほとんど誰もいないこの記念館にいるのがもったいないような気もしたが、話がはずんで出身地を聞くと、東京の出身で都内からの移住だという。
思わず私は、どうしてこんな田舎町に就職したのですか?と失礼なことを聞いてしまった。
するとGさんは笑って、学生時代から斎藤茂吉の熱烈なファンだというのである。
学芸員の資格を取り、大学卒業後は茂吉の故郷に移り住み、記念館に就職した、、、物静かなのにずいぶん思い切ったことをするなあ、と私は感心して聞いていたが、結局30分ほど話し、最後まで美術談議にはならなかった。

それにしても、彼女の話は非常に勉強になった。
これまで深く考えたことはなかったが、最近の文学少女だって、芥川龍之介や斎藤茂吉などの熱烈なファンがたくさんいるのだ。
あの小難しい文章と、白黒の写真でも、想像力豊かな女子は萌えるようだ。
私は、なるほどね~、と思った。
つまり、文学少女は、一見おとなしそうだが、思い切ったことをするということ。

彼女と別れた後、私はまたひとりで館内の展示を見て回った。
2階の景色の良いラウンジで、電車の時間になるまで待った。
ようやく電車が到着し、記念館駅から山形駅へ、今日はかなりの時間をロスしたので、そのまま市内のホテルにチェックインをした。




翌日は山形市内を散歩し、旧山形県庁などを見たが、旧山形県庁は明治時代の由緒ある建物で、非常に見ごたえがあった。
入場無料だったが、斎藤茂吉記念館が600円の入場料を取っているのだから、ここも数百円の有料とすべきだ、と思った。
お役所仕事とはいえ、100円でも200円でもいいから客からお金を取るのは大事なことだ。
見た人が経費を払うのが、最も公平な負担のあり方だからだ。




旧山形県庁


旧山形県庁貴賓室


その後、私はおみやげを買い、山形駅に向かって歩いた。
山形の街並みもそうだが、県庁所在地は道筋が分かりやすい。
恐らく、たいていの県庁所在地はかつての城下町だからである。
方向音痴の私でも迷うことなく、山形駅のそばまで行けた。
が、その途中、私は一軒のくたびれた感じの百貨店を見つけたのだった。
聞かない名前の地方の百貨店で、建物もかなり古びており、大通りの交差点で向こう側を見ていたら、シャネルとディオールのブティックが見えたから百貨店だと分かった。

そこから私は山形駅まで5分ほど歩いた。
JR東日本の山形駅、その駅の構えは大きくて立派でゴージャスである。
ここには、ホテルメトロポリタンとアトレが入っている。
エスカレーターを上がって行くと、さびれた市街地から景色が一変し、まるで都内のターミナル駅にいるかのようだ。
私はとりあえずメトロポリタンに入った。
ホテルの喫茶店に行き、電車の時間までくつろぐことにした。


ホテルメトロポリタンのカフェ


頼んだケーキセットを食べながら私は思った。
さすが、メトロポリタン、これはおいしい。
市内のさびれたカフェの、同じ値段のケーキセットよりもおいしいだろう。
それに、さっきのさびれた百貨店だが、大丈夫なのだろうか。
天下のJRのメトロポリタンとアトレにはかなわない。
あの百貨店の客はアトレとメトロポリタンに奪われていくのだ。
あのシャネルとディオールもいずれ、アトレの一角に転居するか、あるいは山形から撤退するかのいずれかになるのではないだろうか。