2019/06/01

全員がルイサダさんと結婚したかった

今年はまだ、ピアノコンサートに1度しか行っていない。
去年は、マリアジョアンピリス(Maria João Pires)、マルクアンドレアムラン(Marc-André Hamelin)、ジャンマルクルイサダ(Jean-Marc Luisada)、シプリアンカツアリス(Cyprien Katsaris)、ファジルサイ(Fazıl Say)、などを聞いた。
ピリスの引退記念コンサートがサントリーホール、カツアリスがみなとみらいホール、それ以外の3人は銀座ヤマハホールの最前列であった。

銀座ヤマハホールは、銀座シックスの先の銀座ヤマハビルの7階にある。
銀座の一等地という場所柄、このビルは鉛筆のように細い、いわゆる「ペンシルビル」の形状で、コンサートホールもかなり小さい。
座席数、わずか333席(!!)。
サントリーホール、横浜みなとみらいホールだと広すぎるが、ここは誰が弾いても大丈夫、ピアノの場合は狭い方がよいので、かなりよくできたコンサートホールである。


銀座ヤマハホール


銀座ヤマハホールのホワイエのアップルタイザー


さて、9月のジャンマルクルイサダのコンサート。
ルイサダはショパンコンクールでブレイクしたフランスのピアニストである。
典型的なショパン弾きだが、彼のショパンを生で聞いた私の素直な感想は、手慣れていてソツがない、上手だが物足りない演奏。
最も印象に残ったのは、アンコール曲がエルガーの「愛の挨拶(op12)」で、その時のルイサダの弾きっぷりが疲れていたことと、譜めくりの女性がみずみずしい美人で、クリスチャンルブタンのハイヒールを履いていたことだ。


銀座ヤマハホールのジャンマルクルイサダ


コンサート終了後は、いつものようにCD購入者のためのサイン会が始まった。
ヤマハのビルはとにかく狭いので、どこかに人が集まるとすぐ人ごみの中で動けなくなってしまう。
ロビーでサイン会をするときは、階段までサイン待ちの客が列をなすのだが、私はトイレから戻り、列の一番うしろに並んだ。
すると、私の前の女性グループがおもしろい話を始めた。
どうも、彼女たちは昔からのルイサダファンのようであった。


銀座ヤマハホールのジャンマルクルイサダ


「ああ、ルイサダさんも、やはり、じいさんになってたわ。」
「そうね、私たちが学生のころにデビューしたのだから仕方がない。」
「あの頃のルイサダは、かっこよかったなあ。」
「私たち全員が、ルイサダさんと結婚したかったものね。」
「そうそう。でも、私たちもルイサダも、すっかり変わってしまったんだねえ。」
「次はいつ来るのかしら。」

彼女たちは音大の同期のようであった。
その後もしばらく、懐かしい思い出話が弾んだが、そのうち私の番となり、私はルイサダのサインをもらった。
握手もした。
が、じいさんと握手したってどうってことはない。
それにしても、目の前のこのじいさんが、彼女たち全員の憧れの存在だったとは。
しかし、あの譜めくりの女性が、いまのルイサダに一目惚れすることはないだろう。

私はエレベーターで1階におり、ヤマハホールを出た。
歩いて銀座駅に向かう途中、大通りのブティックは閉店後で真っ暗だった。
若い頃のルイサダは、もう少し、マシな演奏をしていたのではないだろうか。
それにしても彼女たち全員が、ルイサダさんと結婚したかったという言葉が、妙に印象に残った。


ジャンマルクルイサダ