2019/07/13

国立西洋美術館「モダンウーマン」

今日は銀座でギャラリー巡りをしてから、上野の国立西洋美術館の「モダンウーマン」の展示会を見てきた。
銀座のギャラリーめぐりをする前に、東銀座の東劇にも少し立ち寄った。
この夏、東劇ではメットライブビューイングオペラの再放送があるのだが、そのセット割引券を買うためである。

オペラの公演は劇団単位のため、クラシックの中でもオペラのチケットが最も高く、海外の一流劇団だと数万円はくだらない。
なので、クラシック好きでもオペラはそうそう見られるものではない。
私は去年の生オペラは「カルメン」しか見ていない。
おととしは、ヨハンシュトラウスのオペレッタ「こうもり」。
いずれも東京文化会館で、チケットは万単位である。
しかし、メットライブビューイングオペラなら、メトロポリタン歌劇場(メット)という世界三大オペラハウスの公演のビデオを、映画館で安価に見られるのである。
私はいつも東劇で見るのだが、チケット代は1枚3000円前後である。
3000円というのは、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のおよそ10分の1~15分の1である。

東劇でチケットを買った後、私は築地方面へ歩き、築地の魚市場にも行った。
ふと道路の向こう側を見ると、築地本願寺に人の流れが向かっていた。
今日は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の日、つまり、お盆なのであった。


築地本願寺の盂蘭盆会


私は何となく本願寺に入り、その様子を見ることにした。
寺院の中は人ごみができており、僧侶たちがその交通整理をするほどの大混雑であった。
私は人ごみのうしろから背伸びをして、黄金の仏像を眺めたりもしたが、はじっこのテーブルにスタンプ台を見つけ、記念スタンプを押して帰ることにした。
順番に並んで記念スタンプを押す時、その卓上には、「なぜ築地本願寺には御朱印がないの?」という説明書きがあった。
その説明は、なるほど、そう言われてみると確かにそうだな、と思うことであった。


築地本願寺


御朱印とは、追善供養のために写経したものを、寺社に奉納した際にいただく受取印が起源なので、追善供養を行わない浄土真宗には御朱印がないのです。

恐らく、せっかく築地本願寺に来たので記念の御朱印がほしい、という要望がひっきりなしにあるのだろう。
うちは御朱印をしてませんと言うだけでは納得してもらえず、こうして理由まで書くはめになっているのだと思われる。
まあ、世の中にはいろいろな人がいるが、ないものはないのだ。
それでよいのではないかなあ。
ここは商店ではなく寺院であるし、公的機関ではなく民間である。
しかし、御朱印がここまでブームになると参拝客の方も、どうしても御朱印がほしいのだろう。

その後、日比谷線で築地から銀座へ。
銀座の繁華街をしばらく歩き、ポーラのビルまで歩いた。


higashiya ginza


higashiya ginza


最近見つけた銀座ひがし屋(ヒガシヤギンザ)というモダンな茶屋(強烈に濃い緑茶!!)で休憩してから、ポーラミュージアムアネックスに入った。
今日は水野里奈さんという洋画家の個展「思わず立ち止まらざるをえない」であった。
彼女の絵が素晴らしかったので、もっとじっくり見たかったのだが、私はこれから国立西洋美術館へ行くので、あまり長居をしていられなかった。
銀座線で上野に行き、駅前の国立西洋美術館へ。
入口のチケット売り場に「モダンウーマン」と書いてある。
ああ、そうか、「モダンウーマン」は企画展ではなく常設展か。
私はてっきり企画展と思って来たが、国立西洋の常設展示(松方コレクション)に、フィンランドの女性画家の作品が臨時の展示で加わり、全体が「モダンウーマン」という常設展になっていた。


国立西洋美術館「モダンウーマン」展示会


国立西洋美術館「モダンウーマン」展示会


さて、芸術の歴史を紐解くと、確かに北欧の芸術はモダンで洗練されている。
これに対して日本の芸術はどうだろう、と私は考えたのだった。
日本の芸術は保守的と言われるが、まあ、確かにそんな感じはする。
例えば日本画のギャラリーなんかは「特別」な感じがして、敷居が高く、近づき難い。
日本画、書画などの分野別団体別に分かれており、業界構造が複雑である。
まあ、日本社会が保守的だから、日本の芸術もそうなるのかな。
芸術というのは社会の縮図なのである。
しかしそうなると、才能ある「モダン」な日本人にとって、日本は居心地が悪く、楽しくないところではないのか。
だから、いつの時代も、才能ある「モダン」な日本人が海外へ飛び出してしまう。
かなり昔のことだが、私の好きなピアニストを例にあげると、フィンランドの舘野泉、イギリスの内田光子。
まあ、スポーツ選手や芸術家ならまだいいが(?)、これがノーベル賞受賞候補者だったり、世界的な特許を持つ技術者だったり、あるいは、グローバル企業だったりすると、日本経済の重大な損失である。

フィンランドの作品を見終わり、私はいつもの松方コレクションの方に戻った。
常設展の最後の方に、藤田嗣治の絵が展示されていた。


国立西洋美術館「モダンウーマン」展示会


ああ、そうだ。
藤田嗣治も才能のある「モダン」な日本人で、パリへ行ったのだ。
う~ん、そうだねえ。
私はちっとも才能がないし、「モダン」でもない。
が、いずれはパリへ行こうか、ミラノへ行こうか、あるいは、ニューヨークへ行こうか。
どこへ行こうかなあ、、、
と考えながら私は美術館を出て、駅前のあんみつ屋に入ったのだった。