2023/11/18

コンスタンチンシェルバコフのラフマニノフ



本を出したので、次は新しいことを始めようと思っている。
しかし、その前に、ひと息つきたいのだ。

そこで先週は、出光美術館でやきもの展を見てきた。
ただ、レアなやきものの数々を見ても、私は気分転換できなかった。
出光美術館は、居心地のいいところなのだが、、、誰もが黙って、ウィンドウのやきものをじ~っと眺めている。
私は、息詰まる空間を出て皇居の見えるラウンジへ。
紙コップのお茶を飲み干して皇居を見下ろすと、空はモヤモヤしていた。




法律の本の執筆は内向きで抑圧的な仕事である。
講演と違って、相手がいない。
自宅の一室で、長時間パソコンと向き合う。

執筆のリフレッシュのため静かな美術館でやきものを鑑賞するというのが、そもそもの間違い。
私は、このような空間では、今回にかぎっては、リフレッシュできなかった。
その後、コンサートを聴くため、私は銀座へ。
5時過ぎ、8丁目の居酒屋「元酒屋」に顔を出した。

「お久しぶりですね!」と私。
すると、シェフのSさんは開口一番、「今日は、ひとり飲みですか?」と言ってフシギな顔をしてみせた。
私は予約席でない小さなテーブルの席に座り、お酒のメニューを眺めた。
しかし、コンサート前に食べ過ぎたり、日本酒を飲んだりすると眠たくなるのでやめた。
私は、この居酒屋で単品で破格の1400円、メニュー表でやけに強調されている「特製」ハヤシライスを注文した。






ムムム、、、
ジューシーな牛肉が入っており、これは、サイコロステーキ風で、非常においしい(*'ω'*)!!

会計の時、シェフのSさんと話した。
私はハヤシライスについて質問をした。
ハヤシライスは辛くないカレーということではないのかと。
すると、カレーライスはカレーライスで、ハヤシライスはハヤシライスです!とのこと。

なるほど、、、ハヤシライスはカレーライスの仲間ではないのか。
ただ、この日の私にとって、ハヤシライスは刺激のないカレーのようなものだった。

店を出るとすっかり暗くなっていた。
私は築地市場駅の方へ歩いた。
10分ほどで、朝日新聞社に着き、社屋内の浜離宮朝日ホールに到着。
このホールに来たのは、2018年9月、チェンバロのデュオを聴いて以来で、久しぶりだ。
ここで開催されるコンサートは、どちらかというとジミ系で、私はあまり興味を惹かれない。
が、コンスタンチンシェルバコフのラフマニノフは一度聴きたくて、早くに良席のチケットを買っておいた。




コンサートの開始まで、まだ30分近くある。
座って待っていると、近くの席で数人の医者が、とても気になる雑談を始めた。

「ぼくは、もういつ死んでもいいと思ってるんです」
「きみは私より若いのに、ずいぶん早いんだなあ。もう少し前向きになりなさいよ。誰かとどこかへいって楽しむとか」
「でも、ぼくは、いま、人間不信なんです」
「そりゃ、まあ、医者をやってりゃ、しょっちゅう、そうなるけど・・・それじゃ、ひとりで楽しいことをすればいい。食べ歩きとか」
「最近、食欲がないんです」
「働きすぎなんだよ。疲れると食欲もなくなるでしょ。で、最近は何を食べてるの?」
「サプリメントです。栄養的にはそれで十分だし、もう、料理するのもめんどうくさくて」
「医者の主食がサプリメントとはねえ・・・きみ、それじゃ、75才までうちの病院で働けませんよ!」
「65才まで働くのだって、ウンザリなんですけど。人生100年なんて、やってられませんよ」
「まあ、そう言うなって。きみの気持ちは分かるよ。でも、もう少し頑張りなさいよ」

「ねえ、そういえば」と別の医者が口を挟んだ。「今日久しぶりに会った◯◯先生は、何でまだ現役で働いてんのかなあ?」
「ああ、彼の家は借金があるみたいだから」
「へ~、どうして? 教授なのに」
「息子を医者にしたいから、お金を注ぎ込んでいる」
「私立なのか。で、どこの医学部なの?」
「◯◯大学医学部」
「へ~、あそこか。でも、今どき、無理に医者にならなくたっていいのに、よくやるね~」
「結局、お家のメンツなんですよ」
「メンツねえ、、、」

私は、この家の息子は、自分の好きなことを仕事に選べばいいのではないか、と思った。
そうすれば、今の時代、親は息子に医者になれ、と言わないのではないだろうか。

その後、彼らは最近聴いたクラシックコンサートについて話し始めた。
しかし、先ほどとは打って変わって、楽しそうに、あるいは興奮気味に話していた。
彼らにとってクラシック音楽は生きる糧なのだ、ということがよく分かった。
それでは私にとって、生きる糧とは何なのか、と考えた。




シェルバコフの演奏が始まった。
実は、2023年はラフマニノフイヤー(生誕150周年記念)である。
第1回ラフマニノフコンクール優勝者の彼は、もちろん、ラフマニノフの曲を最も得意とする「超絶技巧」の演奏家である。

彼は前奏曲をメインに、ラフマニノフの曲「だけ」を演奏した。
が、それは音大の教授にありがちなおカタい演奏で、私にはチョット刺激が足りなかった。
ただ、見方を変えれば客観的で抑制されており、オトナの落ち着いた演奏であったといえる。
要するに彼の演奏は、あの医者たちのようなマニア、あるいはクロウトに向いているのだと思った。

家に帰ったのは11時過ぎ。
私は財布の中のレシートを整理した。
そこに入っている出光美術館のチケットと、コンサートのチケットを、取り出して眺めた。
執筆という内向きの仕事を終えた私にとって、美術館のやきものも、クラシックのコンサートも、いまいち、リフレッシュにならなかったのだ。

さて、次は、どこへいこう(*'ω'*)?