2019/12/24

ピアノの先生と絵の先生の思い出話

最近、駅ビルに新しいアートセンターができた。
駅ビルの4階は長期間の改装中で閉鎖されていたが、以前は「ハレメテラス」という寝転がって休める居心地の良いフリースペースだった。
そこがどういうふうになったのか気になり、私は駅前で買い物をした帰りに早速のぞいた。
成城石井の脇のエスカレーターから4階へ上がると、正面の壁に目立つロゴがある。


たいけん美術場VIVAのロゴマーク


私は、ええと、VIVAってどういう意味だっけ??と思った。
4階は広々としたフリースペース、その一角にギャラリーがある。
フリースペースにはいくつものテーブル席があり、壁際にはカウンター席もあり、無駄なく座席が配置されている。
「ハレメテラス」にはソファーがあって、そこに寝転がってゆっくり休めたのだが、そうは問屋がおろさない。
つまり、地元の学生は、寝転がらずにお勉強をしていなさい、ということなのだ。
私は、以前の方が良かったのに、と思った。

その後、私はトイレを探した。
するとトイレ近くの通路の壁に昔の駅の写真が何枚か展示されており、私は懐かしい感じがしてそこへ近づいてみた。




いやいや、ずいぶん昔だな。
ド田舎だったんだねえ。

私は、改めて日本の高度経済成長の凄まじさを感じた。
が、ちょうど私が生まれた年の駅のモノクロ写真があって、それを見ていると自分がすっかり老人になったのだと思い、ショックを受けた。
その後はショックでトイレに行くのも忘れて、ギャラリーへ。
第1回の記念企画展をしており、私は荷物になるのでまったく欲しくないのだが、係員のおじいさんからチラシと展示目録をていねいに受け取った。
中へ入る前に記帳もすすめられたが、さすがにめんどうで受け流した。

しかし、ギャラリーを歩いているとき、ある展示作品の前を通りかかったときなのだが、私はふとキャプションに見覚えのある名前を見つけたのだ。
それは、私が小学生の頃に通っていた絵画教室のF先生の名前だった。
展示目録を見ると、経歴欄に美術関係の現在の役職が書いてあった。
そういえば、F先生は私が転居して絵画教室をやめた後、少しずつ絵が売れるようになったと、ママ殿から聞いたことがある。
当時の私はピアノも習っていたが、ピアノの先生はおしゃれな家に住む美人女子大生、なので私はピアノを習いに行くのが大好きだった。
しかし、絵の先生はというと、、、ええと、絵の先生のご自宅は、自宅兼アトリエと記憶するのだが、そこは汚らしい長屋(アパート)の一室だった。
また、F先生はすでに子持ちのおばさまでもあり、私は絵を習いに行くのが好きになれなかった。
今思うと、F先生の住まいがあまりにも生活感のある場所だったから、F先生のことも好きになれなかったのかもしれない。
台所の流しで顔を洗ったり、歯を磨いたりする人がいることを、私はF先生のアトリエで初めて知った。
その先生が今も元気で芸術家として活動しているとはうれしいかぎりである。
が、今はどんな家に住んでいるのだろう、とまず考えた。
そして私は何となく受付に戻り、筆ペンを借りて記帳した。
その後、私は駅前の坂を上がり、市民プラザに向かった。


大島弓子「ダイエット」


実は最近、私は「ダイエット」を開始したのである!!
そういえば大島弓子の「ダイエット」、書棚にまだあった。

ここには市民向けのワンルームのスポーツジムがある。
入口脇の券売機に、たった400円入れるだけで何時間でも利用可能だ。
安価で空いており、私は最近よく利用している。
コナミのスポーツ関連部門が運営しているので、サービスも管理も行き届いている。
私は利用券を購入し、ロッカールームで着替えた。
ロッカールームの隣は貸会議室だが、、、おや、見慣れないホワイトボードが置いてある。




ほほう、「中高年のための株トレードセミナー」と書いてある。
なかなか、おもしろそうじゃないか。
デイトレードの投資セミナーのようだが、、、ついに、この田舎町にも投資ブームが来たのか。
するとどうだろう、、、来年も引き続き、順調に株価が上昇するのだろうか??
ここまで投資ブームが過熱すると、次の買い手はなかなかいないと考えるのがいいようにも思えるのだが。