2022/04/17

Cyprien Katsarisのラフマニノフピアノコンツェルト2番独奏



4月15日は葛飾アイリスホールで、シプリアンカツアリス(Cyprien Katsaris)のピアノコンサートを聞いた。
途中、アトレ上野のあんみつ屋で休んでから、京成線で上野駅から青砥駅へ。
駅から雨の中を10分ほど歩き、葛飾シンフォニーヒルズのモーツアルト像の前に到着。
正面玄関から入り、早速1階のチケット売場を訪ねると、ここではチケットは売っていない、アイリスホールは地下にあり、開場後、地下のチケット売場で買うように、と言われた。
しかし開場まで、まだ1時間以上ある。
私はシンフォニーヒルズを散歩することにした。


葛飾シンフォニーヒルズ


裏へ抜けると、狭い裏通りを挟んで左右に大きな建物がある。
その全体がシンフォニーヒルズと呼ばれる総合文化施設、いま出てきたばかりの建物が本館、本館地下の小ホールが独奏及び室内楽用の葛飾アイリスホールである。
平日昼間で人気がなく、外は雨で薄暗い。
向こう側の別館の建物に入ってみると音楽室や会議室などがある。
別館は区民のサークル活動用の施設のようだ。
3階にレストランがあるので行ってみると、ここもまた薄暗く、CLOSEDと書いてあった。
営業時間を見ると、コロナ禍で、ランチタイムの営業だけのようだ。
コンサートの前なので、おしゃれなレストランで食べたかったのだが。


葛飾シンフォニーヒルズ


仕方がないので私は、店の前の長椅子でペットボトルのお茶を飲んで休むことにした。
するとまもなく、店のドアがバタンと開き、白い服を着た料理人の男性がゴミ出しのため廊下を往復しはじめた。
その男性は通るたび、何度か私を変な目で見たような気がした。
しかし私は、コンサート前なのに店が閉まっているからここに座っているんであって、ここにいるのは私の本意ではないのでもうしばらく居座ってやった。

おや、雨があがったようだ。
私は本館の正面玄関に戻った。
外を歩いておしゃれな店を探してみよう。
しかし、確かにシンフォニーヒルズは立派な音楽施設なのだが、場所があまりよろしくない。
下町の入り組んだ住宅街の一角にあり、周囲におしゃれな飲食店のひとつもない。
近くに昭和風の古びた中華料理屋があるが、さすがにコンサート前にラーメンと餃子のセットはないだろう。
仕方がない、コンビニを見つけてサラダでも買って食べるか。
そんな感じで、私はしばらく外をぶらぶらした。


葛飾アイリスホール、シプリアンカツアリス、ピアノコンサート


いつのまに開場時間の18時が過ぎた。
18時以降は階段が開放されて地下の小ホールにおりられるようになっている。
私は1階のラウンジに行ったが、そこにはまだ、20人ほどしか来ていない。
客席は満席、チケットは売り切れ、それは本当なのだろうかと不思議に思った。
しかし階段で地下におりると、すでに開場前のホールには人だかりができていた。
ああ、早く着き過ぎて別の場所でのんきにしていたら、出遅れてしまうとは、マヌケすぎる。

とはいえ、チケットはプロモーターのAさん経由で良席を確保してあるのだ。
地下の窓口でチケットを受け取り、アイリスホール内へ。
トッパンホールをワンサイズほど小さくしたような感じで、定員298名と表記があった。
席に荷物を置き、ジュースを買いに出るとプロモーターのAさんを発見。
しかし、忙しそうにしており、ゆっくり話せる状況ではなかった。
私は通路側の席なので、開始5分前まで外で待った。
そして直前、ようやく席に着き、周囲を見回すとほぼ満席であった。
が、私の隣の席はまだ空いている。
たぶんこの列はAさん経由の客が座るはず。
ということは、お隣には芸能人が来るのか。
もちろん私は面識がないが、この席はKさんが座っているはずの席なのだそう。

「すみません、、、」
「どうぞ、お入りください。」(で、でかいな、この人、、、)

なにやら、ギリギリ滑り込みセーフで欧米人のおじさんが私の隣に駆け込んできた。
私はいったん席から立ちあがり、彼を通した。

なんか、ふつうの人みたいだな、、、
でも欧米人だし、まさか、カツアリスのお友達だったりして。

18時30分過ぎ、ステージにシプリアンカツアリスが登場。
2018年7月、横浜みなとみらいホールで聞いて以来、約4年ぶりに聞いた。


(2018年7月17日横浜みなとみらいホール)


横浜みなとみらいホール、シプリアンカツアリス、ピアノコンサート
(2018年7月17日横浜みなとみらいホール)

曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ「春」「クロイツエル」、サンサーンスの「組曲・動物の謝肉祭」のピアノ編曲版など。
カツアリスは即興が得意で、難曲も簡単そうに弾いている。
Aさん経由の席なので、私はカツアリスの手と鍵盤がよく見えた。
彼はピアノ教師の手本のようなきれいな弾き方をする。
また、彼のピアノはスタンウェイではなくヤマハだ。
これは銀座ヤマハホールでも感じたことだが、ごちゃついたときにペダルを踏んでも、スタンウェイよりもヤマハの方が澄んで聞こえるように思う。
そのため、カツアリスのようなヴィルトオーゾにヤマハは合っているのではないか。

アンコールは全5曲。
そのうちの2曲は、戦争反対と、ロシア音楽の排斥運動への反対の意味も込められたもので、ウクライナの作曲家セルゲイボルトキエヴィチ、ロシアの作曲家セルゲイラフマニノフを交互に演奏するというユニークで感動的なものであった。
私は、ラフマニノフのピアノコンツェルト2番のピアノ独奏版をここで初めて聞いた。
聞きながらウクライナの悲劇を思い起こし、私はゼッタイに感動するところだ、と思った。

アンコールが終わった。
ご存知のように、いまは帰る時が整列退場になったので、すぐ出られない。
多くの人にとっても私にとっても、この待ち時間はじれったいものだが、待っているあいだに隣の欧米人と話すことができた。
コロナ禍でカツアリスの楽屋裏に入れなくて残念だ、という話から始まり、お互いある程度の自己紹介もできたし、有意義な時間となった。

つくづく、出会いとは不思議なものである。
「そのときの出逢いが 人生を根底から変えることがある よき出逢いを みつを㊞」
出会いというと、私は相田みつを美術館で何度か見たことのある名言を思い出す。
出会いを大切にしない者に人生の発展は訪れない、と私は思う。
家にある相田みつを美術館のカレンダーを見ると、人生を変えていくのは難しい理論や理屈ではなく、出会いである、と書いてある。
コロナ禍のため、サイン会もなく、カツアリスとの再会はかなわず。
だが、まさか、カツアリスのお友達と知り合ってしまうとは、ラッキーですね!!


シプリアンカツアリスコンサート、アンコール


そして、ラッキーな出会いといえばもう1つ。
さらにその後、私はアンコール曲の掲示の前で、記念撮影を頼んだ20代の女性たちと意気投合してしまった。
そのうちの1人の女性はピアノ好きで、帰り道、コンサートとピアノの話題で大いに盛り上がった。

話題の中心はやはり、アンコール曲。
まず、最後の「桜の主題による即興曲」では、カツアリスのピアノのリズムに合わせるように、時折、床をホウキで掃くような音が聞こえていたが、あの音は一体何だったのだろう??
私は、譜めくりの女性か誰かが舞台袖で、何かの道具を使って鳴り物を入れた、あれはしゃれた演出だ、と言った。
すると、彼女はそうではない、と言うのだ。
今日は雨だからお客さんが傘を持ち込んでいる、傘で音をたてる迷惑行為だ、と彼女は言い切った。
クラシック音楽の客が、まさか!!
納得いかないが、初対面の女性に反論はできない。

次に、ラフマニノフの楽譜について。
ご存知のとおり、ラフマニノフは手が大きくないとなかなか弾けないのだ。
それでは、ピアノを弾くときに手がどれくらい届くかという、ピアノ好きがよくする話である。
彼女は小柄なのに10度まで届くというが、彼女に限って10度は断じてあり得ない、なぜなら私がせいぜい9度だからです。
今度は私が言い切った。
すると彼女からひと言、それは練習不足のたまものですね、と言われてしまった。
そ、そう言われると、悲しいかな、趣味でピアノを弾く程度の私には返す言葉もない。

その後、ラフマニノフ2番の話題となった。
そろそろ意見の一致が1つくらい、あってもよさそうなんだけどなあ、、、

「私は、2番のピアノ独奏を初めて聞きました。」
「あたしもです。」
「ウクライナの戦争のこともあるし、ここはゼッタイ感動しますよね!?」
「え~、そうなのかな~??」
「そうですよ、違いますか??」
「いや、あたしは別に、感動はしませんでした。」
「といいますと、、、どういう感じだったんでしょうか??」
「あそこはね、浅田真央ちゃんの演技をイメージして楽しく聞くところですよ♪♪」
(!!)「な、なるほど、楽しくですか。」

まあ、楽しく聞いたならそれはそれで大変に結構だが、、、女性というのは実によく分からない生き物である。