2022/04/28

I'm sorry for worrying too much

最近、私は都内の病院で診察を受けた。
その帰り、付近の入院病棟を眺め、ふと思い出したことがある。
2019年夏、知り合いのMさんが御茶ノ水の日大病院に入院したときのことであるが、それは突然の出来事だったのでよく覚えている。

Mさんは20代のごく普通の女性、上京し、ハンドメイド雑貨のオンラインショップを立ち上げ、日中はアルバイトをしながらギリギリの生活を送っていた。
全ての商品は彼女のハンドメイドで、そこそこの売れ行きだったが、品物の補充のため、ほぼ毎晩、深夜まで雑貨を手作りしていた。
カフェで(書類作成の依頼の)打ち合わせをしたときは、体調が優れず通院中と言っていたが、こないだは睡眠導入剤で寝ぼけていて、うっかりパジャマのまま朝食に出てしまったという。
仕事用のノートパソコンを抱えカフェなどへ入り、ウトウトしながらメールチェックやデザインワークをしていることもある。
あなた、もっと余裕をもって生活した方がいいですよ、と注意しても、仕事のためだからそうも言ってられないのよと、どこ吹く風である。






このように、若い女性が東京に出てきて、1人で自由な仕事をして生きる、夢に向かってひた走る人生は、一見すると花やかで楽しそうだが、現実は違う。
彼女たちは独身男性のような飾り気のない都会生活を送り、単に苦労を買っている。
最初のうちはそれでもいいが、長く続くとそうもいかない。
これまで好きだから無限の努力も苦にならなかったことが、身体的精神的苦痛を伴う過酷な作業だと気付く。
あるいは無理な生活を送った代償を支払って本当に病んでしまう人もいて、私の過去の知り合いに実際そういう人がいた。

代償を支払ってから気付いたのでは遅いのだ。
しかし生真面目で努力家の彼女の場合、個人事業主が努力しすぎてはいけない職種だと分からなかった。
つまり、彼女は手抜きのできない性格なのである。
疲労がたまり日々体調が悪化し、真夏のある日意識朦朧となり、気付いたら病院のベッドに寝ていた、まさかの緊急入院をしていました、という顛末を聞いた。
まあ、そういうことなので、様子を見に行くほどの仲ではないが明治大学(御茶ノ水)で書類をもらう用事があり、そのついで、私は彼女を見舞ったのだった。




明大を出た私は、病院の裏手のケーキ屋で2人分のケーキを買い、入院棟の受付で面会手続を済ませ、エレベーターで高層階へ上がると、彼女の部屋はナースステーションのすぐそばだった。
着いたのは昼過ぎ、彼女のベッドは相部屋の窓際の空っぽのところで、向かいの中年女性に行方を尋ねると食後の散歩中と言われた。

私は病室の前でしばらく待った。
10分ほどたって彼女は、小柄な若い男性と一緒に戻ってきた。
彼がいてなぜこういうことが起こるのか、と私は腹立たしく思った。
そのような気配を察したわけではないだろうが、彼は挨拶の後、逃げるように席を外した。
優しいが頼りない、優しいが気付かない、何だか昔の私を見ているかのようだ、、、
2~3分彼女と真剣に話しあった。
過労が原因で、重大な病気ではない。
ご両親が保有するワンルームマンションに転居することが決まった、だから心配無用です、などと言ったので、まあ、安心はして帰ったのだが、正直、睡眠導入剤のことを知っている私には、彼女の笑顔がはかなく見えてしまった。

ただ、その後は以前のブログ記事にあるように、彼女は無事復活することができた。
後日、私は都内に期間限定で出店した彼女のショップを訪ね、元気であることを確認した。
その後、私たちはほとんど連絡を取らなくなった。
いま彼女はどこで何をしているのだろう、と思うこともある。
確かに、今後も彼女は同じことを繰り返したりして再入院をするかもしれない。
しかしここは平和で豊かな日本、憲法25条で生存権が保障されており、福祉制度も世界最高水準、たとえ元気でなくても病気でも、彼女は何とか無事生きていけるだろう。