2022/04/29

ゲートキーパー養成研修回想

ゴールデンウイーク、溜まっていた資料やメモを整理整頓している。
これまで私が聞いた講演会や研修のまとめファイルが書斎にあるが、それをぱらぱら眺めると、私は以前、ゲートキーパー養成研修というのを受けていた。

ああ、思い出した。
これこれ、さわとん先生だ。

ゲートキーパーとは「命の門番」の意味である。
職場、学校、家庭内等で自殺の兆候が見られる人を見つけ、声をかけ、話を聞き、場合によっては専門家を紹介する等して自殺防止の役割を果たすボランティアのこと。
ただ、ゲートキーパーという国家資格や認定資格があるわけではない。
養成研修の趣旨を私なりに言うと、カウンセラーの研修である。
内閣府の自殺防止キャンペーンの一環として全国各地でこの研修が行われている。


柏神社


2021年3月アミュゼ柏でその研修があった。
柏神社のある大通りの交差点から歩いて5分ほどの公共施設である。

私はそのときのことを思い出した。
今回思い出したのは、周囲に自殺しそうな人がいて、その人を救いたいからではなく、さわとん先生が同じ講師業として非常に参考になる講師だったからである。
さわとん先生はカウンセラーで、NHKなどのテレビ番組にも出演したことがある。
市役所職員に聞くと、この養成研修は年1回の定番の人気講座、さわとん先生は全国を飛び回り、このような講義を年何十回とこなしているという。




講義内容は長くなるので省略するが、自殺を考えている人にどのように関わるか、というのが主な課題である。
そもそも自殺防止キャンペーンをしている公権力やカウンセラーといったプロは、事が起こってから関わるのが通常で、彼らだけでは未然に防ぐことができない。
しかし、実行まで周囲に黙っているとしてもたいていは予兆のようなものがある。
なので、周囲の者がそれを見逃さないことが大事だが、そのためには私人間で積極的に話を聞く必要があり、どういうふうにそれをするか??というのが非常に難しいのである。


(ゲートキーパー養成研修資料より)


ただ、この日の私はテキストを読み返さず、むしろ、さわとん先生の講義法のメモを読み返したのだった。
あんみつ先生にとって、さわとん先生の講義はまるで自分と正反対。
これが「逆もまた真なり」で、非常に参考になる。
結論から言うと、受験生向けではなく一般人向けで講師をするなら、とにかく、さわとん先生のように力を入れないことだ。
手抜きではなく、力を入れない、それはどういうことかというと、こういうことである。

第一に、さわとん先生の講義はざっくりなのである。
私なら受講生に細かな資料を渡し、すべてを完璧に理解できるような解説講義をし、完璧なのだから質問なんかあるわけがない、と思って講義を終えるのだが、、、
しかし、さわとん先生はそうではなかった。
細かい記述にこだわらないし、資料の記述を掘り下げない。
ようするに今日はみなさん、これとこれを覚えて帰ってほしいのです、というふうにするだけ。
こちらの方が正しいのだと思う。
私のような教え方は、難関大学受験生や難関国家資格受験生ならいいのだが、気軽に来られた一般人の講座ではだめなのだ。

第二に、さわとん先生の講義を聞き、長くても2時間までと思った(2時間限界説)。
講師は2時間喋っても別にどうってことないと思う。
そこで熱血講師なら2時間では生徒も物足りないだろう、と考えて延長したりすることもあるかもしれない。
しかし、受講生の立場だと、2時間以上の座学は集中力がもたない。
静かに座って聞き続けるのは息が詰まる、脳が疲弊する、腹が減って早く帰りたくなるのだ。
したがって、一般向けで講師をするなら60分~90分で終了、それくらいが受講生もイイ気分で帰れるだろう。

第三に、リフレッシュのため、受講生に喋らせる、発言の機会を積極的に与えることも重要である。
時折何か質問して答えてもらう、ちょっとした作業(メモ)をしてもらう。
また、グループワークなどの時間を設けたり、受講生どうしの会話の機会を作り出すのもよいと思う。

第四に、講義の最後の方で10分程度、全員から質問を受けること。
つまり、講義時間の中に質問時間を10分程度含めるということであるが、これだと講義終了後に受講生から同じ質問をされることがない。
みんなが疑問に思うことを誰かが代表質問すれば、自分があとで楽になれる。

第五に、身振り手振りの重要性、である。
アメリカのIT企業の社長のプレゼンテーションなどを見ていると、登壇者が壇上を自由に動き回り、派手なアクションをまじえて話したりする。
会社のプレゼンテーションだと、上司などが聞いているのでそんなことはできないが、講師たる者は「役者」「芸人」でもあるから、そういうのもアリかもしれない。
知識のほかに芸も披露すればウケるし、親近感を持たれやすい。

ただ、私は舞台役者のように暗唱しているわけではない。
パワポを見ながら話すため、ノートパソコンの前から離れたくないんだよなあ、、、いや、待てよ、さわとん先生は背後のプロジェクターをチラ見しながら身振り手振りで話していたぞ。
次はそうしてみようか。
いや、どうだろう。
講義の内容にもよるか。
まあ、そういう感じで、あんみつ先生の試行錯誤は今日も続くのであった。






それにしても、写真フォルダを整理していたら、最近はやけに、神社やお寺に立ち寄ることが多かったのだ。
まあ、人間誰でも心配事は尽きないということだが、心配だからといって神社に駆け込んでも、どうってことないのである。
そして最近三越前の福徳神社で引いたおみくじだが、境内におみくじの撮影台があり、そこで記念写真におさめた。

願望 おおかたかなう
対人 恨むな
仕事 今はあまり変わり映えしない
学問 努力あるのみ
金運 単調な時です
恋愛 妨げあり よく見極めよ
病気 医師にかかれ

長い目で見るとうまくいくが、いまは我慢の時である。
健康には要注意。
人を恨むより愛せよ。
まあ、いろいろなことがあっても、「ゆく春や 逡巡として 遅ざくら 蕪村」のようである。