2021/12/19

湯島天神、恒例の終わり詣(2021年)

12月17日は恒例の湯島天神の終わり詣に行った。
本当は幸先詣というそうだが、私はその言葉を知らない頃から勝手に終わり詣といって年末閑散期の参拝を楽しんでいた。
幸先詣との違いは、去年のブログで説明したとおりである。
つまり、来年の幸せ(ご利益)を先に祈願するのが「幸先詣」、私の終わり詣は今年の無事を感謝するためのお詣り、である。


湯島天神


湯島天神


境内は、幸先詣の赤いのぼりを除いてはいつもと変わらぬ落ち着いた雰囲気。
今年も御朱印を書いてもらい、庭園を散歩したが、用事の途中なので早めに門を出た。
例年だと向かいの湯島合同庁舎に行き、敷地内の近現代建築資料館にも立ち寄るのだが、この日は立ち寄らず、上野広小路まで歩いた。
年末の買い物客で、上野広小路の交差点は人通りが多く、失われた日常がだいぶ戻ってきていると感じた。
私は松坂屋の隣のあんみつ屋へ、あんず+クリーム+白玉+あんみつを食べた。
が、スマホを眺めながらのんびり食べていたらクリームがとけてしまい、途中から、あんずとみかんの見分けがつかなくなってしまった。


あんずクリームあんみつ白玉トッピング


食べ終わり、あんみつ屋を出た後は上野広小路駅から銀座線に乗り、地下鉄を乗り継いで麻布十番駅へ。
所用を済ませ、帰りは半蔵門線で三越前駅へ。
時計を見るとまだ16時前。
これから私は半蔵門線から銀座線に乗り換え末広町(秋葉原)に行く予定であるが、その前に、外に出て駅前の福徳神社でおみくじを引きたくなった。
湯島天神でおみくじを引こうと思って忘れていたので、その代わりである。


福徳神社おみくじ


さて、年末の運試しはどうだろうか。
あれ??
でも、これは、、、何たる偶然!!

私はこの日、前回11月のときに引いた十八番をまた引いてしまった。
風が強いのでその場では開封せず、ポケットに入れたまま帰宅したが、家でおみくじを開けると、なんと、なかみの文言まで全部同じなんだけど、、、


福徳神社おみくじ


<今回の大吉>
願望 不安に思うことはあれど後にかなう
仕事 今は控えた方がよい
金運 大きな利益あり
勝負 今は不利、待てば勝ちます
恋愛 長い目で見よ
転居 急がぬ方がよい

いや、これはおみくじ業者の手抜きということではなく、実に興味深いことである。
つまりこれは、11月当時と同様、引き続き「俟つ」べきであるという天の啓示だ。
思い返せば4月、アトレ取手のVIVAオープンアーカイヴで、加納紫帆さんの「俟つ」を見た時から、このトレンドが始まっていたように思える。
もっとも、「俟つ」とは、何もせずにじっと待つ、という受け身の意味だけではない。
以前引用したマキアヴェッリ語録を紐解いてみよう。
そこに、マキアヴェッリのこんな言葉が書いてある。

なにかを為したいと思う者は、まずなによりも先に、準備に専念することが必要だ。機会の訪れを待っての準備開始では、もう遅い。幸運に微笑まれるより前に、準備は整えておかねばならない~好機というものは、すぐさま捕まえないと、逃げ去ってしまうものである(戦略論・塩野七生マキアヴェッリ語録)


塩野七生マキアヴェッリ語録


「俟つ」には、準備を整える、という能動的積極的な側面もあるのだ。
今はまだ急ぐ必要はない、もう少し、俟つべきだ。
そう思ったので私は、末広町駅でおりるのをやめて上野駅まで行った。
そして私だけあんみつを食べて手ぶらで帰るのはママ殿に悪いと思い、エキュート上野でパンダの大判焼きをいくつか買った。
こうして私は、この日、早めに帰宅の途に着いたのだった。


上野のパンダの大判焼き