2024/04/28

坂東眞理子先生の名著「女性の品格」を読む



先日、昭和女子大学に行くとき、途中下車し、ママ殿の実家の墓参りをしてきた。
東京スカイツリーの近くにある「圓通寺」である。
縁が通じるお寺ということで、私は大変に縁起がよいお寺だと思っている。
そこで、私は、用事のついでに立ち寄ったりするのだが、摩訶不思議なことに、私にはぜんぜん良縁をもたらさないのである。

これは、いかなることか。
圓通寺の檀家なのに、、、(*'ω'*)

今回の訪問は、新年度のご挨拶である。
駅前の店で花を買っていき、お墓の手入れをしたあと、玄関先で住職の奥さんと立ち話をした。
奥さんは、いつものように供物用のお菓子をくれた。




今日は、クッキーと、かりんとう。。。
もう墓参りは終えたので、自分のものとして受け取り、奥さんに、4月より昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員になったことを伝えた。

「あら、研究員なんて、すごいじゃない。女子大は、女の子がたくさんいて、華やかで、楽しそう♪」
「まあ、女子大ですから、本当に女性ばかりです」
「男性はいるの?」
「男って、いたかなあ、、、ああ、男なら校門のところに、警備員がいます。でも、中に入ると、ほぼいません」
「有名人はどう?」
「坂東眞理子さんがいらっしゃいます」
「バンドウ、、、」
「坂東さんは、フェミニズムの第一人者で著名な作家です。以前は理事長でしたが、いまは総長をされています。何度か話したことがありますが、本当に素晴らしい方です」
「何の本を書いた人?」
「坂東さんの代表作は、ミリオンセラー「女性の品格」です!(*'ω'*)」
「女性の品格、、、確かに、昭和女子大は、上品なお嬢様学校。女性の品格の著者に、ピッタリの大学ね」
「そうですよね~」私はかりんとうをボリボリ食べながら、つぶやいた。「うちの近所の東京藝術大学とは大違い・・・坂東先生の本を読めば、野蛮な性格を改善できるのに・・・」
「野蛮?」
「いえ、こっちの話です・・・あ、もうこんな時間だ。そろそろ行かないと」
「今日はこれから研究所にいらっしゃるのね?」
「ええ。夜から研究員の成果報告会があるんです。その後、交流会もあって、新任研究員の顔合わせや自己紹介もあるので」




私は圓通寺の門を出た。
東京スカイツリーの方向へ歩き、5分ほどで押上駅に到着。
そこから半蔵門線で池尻大橋まで行った。

電車内では、かりんとうの残りを食べながら、「女性の品格」を読んだ。
今夜の交流会で、坂東眞理子先生に直筆サインをしてもらえるといいな、と思い、家から持ってきたものだ。
読み進めると、「品格ある人間関係」の章に、こんなことが書いてあった。

「昭和女子大の正門には守衛さんがいて、朝登校する学生や教職員に「おはようございます」と挨拶しています。それに対して「おはようございます」と応える学生は何割いるでしょうか」
「人間の品格というのは、こういうときによく分かります。上司や先輩に対してはほとんどの女性が礼儀正しく振舞うでしょう~(中略)~ところが守衛さん、受付の人、お店のレジの人、掃除のパートの人、電話の交換手などには気を遣わず挨拶さえしない女性がたくさんいます」
「彼女たちはそういう人たちは自分とは無関係と思い、その人たちからどう見られても関係ないと思っているのでしょう。挨拶したり丁寧に接したりする人が少ないから、めずらしく丁寧に応対する人は印象が深く、好意をもたれます」
「このような利害関係のない人に対してばかりでなく、自分より弱い立場の人にどういう態度をとるかで、その人間の本性がにじみ出ます」
(以上、P124~P125より一部引用)

なるほど、警備員にも挨拶か。
坂東先生は、さすが、人格者だ、、、(*'ω'*)
私も、早速、大学の正門を入るとき、坂東先生を見習おう。

いや、待てよ、、、
自分は坂東先生とは違う立場だな。

率直に申し上げると、政治家志望でもなければ、いちいち彼らに挨拶しない方がいいと思う。
坂東先生は東大出だし、きっと、こういったアルバイトの経験がないか、あるいは政治家志向なのではないか、、、実際に埼玉知事選にも立候補されている。
学生時代などに、こういったアルバイトをしたことのある男性なら分かると思うが、仕事中に挨拶されると、対応がめんどうくさかったり、バツが悪かったりすることがあると思う。
ニコニコして挨拶を返しているが、顔見知りでもないのだし、ほっといてくれ、という複雑な思いもあり得る、ということである。
そこで私は、挨拶しない派を支持することにした。




地下鉄に40分ほど乗り、池尻大橋駅に到着した。
駅を出ると246号線にあたるのだが、そこから脇道に入り、三軒茶屋方面に歩いた。
昭和女子大周辺の住宅街の中には、区立の健康増進センター「世田谷ガヤガヤ館」というのがある。
ここで、館長と終活のイベントの打ち合わせをした。

実は、私が大学に提出した研究スケジュールでは、終活のイベントの準備は夏以降の予定となっている。
5月末までは、文献の収集などをするつもりだった。
しかし、お試しで、自主事業として、終活のイベントのをやってみることにしたのだ。

館長との打ち合わせは、1時間ほどで終わった。
世田谷ガヤガヤ館を出た後は、住宅街~246号線をぶらぶら歩き、10分ほどで昭和女子大の正門に着いた。




正門の守衛室には、数人の警備員が黙って座っていた。
門を入ると、この日の私は、研究員の名札をぶら下げていたので、呼び止められなかった。
私は、真っすぐのレンガ道をそのまま歩き、大学の図書館に向かった。
事務室で、知り合いの司書Nさんに挨拶し、図書室に入った。
館内で30分ばかり、法律の雑誌を読んだりして情報収集。
それから、先ほどの警備員たちのことを考えた。

交番の警察官もそうだが、彼らはあのようにして、1日中狭い部屋に居ることが仕事である。
その仕事は主に、じっとしていることである。
一見、ラクチンに見えるが、意外と、そうではないと思った。

彼らの居る場所の外では、世の中が、目まぐるしく動いている。
人々が、忙しく何かをしていたり、楽しそうに歩いていたりする。
それを眺め、じっと同じ場所に居るというのは苦痛であり、ストレスだと思う。
日夜、社会正義の実現のために何かをしたいと思っている彼らにとっては、なおのことではないだろうか。

かたや、警察官などの外回り(パトロール)はどうだろう。
実際、あちこち動き回れて、良いリフレッシュタイム♪になっているのではないか。
つまり、人間は、じっとしていればたいていは苦痛で、動いていれば何となく良い気分ということである。

私は「女性の品格」を開き、また読み始めた。
以下は「女性の品格」の最後の一節(裏表紙)である。

「ミリオンセラーには理由がある
時代はまわる
社会の雰囲気も、働く意味も、生活のスタイルも
価値観は、めまぐるしく変わる」

でも、自分だけが保守的で、じっとしていて変わらないなんて、、、それは、とても苦痛でストレスだろう。
変わらない指針(≒「女性の品格」に書いてあること)もあるはずだし、あってよいと思うが、現代社会は自由と人権の社会で、基本的に何でも好きなようにしてよいのである。
自分が交番の警察官や守衛室の警備員のように同じ場所に居て、目立った進歩もなく時間や人生が過ぎ、変わらない指針を守る・・・そんな筋合いがあるのかというと、別に、ないと思うのであるが。

私は、坂東先生の名著「女性の品格」を閉じた。

そうだなぁ・・・みんなから愛されるために品格を重んじ、淑女ぶっているよりも、自分の好きなようにふるまう方が、イイ女なのではないか。
私はそう思う。
坂東先生の本を読んで、あえて性格改善をしないのもアリだ!

女性の品格を読み、女性の品格を放棄せよ。

野蛮で攻撃的な女、それこそが、時代を切り開く女であり、また魅力的なのではないか。
ただし、2018/12/10「好きな人の役に立てる時代」に書いたが、そのような女性には、バランス的に、品格のある(男性)パートナーが必要であると考える。
両方とも野蛮で攻撃的だと、内部抗争になって生産的ではないからだ。

まあ、そんなこんなでいろいろ考えているうち・・・頭の中が混乱してきた。
私は図書館を出て、現代ビジネス研究所へ。

研究員の成果報告会は6時から8時まで行われた。

8時からの交流会では、坂東眞理子総長が合流。
この日の坂東先生は、前回までとは違い、鮮やかな緑色のドレスであった。
坂東眞理子先生は、御年77才であるが、いまも、現代ビジネス研究所の「花」である。






交流会の最後の方で、新任研究員が壇上に呼ばれ、1人1人、自己紹介をする時間になった。
私は壇上で、自己紹介をしたとき、持参した終活本のPRもできたのだが、ちょうど坂東先生が私のそばで聞いていた。
そこで私は、「コレ、坂東眞理子先生に、さしあげます!」と言って、その場の勢いで坂東先生に本を渡した。
すると、坂東先生は快く受け取ってくださり、「あとで読んでみますね」と優しい口調でおっしゃった。

おお、460万部も売った大作家の坂東先生が、私の本を読みます、と言うとは思わなかった!!
ありがたいとしか言いようがない。。。

坂東先生は、いつでも、だれに対しても、優しいなあ、、、(*'ω'*)

ということで、坂東先生のおっしゃる「女性の品格」、実はその本質的部分というのは、女性はこのようなシンプルな思いやりと優しさをもって、ふるまいなさい、という教えなのである。
つまり、相手への思いやりや優しさを常に持ち、相手のために何をすればいいかを常に考え、時と場合によってはそれを躊躇なく実行し、相手を利する、守るということである。
それはいつの時代も、全ての女性のみならず、男性にとっても、変わらぬ実質的な指針(基準)=「愛」ということなのである。