2021/11/05

出版社の裏話

どこかの場所に社長が3人集まる、そんな光景は珍しいが、その3人が女性社長なら、なおさらである。
10月末の日曜日、土浦市立図書館(アルカス土浦図書館)で、「出版社の裏話」という女性社長3人組による講演会が開催された。
私は普段、県央県北には行かないので、その方角のイベントを知らない。
しかし、2回目のワクチン接種を受けるため阿見町の県立医療大へ行った時、途中の土浦でこのイベントを知り、試しに申し込んだ。

当初は、無料講演会なので申し込むだけ申し込んでおこう、ということであった。
ところが後日、時間の確認をしたくて図書館のホームページを見ると、申込開始の数日後に満席のお知らせが出ていた。
これほどの人気なら行くべきだ、と思った私は、当日早めに図書館に着いた。
到着後は開始時間まで館内を散歩し、蔵書を眺めたりして過ごした。




土浦市立図書館(アルカス土浦図書館)


さて、本題の「出版社の裏話」の講演会。
出版社の女性社長3人組とは、以下の方々であった。
3人で図書館の全国行脚をしており、私たち、仲がいいんです、などと言っていた。

下中美都社長(平凡社
喜入冬子社長(筑摩書房
富澤凡子社長(柏書房


出版社の裏話、会場、土浦市立図書館


3人に共通するのは、社長なので行動的でたくましい、その反面、出版業なので思慮深くて上品、ということなのだが、私が最も注目したのは、筑摩書房の喜入冬子社長である。
なんか、この人、樹木希林(きききりん)に似てるなあ、と思いながら、最初から注目していたのだが、あとでGoogleで検索したら、樹木希林とは全然似ていなかった。
まあ、それはともかく、下中社長の話だと、喜入さんは経営者なので編集の現場から退いてはいるが、編集の仕事に携わることもあるという。

そして実は、喜入さんはヒットメーカーと言われるすごい編集者なのです!!(と下中社長)
(会場一同)ええっ、そうなの!?

私には、下中社長のこのセリフで、読書好きの多い会場の空気が一変したように思えた。

じゃ、じゃあ、もしかして、あれかしら??
あたしが趣味で書いたお蔵入りの〇〇〇も、喜入さんにお願いすれば大ヒット間違いなし、印税がっぽりなんじゃない!?

とまあ、そこまで具体的に想像した人はさすがにいないだろうが、講演会の後、きっと誰かが喜入さんに作品を売り込むのではないかと思い、しばらく遠くから眺めることにした。
すると本当に、中年女性が熱っぽく話しかけ、帰ろうとする喜入さんは足止めを食らった。
その人の気持ちはよく分かる。
が、作品を売り込みたいなら冷静に、アポを取って後日筑摩書房に持ち込めばよいのではないだろうか。
なお、例えば喜入さんの手がけた本としては養老孟司氏の「唯脳論」などがある。

一般に、ヒットメーカーといえば作家側の問題と思いがちである。
しかし、編集者の側にもヒットメーカーの括りがあるんだ、と私は思った。
ただし、彼女はゴシップ週刊誌の編集長のような通俗性や気軽さを持ち合わせてはいない。
その編集方針は売上至上主義でもない。
営利企業なので売れるかどうかは厳しく審査するが、思い入れのある本や、なかみのある本をていねいに作りたい、と何度も語っていた。
結局、ヒット作は狙って作れるものではないのだ。
本のヒットとは野球のホームランのようなもの、野村監督的に言うと、それは狙うものではなく、あくまでヒットの延長がホームラン、ということなのだろう。
そして最後の方で彼女は、名前は忘れたが、去年出版した韓国人女性の書いた本を私たちに紹介した。
これは、フェミニズムとジェンダー平等を論じた本と思われるが、彼女の話は純文学作家みたいに難解かつ高尚で、私にはヒットメーカーの言うこととは思えなかった。
しかし、とても印象に残った話なので、その要約を書いて終わろうと思う。

茨木のり子という詩人がいるのですが、彼女は「倚りかからず(よりかからず)」という詩で有名です。
詩の題名のように、彼女のポリシーは「他人に頼らず生きる」です。
太平洋戦争当時、周囲のおとなの言うことを鵜呑みにした彼女は、軍国主義を支持する側に回りました。
この過ちが彼女の詩人としての出発点で、彼女は反省し、他人に影響されるのを嫌いました。
しかし、他人との関係を遮断し、自分の内部だけで考えても、良い詩は書けませんでした。
やがて彼女は、どのような他人とも積極的に関わり、粘り強く対話を続ける姿勢が正しい、と考えるようになります。
この本は、そんな彼女が、かつて日本が植民地支配した韓国の言葉を学び、韓国語で詩を書いたことについての研究作品です。
フェミニズムやジェンダー平等を考える自立した女性にとって、他人との関係では対話が最も重要なのです。