2021/07/26

諏訪部佐代子&君島英樹「Not For Sale」

最近の私は、東京オリンピックが始まり、明るく新鮮な気分である。
アトレ取手4階の「たいけん美じゅつ場VIVA」も、23日のオリンピックの開会式と合わせるように新しい展示会を開催し、明るく新鮮な雰囲気である。
1つは、ギャラリースペースで開催されている取手松陽高校美術部の展示会。
そういえば、4月上旬もここで同校の展示会(「8展」)があり、私は他のアートコミュニケーターと一緒に、対話型鑑賞会のファシリテーターを務めたのであった。
受付に座っている2人の女子高生に話を聞くと、2人とも4月の展示会にも絵を出品していたというので、話が盛り上がった。

もう1つの展示会は「Not For Sale」(VIVAウェブサイト)。
メインラウンジにインスタレーションが何点か展示されている。
こちらは、東京芸大大学院生の君島英樹さんと、諏訪部佐代子さんの「ヌルヌルスタジオ」によるもの(2人のプロフィール等は上記ウェブサイト参照)。


たいけん美じゅつ場VIVAの諏訪部佐代子


たいけん美じゅつ場VIVAの諏訪部佐代子


2人は同い年で油彩画専攻、一緒に作業をしているときはお似合いのカップル、あるいは仲良しの兄妹のようにも見えたが、たいていは別行動をしており、私は居合わせた諏訪部さんとよく話した。
2人とも2ヶ月近くここに出入りし、作品を作り上げてきたというが、君島さん本人とは話す機会がなく、実はほとんど私の興味ではなかった。
ところが、展示会初日、買い物ついでにアトレ取手のエスカレーターを4階まで上がると、ちょうど君島さんの魅力的な作品(「あなたのお値段」)が飾ってあり、私の目にとまった。
私は興味深々、君島さんの作品を眺め、スマホで撮影などしていたが、まもなく後方から声がかかり、振り向くと君島さんであった。
かたや、諏訪部さんは何かのインタビューを受けている最中で忙しく、私は君島さんと作品について話し、記念写真を撮って帰った。
そしてきのう、私はまた買い物ついでにVIVAに行った。
君島さん諏訪部さん2人ともちょうど休憩中で、今度は諏訪部さんの作品(「かつてこの地を毛のない猿が支配していたらしい」)の前で彼女の記念写真を撮った。

「2人とも私のインスタグラムに上げてもいいですか??」
「はい、もちろん。」
「どっちがたくさん「イイネ」が付くかな~。」
「どうでしょう。」


諏訪部佐代子「かつてこの地を毛のない猿が支配していたらしい」


たいけん美じゅつ場VIVAの諏訪部佐代子
(上記は公開の許可を得て撮影した記念写真です)


たいけん美じゅつ場VIVAの君島英樹
(上記は公開の許可を得て撮影した記念写真です)


たいけん美じゅつ場VIVAのあんみつ先生


ヌルヌルオフィス
(上記は公開の許可を得て撮影した記念写真です)


展示会のタイトル「Not For Sale」とは非売品のことである。
アーティストの作品は自己実現の産物で、必ずしも売るために作ったものではない。
しかし、アーティストは生活のため作品を換価する必要があり、結果として値段が付けられる。
このとき、どのようなメカニズムで美術品の価格が決まるのだろう。

この作品はいくらですか?という問いからこの企画は始まりました。アーティストにとって、「作品に値段をつけること」は非常にナイーブな問題です。現にファインアーティストである諏訪部は自作に価格をつけることにやや懐疑的な立場でこのプロジェクトをスタートしました。SNSやNFTが発達した今、他者の作品の値段を知る機会は多いですが、実際美術作品の価格とは曖昧なものです。同じくアーティストの君島は「お弁当ワークショップ」というワークショップを小学校を中心に行なっていますが、その際子どもたちが作った食べられない「お弁当作品」に毎回値段をつけてもらいます。価格のつけ方も含め子どもたちの感性は私たちの感覚とは全く異なり、その場は常に創作のエネルギーで満ち溢れています。さて、美術とその価値とは何でしょうか? 
(上記VIVAウェブサイトより)

諏訪部さんに聞いたら、アトレ1階の魚屋の魚と同じようにして決まっているんじゃないかしら、と言っていた。
なるほど、そうかもしれない。
でも、私たちは魚を食べるために買うが、美術品を消費するために買うわけではない。
例えば、株式などの上場有価証券の売買、外国為替証拠金取引を考えてみよう。
証券取引所に顧客注文が入り、BitとAskが出合ったところで値決めされるが、この時、いくらで約定しようとも約定価格が適正とみなされる。
他方で、ファンダメンタルズ(企業価値、貨幣価値)を算定し、そこから導き出される理論価格というものもあるが、理論価格は市場価格の割高、割安を論ずるための物差しであり、IPOのような特殊な局面を除いては結果論に終始する。
美術品は、展示のみならず転売を目的とすることもあり、原価と市場価格が無関係という点で有価証券と類似する。
そうだとすれば、サザビーズで落札される100億円の油彩画、銀座の画廊の1000万円の油彩画、フリーマーケットの1万円の油彩画、誰にも買われずアトリエに放置されている油彩画、これら全てが、美術品の市場価値を適正に反映しているというべきである。

まあ、美術品には真の価値と落札価格(売却価格)という2つの価値基準があり、それが一致しているか乖離しているかを知りたいというアーティストの気持ちもよく分かる。
しかし、客観的意味での美術品の真の価値を決めるのはほぼ不可能であり、以前のクレジットカードのCMではないが、プライスレスなのだ。
私が思うに、美術品の価値とは、とりあえず落札価格(売却価格)のことでよいと思う。
それは貨幣価値の裏返しでもあり、社会経済情勢、市場流動性等も加味して複雑なメカニズムで決定されている。
例えば外国為替証拠金取引の世界では、貨幣価値(為替レート)の決定について諸説あり、正直どれも通説とは言い難いが、為替ディーラーは真の価値などあまり考えずに取引をしている。
美術品の価値もきっと、まあ、そんな感じで何となく決まっているのではないだろうか。