2020/03/11

3・11 Pandemic&Pibrac

3月11日は東日本大震災の日である。
それは福島原発事故とともに忘れられない出来事である。
東北地方の方々と比べれば無傷に等しいが、茨城県民も被害者である。
私たち家族は無事であったが、近所では自宅の外壁が崩れたり、家屋にヒビが入ったりして、震災後あちこちの家が修理をしていた。
改めて思うと、本当に紙一重の無事なのであった。

今日は夕方、渋谷で司法書士事務所を経営する友人のM先生と会う約束がある。
ただ、その前にギャラリーめぐりをするつもりで、お昼ごろ銀座に到着した。
ギャラリーめぐりというとだいたい行くところは決まっていて、企業系のギャラリーだと、ソニーイメージングギャラリー、資生堂ギャラリー、ポーラミュージアムアネックス、銀座グラフィックギャラリー、ノエビア銀座ギャラリーなどである。
しかし、ギャラリーはどこも休業していた。
銀座のギャラリーは狭くて小さいところが多いため、新型コロナウィルスが蔓延している時に開館は難しいのだろう。
とりあえず、松屋の向かいのシャネルのギャラリーは開館していたので、そこに入った。


シャネルネクサスギャラリーのピブラックの写真展


シャネルネクサスギャラリーのピブラックの写真展


ピブラック(Pibrac)の写真展。
ピブラックは劇場の舞台裏をドラマチックに描き出す気鋭の写真家である。
劇場には表舞台のドラマがあり、それとは別に舞台裏での劇団員たちのドラマもあるのだ。
少し作為的な気もしたが、人間ドラマを感じさせる写真ばかりで見ごたえがある。


シャネルネクサスギャラリーのピブラックの写真展


シャネルネクサスギャラリーのピブラックの写真展


シャネルネクサスギャラリーのピブラックの写真展


派手な身なりのアーティスト風のカップルがいて、先ほどから私の少し先を話しながら歩いている。
ある写真の前で2人は立ち止まり、写真の近くに寄って見てはまた離れを繰り返した。
パソコンのアプリか何かを用いた合成写真ではないかと、しきりに疑っているのだ。
そのうち私の目の前で、合成写真かどうかの議論が始まった。
なので、私は静かにその場を離れることにした。
私は、合成のような気もするがそうではないような気もする。
まあ、どっちでもいいんじゃないの。

その後、向かいの松屋に行き、デパ地下のいつもの喫茶店でコーヒーを飲んだ。
デパ地下も空いていたが、喫茶店も私を含め客は3人だけ。
その後また通りを歩いた。
シャネルもそうだったが、通りがかりに見かけた銀座のブティックはどこも閑古鳥が鳴いており、入口に店員だけが立っている状態であった。


銀座花椿通り交差点


銀座4丁目の交差点も、どこかの田舎町の交差点のように人がいなかった。
思わず、このままでは銀座がゴーストタウンになる、と思った。
まるでピブラックの劇場写真のように。
銀座という豪華なハコモノだけがあり、そこには誰もいない。
まあ、それはよくある考え過ぎであって、実際にそうなるわけはないんだけど。

その後、私は銀座線で渋谷に向かった。
約束の時間よりもだいぶ早く渋谷に着き、私は雨上がりの渋谷の街を少し散歩した。
渋谷は銀座に比べて明らかに人通りが多い。
こちらはいつもとそれほど変わらないな、と思った。
約束の時間までスターバックスで待った。
1階の客席は若者で満員、2階に上がるとこっちも若者でほぼ満員であった。


渋谷スターバックス2階席


私は窓際のカウンター席に座り、階下の大通りを眺めながら手帳をめくり、桜の季節限定のフラペチーノを飲んだ。
隣に座る2人組の女子大生が大学のサークルの話をしている。
銀座と違い、渋谷は若々しくて楽しい話ばかり聞こえる。

ああ、なるほど、、、
高齢者の銀座、若者の渋谷ということで、勝負あったね。

これから会うM先生は私と同年代だが、渋谷の街が好きだという。
私は銀座の方が落ち着けて好きだが、今後銀座の街はどうなるのだろう。
新型コロナウィルスの流行とともに色あせていく銀座の未来、かたや、ウィルスをもろともせず若者が集う渋谷の未来。
ここで、もう銀座の時代ではないのだな、そう確信した。
窓の外はまた雨が降り始めている。
ふと、となりの女子大生2人組が面白いことを発見した。

「ねえ見て、ビックリ!!」
「なにが?」
「交差点の左側は雨が降ってないのに、右側は雨が降ってるんだけど。」
「まさか。でも本当だ、すごい!!」

階下の通行人たちはそのことにまるで気付いていないが、2階席から見ると確かにそれは本当なのだった。
ただ、私はちっとも驚かなかった。
今日は東日本大震災のあった3月11日である。
いまは新型コロナウイルスのパンデミックの真っ最中である。
私は、大地震と原発事故の組み合わせ、新型コロナウィルスのパンデミックに比べれば、驚くほどのことでもない、と思った。