清武氏は、もともと読売グループの大幹部のひとりだった。
野球ファンなら、この顔をご存知と思うが、清武氏といえば、巨人軍の球団代表=超有名人(!)である。
ところが、ある時、読売グループのトップ渡邉恒雄氏(ナベツネ氏)を告発し、読売グループを追われ、無職になってしまったのだ。
巨人軍の球団代表から、いきなり(?)無職に転落した清武氏。
もともと読売新聞の敏腕記者で、文章を書くのが得意だったので、作家になることを決意したというが、紆余曲折あって、現在は、売れっ子作家としてご活躍中である。
書く、喋るは、表現の自由であり、くだらない連中に邪魔されにくいということもあっただろう。
これは、インターネットやSNSの全盛時代において、なかなか重要な学びである。
本講演は、2026年4月下旬のものだ。
私たちは清武氏から、今日は2つのことを覚えて帰ってほしい、と言われた。
①いくつになっても文章を書きましょう
②自分自身の死亡記事を書いてみましょう
まず、①についてだが、文章を書くことの効果、効能である。
私は、かれこれ5年以上、ブログを書いているが、やはり、書けばいろいろな発見や学びがある。
次に②についてだが、終活の先生としては、こちらが気になった。
自分自身の死亡記事を書く・・・それって、終活じゃない!?(*'ω'*)
しかし、これから前向きに人生の計画を立てるとき、自分自身の死亡記事を書くなんて、さすがに抵抗感があるのではないか。
いや、ここは大作家清武氏の言うとおりにして、死亡記事を書いてみよう!
講演終了後、私は、近くのスターバックスへ。
注文したダークモカチップフラペチーノを持って、窓際のテーブル席に座った。
しばらく考え込み、30分ほどかけて、自分の死亡記事の素案を書いた。。。
その後、年明けから闘病中のY先生にメールを送った(リンク)。
Y先生へ
こんにちは。
最近、具合はどうでしょう。
さっき、作家の清武英利氏の講演を聞いてきたんですが、とても面白かったです。
清武氏は元巨人球団代表、読売新聞の記者で、ナベツネを告発した無謀な男として有名ですが、特に面白かったのは、彼は元新聞記者だから、自分自身の終活をするとき、自分の死亡記事を書くというのです(笑)
なんでも、新聞の死亡記事というのは、若手記者が、その人のことをよく知らないのに書くから、内容がイマイチなんだとか。
清武氏は、おれの死亡記事はこう書いてほしいと主張していました。
そこで、私も早速まねをして、自分自身の死亡記事を書いてみました。
Y先生、私の死亡記事はいかがでしょう?
~中略~
まず、2055年4月1日死去と書いてありますが、現在の男性の平均寿命から考えると、このあたりが死亡予定日としては妥当と思われます。
次に、終わりよければすべてよしといいますが、直近の肩書は大事です。
あと、自分の死亡記事を書いて思ったのは、人間、そんなにあせってやるべきことって、ないんだな~、ということです。
年齢的に、多くのことにはもう取り組めないので、選択と集中が必要です。
やりたくないことはやらず、やりたいことをやるべきだ、と清武氏は力説していましたが、これからの時代、そういう自己中心的な考え方が大事だと思います。
ちなみに、死ぬまでにやりたいことを書いたものを、バケットリストというのだそうです。
では、Y先生、お大事にしてください。

その後、私はスターバックスを出て、銀座のポーラミュージアムへ。
「モダンビューティー」という化粧に関する展示会だった。
展示を見ていると、Y先生から奇妙な返信があった。
面白いメールありがとうございます。
しかし、あなたの場合、死亡予定日まで、まだ30年もあります。
死亡記事の内容は、あとで変わるかもしれませんね。
それから、あなたの死亡記事を読むと、ひとつ大事なことが抜けています。
大事なこと?(*'ω'*)


それは、喪主は誰かということです。
喪主ねえ、、、(*'ω'*)
喪主を誰がやるのかは、結構、大事ですよ。
なるほど、30年後の私の葬式の喪主ねえ、、、
今から悩んでもしょうがない気もするが、喪主がママ殿では格好が悪い。
いや、そもそもママ殿は私より先に死ぬから、ママ殿に喪主は無理なのだ。
私はY先生とのメールのやりとりの後、考え込んだ。


そうだなあ、、、喪主が年下の美女なら、未亡人で話題性もあるが、実際、どうなのか。
作家(エッセイスト)の喪主ということなら、同類の人間がよさそうだが。
例えば、画家(アーティスト)だ。
喪主がお似合いの陰気でネクラな性格で、少し病んでいて、宗教や葬式、お墓などにも造詣の深いアーティストがいいかもしれない(*'ω'*)ウ~ム
さて、最後に。
作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、結局、売れてナンボである。
その点、芸能人と同じような立ち位置といえる。
芸能人にとって、スキャンダルとは売名の手段だが、作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、同じことがいえるだろう。



