2026/09/15

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  • 夏場はアイスクリーム
  • 出張の帰り、久しぶりに駅弁を買った
  • The story of Tokyo Tarot Museum(番外編)アルフレッド・ダグラスの「タロット(The Tarot)」を読む
  • 画家は信念と自由が大事?
  • 久井唯花さんの写真展「QUALIA」

■執筆者
加藤光敏

■連絡先
お手数ではございますが、ご連絡される際には、こちらより、お願い致します⇒①会社ホームページ、②事務所ホームページ

2026/09/13

久井唯花さんの写真展「QUALIA」

最初、私の眼鏡が曇っているのかと思ったが、そうではなかった。

9月のある日、銀座のソニーギャラリーの写真展を見たときのこと。
ギャラリーの入口の案内板をスマホで撮影すると、光の具合(?)で、こうなった。

私は、不思議な感覚に陥りつつ、展示室の中へ足を踏み入れた。




今回の写真展は、久井唯花さんの「QUALIA」。
まずは、久井唯花さんのアーティストステイトメントを読んでみた。

「色感覚を伴う共感覚の経験を背景に、視覚と非視覚的な感覚が結びつく記憶を記録している。写真を主な表現媒体とし、人それぞれに固有の知覚のあり方を主題に制作を行う。2025年に10年分の記録をまとめた写真集「QUALIA」を刊行」

ボードには、自己紹介のほか、彼女の詩が載っていた。

「わたしの祈りは叶わないまま輝いている
もう二度と、過ぎた日を振り返ることがなくても
もう二度と、ひとと同じものを見ることがなくても
そしてそれらが紙の上でどんなかたちをしていても
その輝きは、失われることはない」











そんなに長居はしなかったのだが、彼女の写真作品は、10年分の記録だけあって、選りすぐりのものだった。
どれもシンプルで、直感的で、印象深く、私はとても満足した。

ソニーギャラリーの次は、雨のぱらつく並木通りを歩き、ノエビア銀座ギャラリーへ。
写真家の林忠彦と齋藤康一撮影の「文士の時代 三島由紀夫と川端康成」である。

お盆休みに、下の写真のような案内ハガキが我が家に届き、ちょっと面白そうなので見に来たのだ。





前提として、ふたりは師弟関係にあり、深い親交があったことが、よく知られている。
順番に写真を見ていくと、昭和45年のある日、パーティーの席で、歓談するふたりの様子を撮った写真がある。
解説文には、宴会の1週間後、三島由紀夫が自決したと書いてあった。

自決なんて、深刻でイヤな話だな、、、(*'ω'*)コワー

三島由紀夫は、昭和45年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をした。
ということは、写真のパーティーは、11月なかばということになる。
三島由紀夫の葬儀は、築地本願寺で行われたが、葬儀委員長は川端康成が務めた。
そして、三島由紀夫の死から約1年半後の昭和47年4月16日、川端康成は、逗子の仕事場でガス自殺をした。

なるほど、川端康成は、そんな死に方をしたのか(*'ω'*)コワー

ノーベル文学賞受賞者の川端康成が、ガス自殺をしたことは、学校の国語の授業で習ってない気がする。
このあたりのことは、Wikipediaの「川端康成の解説(エピローグ突然の死)」に、詳しく書いてある。





ノエビアの写真展を見た後は、銀座シックスの方へ。
大通りを新橋方面に歩き、ヤマハのビルに立ち寄った。

入口の脇で、傘をたたむと、私のすぐそばの壇上にある、珍しいピアノが目に留まった。
展示されているのは、ヤマハピアノ100周年記念の特注ピアノである。
大正時代のレトロ感があり、装飾的な脚が特徴的だ。
グランドピアノとしてはミニサイズだが、私は、その小さくて美しい顔と身体に強く惹かれた。

音楽は、直感的な芸術である。
余計なこと、難しいこと、深刻なことを考えなくていい。
なので、私は、文学やアートより、音楽が好きだ。

いま、手元に手帳がないのだが、次のコンサートの予定は、11月24日の東京オペラシティーだったか?




ここで、QUALIAとは何なのか説明しておこう。

Wikipediaには、こう書かれている。

「クオリア(英語: qualia〈複数形〉、quale〈単数形〉)または感覚質とは、『脳科学辞典』によれば、感覚的な意識や経験のこと[1]、意識的・主観的に感じたり経験したりする質のこと[1][注 2]。一例として、訓練されたサルの脳に電極を埋め込んで「眼球運動や脳活動からクオリアを読み取る」研究が進められていると同辞典にはある[1]。『広辞苑』によるとクオリアは「感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感」であり、「脳科学で注目される」概念である[2]。」

ただ最近はWikipediaより、生成AIの解説の方が分かりやすかったりするので、Geminiでも調べてみた。

「クオリア(Qualia)を一言でいうと、「私たちがある体験をしたときに感じる、主観的で生々しい『質感』や『感じ』」のことです。科学やデータでは絶対に説明できない、あなたの中にだけ生じる「あの感じ」を指す哲学用語です。言葉だけだと少し難しく聞こえるかもしれませんが、具体例と比べるとすぐに理解できます。「Quality」が物事の客観的な「性質」や「品質」を指す言葉として定着したのに対し、「Qualia」は「人間の意識や経験における主観的な性質(Quality)」を指す言葉として使われています。私たちが何かを体験したときに「それはどのような(qualis)感じがするのか?」と問うときの、その「感じ」そのものがクオリアです。」

久井唯花さんの言葉を借りると、「色感覚を伴う共感覚の経験を背景に、視覚と非視覚的な感覚が結びつく記憶」であり、「人それぞれに固有の知覚のあり方」があるものである。
彼女の作品には、光が差し込んでいるが、私たちの脳裏には、何かを想い起こしたとき、一瞬で、そのときの主観的経験や体験に基づく個人的感覚がよみがえるだろう。
それが、クオリアである。

例えば、男どうし居酒屋で酒を飲みながら話しているとして、美人とは~であると客観的学術的に定義してもよく分からないわけである。
感覚的に腑に落ちないからであるが、そこで美人とはクラスメイトの〇〇さんとか、アーティストの〇〇さんというと、彼女を知る男たちは途端によく分かる。
クオリアとは、あるときは、そんな美しい思い出の共有だと思う。
もっとも、思い出は美しいものばかりではない。
主観的で生々しい『質感』や『感じ』が、ゴキブリを触ってしまったときの触感であったり、海外で口に合わない料理を食べたときの「まずい!」という味覚だったりすることもある。

よく例えに出てくるのが、「赤い」という色彩感覚である。
リンゴ(APPLE)の赤というと、リンゴの皮の匂いや、昔食べたおいしいリンゴの甘酸っぱい味を思い出し、良い感じがする。
しかし、赤を血の色として記憶している者にとっては、ぜんぜん良い感じはしないだろう。

ということで、私たちは、なるべく良い思い出を作ることが大事のようである。

最後に、私は、今一度、彼女の詩を読んでみた。

「わたしの祈りは叶わないまま輝いている
もう二度と、過ぎた日を振り返ることがなくても
もう二度と、ひとと同じものを見ることがなくても
そしてそれらが紙の上でどんなかたちをしていても
その輝きは、失われることはない」

2026/09/10

画家は信念と自由が大事?

先月のこと。
水戸に用事があり、午前11時に水戸駅に到着した。

午後から、三菱UFJ銀行水戸支店で用事があり、バスで泉町方面へ。
京成百貨店をぶらぶらした後、大通りを大工町方面に歩いた。

筑波銀行水戸支店の少し先に、「テツ・アートプラザ」という新しい建物がある。
カフェ、ラウンジのある、この建物の隣に、美術館が併設されている。
私は、4月に一度入ったことがあるのだが、約束の時間まで30分以上あるので、館内で過ごすことにした。








広いラウンジのすみに、裸の女性の彫刻が展示されていた。
小森邦夫の「あすなろ」という作品である。
解説を読むと、「本作はこの建物が旧三菱UFJ銀行水戸支店として使われていた時代から店内に設置されていたものをもとに鋳造した作品で~」とあった。

要するに、いま私のいるこの建物は、かつて、三菱UFJ銀行水戸支店だったのだ。
右下に、昔の店内のにぎわう様子が写っており、昭和の風景に懐かしさを覚える。

ちなみに、現在の水戸支店は、大通り向かいの古いビルの中にあり、1階がATMコーナー、3階が窓口のある店舗となっている。
もはや銀行は、立派な建物を必要としなくなったのだ。

私は用事があるので、この後、横断歩道を渡り、支店へと向かった。

それにしても焼けるように熱い、、、
日傘を差さなければ、どうかしてしまう...(;´Д`)ハアハア







銀行で用事を済ませ、私は、また横断歩道を渡り、クヴェレ美術館へ向かった。

美術館のフロントヤードに、謎めいた真っ赤な置き物があり、ひときわ目をひいた。
が、あまりに暑いので、私は、サッサと館内へ逃げ込んだ。
館内に入ると今度は冷房がききすぎていて、私は寒くなってしまった。

少し休んでから見ることにしよう。

私はトイレを済ませた後、椅子に座り、今回の展示案内のチラシを眺めた。
前回4月に来たときは、日本画がメインの展示会だった。
今回は、7月に展示替えをしたばかりであるが、「日本近代洋画とシルクロードの精華」という展示会だった。














解説によれば、日本の近代洋画家は、①海外で売れた人、②海外留学して日本に戻って売れた人、③様々な事情で海外に行けなかったが日本で売れた人に分かれるのだという。
①といえば、フランスで活躍した藤田嗣治だが、③のような不遇な洋画家もたくさんいた。
彼らは海外の文献を見て、研究をして、自身の洋画スタイルを確立したという。

茨城県水戸市出身の著名な洋画家の中村彜(なかむらつね)は③である。
昔は1ヶ月以上かけて船旅をする必要があり、公衆衛生も悪かった。
彼は病弱で海外に行けなかったという。

そんな中村彜の「ダリヤ」という作品が85年ぶりに公開されたとある。
今から85年前というと、ちょうど太平洋戦争が始まった1941年であり、戦後初公開ということになる。





「中村彝 (なかむらつね・1887-1924年)
茨城県生まれ。1904年名古屋陸軍地方幼年学校卒業。翌年千葉県で療養し水彩画開始。1907年太平洋画会研究所入所。1909年第3回文展入選、褒状。1911年新宿中村屋裏へ移る。1914年伊豆大島に滞在。1915年ルノワールの作品を実見し感銘を受ける。1916年下落合にアトリエ新築。1920年≪エロシェンコ氏の像》(重文)制作。1923年関東大震災被災。以後宗教的画題を描く。37歳で死去。」(クヴェレ美術館解説より)

そういえば、数年前、目白台の中村彜アトリエ記念館を訪れたことがある。
私は、そのときのことを思い出した。

以下、2020/11/03「目白アトリエ散歩」より。

目白駅の改札を出て右へ行くと目白台、左へ行くと目白、下落合である。
目白台の方には、講談社の創業家野間家の日本画の美術館(野間記念館)、細川家の永青文庫があり、主に和物の美術館である。
これに対して、目白、下落合の方には、中村彜アトリエ記念館(なかむらつねと読む)、佐伯祐三アトリエ記念館があり、こちらは洋画の美術館であるが非常に小さい。
住宅地の中に小さなアトリエの建築物があり、保存目的で無料公開されているのである。
空き家にしてしまうと不動産はすぐ傷むので、職員が常駐したり、来館者が出入りしたりする方が保存には良いのだろう。

中村彜、佐伯祐三はともに明治大正期の洋画家である。
中村も佐伯も病気がちで早死した。
なので、それほど目立たない洋画家ではある。
しかし、国立近代美術館の常設展に何点か代表作が展示されており、それが非常に印象的な絵なので、知る人も多いかもしれない。
こないだ、私は都内で用事を済ませた帰りに目白に行った。
駅をおりると3時近くで、駅から近い方の中村彜アトリエ記念館から先に見たのだが、後から行った佐伯祐三アトリエ記念館は残念ながら閉館時間を過ぎていた。

目白駅の改札を出て左へ歩く。
目白通りの商店街を通り、目白病院の少し手前で左折する。
路地を歩いて5分ほどで、住宅地の中に中村彜アトリエ記念館の正門が見える。

なので、それほど目立たない洋画家ではある。
しかし、国立近代美術館の常設展に何点か代表作が展示されており、それが非常に印象的な絵なので、知る人も多いかもしれない。
こないだ、私は都内で用事を済ませた帰りに目白に行った。
駅をおりると3時近くで、駅から近い方の中村彜アトリエ記念館から先に見たのだが、後から行った佐伯祐三アトリエ記念館は残念ながら閉館時間を過ぎていた。






まだ時間があるので、もう少し、クヴェレ美術館の展示作品を見ていよう。
私は、いま歩いてきた展示スペースを戻り、気に入った作品を眺めた。

見上げると、大きな垂れ幕に、このような言葉が書かれている。

「たびたび展覧会をしても、それ自体は満足のいく収入にはならなかった。生活していくために、より実のある何かを始めなければならなかった」(「東洋から西洋へ」兵庫県立美術館2025年より)

なるほど、、、(*'ω'*)ウ~ム

画家は、効率の悪い手仕事である。
売れないものは在庫となる。
相当高い値段でないと、「満足のいく収入」にならないだろう。

私は立ち止まり、考え込んだ。

より実のある何か、、、それは彼女にとって何だ?(*'ω'*)

続いて、もう少し歩くと、別の画家の言葉として、「画家は信念と自由が大事」というのが書いてあった。
確かにそうだが、信念と自由では生活ができないから、より実のある何かを始めなければならないのでは?

さらにもう少し歩くと、佐伯祐三の作品があり、私は立ち止まった。
私は「目白台アトリエ散歩」の記事で書いたように、佐伯祐三記念館に行きそびれたのだが、今回もうっかり見逃すところだった。





佐伯の絵は、見るからに病んでおり、陰鬱なオーラが漂ってくるものだった。

タイトルは「壁」、油彩画の作品だ。
佐伯は、大正13年、フランスに渡ったが、ヴラマンクから酷評されてしまう。
この作品は、酷評の直後に描かれたものだという。

そういわれると、確かに、恨めしいかんじがする。

続いて解説文には、「正面に据えた古びた建物の壁が強い存在感を放ち、壁面に控えめに刻まれた引っ掻き傷には、後年の看板やポスターの文字表現への萌芽がうかがえる。やがてポスターは、佐伯の激しく複雑な自己の内面を映し出す重要なモチーフとなっていった」とある。

壁に、恨みを込めて何かを描く・・・私は、このようなテイストの壁画作品を、以前どこかで見た記憶がある。

「佐伯祐三(さえきゆうぞう・1898-1928年)
大阪府生まれ。1917年川端画学校洋画部で藤島武二に学ぶ。1918年東京美術学校西洋画科予備科入学,在学中池田米子と結婚。1923年同校西洋画科卒業。1924年渡仏し、里見勝蔵とヴラマンク訪問。酷評を受ける。1925年サロン・ドートンヌ初入選。1926年帰国、一九三年協会結成。二科展に滞欧作出品、二科賞受賞。1927年再渡仏、サロン・ドートンヌ入選。パリ郊外の精神病院で30歳で死去」(クヴェレ美術館解説より)

こういう死に方は、画家には、よくある話である。
美術館やギャラリーを回っていて、昔の画家のプロフィールを見ると、正直、画家というのは、健全に見えても実は精神を病んでいたりして、ロクな死に方をしないものだと、つくづく思う。

その理由は、やはり、「たびたび展覧会をしても、それ自体は満足のいく収入にはならなかった」からだろう。
また、「生活していくために、より実のある何かを始めなければならなかった」が、画家自身には、たいていの場合、その手段がないからだと思う。

もっとも、美人女性画家の場合は、意外と逃げ道があるように思えるのだが。

2026/08/31

The story of Tokyo Tarot Museum(番外編)アルフレッド・ダグラスの「タロット(The Tarot)」を読む

今年はまだ、東京タロット美術館に一度も行っていない。
ブログ記事を遡ると、前回の訪問は2025年7月だった(リンク)。
ということは、約1年ほど行っていないことになるわけか。
では、久しぶりにタロットの記事を書こう。

「タロットカードの78枚のうち、22枚で構成されたカードを大アルカナといいます。アルカナとは、ラテン語で「神秘」「秘密」という意味で、大アルカナは番号と表題が書かれた寓意画となっています~中略~タロットを読む時は、直観が大切です。直観は考えるよりも早く、遥か遠くからやって来る「報せ」です。あなた自身に宛てられた、あなたが読めるように託されたメッセージです。見た夢と同じように、そのカードがどのように見えたのかが鍵となります。まずは、あなたが感じたことにフォーカスしてみてください。」(東京タロット美術館資料より)

私たちは何かあると、あれこれ理屈っぽく考えてしまうが、素直に直観を信じるほうがいい。
目に映る景色は、自分のみに与えられた、自分のみにしか解けないアレゴリー(allegory)である。
内なる自分と対話をし、「隠された意味」にフォーカス(focus)してみよう。
そうすれば私たちは素敵な発見をすることがあるし、思いがけないフォーチュン(fortune)とめぐり逢えることもあるだろう。


タロットカード、愚者


こないだ近所の図書館に本を返しに行ったとき、思いがけず、「タロット(The Tarot)」という本を見つけた。

著者のアルフレッド・ダグラス(Alfred Douglas)は、タロットの専門家である。
かなり昔に出版された本だが、私は、タロットの解釈はいまと少し違うのかと思い、軽く読み流した。
すると、本のなかで、「愚者」のタロットの解釈が、私の目にとまった。

書斎のハコの中に、東京タロット美術館で引いた何枚かの大アルカナのカードが保存してあるのだが、調べてみると、私はここで、愚者を2度引いていた。




タロットカード、愚者、東京タロット美術館


東京タロット美術館の展示のキャプションの写真を見ると、愚者とは、何も考えていない、気まぐれ、無邪気さ、楽観視、自由、などと書かれていた。
だが、本書でダグラスは、完璧な天才、無敵の勇者、全てを手に入れ、旅から帰って来た英雄と解釈していた。

そうなんだ、、、(*'ω'*)?

タロットの絵柄の愚者は、崖から落ちそうな勢いである。
が、彼にとってそれは問題ではない。
彼を制止する犬は一般常識を持った社会人あるいは賢者である。
が、その制止も愚者にとって問題ではない。
崖の向こうには、愚者にしか見えない未来(チャンス、新世界)が待ち受けているからだ。
本の解説によれば、愚者は無敵、崖から落ちても平気、とのことである。

たぶん、そこに見える崖は、本当は存在していないのだと思う。
しかし賢者は社会常識(ルール)にとらわれた従順な犬なので、どこにでも自らの崖(限界)を作り行動を抑制してしまう、命を惜しみ檻から出ることもない。
これに対し、愚者は社会常識に捉われることなく、檻から果敢に出ようとする。
賢者は身を守り、愚者は攻めるという違いである。
ただ、失敗すれば転落死するかもしれず、愚者の行動は命賭けである。

ああ、もしかして、、、愚者のカードは「羊たちの沈黙」と同じようなことを言いたいのではないか、と私は思い付いた。

トマスハリスの「羊たちの沈黙」は映画も原作小説も知っている。
主人公は、FBI捜査官のクラリス・スターリング(ジョディー・フォスター)である。
彼女には、人に言えない幼少時代の記憶があり、その秘められたトラウマを、サイコパスのインテリ博士ハンニバル・レクター(アンソニー・ポプキンス)が尋問で導き出す。
そのシーンが、中盤のクライマックスだったと記憶する。

屠殺されることが分かっているのに、檻から決して出ようとしない子羊たちの群れがいる。
何やらそれは賢者のようである。
これに対し、隙あらばいかなることをしてでも脱獄するレクター博士は子羊と対比される存在であり、現代版の愚者のようでもある。
愚者は愚者であるからこそ、賢者が恐れることにも果敢に挑むことができるのだが、したがって、愚者は賢者が及ばない大成功を手にすることもあるのかもしれない。


羊たちの沈黙


「なにが原因で彼女と逃げる気になった?」
「彼らは彼女を殺すことに決めていました」
「いつ殺すか、きみは知っていたのか?」
「いえ、正確には・・・なので、私はそのことがひどく心配で、彼女はかなり太ってきていましたし」
「それなら、何がきっかけになった? あの日、一緒に逃げ出した理由はなんだ?」
「わかりません」
「わかっていると思うがね」
「私はひどく心配していたのです」
「何がきっかけになった、クラリス? 何時に逃げた?」
「朝早く、まだ暗いうち」
「何かで目が覚めたんだな。どうして目が覚めた? 夢を見ていたか? どんな夢だった?」
「私が目を覚ますと、子羊たちが悲鳴をあげていました。暗闇で目を覚ますと、子羊たちが悲鳴を」
「早春生まれの子羊を屠殺していたのだな?」
「そうです」
「きみはどうした?」
「子羊のためには何もしてやれませんでした。私は単に、その・・・」
「きみは彼女をどうしたのだ?」
「明かりをつけず、身支度をして外に出ました。彼女はおびえていました。馬房の中で他の馬も動き回っていて。私が彼女の鼻に息を吹き込むと、彼女は私のことだとわかりました。そのうち、彼女が私の手に鼻を押し付けてきました。羊の檻のそばの小屋に、明かりがついていました。裸電球で大きな影ができていました。冷蔵庫が来ていて、アイドリングのエンジンが大きな音をたてていて。私はハナをひいて外に出ました」
(新潮文庫・トマスハリス・「羊たちの沈黙」より引用)

2026/08/30

出張の帰り、久しぶりに駅弁を買った






出張の帰り、久しぶりに駅弁を買った。
常磐線勝田駅で私が選んだのは、常陸牛弁当ではなく、あんこう弁当。

今年3月、まだ寒い時期に那珂湊を訪れたのを思い出す。
そのとき、レストランで数人の観光客が、全員、あんこう鍋を注文していたのだ。

特急電車の中で、早速、あんこう弁当を食べたが、特に、あんこうの唐揚げが、おいしかった。

2026/08/14

夏場はアイスクリーム



日々、過酷な暑さである。
世間的には、猛暑ではなく、酷暑という言葉が定着したようだ。

こうなると、やる気が出ない、体調がすぐれない、食欲がないという人も多いのではないだろうか。

私も、最近は、かなりそれに近いのだが。。。

さて、どうするか。

まず、当分の間、なるべく外出せず、ゆっくり過ごすことにした。
出版社から頼まれている原稿があるので、お盆休みはそれを書き進めている。

次に、アイスクリームだ。

私は、アイスクリームをほとんど食べないのだが、男性は、あまりアイスクリームを食べないような気がするのだ。
しかし、女性を見ると、夏場はアイスクリームをよく食べていると思う。

ということで、仕事の打ち合わせのとき、ある女性がアイスクリームを買ってきてくれたので、いただきました♪

非常に暑いですが、うまく夏を乗りきりましょう。

2026/08/10

ヒマワリといえばゴッホだが、ヒマワリの種といえば大谷翔平なのだそうである









先週、大学の先輩と暑気払いの飲み会をしてきた。

料理はもちろん、美味しかったが、真夏はやはり、冷えたビールが大事だ。

まずは、生ビールで乾杯。
爽快なのど越しで、私は、思わずため息が出た。

コースを食べ終えたあとは、酒(赤ワイン)のつまみを探した。
私たちは、メニューを眺め、エスカルゴの~ややこしいので略~を注文。

何とも、ミステリアスな料理が出てきそうだ。

厨房でマスターがそれを作っている間、おかみさんが私たちのテーブルに来て、酒のつまみを置いた。

「これ、サービスよ」
「ナニこれ?」(*'ω'*)...
「ヒマワリの種です」
「へ~、食べたことないな、、、」

ヒマワリといえばゴッホだが、ヒマワリの種といえば大谷翔平なのだそうである。

私は、ヒマワリの種をつまんで食べたが、何ともいえないミステリアスな味だった。

2026/08/05

夏休み、いつものように、姪っ子が犬を連れてやって来た




夏休み、いつものように、姪っ子が犬を連れてやって来た。

今回の姪っ子の犬だが、、、

いつもはソファーで寝てばかりなのに、どういうわけか、ソファーの上に座っていた。

おいおい、危ないではないか~!(*'ω'*)

突然、高い所に登りたい気分になったのだろうか。

それとも、身体のバランスを整えている?

2026/08/01

作家清武英利氏の講演会



清武氏は、もともと読売グループの大幹部のひとりだった。
野球ファンなら、この顔をご存知と思うが、清武氏といえば、巨人軍の球団代表=超有名人(!)である。
ところが、ある時、読売グループのトップ渡邉恒雄氏(ナベツネ氏)を告発し、読売グループを追われ、無職になってしまったのだ。

巨人軍の球団代表から、いきなり(?)無職に転落した清武氏。

もともと読売新聞の敏腕記者で、文章を書くのが得意だったので、作家になることを決意したというが、紆余曲折あって、現在は、売れっ子作家としてご活躍中である。
書く、喋るは、表現の自由であり、くだらない連中に邪魔されにくいということもあっただろう。
これは、インターネットやSNSの全盛時代において、なかなか重要な学びである。




本講演は、2026年4月下旬のものだ。
私たちは清武氏から、今日は2つのことを覚えて帰ってほしい、と言われた。

①いくつになっても文章を書きましょう
②自分自身の死亡記事を書いてみましょう

まず、①についてだが、文章を書くことの効果、効能である。
私は、かれこれ5年以上、ブログを書いているが、やはり、書けばいろいろな発見や学びがある。

次に②についてだが、終活の先生としては、こちらが気になった。

自分自身の死亡記事を書く・・・それって、終活じゃない!?(*'ω'*)

しかし、これから前向きに人生の計画を立てるとき、自分自身の死亡記事を書くなんて、さすがに抵抗感があるのではないか。
いや、ここは大作家清武氏の言うとおりにして、死亡記事を書いてみよう!

講演終了後、私は、近くのスターバックスへ。
注文したダークモカチップフラペチーノを持って、窓際のテーブル席に座った。

しばらく考え込み、30分ほどかけて、自分の死亡記事の素案を書いた。。。

その後、年明けから闘病中のY先生にメールを送った(リンク)。




Y先生へ

こんにちは。
最近、具合はどうでしょう。

さっき、作家の清武英利氏の講演を聞いてきたんですが、とても面白かったです。
清武氏は元巨人球団代表、読売新聞の記者で、ナベツネを告発した無謀な男として有名ですが、特に面白かったのは、彼は元新聞記者だから、自分自身の終活をするとき、自分の死亡記事を書くというのです(笑)
なんでも、新聞の死亡記事というのは、若手記者が、その人のことをよく知らないのに書くから、内容がイマイチなんだとか。
清武氏は、おれの死亡記事はこう書いてほしいと主張していました。
そこで、私も早速まねをして、自分自身の死亡記事を書いてみました。

Y先生、私の死亡記事はいかがでしょう?

~中略~

まず、2055年4月1日死去と書いてありますが、現在の男性の平均寿命から考えると、このあたりが死亡予定日としては妥当と思われます。
次に、終わりよければすべてよしといいますが、直近の肩書は大事です。
あと、自分の死亡記事を書いて思ったのは、人間、そんなにあせってやるべきことって、ないんだな~、ということです。
年齢的に、多くのことにはもう取り組めないので、選択と集中が必要です。
やりたくないことはやらず、やりたいことをやるべきだ、と清武氏は力説していましたが、これからの時代、そういう自己中心的な考え方が大事だと思います。
ちなみに、死ぬまでにやりたいことを書いたものを、バケットリストというのだそうです。

では、Y先生、お大事にしてください。





その後、私はスターバックスを出て、銀座のポーラミュージアムへ。
「モダンビューティー」という化粧に関する展示会だった。

展示を見ていると、Y先生から奇妙な返信があった。

面白いメールありがとうございます。
しかし、あなたの場合、死亡予定日まで、まだ30年もあります。
死亡記事の内容は、あとで変わるかもしれませんね。
それから、あなたの死亡記事を読むと、ひとつ大事なことが抜けています。

大事なこと?(*'ω'*)








それは、喪主は誰かということです。

喪主ねえ、、、(*'ω'*)

喪主を誰がやるのかは、結構、大事ですよ。

なるほど、30年後の私の葬式の喪主ねえ、、、
今から悩んでもしょうがない気もするが、喪主がママ殿では格好が悪い。
いや、そもそもママ殿は私より先に死ぬから、ママ殿に喪主は無理なのだ。

私はY先生とのメールのやりとりの後、考え込んだ。






そうだなあ、、、喪主が年下の美女なら、未亡人で話題性もあるが、実際、どうなのか。
作家(エッセイスト)の喪主ということなら、同類の人間がよさそうだが。

例えば、画家(アーティスト)だ。
喪主がお似合いの陰気でネクラな性格で、少し病んでいて、宗教や葬式、お墓などにも造詣の深いアーティストがいいかもしれない(*'ω'*)ウ~ム

さて、最後に。

作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、結局、売れてナンボである。
その点、芸能人と同じような立ち位置といえる。
芸能人にとって、スキャンダルとは売名の手段だが、作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、同じことがいえるだろう。





2026/07/29

ママ殿、この鰻屋は、大作家池波正太郎の「銀座日記」に出てくる店のようです



数日後、リビングで、ママ殿が足の爪を切っていたので、現在の様子を聞いた。

「足の具合、どうですか?」
「まだ少し痛いわ」
「こないだみたいに外出できますか?」
「とりあえず、1~2週間は、おとなしくしています」

私は、スマホのカレンダーアプリを開いた。

「ウ~ム、、、困りましたね」
「どうしたの?」
「週末に、都内でコンサートの予定があるんですよ」
「あ、忘れてました」
「どうします?」
「やめておきます。無理をして、ひどくなっては困るのよ」
「そうですか」
「残念だわ・・・」
「もったいないですね。あと1枚、チケット、どうしましょうか、、、」

ママ殿は、爪を切り終え、今度は耳掃除を始めた。

「そうねえ、、、アナタ、若い女性と行ってきたらどうかしら?」
「な、なるほど、名案です。しかし、私のような者に、果たして圓通寺サンの御利益がいただけるのかどうか・・・そこが問題です」
「圓通寺の御利益?」
「そう。縁(圓)が通じるお寺ですから」
「あら、面白いわね。墓好きの女と仲良くなったりしてね(笑!)」
「((( ;゚Д゚)))!!」


(墓好きの女・・・汗)


以上、2026/07/19「もったいないですね。あと1枚、チケット、どうしましょうか、、、」より。

結局、、、

7月10日金曜日。
ママ殿の足は順調に回復。
私は、ママ殿とコンサートに出かけたのだった。

早めに仕事を切り上げ、3時過ぎに出発。
7月といえば、土用の丑である。
まずは、コンサート前に、日本橋高島屋で、鰻を食べた。





「焼きたてで、美味しそう♪」
「ママ殿、割り箸の袋を見てください。天然うなぎと書いてあります」
「身が引き締まっているわ」

私たちは鰻を食べながら話した。

「先ほどWikipediaを読んだのですが、この鰻屋は、大作家池波正太郎の「銀座日記」に出てくる店のようです」
「池波正太郎なんて、ずいぶん昔の作家ね。鬼平犯科帳の原作を書いた人かしら」
「そうです」
「確か、鬼平役は、名優の長谷川平蔵がやってたのよね?」
「ち、違いますよ、、、(汗) 長谷川平蔵は、主人公の鬼平の本名ですよ。主演は歌舞伎役者の中村吉右衛門です」
「そうだっけ。年をとると、人の名前を忘れちゃうのよ」








「そうそう。池波正太郎といえば、私は以前、長野県上田市で、真田太平記の記念館に立ち寄ったことがあります」
「あら、上田の温泉に誰かと遊びに行ったの?」
「日帰りの仕事で、ひとり旅です」
「いつの話?」
「2023年のちょうど今頃。終活本の原稿を書いていたときに、講談師の神田織音さんの終活講談を拝聴するため上田まで行ったのです」(リンク

ママ殿は、お茶をひと口飲んで、ため息をついた。

「あの本を出してから、もう3年たつのね。早いものだわ」
「いえ、私の本は、あまり売れてはおりませんので、私にとって、この3年は長く、苦しかった日々といえます・・・」
「オーバーなことを。でも、私たちが3年も待たされてるのは事実よ。うちの息子の本は、一体いつになったら増刷されるのかしら」(# ゚Д゚)」
「ど、どうなんでしょうね、、、増刷は、私が決めることじゃあないので(汗)。どれくらい売れてるのか、忙しいから編集者に聞いてないな」
「今度、ちゃんと聞いた方がいいわ」
「うるさいヤツだと思われますよ」
「うるさくたって、いいのよ。あっちは編集者で、あなたは著者なんだから」

ママ殿と私は、食後、高島屋の服売り場を見て回り、日本橋駅から東西線で飯田橋駅へ。
飯田橋といえばオシャレな神楽坂をイメージする人も多いだろう。
だが、中小の印刷会社と出版社が多く、古い街でもある。
有名な大手企業トッパン印刷(TOPPANホールディングス)があり、印刷博物館と同じ建物内にトッパンホールというコンサートホールがある。





私たちがトッパンホールに着いたのは6時頃だった。
ここで夜7時から、オルガ・シェプス(Olga Scheps)のピアノコンサートがあるのだ。

オルガ・シェプスのコンサートは、休憩を挟んで9時過ぎまで続いた。

モーツアルト、ショパン、アンコール(プロコフィエフ、サンサーンス、ビゼーなど)・・・私たちは非常に満足し、コンサートホールをあとにした。

「今回のコンサート、とても良かったわ」
「そりゃ、そうですよ、超一流だもの。ところで、次のコンサートのチケットもあるのです」
「いつ?」
「11月下旬。東京オペラシティーです」
「まだ先の話ね。ひどい暑さだから、私は11月までに死んじゃうかもしれない」
「日中は40度越えですからね」
「これだけ暑いと、いつどこで野垂れ死にするか分かりません。いっそのこと、冷たい墓石の中に入れば涼しいのでしょうが、、、」
「ママ殿、縁起でもないことを言わないでください」
「次のコンサートは、若い女性と行ってきてはどうですか?」
「墓好きの女と?」
「そうです。どんなコンサート?」
「ええと、、、かなり人気の外国人ピアニストのコンサートです。私は初めて聴きますが、チラシを見ると、交通事故で生死の境をさまよい、再起不能から蘇った奇跡の男です」
「あら、墓に入り損ねたピアニストなのね。墓好きの女と一緒に行くには、ちょうどイイかも」
「・・・・・」

2026/07/19

もったいないですね。あと1枚、チケット、どうしましょうか、、、



東京スカイツリーのそばに、圓通寺というお寺がある。
ここには、ママ殿のご先祖様の墓がある。
また、縁(圓)が通じるお寺ということで、私は大変縁起が良いお寺だと思っている。

そこで、私は、都内の用事のついでに立ち寄ったりもするが・・・摩訶不思議なことに、私にぜんぜん良縁をもたらさないのだ。
うちは檀家であるにもかかわらず、御利益がないようなものだ。

まあ、ボヤキはこれくらいにしておこう。




3月のお彼岸は、ママ殿と圓通寺を訪れた。
このときは、帰りに海鮮丼を食べたが、ママ殿は非常に満足していた。

6月下旬。
私は、ママ殿と、再び墓参りに行くことになった。
お盆に行くと猛暑なので、今のうちに行きたいというのだ。

今回、ママ殿は、新しく買ったスニーカーを履いていった。
が、履き慣れていないのに遠出をしたため、墓参りの後、足が痛くなってしまった。





「ちょっと待って。歩くと、足が痛い、、、」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、家に帰りたいわ」
「もう帰るんですか? さすがに、お墓参りだけで帰るのは、早すぎませんか。足が痛いなら、喫茶店で少し休むとか」
「そうね。喫茶店なら、いいかもね」
「では、喫茶店に行きましょう」





数日後、リビングで、ママ殿が足の爪を切っていたので、現在の様子を聞いた。

「足の具合、どうですか?」
「まだ少し痛いわ」
「こないだみたいに外出できますか?」
「とりあえず、1~2週間は、おとなしくしています」

私は、スマホのカレンダーアプリを開いた。

「ウ~ム、、、困りましたね」
「どうしたの?」
「週末に、都内でコンサートの予定があるんですよ」
「あ、忘れてました」
「どうします?」
「やめておきます。無理をして、ひどくなっては困るのよ」
「そうですか」
「残念だわ・・・」
「もったいないですね。あと1枚、チケット、どうしましょうか、、、」

ママ殿は、爪を切り終え、今度は耳掃除を始めた。

「そうねえ、、、アナタ、若い女性と行ってきたらどうかしら?」
「な、なるほど、名案です。しかし、私のような者に、果たして圓通寺サンの御利益がいただけるのかどうか・・・そこが問題です」
「圓通寺の御利益?」
「そう。縁(圓)が通じるお寺ですから」
「あら、面白いわね。墓好きの女と仲良くなったりしてね(笑!)」
「((( ;゚Д゚)))!!」


(墓好きの女・・・汗)