2026/08/31

The story of Tokyo Tarot Museum(番外編)アルフレッド・ダグラスの「タロット(The Tarot)」を読む

今年はまだ、東京タロット美術館に一度も行っていない。
ブログ記事を遡ると、前回の訪問は2025年7月だった(リンク)。
ということは、約1年ほど行っていないことになるわけか。
では、久しぶりにタロットの記事を書こう。

「タロットカードの78枚のうち、22枚で構成されたカードを大アルカナといいます。アルカナとは、ラテン語で「神秘」「秘密」という意味で、大アルカナは番号と表題が書かれた寓意画となっています~中略~タロットを読む時は、直観が大切です。直観は考えるよりも早く、遥か遠くからやって来る「報せ」です。あなた自身に宛てられた、あなたが読めるように託されたメッセージです。見た夢と同じように、そのカードがどのように見えたのかが鍵となります。まずは、あなたが感じたことにフォーカスしてみてください。」(東京タロット美術館資料より)

私たちは何かあると、あれこれ理屈っぽく考えてしまうが、素直に直観を信じるほうがいい。
目に映る景色は、自分のみに与えられた、自分のみにしか解けないアレゴリー(allegory)である。
内なる自分と対話をし、「隠された意味」にフォーカス(focus)してみよう。
そうすれば私たちは素敵な発見をすることがあるし、思いがけないフォーチュン(fortune)とめぐり逢えることもあるだろう。


タロットカード、愚者


こないだ近所の図書館に本を返しに行ったとき、思いがけず、「タロット(The Tarot)」という本を見つけた。

著者のアルフレッド・ダグラス(Alfred Douglas)は、タロットの専門家である。
かなり昔に出版された本だが、私は、タロットの解釈はいまと少し違うのかと思い、軽く読み流した。
すると、本のなかで、「愚者」のタロットの解釈が、私の目にとまった。

書斎のハコの中に、東京タロット美術館で引いた何枚かの大アルカナのカードが保存してあるのだが、調べてみると、私はここで、愚者を2度引いていた。




タロットカード、愚者、東京タロット美術館


東京タロット美術館の展示のキャプションの写真を見ると、愚者とは、何も考えていない、気まぐれ、無邪気さ、楽観視、自由、などと書かれていた。
だが、本書でダグラスは、完璧な天才、無敵の勇者、全てを手に入れ、旅から帰って来た英雄と解釈していた。

そうなんだ、、、(*'ω'*)?

タロットの絵柄の愚者は、崖から落ちそうな勢いである。
が、彼にとってそれは問題ではない。
彼を制止する犬は一般常識を持った社会人あるいは賢者である。
が、その制止も愚者にとって問題ではない。
崖の向こうには、愚者にしか見えない未来(チャンス、新世界)が待ち受けているからだ。
本の解説によれば、愚者は無敵、崖から落ちても平気、とのことである。

たぶん、そこに見える崖は、本当は存在していないのだと思う。
しかし賢者は社会常識(ルール)にとらわれた従順な犬なので、どこにでも自らの崖(限界)を作り行動を抑制してしまう、命を惜しみ檻から出ることもない。
これに対し、愚者は社会常識に捉われることなく、檻から果敢に出ようとする。
賢者は身を守り、愚者は攻めるという違いである。
ただ、失敗すれば転落死するかもしれず、愚者の行動は命賭けである。

ああ、もしかして、、、愚者のカードは「羊たちの沈黙」と同じようなことを言いたいのではないか、と私は思い付いた。

トマスハリスの「羊たちの沈黙」は映画も原作小説も知っている。
主人公は、FBI捜査官のクラリス・スターリング(ジョディー・フォスター)である。
彼女には、人に言えない幼少時代の記憶があり、その秘められたトラウマを、サイコパスのインテリ博士ハンニバル・レクター(アンソニー・ポプキンス)が尋問で導き出す。
そのシーンが、中盤のクライマックスだったと記憶する。

屠殺されることが分かっているのに、檻から決して出ようとしない子羊たちの群れがいる。
何やらそれは賢者のようである。
これに対し、隙あらばいかなることをしてでも脱獄するレクター博士は子羊と対比される存在であり、現代版の愚者のようでもある。
愚者は愚者であるからこそ、賢者が恐れることにも果敢に挑むことができるのだが、したがって、愚者は賢者が及ばない大成功を手にすることもあるのかもしれない。


羊たちの沈黙


「なにが原因で彼女と逃げる気になった?」
「彼らは彼女を殺すことに決めていました」
「いつ殺すか、きみは知っていたのか?」
「いえ、正確には・・・なので、私はそのことがひどく心配で、彼女はかなり太ってきていましたし」
「それなら、何がきっかけになった? あの日、一緒に逃げ出した理由はなんだ?」
「わかりません」
「わかっていると思うがね」
「私はひどく心配していたのです」
「何がきっかけになった、クラリス? 何時に逃げた?」
「朝早く、まだ暗いうち」
「何かで目が覚めたんだな。どうして目が覚めた? 夢を見ていたか? どんな夢だった?」
「私が目を覚ますと、子羊たちが悲鳴をあげていました。暗闇で目を覚ますと、子羊たちが悲鳴を」
「早春生まれの子羊を屠殺していたのだな?」
「そうです」
「きみはどうした?」
「子羊のためには何もしてやれませんでした。私は単に、その・・・」
「きみは彼女をどうしたのだ?」
「明かりをつけず、身支度をして外に出ました。彼女はおびえていました。馬房の中で他の馬も動き回っていて。私が彼女の鼻に息を吹き込むと、彼女は私のことだとわかりました。そのうち、彼女が私の手に鼻を押し付けてきました。羊の檻のそばの小屋に、明かりがついていました。裸電球で大きな影ができていました。冷蔵庫が来ていて、アイドリングのエンジンが大きな音をたてていて。私はハナをひいて外に出ました」
(新潮文庫・トマスハリス・「羊たちの沈黙」より引用)

2026/08/30

出張の帰り、久しぶりに駅弁を買った






出張の帰り、久しぶりに駅弁を買った。
常磐線勝田駅で私が選んだのは、常陸牛弁当ではなく、あんこう弁当。

今年3月、まだ寒い時期に那珂湊を訪れたのを思い出す。
そのとき、レストランで数人の観光客が、全員、あんこう鍋を注文していたのだ。

特急電車の中で、早速、あんこう弁当を食べたが、特に、あんこうの唐揚げが、おいしかった。

2026/08/14

夏場はアイスクリーム



日々、過酷な暑さである。
世間的には、猛暑ではなく、酷暑という言葉が定着したようだ。

こうなると、やる気が出ない、体調がすぐれない、食欲がないという人も多いのではないだろうか。

私も、最近は、かなりそれに近いのだが。。。

さて、どうするか。

まず、当分の間、なるべく外出せず、ゆっくり過ごすことにした。
出版社から頼まれている原稿があるので、お盆休みはそれを書き進めている。

次に、アイスクリームだ。

私は、アイスクリームをほとんど食べないのだが、男性は、あまりアイスクリームを食べないような気がするのだ。
しかし、女性を見ると、夏場はアイスクリームをよく食べていると思う。

ということで、仕事の打ち合わせのとき、ある女性がアイスクリームを買ってきてくれたので、いただきました♪

非常に暑いですが、うまく夏を乗りきりましょう。

2026/08/10

ヒマワリといえばゴッホだが、ヒマワリの種といえば大谷翔平なのだそうである









先週、大学の先輩と暑気払いの飲み会をしてきた。

料理はもちろん、美味しかったが、真夏はやはり、冷えたビールが大事だ。

まずは、生ビールで乾杯。
爽快なのど越しで、私は、思わずため息が出た。

コースを食べ終えたあとは、酒(赤ワイン)のつまみを探した。
私たちは、メニューを眺め、エスカルゴの~ややこしいので略~を注文。

何とも、ミステリアスな料理が出てきそうだ。

厨房でマスターがそれを作っている間、おかみさんが私たちのテーブルに来て、酒のつまみを置いた。

「これ、サービスよ」
「ナニこれ?」(*'ω'*)...
「ヒマワリの種です」
「へ~、食べたことないな、、、」

ヒマワリといえばゴッホだが、ヒマワリの種といえば大谷翔平なのだそうである。

私は、ヒマワリの種をつまんで食べたが、何ともいえないミステリアスな味だった。

2026/08/05

夏休み、いつものように、姪っ子が犬を連れてやって来た




夏休み、いつものように、姪っ子が犬を連れてやって来た。

今回の姪っ子の犬だが、、、

いつもはソファーで寝てばかりなのに、どういうわけか、ソファーの上に座っていた。

おいおい、危ないではないか~!(*'ω'*)

突然、高い所に登りたい気分になったのだろうか。

それとも、身体のバランスを整えている?

2026/08/01

作家清武英利氏の講演会



清武氏は、もともと読売グループの大幹部のひとりだった。
野球ファンなら、この顔をご存知と思うが、清武氏といえば、巨人軍の球団代表=超有名人(!)である。
ところが、ある時、読売グループのトップ渡邉恒雄氏(ナベツネ氏)を告発し、読売グループを追われ、無職になってしまったのだ。

巨人軍の球団代表から、いきなり(?)無職に転落した清武氏。

もともと読売新聞の敏腕記者で、文章を書くのが得意だったので、作家になることを決意したというが、紆余曲折あって、現在は、売れっ子作家としてご活躍中である。
書く、喋るは、表現の自由であり、くだらない連中に邪魔されにくいということもあっただろう。
これは、インターネットやSNSの全盛時代において、なかなか重要な学びである。




本講演は、2026年4月下旬のものだ。
私たちは清武氏から、今日は2つのことを覚えて帰ってほしい、と言われた。

①いくつになっても文章を書きましょう
②自分自身の死亡記事を書いてみましょう

まず、①についてだが、文章を書くことの効果、効能である。
私は、かれこれ5年以上、ブログを書いているが、やはり、書けばいろいろな発見や学びがある。

次に②についてだが、終活の先生としては、こちらが気になった。

自分自身の死亡記事を書く・・・それって、終活じゃない!?(*'ω'*)

しかし、これから前向きに人生の計画を立てるとき、自分自身の死亡記事を書くなんて、さすがに抵抗感があるのではないか。
いや、ここは大作家清武氏の言うとおりにして、死亡記事を書いてみよう!

講演終了後、私は、近くのスターバックスへ。
注文したダークモカチップフラペチーノを持って、窓際のテーブル席に座った。

しばらく考え込み、30分ほどかけて、自分の死亡記事の素案を書いた。。。

その後、年明けから闘病中のY先生にメールを送った(リンク)。




Y先生へ

こんにちは。
最近、具合はどうでしょう。

さっき、作家の清武英利氏の講演を聞いてきたんですが、とても面白かったです。
清武氏は元巨人球団代表、読売新聞の記者で、ナベツネを告発した無謀な男として有名ですが、特に面白かったのは、彼は元新聞記者だから、自分自身の終活をするとき、自分の死亡記事を書くというのです(笑)
なんでも、新聞の死亡記事というのは、若手記者が、その人のことをよく知らないのに書くから、内容がイマイチなんだとか。
清武氏は、おれの死亡記事はこう書いてほしいと主張していました。
そこで、私も早速まねをして、自分自身の死亡記事を書いてみました。

Y先生、私の死亡記事はいかがでしょう?

~中略~

まず、2055年4月1日死去と書いてありますが、現在の男性の平均寿命から考えると、このあたりが死亡予定日としては妥当と思われます。
次に、終わりよければすべてよしといいますが、直近の肩書は大事です。
あと、自分の死亡記事を書いて思ったのは、人間、そんなにあせってやるべきことって、ないんだな~、ということです。
年齢的に、多くのことにはもう取り組めないので、選択と集中が必要です。
やりたくないことはやらず、やりたいことをやるべきだ、と清武氏は力説していましたが、これからの時代、そういう自己中心的な考え方が大事だと思います。
ちなみに、死ぬまでにやりたいことを書いたものを、バケットリストというのだそうです。

では、Y先生、お大事にしてください。





その後、私はスターバックスを出て、銀座のポーラミュージアムへ。
「モダンビューティー」という化粧に関する展示会だった。

展示を見ていると、Y先生から奇妙な返信があった。

面白いメールありがとうございます。
しかし、あなたの場合、死亡予定日まで、まだ30年もあります。
死亡記事の内容は、あとで変わるかもしれませんね。
それから、あなたの死亡記事を読むと、ひとつ大事なことが抜けています。

大事なこと?(*'ω'*)








それは、喪主は誰かということです。

喪主ねえ、、、(*'ω'*)

喪主を誰がやるのかは、結構、大事ですよ。

なるほど、30年後の私の葬式の喪主ねえ、、、
今から悩んでもしょうがない気もするが、喪主がママ殿では格好が悪い。
いや、そもそもママ殿は私より先に死ぬから、ママ殿に喪主は無理なのだ。

私はY先生とのメールのやりとりの後、考え込んだ。






そうだなあ、、、喪主が年下の美女なら、未亡人で話題性もあるが、実際、どうなのか。
作家(エッセイスト)の喪主ということなら、同類の人間がよさそうだが。

例えば、画家(アーティスト)だ。
喪主がお似合いの陰気でネクラな性格で、少し病んでいて、宗教や葬式、お墓などにも造詣の深いアーティストがいいかもしれない(*'ω'*)ウ~ム

さて、最後に。

作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、結局、売れてナンボである。
その点、芸能人と同じような立ち位置といえる。
芸能人にとって、スキャンダルとは売名の手段だが、作家(エッセイスト)も画家(アーティスト)も、同じことがいえるだろう。