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5~6月は、総会のシーズンである。
5月16日は、水戸で、茨城司法書士会の定時総会があった。
私は一応、理事という要職にあるため、午前中から現地に行く必要があった。
ただ、準備の方は、前日までに、だいたい終わっていたようだ。
会場の入口でスタッフと話したが、これといった用事を頼まれることもなく、まだからっぽの会場を歩き回った。
私は、一番うしろまで行き、そこから記念写真を撮った。
一番前の横断幕に、「茨城司法書士会第84回定時総会」と書いてある。
ええと、、、今から84年前って、一体いつのことだろう(*'ω'*)?
計算すると1942年だ。
毎年欠かさず開催されていれば、第1回の総会は、1942年のちょうど今頃の開催となる。
では、1942年は、どんな年だったか?
1941年12月8日が、トラトラトラで有名な真珠湾攻撃の日だ。
1942年は、日本がアメリカとの戦争を始めたばかりの頃だ。
日本軍は最初、陸海空ともに快進撃を続けた。
しかし、1942年6月、時期的にはちょうど今頃だが、日本海軍の主力が、ミッドウェー海戦で大敗北を喫する。
お昼ごはんは、ホテル定番の和食だった。
食事の後、30分ばかり休憩していると、会場に人が集まってきた。
定時総会は、時間通りに始まったが、私は理事なので、「執行部」の垂れ幕の席に座った。
このぼくが、執行部ねー(*'ω'*)...
執行部といわれると、何だか、政治ニュースに出てくる自民党のお偉いさんみたいだが。
おや、噂をすれば何とやら。
ようやく、議員の先生方のお出ましだ。
定時総会は、報告や決議をするので堅苦しいものとなるが、来賓の方々が登場し、最後の方で祝辞を述べられる。
来賓席には、茨城県の他士業の会長や、茨城県が選挙区の国会議員の先生方が座った。
やっぱり、例の野党(?)の議員は、ひとりもいないようだ。
選挙に落ちればタダの人といわれるが、議員というのは、いつどうなるか、分かったものではないな。

総会後は懇親会がある。
ここでは、例年、有力国会議員の先生方と、ざっくばらんに話す機会がある。
何かあれば、小さなことでも、国会議員に言ってほしいとのこと。
でも、何かあればとは、どういうことなのだろう。。。
こういう国にしてほしい、こういう政策をしてほしいということもあるだろうが、もっと身近で具体的な問題のことだろう。
日本は民主主義の国だが、国を運営しているのは役所であり、国会議員は国民の代表者である。
だから、国会議員は役所に対して、国民に代わって意見し、場合によっては強く指導する立場にある。
そこで、例えば役所がきちんと対応してくれない場合や、おかしなことをしている場合は、それが些細な問題でも、容赦なく国会議員に言い付けるとよい。
国会議員はセーラームーンではないが、「国民」に代わって「お仕置き」をする、こう説明すると分かりやすいだろう。
これは役所にとって、真珠湾攻撃やミッドウェーのような恐い話だが、聞くところによれば、効果覿面だそうである。
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さて、今年は、女性議員の国光あやの先生が注目だった!
実は、去年2月、私は、上川陽子先生の講演会を見に行ったのだが、そこに同席していたのが国光あやの先生だった(リンク)。
国光先生は、自民党の国会議員だが、実は医者でもある。
だから、国光先生の場合、選挙に落ちたらタダの人ではなく、医者ということになる。
選挙に落ちたら医者か、、、
世の中、スゴい人がいるものだなあ(*'ω'*)ウーム...

