2022/08/30

家督相続と隠居と事業承継と(3)

以下は、前回までの復習である。

・家制度は戸主(こしゅ)が財布を2つ作り、財布ごとに相続する仕組みである。1つは家督相続、もう1つが遺産相続である。
・旧民法は戸主の候補者(推定法定家督相続人)を戸籍により決め、現在の戸主が死亡もしくは隠居すると家督相続が開始する、とした。なお、この隠居制度は非常におもしろい制度なので次回取り上げようと思うのだが、隠居により家督相続のみが開始し、遺産相続の方は開始しないという点が重要である。

前2回では、旧民法、旧戸籍法の家督相続の話をしてきたが、最後に「隠居制度」を取り上げようと思う。

隠居(旧民752条乃至755条)とは戸主が自ら生前に戸主の地位を退き、戸主権を相続人に承継させ、その家の家族となることをいう~(略)~戸主が老衰や病気で戸主の責任を果たせなくなることや、他家に入らざるを得ないなどの事情が生じる場合もある。それでもその家の戸主という地位を退くことができないとなると、その家にとって重大な支障が生じる場合があり又は分家が本家を守ることができないという事態が生じるおそれがある。それらを回避するために旧民法施行前から慣習とされていたものを制度として採用した~(略)~隠居者は戸主権を喪失し、新しい戸主の元でその家の家族となる。家督相続が発生し、前戸主が有していた権利義務は、一身に専属するものを除いて新戸主に移転する~(略)~隠居による家督相続の場合、隠居者は生存しているので、財産の一部を隠居者に留保することを認めている(旧民988)。その方法は、第三者に対して明らかにするために確定日附のある証書ですべきとされた(民施4条乃至8条)。留保された財産は、隠居者が隠居中に取得した財産と併せて遺産相続の対象となり、家督相続の対象にはならない。
(日本司法書士連合会研修資料より)


プロント


そもそも日本には、かなり昔から隠居の風習があった。
そのような慣習法を明治以降の旧民法が制度化した。
男の戸主は60才から隠居ができた。
家を会社にたとえると、社長を長男に譲り、自分は会長や相談役に退くようなものだろうか。
隠居するためには、まず跡継ぎを決め、その者が隠居を許可し、連名で役所に届出をする。
跡継ぎは家督相続の財産を単純承認したことになる。
これは生前贈与のようなものである。
このとき、戸主は跡継ぎに全財産を相続させないのが通例である(財産留保)。
自分の生活資金も必要だし、跡継ぎ以外の取り分も確保してあげないと、家庭内紛争になりかねないので、確保した分を自分の死後に相続させた。

このような家制度、家督相続といった旧民法の身分制度は確かに封建主義的だが、一見してこの仕組みは現在も非常に有用な場面がある。
例えば、経営者が代表取締役を退き、セカンドライフを送る「事業承継」。
跡継ぎは長男である。
ここに経営者名義の事業用地、自社株式、自宅不動産、車、上場株式等があるとする。
このうち、事業用地、自社株式を家督相続の財産と定める。
経営者の隠居が認められれば、跡継ぎの長男がその所有者となる。
ただ、人生100年の時代、セカンドライフがいつまで続くか分からないので、生活資金は手元に十分残しておく。
また、自宅は自分の死後、奥さんが住めるようにしたいし、車も引き続き病院通い等で必要である。
上場株式は手元に残すが売り時を探しており、投資顧問から投資助言をもらっている。
こちらの方は家督相続の財産ではなく、相続財産である。
自分が死んだら次男に相続させるつもりだ。
この場合、隠居により家督相続が開始するので、この部分は生前贈与するようなものだ。
他方、隠居により遺産相続は開始「しない」ので、こちらの部分は相続の範疇となる。
しかし、今はもう家制度も家督相続の制度もない。
なので、こうして自己の財産をきれいに切り分けて相続させるのは難しいのではないか。
さて、どうしたものか。

実は、信託法のスキーム(契約)で似たようなことが実現可能である。
民事信託というものなのだが、そのスキームは資産承継の魅力的な方法のひとつである。
ただ、こういうスキームは信託法の改正後、最近実現可能となったものであり、そのことには注意が必要である。
日本の民事信託の歴史はまだ浅く、様々な課題がある。
もし興味があれば、一般向けの「家族信託」「民事信託」の本を読んでみるといいだろう。
書店でも「家族信託」の本をよく見かけるようになったが、家族信託とは正式な法律用語ではなく、正式には民事信託という。