2021/03/11

司法書士の歴史、100年分を3分で(2)

司法書士会館展示、司法書士の歴史


前回は戦前の話、今回は戦後の話である。
司法書士法は戦後も何度か改められている。
まず昭和26年改正で、司法書士の認可制の導入、司法書士報酬の改定があった。
まあ、戦後体制に合わせるため、改正されるのは当然である。
昭和31年からは、司法書士の認可試験が始まる。
この認可試験は昭和53年まで続き、昭和54年からは国家試験となった。
今とは違って、認可試験は10月下旬に実施されていたそうである(手元の資料には、昭和31年10月 27・28日第一回目実施とある)。

そして、この認可は法務局(の局長)がするものであった。
この認可には恐るべきルール、認可後2年のうちに自分の事務所を開業しなければその者は認可の効力を失う、という「2年縛り」があった。
何だか携帯電話の契約みたいだが、ぼやっとしていて2年が過ぎると司法書士の資格を失うというトンデモナイ話である。

そうすると難関試験をまた受けなくてはならなくなるので、認可試験時代の司法書士は合格後直ちに独立開業したと言われる。
これを俗に「即独(ソクドク)」という。
司法書士試験の合格者の累計に比べ、実際の登録人数が少ないのも、たぶんこの影響があるのでは、と思われる。
また、手元の資料にはこの頃の司法書士の人数のデータも載っているのだが、これがなかなかおもしろい(ただし、昭和31年改正前は司法書士会に入会することがまだ任意だった)。

<東京司法書士会の会員数>
 昭和 28 年 5 月末日 210 名
 昭和 32 年 6 月 18 日 935 名
 昭和 33 年 4 月 25 日 1,002 名
(昭和 33 年 4 月 1 日全国会員数 11,332 名)

ちなみに現在の司法書士は2万2000人程度、当時のおよそ2倍である。
とすると、どう考えても、当時の司法書士は荒稼ぎしていたと考えられるのだが。
認可試験に合格後、2年縛りがあるので無理にでも独立開業、登録人数も少ないのでまもなく不動産登記の依頼があちこちから来る、これにより揉まれて鍛えられるような感じで成長したのだろう。
勤務司法書士があふれている現在とは大違いである。
さて、昭和の高度経済成長期、司法書士は登記業務で大きな利益を得たと言われる。
その利益は主に不動産登記によるものだった。
当時の日本には土地神話があり、不動産取引が非常に活発に行われていたためである。

地価は必ず上昇する。
不動産は買えば儲かる投資商品。
とりあえず不動産を買っておこう。


不動産登記事件数推移


不動産登記事件数推移
(以上、2019年司法書士白書より)


このような、不動産転売が当たり前の時代は1990年頃まで続いたが、不動産バブル崩壊後は市況が低迷し、不動産登記の案件は年々減少している。
また、商業登記の事件数もほぼ同様の推移である(いずれも上記写真の「司法書士白書」による)。
かたや、司法書士の会員数が大幅に増えた。
ということは、先ほど述べたとおりの状況になって当然だろう。
したがって、もはや全ての司法書士が登記業務で大きな利益を得ることは難しくなったが、平成14年改正で簡裁代理権を獲得するなどして登記以外の業務(債務整理、財産管理等)にも進出している。
今後は超高齢化社会を迎え、相続、財産管理、成年後見、事業承継支援等の依頼が増えていくと思われる。
以上、簡単だが、司法書士の歴史の話はこれでおしまい。


司法書士会館展示、司法書士の歴史