2019/09/15

森鴎外「雁」

東洋文庫ミュージアム「漢字展」


今日は渋谷に用事があり、その途中、駒込の東洋文庫に寄り道をした。
今回の東洋文庫の企画展は「漢字展」であった。
そもそも文字は宗教と根深い関係がある。
ローマ字はキリスト教、アラビア文字はイスラム教、漢字はむろん仏教である(ほかに、ロシア、東欧のキリル文字というのもある)。
漢字は主として中国と日本の文字である。
文字は言葉でもあるが、いずれも民族のアイデンティティーと文化そのものであり、国家と国家の対立の歴史も戦争の歴史も、文字分布図に一致して起きている場合が多いのである。
その意味で、「文字の壁」「言葉の壁」は、非常に越えがたい障害なのである。


東洋文庫ミュージアム「漢字展」


この点からすると、欧米と中国、欧米と日本は、水と油の対立関係になるはずだ。
そして、中国と日本は仲良くなれるはずなのである。
だが、実際にはそうなっておらず、むしろ逆になっている。
このような「ねじれ現象」を、親米で反中の多くの日本人は何ら不思議に思っていないが、長い歴史の中では「異常」な状況であり、いずれ近い将来、元に戻るものと私は思う。
日米同盟のもとで日本はアメリカに支配され続けている側面は否定できない。
結局は、世界の二大国のアメリカと中国のどちらの支配を受けるか、その支配の程度が問題なのだろう。
ただ、日本文化はアメリカ以上に中国から強い影響を受けているのに、日本人の多くがアメリカが好きで、中国が嫌いである。
これは、日本人が本能的に中国人を差別し、欧米人に対するコンプレックスのはけ口にしたいからだと思われる。


源氏物語


東洋文庫の1階には名本のコーナーがあるのだが、ここに英語本の源氏物語が展示されていた。
翻訳とは「文字の壁」「言葉の壁」を越えて相互理解することだ。
英語で書かれた源氏物語は平和の象徴である。
なるほど、ふと思ったのだが、欧米と日本が水と油の対立関係にあるとするならば、日米同盟を結んでお互いうまくやるのは平和のためには良いことなのだろう。
反対に、中国と日本は、ほっといても何とかうまくやっていける間柄なので、別に仲良くしなくてもよい、という考え方もできるだろう。

その後は駒込駅まで戻り、地下鉄南北線~有楽町線を乗り継ぎ銀座一丁目駅へ。
四丁目交差点の銀座あけぼので煎餅を買い、銀座駅から渋谷駅へ。
渋谷ヒカリエに着いたのは3時過ぎ。
知り合いのハンドメイド雑貨店を営むMさんが、最近ここで友達と一緒に雑貨店(宝飾品店??)を始めたというので、私はおみやげを持参して様子を見にきたのだった。
しかし、彼女の元気な姿はなく、パートナーで店番の女性に話を聞くと、早退したのでいませんよ、と言われた。
私は、え~、大丈夫かしら??と心配になった。

実は数ヶ月前、彼女は過労で倒れたばかりなのだ。
都内の大学病院に緊急入院し、その時、私は病室の彼女を見舞った。
退院日は決まっており、病状は軽いなどと言って、まずまず元気そうに見えた。
が、退院後はまた以前のように無理な生活を送っているのではないか、と心配になった。

その後、私は店番の女性におみやげを預かってもらい、予定より早い電車に乗れたので途中の千駄木駅でおりた。
団子坂を上がり、森鴎外記念館へ。


森鴎外記念館「文学とビール」


今回の企画展は「文学とビール」。
展示室には明治時代のビールに関するうんちくなどが書かれていたが、私はここで森鴎外の「舞姫」に関する話に注目した。
「舞姫」は国語の教科書にもあるので、授業で先生が、これは鴎外さんの実体験です、などと教えていたりもするかと思うが(私はそんな記憶がある)、フィクションの可能性が高い、ということが書いてあった。

展示を見た後は1階の「モリキネカフェ」へ。
モリキネカフェとは、森鴎外記念館のカフェの略である。


モリキネカフェ


窓際のテーブル席に座った。
ロンネフェルトの紅茶(アールグレイ)を飲んでいると、Mさんから煎餅のお礼の連絡があった。
そして近況報告、完全復活とまではいかないが、特に問題はない、だからもう心配不要です、ときっぱりと言われたので、私は、そうですか、じゃあ、安心しました、と返事をした。

モリキネカフェを出た。
記念館のエントランスホールのテーブルに、モリキネビール(森鴎外記念館の特別ビール)という銘柄名の小さな空きビール瓶が並んでおり、職員が記念品として配布していたので、私は1本だけもらうことにした。
しかし、帰宅してママ殿に見せると、開口一番、また余計なゴミなんか持ち帰ってきて、と呆れられてしまった。
私が森鴎外の大事な記念品なのだと言ってもママ殿は聞く耳を持たず、ビールの空き瓶はムシがわくから捨ててほしい、と言われた。
私はしぶしぶ、スマホでビール瓶の記念写真(?)を撮り、ゴミ箱に捨てた。


モリキネビール


その後、私は「舞姫」のことが気になった。
書斎の本棚を探すと娘の森茉莉の本はたくさんあるものの、鴎外の本なんかあったっけ、鴎外は難しいので、図書館で読んだ記憶はあっても本屋で買った記憶がないのだが。
おお、結局4冊も見つかったが、「舞姫」はどこにも収録されていなかった。
そのうちの2冊は、扉絵の異なる「雁」である。


森鴎外「雁」


表紙の解説にあるように、これは高利貸しの男が妾(めかけ)を囲う物語である。
男は未造といい、金貸しで成り上がった卑しい成金であるが、もとは大学の雑用係であった。
ようやく手に入れたお金で若い娘お玉を囲うのだが、お玉は未造のことが嫌いで、通りかかりの大学生(たぶん東大生??)に恋心を寄せる。

ああ、そうそう、ここまでは何となく覚えているゾ。

小説には、「細君(さいくん)」という古い言葉が出てくるのだが、細君とはどの男性を指す言葉なのか、なぜいつも君付けで呼ぶのか、と戸惑いながら読んだ記憶もある。
なるほど、この小説、何事もハッキリと言う鴎外らしい作品だと思うが、いや待てよ、もしかして大学時代の私は、自らも妾を囲ってみたいと思い、無意識的に「雁」を2冊も買ってしまったのかも。
しかし、本には妾を囲うハウツーは書いていないし、文章もやたら難しく、当時の私は本を投げ出した。
私は結末を思い出せない。

しかし今となっては、実現可能性はともかく、妾を囲うのはばかげていると思う。
素晴らしい女性と出会い、生涯を共にする方がふつうに幸せであり、不倫をしたり愛人を囲う男性は、男性としての魅力が欠けているからだと思う。
だから過去にも未来にも素晴らしい女性と巡り会えていないのではないか。
それなら、その男性が成金となっても結果は変わらないだろう。
結局のところ、女性は男性より賢いので、男性の本質(魅力)を見事に見抜いてしまうのである。